第146話 妖精語研究 分析 2

 僕は伯爵に自分の考えを述べた。


「妖精語に関して簡単にまとめると、まず音を発している様子はないということ。

 そして魔力色を生み出すことで何かしらの意思疎通を図っているということがわかります。

 加えて、妖精は人間同様に相手の動作や表情から相手の意思をくみ取るという術も持っていますね」

「しかし感情を表す魔力色を見ても意思はわかりませんな。

 言葉や明確な何かを指し示す表現がない。端的な意思疎通だけで成り立つコミュニティや生態であれば問題はありませんが、妖精はそうではありませんからな……。

 人間ほどではないにしろ、明らかに高度な知能を持ち合わせておりますし、住居も存在しております。しかも人間の建造するレベルの家を建築しているくらいですからな」


 伯爵は顎髭をいじりながらそう言った。

 僕は伯爵の言葉に緩慢にうなずく。


「あるいは妖精が建築したわけでもないかもしれませんが……それでもそれを活用し、人間に近い生活を営んでいるのですから、やはり高度な知能とコミュニケーション能力を持ち合わせていると考えるのが妥当ですね」

「なるほど。とすれば……」


 伯爵は僕に問うように視線を投げかけてきた。

 僕は伯爵に向かい再び頷いた。


「妖精語は動物のように簡易なコミュニケーションではなく、人間のように高度なコミュニケーションの手段だと考えるのが妥当、ということですね」


 伯爵は満足そうに相好を崩した。

 妖精語の研究を始めて、僕はいくつかの疑問を持っていた。

 妖精のコミュニケーションは人間ほど高度なものではなく、動物のように簡易的な意思の疎通により生活を営んでいるのではないか、というものだ。

 見た目は人間に近いが、人間ではない。そんな妖精に対して、先入観を持たずに言語を分析するべきだと判断してのことだった。

 しかしメルフィとの会話でわかった。

 妖精語は人間と同等レベルの高度なコミュニケーションだと。

 メルフィは僕の言葉や感情、表情、仕草を微細に感じ取り、理解した上で妖精語で返してくれている。

 手段は違うが、間違いなく人間と同じような言語があると見て間違いないはずだ。


「妖精学者としては興味深く、また嬉しくもありますな!

 ただ、言語を解析するという目的は遠のいてしまいましたが……」


 エッテントラウトのように、魔力を体外放出したことで相手への求愛行動になる、という単純なものであれば簡単にコミュニケーションを図ることもできるだろう。

 だが高度なコミュニケーション、言語を持ち合わせている場合、それを理解することはかなり難しい。

 お互いに高い知能と言語能力があるため、様々な手段でわかりあうことはできるが、互いの言語を正確に理解するのはかなりの労力と時間が必要になる。

 これは一筋縄ではいかないかもしれない。


「やはり……儂たちだけでは厳しいかもしれませんな。

 儂は言語学に関しては門外漢ですし……」


 僕は言語に詳しくないし、伯爵も魔物学と妖精学の学者ではあるが、それ以外は専門外だ。

 研究に関しては一日の長があるが、それはあくまで専門的な知識がいらない部分においての話。

 言語学者の力があればまた違うのだろうが。


「……そういえば例の本はどんな感じですか?」

「妖精語らしきもので書かれた本のことですな。

 知人の言語学者に頼んではおりますが……結果は芳しくありませんな。

 かなり古い未知の言語を用いている可能性が高い上に、複数の言語を用いているとか。

 言語学者だけでは厳しく、考古学や民俗学に精通している学者がいればまた変わるやもしれませんが……残念ながら信頼できる学者はおりませぬな」


 ゴルトバ伯爵の知人である言語学者とは長年の付き合いがあるらしく、信頼できるが、他の学者には伝手はないらしい。

 もちろん依頼をすることはできるが、信頼できるかは別問題。

 ただ、妖精の調査を進めたいからという理由であれば問題はないが、現状、アルスフィアにはほかの問題が発生している。

 魔物の発生。

 僕たちは僕たちだけでその問題を処理しようとしている。それは国の手が入れば僕たちの調査が滞る可能性があるからだ。

 そして妖精の森、アルスフィア内でアジョラムの兵士たちが哨戒しているにも関わらず、魔物たちの存在を確認できていなかったことを考え、魔物が帯びている魔力を視認できる僕たちが調査した方がいいと判断したということも理由の一つだ。

