第158話 すべてに感謝を

 伯爵家の一室。

 やや広い居間に僕、姉さん、ウィノナ、伯爵がいる。

 窓はカーテンを閉めているため、朝方だけどやや暗い。

 ソファーに座っているウィノナが恐縮したように身体を小さくした。


「す、すみません、わたしのために……」

「気にしないでよ。滅多にないウィノナのお願いだし。むしろ嬉しいくらい」

「そうね、最初だもの。これくらいしないとね」

「ええ、わかりますぞ。儂も初めては感動しましたからな! 是非ともウィノナ嬢にもあの感動を味わっていただきたい」


 僕たちは頷きあい、笑いあった。

 最初は委縮していたウィノナも、自然に相好を崩す。


「あ、ありがとうございます」


 大げさなほどに頭を下げるウィノナ。

 僕と姉さん、伯爵は顔を見合わせて笑った。


「それじゃいくよ」


 ソファに座る三人に向かい合うように僕は立っている。

 両手のひらを上に向けて、魔力を込める。

 手のひらから生まれた魔力の光。集魔による魔力放出だ。

 魔力はくるくると部屋を周り、そして無数の小さな光を放つ。

 それは妖精のようにも見えた。

 魔力の光が天井付近へと向かう中、僕はさらに魔力を放出。

 白く淡い光の玉が無数に部屋を漂う。


「見える……見えます……!」


 ウィノナが泣きそうなくらいにか細い声を絞り出す。

 喜色が滲む声に、僕の胸も締め付けられた。

 次々に生まれる魔力の光。

 それは部屋を漂い、そして花火のように破裂する。

 無数の光は星空のように部屋を彩った。


「綺麗……本当に、綺麗です……」


 うっとりとするウィノナ。

 隣で嬉しそうにする姉さんと伯爵。

 でもまだ終わりじゃない。

 脅かせるのはウィノナだけじゃないんだ。

 さあこっからだ。

 刮目して見てよね!

 僕は両手で魔力放出しながら、口腔魔力を生み出した。

 手からは白く淡い光。

 口腔からは色とりどりの魔力の光。

 それが【同時に】現れる。


「え? え? どういうこと!?」

「なんと……!?」


 口腔魔力は次々に現れ、ぷかぷかと浮かぶ。

 同色の魔力が集まって、徐々に質量を増やしていく。

 大小の複数の魔力色が部屋を満たしていった。

 僕は雷火をつけた手を天井に向けてかざす。


「炎よ!」


 それは言葉ではない。呪文だ。

 呪文と共に口腔から赤い魔力が生まれる。

 さきほどまで出していた、ただの口腔魔力とは違い濃密な魔力を含んでいる。

 そう。口腔魔力は呪文を使った方が、より強くなるのだ。

 恐らくは感情と意思の強さを、言葉そのものに込める方が強くなるためだろう。

 言の葉、言霊などと言い換えてもいいかもしれない。

 言葉そのものに魔力を込めることで、口腔魔力はより強く濃密になる。

 赤い魔力が一瞬で、かざした僕の手に集まる。

 そして僕は帯魔も集魔も使わずに、雷火の指についている火打石を擦った。

 赤い魔力に火花が触れ、そして青い炎がボアっと上がる。

 フレアだ。


 口腔魔力は集魔に比べて魔力が少ない。

 でも、今回のフレアは昨日、ウィノナに見せたフレアよりも威力が高かった。

 ちょっと驚いた。

 だって昨日は魔力を五つ、長い呪文を唱えてフレアを使ったのだ。

 でも今回は赤い魔力が一つ。

 それなのに威力が上がった。

 これはつまり!

 あれだ、そうあれなのだ!


 魔法属性!


 口腔魔力の魔力色には属性があり、その属性魔法を使うと威力が上がる、ということでは!?

 もしもそうなら、これはつまり呪文と属性を同時に手に入れたということ!

 これはすごい。

 これはものすごくすごい!!

 語彙力を失うほどに興奮しつつあった僕だけど、なんとか平静を装った。


「うへへへへ」


 いつもの笑い声は、可能な限り抑えた。

 主役のウィノナの邪魔をしてはいけないと必死だった。

 その甲斐あって、みんなに僕の声は聞こえなかったようだ。

 そしてすべての魔力は消える。

 部屋には静寂が訪れ、そして僕はゆっくりとカーテンを開いた。


「ウィノナどうだった? 全部見えたかな?」

「す、すす、す、すごかった……です……!

