第159話 いずれ来るとは思っていた

 いつも通り妖精の森、アルスフィアに僕たちは来ていた。


「ふわぁ、すごいですね」


 ウィノナは感動したように森の中を見回している。

 それはそうだろう。

 初めて魔力が見えるようになったんだ。

 文字通り世界が変わるんだから。

 僕はそんなウィノナを微笑ましく見ていた。

 ふと小さな魔力を感じる。


『おはよう、シオン!』


 遠くから飛んできたメルフィ。

 すぐに僕の眼前までやってくると、笑顔を見せてくれた。

 正確に魔力を感じられるようになった僕には、見ずともメルフィが言っていることがわかる。

 まあ、現時点でわかっている言葉のみだけど。


『おはよう、メルフィ。変わりは?』

『ないよ! 魔物はいないし、とても平和!』


 アルスフィアに来た日、つまり初日以降、魔物の姿はどこにもない。

 姉さんやドミニクが必死に探してくれているのに、一匹もいないのだ。

 魔物がどこから現れたのかという謎は、いまだに解明できていない。

 近くで森を見回していたウィノナが、いつの間にか隣に来ていた。

 彼女はメルフィに目線を合わせる。


「こんにちは、メルフィさん」


 言葉と共に、ウィノナは口腔魔力を放出した。

 しかしメルフィは言葉の意味がわからず、小首を傾げるだけだった。


「も、もしかしてわたしの口腔魔力、出てませんか?」

「いや、ちゃんと出てるよ」

「よかった……ですが、メルフィさんには伝わってないみたいですね」

「まあ、人間言語を使った口腔魔力は妖精言語とは違うからね。

 人間言語をそのまま口腔魔力にすれば、妖精言語になるんなら楽なんだけどさ……。

 実際は、まったく違う口腔魔力になるんだ」

「そ、そうだったんですね。わたしてっきり同じものかと」


 妖精言語と人間言語は口腔魔力を用いた場合、まったく違う意味になるのだ。

 しかも口腔魔力はその時の意思や感情で魔力を放出するけど、妖精言語はその上で魔覚による繊細な魔力調整、魔力操作が必要になる。

 もちろん魔覚による調整がなくとも片言のような妖精言語は話せる。

 しかしそれはかなりの知識と技術が必要で、今のところできるのは伯爵と僕だけだ。


「全部の言葉の魔力種、魔力色、魔力の大小などの組み合わせを覚えて、ようやく最低限の妖精言語が使えるって感じだからね。

 そこから魔覚を使って魔力の微細な違い、感覚を掴んで、魔力操作をすれば妖精言語として完璧に話せる、って感じなんだ」

「た、大変なのですね、妖精言語は」

「そうだね。かなり難しい言語だと思うよ」


 二人して話していると、ふと距離が近いことに気づく。

 話に夢中になっていて気づかなかった。

 二人同時に、はっと気づき、そして慌てて離れた。


「れ、練習すれば少しは話せるようになるけどね」

「そ、そうですね! わ、わたしも頑張ってみます!」


 そんなやり取りをしていると、ゴルトバ伯爵と目が合った。

 伯爵は微笑ましそうに僕たちを見て、そしてグッと親指を立てた。

 いや、何してんの伯爵!


「そ、そういえばアジョラムに来てもう一か月が経ちますね」

「まだそんなものなのですな。もう半年くらい経っているかと勘違いしておりました!」

「ま、それくらい濃密な時間を過ごしているものね」

「なんだかこの森も慣れてきましたね。とても過ごしやすいといいますか」


 四人が四人、それぞれの感想を口にする。

 ん? 四人?