 アルスフィア内を見回る兵士がいるにも関わらず、オークが妖精を襲っていた。その事実があるからこそ、自分たちでの調査をすることを良しとしたのだ。

 もちろんこれは自分たちの都合を考慮した上での選択だ。国に報告した方が安全かもしれない。しかし今のところ、僕たちの判断は間違っているとも言い切れない。

 姉さんとドミニクが魔物捜索を始めてから二週間程度。それなのに魔物は、未だに発見できていない。魔物の残す魔力を探しているのに、だ。

 もちろん僕にくらべれば姉さんの魔力感知能力は低いし、魔物の足跡から魔力の残滓を見ることもできない。

 しかし巨体のオークを一匹も見つけられないのはやはりおかしい。

 僕も何度か姉さんたちについていきオークを探したけど、足跡の一つもなかった。


 もうオークはいないのか。僕たちが倒したオークだけしか存在していなかったのか。

 その可能性はあるが、やはり違和感はある。個体が少ないと言われる複数体のオークたちが、都合よく行動を共にしていたということになるからだ。

 たまたまアルスフィアに迷い込んだオークたちと、僕たちがたまたま遭遇し、たまたま討伐して、他のオークはたまたまいなかった。

 そんなことがあるだろうか?

 それにオークの狙いがわからない。

 たまたまアルスフィアに住処を構えたとしても、なぜ妖精を狙っていたのか。

 ただ住むだけならば別に妖精を狩る必要はないし、食料にしているとも思えない。

 ではなぜ妖精を捕えようとしたのか。

 そこまで考えて、僕はふとイストリア近くの森でコボルトがメルフィを捕えていたことを思い出す。


「伯爵、話は変わりますが、魔物が妖精を狩る、または捕まえるというのは通常ありえますか?」

「ええ、魔物が妖精を敵視している、というのは魔物学者の間では常識となっていますな。

 理由は判然としませんが、魔物は妖精を捕えようとする傾向がありますぞ。

 狩るというよりは、捕えるということが多いはずですぞ」


 魔物が妖精を捕える理由。

 狩るよりもなぜ捕えるのか。

 ……そういえば魔族であるエインツヴェルフは『妖精の祝福』を受けていた僕に噛みついた時、苦しんでいる様子だった。

 つまり魔族には妖精の力が脅威である、ということか?

 そしてもしかしたら魔物にもそれは有効だということか?

 ふと、僕は森全体から発せられる魔力に視線を奪われた。

 妖精ばかりに目を向けていたが、この森も今まで見たことがない様相だ。

 過去、生物が魔力を生み出していることは知っていたが、自然物が魔力を生み出す姿を見るのは初めてだ。


「シオン先生? どうかしましたかな?」

「い、いえ。何か、気になって……」


 頭の中に様々な言葉が浮かんでいく。

 妖精も魔力を生み出す。

 その姿は魔力を帯びており、また口からも特殊な魔力を生み出す。

 魔物は妖精を狙う。

 魔族は『妖精の祝福』を苦手とする。

 妖精が住む森は魔力を帯びている。

 生物以外が魔力を持っているところを見るのは初めて。

 そこから導き出される答えは……?