 ぜ、全部、見えました」


 呆然としているウィノナ。

 やはり彼女は昨日の出来事により、魔力に目覚めたようだ。

 魔力に目覚めれば、魔力が見える。

 ウィノナは魔力を使えるようになったということだ。


「おめでとう、ウィノナ! 君は今日から魔力持ちだよ!」


 僕は拍手した。心の底から祝福した。

 姉さんも伯爵も、同じように拍手をした。

 ウィノナは呆気に取られていたけど、すぐに嬉しそうに涙を流した。


「あ、ありがとう、ご、ございます……本当に嬉しいです……」

「ずっと頑張ってきたんだものね。よかったわねウィノナ」

「おめでとうございます! ウィノナ嬢! いやあ、めでたい! めでたいですな!」


 姉さんと伯爵も嬉しそうに何度も頷いていた。


「ウィノナ、おめでとう。本当におめでとう。

 君の努力が報われて、僕も嬉しいよ」

「ありがとうございます、これもシオン様やみなさまのおかげです」


 泣きながら笑うウィノナを見るだけで、心がぽかぽかと温かくなる。

 幸せだとそう思った。


「しかし、先ほどの口腔魔力は一体?」

「そうよ。あれ、一体何だったの? どうして、同時に魔力放出できてたのよ。それに、声を出していたけど、あれは?」

「ふふん、それはね――」


 僕は二人に簡単に説明した。

 まず前提として、妖精言語を習得するにあたり、僕は口腔魔力を放出することに成功した。

 しかし体外魔力である帯魔と集魔と、体内魔力である口腔魔力を同時に使ったことはない。

 それは恐らく、魔力そのものへの思い込みによるものだった。

 魔力放出に対する考えとして、魔力を分割するというものがある。

 つまり一度魔力を練り、一か所に集めて、それを二か所に分割するというものだ。

 大抵は両手か両足であり、それ以外の箇所に魔力を集めることはあまりないし、三か所以上に分割することもまたない。

 なぜなら、意識が集中できない場所に魔力を集め、あるいは放出すると、魔力効率が悪くなるからだ。


 魔力操作の最初の頃を思い出す。

 僕は右利きだ。左右の手に魔力を集めると、右の方が魔力を集めやすく、そして左手には魔力を集めにくかった。

 この前提から、魔力を扱う時は自然と扱いやすい場所、つまり両手両足を使うことが多くなった。

 だけど魔力は別に手や足からでなくとも放出できるのだ。

 そもそも帯魔自体が身体全身に魔力を帯びるのだから、当然のこと。

 しかし長年、両手両足からの魔力放出が当たり前になっていた僕は、まさか体外魔力と体内魔力を同時に放出できるとは思わなかった。

 だから口腔魔力を使う時は口腔魔力のみ、帯魔や集魔を使う時は、それのみ使っていた。

 でも違ったのだ。

 体内魔力と体外魔力は同時に使えるのだ。

 その説明を終えると、姉さんは軽々と体内魔力と体外魔力を同時に使っていた。

 手と口から魔力が放出されている。

 伯爵も同時に魔力放出していたが、かなり不安定な感じだ。


「なるほどね、こういうこと」

「ほほう、なるほどなるほど。確かに同時にできますな……うっ、ちょっと眩暈が」

「わかれば簡単なことなんだけどね。すでに魔力操作ができるなら誰でもできるし。あ、伯爵はそのくらいで。また気絶しちゃいますよ」

「そ、それは勘弁ですな。儂はこのくらいにしときましょう」


 そんなやり取りの中、ウィノナが自分の両手のひらを見ながら唸っていた。


「んー! んーっ! ふぅ……やっぱり帯魔や集魔はできないですね……」

「口腔魔力に比べて魔力操作が難しいし、魔力量も結構必要だからね。多分、基本的な総魔力量を増やしてからじゃないとできないかも」

「そ、そうですか……でも、口腔魔力はできます!」


 嬉しそうにしながら何個かの口腔魔力を放出するウィノナ。


「あんまり使わないようにね。多分、総魔力量が少ないと怠惰状態になる前に気絶しちゃうから」

「そ、そうでしたね。気をつけます。うん、気をつけよう」


 後半は自分に言い聞かせるように言った。

 可愛らしいが少し危なっかしくもある。

 新しいおもちゃを手に入れた子供のようにも見えた。

 やれやれ困ったもんだね。

 ……あれ? どこかからツッコまれたような気がするけど、気のせいだろうか。


「ねえ、シオン。体内魔力と体外魔力を同時に放出できるのはわかったけれど、魔力色と口腔魔力の関係とか、あの言葉とかはなんなの?」

