第160話 結果論

 アジョラムの建築物は木々を利用して建てられている。

 それは自然を愛するメディフの理念に基づいてのことらしい。

 そして王都アジョラムの城は、木々と石を合わせて作ったような見た目をしていた。

 自然的で人工的、不思議な外観だ。

 なんというか芸術的というか前衛的というか。

 とにかく圧倒された。

 内部はほんのりと自然の香りがして悪くない気分だった。

 待合部屋に通された僕たちはソファに座っていた。


「面白い構造をしているね」

「メディフは自然を大事にする傾向にありますからな。

 この樹木も生きているのですぞ」

「へぇ……自然的でいいですね。虫とか沢山いそうだけど」

「はははっ! 確かにそうですな。まあ、そこは受け入れるしかありますまい」


 科学が発展した現代でも、虫は人間の天敵だ。

 まあ、虫好きの人もいるし、虫に助けられていることもあるから完全な敵ってわけでもないけどね。

 虫に噛まれたり、刺されたりしないのかなとか思ったり。

 扉が叩かれ、すぐに開いた。


「お待たせいたしました。こちらへ」


 数人の侍女と衛兵に連れられて、僕たちは城内を移動する。

 巨大な扉の前に到着すると、扉横に立っていた衛兵二人が扉を開ける。

 衛兵に連れられ、中に入るとそこは巨大な謁見の間だった。

 木造と石造の折衷した感じが妙に調和していた。

 室内には衛兵が整列していた。

 正面に樹木のような、豪奢な椅子が二つ。

 片方には巨躯の老人が座っていた。

 70歳くらいだろうが、筋骨隆々だった。

 彼がこの国の王、ラルフガング・フォルト・メディフなのだろう。


 隣に座る柔和な笑みを浮かべる女性は恐らく王妃だろう。

 ラルフガング王よりもかなり若い。多分、40代だろうか。

 僕たちは玉座から5メートルほど離れた場所で止まった。

 膝をつき、頭を垂れる。全員慣れたものだ。

 ちなみに伯爵を先頭に、少し後ろにドミニク、そのさらに後ろに僕が座り、姉さん、ウィノナという順になっている。

 もちろん一列じゃなく、ある程度横に広がってはいるが、それぞれの立場を鑑みて、自然とこの配置となっている。

 爵位を考慮すれば僕が一番前になるけど、僕はリスティアの人間で伯爵の客人だ。

 だからこの位置が最も妥当ということになる。


「よい、面を上げよ」


 重苦しいほどの低音の声。

 威厳を十分に含ませた声音に、僕はゆっくりと顔を上げた。

 さて、なんと言われるのか。

 もしも処罰されることとなったら逃げる。

 全員連れて、真っ先に逃げるぞ。

 僕は生唾を飲み込み、ラルフガング王の次の言葉を待った。

 圧倒的な威圧感。

 恐ろしいほどの重圧を感じつつも、なぜか僕は妙に脱力していた。

 緊張感なんてまったくなく、自分でも驚くほどに安心している。

 その理由はすぐにわかった。

 ラルフガング王の身体から魔力が感じられたからだ。

 僕はラルフガング王と、バチッと目が合った。

 数秒間見つめ合うと、不思議と頬が緩んだ。

 ラルフガングも柔和な笑みを浮かべる。

 そして。


「此度の件だがすべて許す」


 そう言い放ったのだ。

 僕はなんの意外性も感じずに、その言葉を呑み込んだ。

 動揺が広がる中、伯爵が恐る恐るという感じで口火を切った。


「……それはつまり無罪放免とする、ということでよろしいのですかな?」

「そうだ。アルスフィアで魔物を見つけ討伐し、報告を怠り、独断で捜索を行っていたこと、すべてを許そう」

「な、なぜですかな? 報告義務を怠ったはずですが?」

「交換条件だ」


 あー、何となく想像つくけど。

 ラルフガング王の態度、僕を見る目、そして彼に魔力があること。

 それを総合すると……。


「妖精の研究が大幅に進んだらしいな。

 怠惰病治療に使う魔力に関しても。両方ともに何やら進展があったとか。

 加えて言語学者に古代文字の解読を依頼したな?」


 僕に動揺はない。

 それくらい調べられていてもおかしくないと思ったのだ。

 そしてそれは想定の範囲内でもあった。

 伯爵の背中から、激しい動揺がうかがい知れる。

 妖精学に関しては別に公言しても構わないだろう。

 だけど、魔力に関しては違う。

 僕が魔法のことは黙っておいてくれと頼んである。

 ラルフガング王は魔法ではなく、魔力と言った。

 つまり、現状では魔法という存在自体を知ってはいないということだ。

 ただ、怠惰病治療の方法を生み出した僕が、怠惰病治療に必要な魔力の新たな可能性に気づいたことを王が知ったのであれば、より情報を得たいと考えても不思議はない。

 怠惰病治療を教えることでリスティア国は各国との同盟を結び、数年の安寧を得たのだ。

 それぐらいの価値があることだと、すでに世界中の首脳陣は知っているだろう。


 つまり、ラルフガング王はこう言っているのだ。

 無罪放免にしてやるから、魔力のことをもっと教えろと。

 妖精に関してはそのついで、ということだろう。

 彼が妖精の本当の価値を知っているとは思えない。

 もちろんメディフにとって妖精は大事な存在だが、妖精に関する情報が重要だと考えているかは別問題だ。

 まあ、僕も妖精のことをまだ全然知らないんだけど。

 さて、これはすべて僕の仮定だ。間違っている可能性もある。

 ただあながち間違ってもいないと思う。


 僕の持つ選択肢は二つ。

 逃げるか、受けるかのどちらかだ。

 ……選択の余地はない、か。

 逡巡している伯爵の代わりに、僕は声を発した。


「はい、おっしゃる通りです」


 伯爵が驚いたようにこちらに振り向いたけど、僕が小さく頷くと納得したように頷き返してくれた。


「その方は?」


 明らかに形式ばった質問だった。

 これは茶番だ。けれど必要なことでもある。


「申し遅れました。リスティア国、二侯爵。シオン・オーンスタインにございます」

「聞き及んでいる。怠惰病治療研修会を開いたのはそなただな?