「……もしかして魔力そのものを生み出しているのは妖精、なのか?」


 言って、僕は自分の考えを否定した。

 その答えはあまりに短絡的だ。

 妖精がいる森が今までにないほどに魔力を内包しているからと言って。

 他の場所で、自然物から魔力が生み出されているところを見たことがないからと言って。

 魔力が濃い場所に妖精がいるからと言って、魔力を生み出しているのは妖精だなんて考えるのはあまりに考えが浅すぎる。

 伯爵は僕の言葉を聞き、思案していた。

 険しい顔つきで考えを巡らせている。


「ありえないことではないかもしれませんが、現状では根拠に乏しいかもしれませんな……」

「ええ。我ながら少し短絡的でした……妖精が生み出しているとするには情報が足りないですし、そもそも妖精が、ではなくこの森が、という可能性もある。

 いや、根本的にアルスフィアが魔力を生み出している特殊な森であるというだけの可能性もあるわけですからね」


 妖精は特別な存在だ。その特別、という部分に考えが引っ張られている気がする。

 そもそも考えがずれていっている。

 僕たちは妖精語を調べるためにここにいるのに、他事に思考を奪われてはいけない。

 小目的は言語を解析することなのだから。


「すみません。かなり目的が逸れていってますね」


 妖精語の解析に戻ろうと言おうとしたが、伯爵が閃いたとばかりに笑顔を浮かべた。


「でしたら調べてみてはいかがですか?」

「調べる、とは?」

「各地の妖精の集落、住処を調べるのですよ。

 そうすればその場所の魔力が多いのか、自然物から魔力が生み出されているのかわかりますぞ!?」

「それはそうですが……まず魔力を見れる人がいないでしょうし。

 僕たちが調べるにしても世界各国で調べるのは大変ですよ?」

「何をおっしゃいます!

 シオン先生にはいるではないですか! 世界中に魔力を持つ者達が!」


 言われた、僕ははっとした。


「怠惰病治療研修会に参加した、生徒たち、ですか?」

「ええ! ええ、そうですとも! 各国に生徒たちがいます!

 彼らに連絡をして、調べてもらってはいかがですか?」


 確かに生徒たちは魔力を持っている。魔法を使う素質もある。

 本来は僕なりの『別の理由』もあって、彼らに怠惰病治療の教育を施しもした。

 しかし、まさかこんな風に助けてもらえることになるとは。

 伯爵の言う通り、彼らならば妖精も森、住処に魔力が多量に生まれるか見ることはできる。


「そうですね。では、街に戻ってから、彼らに手紙を送るとします。

 もしかしたら、面白いことがわかるかもしれません」

「ふふふ! そうですな、もしも、もしも、ですが……各地の妖精の住処で、アルスフィア同様に魔力があるとしたら」

「……妖精が魔力を生み出しているという話もあながち嘘ではなくなりますね」


 もちろん『妖精が魔力を生み出す森に住んでいる』という可能性もある。

 しかし各地にそういう場所があるのならば、その場所が魔力を生み出す、特殊な環境でもあるということがわかる。

 つまり、アルスフィア自体を調べれば魔力に対して、より深い部分まで知ることができる可能性もある、というわけだ。

 妖精だけでなく、魔力そのものへの理解が深まればより強い魔法、異なった魔法を使うことができるかもしれない。


「とにかく一先ずは妖精語の解析に戻りましょう。どうも僕たちは気になったことに意識を割いてしまうみたいですし」

「がはは! 確かにそうですな。どうも気になると考えずにはいられませんからな!

 我々の目的は幅広く、好奇心も旺盛となれば一つのことに集中することも難しいかと!」


 時に一つのことに集中しすぎることもあるから、一概には言えないけど。

 僕は伯爵に全力で賛同した。

 アルスフィアや魔物に関してはとりあえず保留だ。

 魔法に関してだけでなく、妖精を調べれば魔族や魔物への対抗手段を見つけるきっかけにもなるかもしれない。

 『妖精の祝福』か。忘れていたけど、かなり重要なことな気がする。

 とにかく妖精語に関して、もう少し伯爵と議論を重ねていこう。

 そう思い、僕はメルフィを見た。

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