「ふふふ! よく気付いたね、姉さん、うへへへ! そこが重要な、うへ、ところ、うへへ!」

「これはかなり重症ね……うへへモードが止まらないわ」

「わかりますぞ! 研究は発見した時が嬉しいですからな!」

「うへ……ふぅ、ちょっと落ち着こう。えと、つまり――」


 僕は妖精言語に使う口腔魔力と、呪文に使う口腔魔力の違い、そして人間言語を使った時の口腔魔力の特性について話した。

 これは昨日に考えた通りだったので割愛する。


「なるほど、呪文ね……つまり呪文を使えば、少ない魔力と簡単な魔力操作で魔法も使えると」

「そういうこと! しかも体内魔力と体外魔力は別の魔力放出量なんだ!」

「え? じゃ、じゃあ。一度に使える魔力が増える、ってこと!?」


 僕が一度に可能な魔力放出量は約一万だ。

 これは僕の持つ魔力、つまり総魔力量である百万の百分の一。

 つまりこれ以上の魔力を用いた魔法は使えないということでもある。

 もちろん、一度に魔力を放出した後、再び魔力を与えて魔力量を増やす、ということを何度も繰り返せば、一度放出した魔力に魔力を加えて増やすことはできる。

 ただそれは手間だしなによりも放出した魔力は数秒から十秒の間に消失してしまう。

 非常に非効率且つ、効果が薄く時間がかかる。

 しかし口腔魔力、つまり呪文を使えば純粋な魔力放出量が増えるのだ。


「しかもね、言葉の内容と込める感情、意思によって性質や魔力量が変わるんだ。

 そして魔力色には特徴があって、それぞれの色が混ざり合って、新しい色になるみたい。

 その魔力色そのものの特性が魔力に備わっているんだ!

 さっきはフレア、つまり【火属性】の魔法を使ったけど、多分同じ属性の赤い魔力を用いたから、威力が高かったんだと思う!」

「なるほどね、それがさっき言っていた属性なのね?」

「そういうこと! 言葉の組み合わせによっては魔法の威力が変わるかもしれないし、違う可能性もあるかもしれない!

 そして呪文は魔力の少ない人でも魔法が使えるかもしれないんだ!

 魔法の可能性が一気に広がったということでもある!

 呪文と属性は魔法における大発見なんだよ! うへへへへへ!!」


 一気に二つも口腔魔力を活用する方法を思いついた。

 呪文や属性は、創作やゲームの魔法においては基本的なものだ。

 でもまさか実際に活用できるなんて思いもしなかった。

 思い返せば、エッテントラウトから魔力放出の着想を得てから魔法を使ったけど、あれって無詠唱魔法になるんだよなぁ。

 普通は逆だと思う。

 大体、一般的には普通の魔法使いは呪文を用いて魔法を使っているけど、無詠唱魔法はその上位の技術で、誰にでもできることじゃない。

 でも僕は最初に無詠唱魔法を開発して、それが魔法として普通だと思っていたわけで。

 そして後に呪文……つまり詠唱魔法を開発した。


「今後は呪文を使う魔法を『詠唱魔法』。呪文を使わない魔法を『無詠唱魔法』って呼ぶことにするよ!!」


 口にして鳥肌が立った。

 これは本当にすごいことだ。

 まさか妖精言語の解析をしていて、それが呪文に行きつくとは。

 震えてきた。感動で打ち震えてきたぞおおお!

 魔法! 魔法っ! 魔法ッッ!!!


「うへ、うへへへっ! わ、笑いが止まらな……うへへっ! へへっ!」

「こ、これは過去に類を見ないほどの、うへへだわ……」

「それほどに嬉しいと言うことでしょうな! 儂も嬉しいですぞ、シオン先生!

 素晴らしい、誠に素晴らしい成果ですぞおおお!

 うおお、儂も嬉しさが留まるところを知りませんぞおおっ!!

 おめでとうございます、シオン先生! そしてウィノナ殿も!」


 テンションが上がりに上がった僕と伯爵は、なぜか手を取り合った。

 そして伯爵はその勢いのまま、ウィノナとマリーの手も取る。


「ちょ、ちょっと!」

「きゃっ!」

「踊りましょう! 踊りましょうぞ!」

「うへへっ、へへへへっ!」


 伯爵と僕は慣れないながらも歓喜の踊りを見せつける。

 全員で手を繋いで、その場で回り始めた。


「も、もう! しょうがないんだから、あははは!」

「ふふふ、とっても楽しいですね」


 最初は戸惑っていた姉さんやウィノナも徐々に笑い始める。

 ああ、幸せだ。

 ありがとう、異世界。

 ありがとう、みんな。

 ありがとう、魔法。

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