 我が国の多くの怠惰病患者は完治に向かっておる。感謝するぞ」

「光栄の至りにございます」

「ではオーンスタイン。先の質問だが、妖精や魔力の研究をアルスフィアで行っており、言語学者に古代文字の依頼をしていることは間違いないな?」

「はい、間違いありません」

「アルスフィアはメディフ国において重要な場所だ。

 その地におけるあらゆる文化、知識、利益はメディフへと還元しなければならない。

 報告を怠るは国家反逆罪に問われるが同義だ」


 緊張感が空気を支配する。

 張り詰めた雰囲気の中、僕は動揺を感じない。

 この先の言葉を何となく理解はしていた。


「今後の研究は自国推薦の学者を伴わせろ。

 そしてアルスフィアで得た魔物や魔力、妖精の知識や情報はすべて報告しろ。

 その二つを守ればすべては無罪とし、今後の研究を認めることを約束する」


 予想通りの要求だった。

 むしろこれで済んだのが奇跡と言っていい。

 罰金も処罰もなく、今後はちゃんと報告してよね、というだけで済んでいるわけだ。

 ただしすべて監視付きではあるが。

 ラルフガング王からすれば当然の要求でもある。

 国が管理する場所で得られる研究成果をきちんと報告するのは義務だ。

 理由はどうあれ、報告を怠っていたのは僕たちなのだから。


「承知いたしました」

「ならばよい。今後はアルスフィア内の兵を増やし、警備を強化する。

 魔物の対策はこちらに任せ、そなたたちは研究に集中しろ。

 学者はこちらで選定するゆえ、決定までそなたたちは待機とする。

 では下がれ」


 五人の間に戸惑いの空気が流れる。

 僕たちは謁見の間を出ようとする。


「イェルク。これ以上の勝手は許さん。

 以降は公務を忘れるな」

「……はい」


 王の鋭い声音にドミニクが委縮したことが伝わってくる。

 ドミニクは近衛騎士で、伯爵の護衛だ。

 確かに今までの所業を考えると、目に余ると考えて当然だろう。

 しかし、王の言葉に僕は若干の違和感を抱いた。

 そもそも近衛騎士とは君主を護衛する部隊のことだ。

 そのドミニクや他の騎士が、なぜ伯爵を護衛しているのだろうか。

 王の勅命であるとドミニクから聞いてはいる。

 だが、近衛騎士が護衛をする必要はないようにも思えた。

 これは僕の考えすぎで、近衛騎士でも要人や食客を護衛することが常識であるのかもしれない。

 それにしてもドミニクの行動はかなり自由な気がした。

 一応は魔物の問題を解決するためにやったことではあるが、王に報告を怠っていたのだからなんらかの処罰が与えられる方が自然とも思える。

 しかしその様子はない。

 もしかして、ドミニクと王は親密な関係なのだろうか。

 あるいは……。

 僕たちは謁見の間を出て、城を後にした。

 ドミニク以外の騎士も護衛も監視もついていない。

 つまり、僕たちが逃げるとは思っていないということだ。


「い、一体どういうことだったのでしょうか。

 王様があんなにすんなり帰すとは思いませんでした……」


 ウィノナの動揺は理解できる。

 姉さんもいまだに理解できていない感じだった。

 ゴルトバ伯爵は難しい顔をして何かやら考えている様子だった。

 僕は思考を巡らせる。


「なんとなく理由はわかるけど」

「それは一体……?」


 ウィノナの問いかけに、僕は鷹揚に頷いた。


「王様に魔力があったんだよね」


 全員が怪訝そうにしていた。

 まあ、そりゃそうなるよね。


「まず前提として、ラルフガング王が魔力持ちになったのは最近のことだと思う。

 なぜなら事前に魔力を持っていたなら、アルスフィアから魔力が出ていることを知っていただろうからね。

