第147話 新説

 ――僕はメルフィを見た。

 メルフィは日向ぼっこをして、休んでいる。

 彼女からは光、つまり魔力が溢れている。

 あくびをしている彼女の口からは『何も生まれてはいない』。

 ん?

 なんだ、何か違和感がある。


「どうかしましたかな?」

「いえ……なんか気になって」


 僕の視線の先にいるメルフィを見る伯爵。

 彼は首を傾げつつ、瞬きを繰り返した。

 僕も同じように首を傾げた。二人同じような所作をして、メルフィを観察した。

 彼女はぼーっとして空を見ている。

 またあくびをした。

 口からはやはり『何も生まれてはいない』。

 それからしばらくしても同様だった。

 彼女はまどろんでいたが、やがて眠くなったのか、敷物の上で横になった。

 そのまま寝息を立て始める。

 そしてしばらくして『今度は口から魔力の玉を生み出して口を動かしていた』。

 寝言だろうか。


 ……ん?

 なんだ?

 強烈な違和感が込みあがる。

 これはなんだ。何か、何かが気になる。

 メルフィはおそらく寝言を言っているのだ。

 だから魔力の玉が生まれても不思議は……。

 その瞬間、脳裏に天啓の言う名の電流が走った。


「あ! そ、そうか! そういうことか! わかった! わかったぞ!」

「シ、シオン先生!? 何がわかったのですかな!?」 


 伯爵が動揺しながら叫んだ。

 僕は高揚し始めていた。

 しかし妙に頭は冴えわたっていた。


「感情だけじゃない! もしもそうなら、メルフィがあくびをした時に『心地良さを感じている緑の魔力を生み出している』はずです!

 しかしメルフィの口からその魔力は生まれなかった!」


 僕の言葉を受けて伯爵は必死に考えている様子だった。

 僕もまだ考えがまとまっているわけじゃない。

 でも多分、間違ってない。

 僕たちは妖精語という言葉に惑わされていた。

 人間の言語とは違うということを理解していなかった。

 人間の言葉には一つの意味しかない。

 もちろん比喩や暗喩、建前、本音などの別の意味もあるが、言葉の持つ意味自体は同じだ。

 その前提で、妖精語を調査して、感情という素が判明したことで、それがすべてだと判断していた。

 つまり妖精語は感情を魔力色で表すという要素とは『別に』何かの手段で相手に意思を伝えていると勘違いしたのだ。


 行動、表情、口の動きなど、それらに何か意味があるのではないかと考えてしまっていた。

 でも違った。

 魔力色が持つ意味は感情だけじゃなかったんだ。

 魔力には意思と感情、願い、思いそういったものが含まれる。

 その原動力が魔力であり、魔力は魔法となる。

 だけど違う。違わないけど違ったんだ。


「僕たちは勘違いしてたんだ! 単純なことだった。

 魔力の色は二つの意味があったんだ。つまり感情と言葉の意味!

 僕たちは感情だけ、言葉の意味だけ、片方だけだと考えていたからわからなかった。

 でも違ったんだ。両方とも色という形で表すんだ!

 そう。魔力色自体が言語であり、言葉であり、相手に伝える手段であって、感情を伴うのは、魔力の玉を生み出したことの副次的な部分でしかなかった!

 だからメルフィがあくびをしても、感情を表す魔力色は現れなかった!」

「っ! 魔力色には感情以外の意味が……はっ!? も、もしもそれが正しいとすれば、魔力数がちぐはくなのも説明がつきますな!」

「ええ! そういうことです!

 つまり妖精語は『意味を持つ魔力色』と『感情を表す魔力色』を複合させた言語!

 だから複雑に思えた!

 けれど、実は僕たちが混同しているだけだったということになります!

 実際、表情や想定する文脈とは魔力色が伴っていない場合も多かったですからね!

 それに口の動きも単調で、言葉を意味する動きではなかった!」

「だとすると口の動き自体には意味はなく、あくまで魔力の玉を生み出すための行動であった、と。

 つまり妖精の言語は魔力色を主とし、コミュニケーションには表情や仕草を伴う。

 これは人間と大差ないコミュニケーションを用いているということになりますな!」

「その通りです! もちろんまだ確定はしていませんが、それでも可能性は高い!

 視覚に偏っているように思えるという部分に関してはまだ判明しませんが、何か理由があると思います。

 とにかく妖精語に関しての考え方を変えてみましょう!」

「は、はい! では早速、会話帳を見直してみましょう!」


 伯爵は鞄からメルフィとの会話を記録した大量の羊皮紙を取り出すと、急いで戻ってきた。

 僕たちは手分けして、会話の流れとメルフィの意図、魔力色と魔力の数から、魔力色の意味を再び精査した。

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