「あれ? そういえばドミニクは?」

「あいつ影薄いから忘れてたわ……いないわね」


 姉さん、それはさすがに可哀想だと思う。

 僕も忘れてたから何も言えないけど。


「なにやら用事があるとかで、城に寄ると言っておりましたな。すぐに戻るでしょう」

「そうですか。じゃあいつも通り、各々のやるべきことをやりましょうか」

「ええ! では儂たちは妖精言語の分析を」

「で、ではわたしは食事などの準備をいたします」

「あたしは森の見回りね。森の中はほとんど見たと思うけど。まったくいないのよね、魔物」

「うーん、やっぱり妖精の住処みたいな場所にいるのかな」

「そうとしか思えないわね。シオンの魔覚でもわからないみたいだし」

「全域は見てないからまだ確実ではないけどね」


 オークたちはどこからやってきたのか。

 そして今はどこにいるのか。

 あるいはいないのか。

 はたまたどこかへ消えてしまったのか。

 魔物の所在と、魔物が現れた経緯を知らなければ妖精たちの安全は確保できないだろう。


「妖精言語や魔法に関してはかなりの進捗があった。

 けど魔物関連は不明点が多いね。このままでいいのか微妙なところだな」

「王に報告するかどうか、ということですな?」

「ええ。妖精や魔法に関しては報告義務はないでしょうが、やはり魔物に関しては国に関わる部分でもあります。

 今までは魔物を探すのは、魔力を持ち、且つ魔法に明るい僕たちがすべきだと思っていましたが、一か月ほど費やしても見つけられないとなると」

「ふむぅ、確かにそうですな……しかし、むむぅ、ラルフに報告ですか、あまり気が進みませんな」


 ラルフガング王とゴルトバ伯爵は友人らしい。

 人柄もよく知っているだろう。


「もしかして、怖い方だったりしますか?」

「怖いといいますか、まあ怖いのですが。一言で言うのは難しいといいますか……。

 もごもごもご」


 伯爵には珍しく歯切れが悪い。

 後半はずっと、もごもごと言っているだけだった。

 もごもごしている間、長い髭がもしゃもしゃと動いている。


「シオン様!」


 声に振り返ると、ドミニクだった。

 急いで駆け寄ってくる。

 普段とは違った様子に、僕は不安に駆られた。


「ど、どうかしたの?」

「は、はい。実は……ラルフガング王より、城へ招待するように仰せつかりました」

「……え? 誰が?」

「シオン先生とゴルトバ伯爵をです!

 ど、どうやら一部の近衛騎士隊が話してしまったようで。

 昨今の伯爵の動きがどうも気になると、詰問されたらしく」

「そ、そっか。あの、騎士の人たち、処罰されたりしてないよね……?」

「それは大丈夫です。口止めをしていたのは私ですし、責任の所在は私にありますので問題ありません」

「それも問題だよ! あー、こうなるかー。うーん、そうだよね、そうなるよね。

 と、とにかく城に行くしかないよね。今回のことは僕が発端だから、何かあったら僕の責任だからね。ドミニクは責任取らなくていいから!」

「そうもいきません。騎士隊に命令を出したのは私ですし、賛同もしましたからね」

「いいえ、儂の責ですぞ。そもそも、ドミニクは儂の護衛が任でありますからな。

 儂が説得した手前、儂が責任を取るのが筋というもの。何があっても安心してください。

 儂がすべてを背負いましょうぞ!」

「いや、僕が!」

「いえ、私が!」

「いいえ、儂が!」


 押し問答を繰り返す僕たちの間に鶴の一声が上がる。


「だったら全員で責任取ればいいでしょ。

 実際、全員が納得して賛同して加担して黙ってたんだから。あたしも共犯だし」

「そ、そうですね! わ、わたしも同じです!

 みんなで責任取ればいいですよね!」


 姉さんとウィノナの言葉を受けて、僕たち三人は顔を見合わせた。


「そ、そうしようか」

「え、ええ。それでしたら納得です」

「ふ、ふむ。ならばよしとしましょうぞ」

 

 さすがに処刑されたりはしないはずだ……多分。

 もしも、何かあった時は全力で逃げよう。

 全員を連れて。

 やんわりと納得した空気の中、姉さんがさっさと移動を始めた。


「ほら、行きましょ。王様待たせちゃダメよ」


 姉さんは軽い足取りで進んでいった。

 我が姉ながら肝が据わっているなと思った。

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