 だったらもっと調査をするはずだし、魔力や怠惰病関連のことにも疑問を持つはず。

 でもそれはなかった。つまり怠惰病治療研修会以降、ラルフガング王は魔力の存在を知り、魔力持ちになるために鍛錬をしたということになる。

 そうですね、伯爵?」

「……そうですな。あやつが以前から魔力を知っていたとは思いません」

「でも、彼は魔力を持っていた。つまり怠惰病治療研修会以降、魔力の価値に気づいたということ。

 まあ、当然だよね。怠惰病を治療する力を得られるなら得ようと思うだろうし。

 それに魔力を持てば、アルスフィアの魔力に気づく。

 この力には何か可能性がある、そう考えても不思議じゃない。

 そんな中、僕たちがアジョラムに現れた。

 ゴルトバ伯爵と共に妖精を研究しているらしい。

 何やら魔力に関しての研究や古代文字の本を手に入れて、言語学者に解読依頼を出したと、近衛騎士隊の人たちから聞いた。

 そして妖精の住処さえも見つけた。魔力を用いて、その入り口を開いたと聞く。

 そしてその魔力は、魔物の存在を見つけることもできるらしい。

 そこまで知れば、きっと誰でもこう考える」

「シオンと懇意になって情報を聞き出し、知識や技術を手に入れようってことね」

「ご名答。姉さんの言う通り、魔力や妖精のことを探りたいんだろうね。

 でも、強制的に僕に命令したり、拘束したりすれば国際問題になる。

 僕はリスティア国の二侯爵だし、伯爵の客だからね。

 何より、僕が協力しない可能性もある。

 国外に逃げられたら終わりだしね。

 だから報告を怠った罪をなしにして、恩義を感じさせ、監視と協力者を斡旋することにしたわけだね」


 まあ、その程度に抑えたのは、僕にそこまでの価値がないと思っているからなんだろうけど。

 現時点では魔力や妖精の研究成果など、国益になるか不明な部分にしか、メリットを見い出せていないはず。

 魔法という力を知り、魔法でしか魔族を倒せないと知れば、僕の価値は一気に跳ね上がる。

 さすがに魔法に関して報告する気はないけど。


「さすがシオン先生ですな。長年の付き合いがある儂でもようやくわかることを、こうすんなりと理解できるとは」

「いえ、こうなることは予測していたので、事前に考えていただけですよ」

「ならば余計に素晴らしい慧眼! そこまで考えが及ぶ人間はそうはおりますまい」


 いつも思うけど、伯爵は人を褒めるのが上手いなぁ。

 しかも本心から言っているみたいだし。人の良さがうかがえるけど、ちょっと反応に困ることもある。

 僕が苦笑すると、伯爵は豪快に笑った。

 でもその笑い声はいつもより元気がないように思えた。

 伯爵の声は徐々に弱くなり、少ししゅんとしてしまった。


「……申し訳ございません。何やらあやつの思惑にはまってしまったようで」

「そもそも僕が魔物の報告はせずに自分たちで解決しちゃおう! って発案したんですから気にしないでください。

 まあ、なっちゃったものは仕方ありません。

 こうなったら逆に利用しちゃいましょう。他の学者さんが来てくれるなら助かりますし、何かあった時に王様の助けが得られるかもしれませんし」

「ふむ、それはそうかもしれませんな。特に妖精に関しては不明な点も多いですからな。

 協力者が多い方がいいやもしれません」


 魔物の出所や妖精の生態、古代文字、妖精言語などなど。

 まだまだわからないことは沢山ある。

 専門家が来れば進展があるかもしれない。

 そう信じて、僕たちは伯爵家へと帰るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る