第142話 信頼の証

 翌日から本格的な妖精の調査と魔物の探索が始まった。

 姉さんとドミニクは魔物の探索に出かけている。

 僕と伯爵、ウィノナとメルフィは昨日に休憩に使った、ゲート近くの広場にやってきていた。

 ウィノナはテキパキと簡易的な椅子や敷物を用意してくれた。

 僕と伯爵は椅子に座り、メルフィは敷物に座り込む。

 ウィノナは薪を用意したり食事の下準備をしている。

 それなりに人数がいるし、薪も最低限しか使えないから気を遣うようだ。

 食事や身の回りのことはウィノナに任せれば安心だ。


「さて、じゃあ始めましょうか」

「ええ、是非とも始めましょうぞ!」


 伯爵は目を爛々と輝かせている。

 僕も楽しみだから気持ちはわかる。

 さて、その前にと。


「実は伯爵に黙っていたことがあるんです」

「黙っていたことですか? それは一体?」


 僕は手のひらの上に水の玉を浮かべる。

 アクアだ。

 それをブロウで動かし、空へと上昇させた。

 次いで雷火をつけて、フレア生み出し、それを正面へと移動させると消失させた。

 正確には消えるように魔力量を調整しただけ。

 伯爵は目を丸くしていた。


「以前、この武器、雷火を使って電流を見せましたが、あれは僕のこの力があって初めて効果を発揮します。

 実は怠惰病治療に使った魔力は、魔法を使うために僕が見つけたものなんですよ。

 これは僕が生み出した技術。魔法と言います」

「ま、魔法……魔法!?」


 驚愕の表情のままの伯爵。

 何度も見たことがある顔だ。

 でもやはり人が驚く姿というのは面白い。


「僕はある日、魔力の存在を知り、この力を何かに活用できないかと思いました。

 そして行き着いたのが魔法でした。

 魔法には様々な効果があります。

 さっき見せたのは基本の魔法で火水雷風の四属性魔法ですね」

「そ、そうだったのですね……ま、魔力は……なるほど、合点がいきました。

 ど、どうして魔力のような不可思議なものを発見したのか。

 そしてその魔力の扱いにどうして長けていたのか……ぎゃ、逆だったのですね。

 魔法を使い、その上で魔力を深く知ったからこそ怠惰病の治療方法に気づいた……」

「その通りです。魔力が枯渇しているとはすぐ気づきました。

 しかし魔力を与えるという治療方法を確立するのは、非常に時間がかかりましたが」


 伯爵は考え込んでいた。

 見せたのは早計だったか?

 伯爵は学者肌だ。魔法の存在を知って、黙っておけるだろうかという不安はあった。

 ただ僕は伯爵を信じたかったし、そもそも魔法のことを黙っていては妖精の調査も遅々として進まないかもしれない。

 今後のことを考えると必要なことだった。

 伯爵はばっと顔を上げた。

 そして僕の肩を掴み、叫んだ。


「素晴らしいーーーーッッッ!!!!!!!!!」

「は、伯爵?」


 伯爵は興奮した様子で、目に涙を溜めていた。


「な、なんと素晴らしい! シオン先生! やはりあなたは儂が見込んだお方!

 なんというお方だ! このゴルトバ、あなたほどの方に会えた幸運を感謝せずにはいられませんぞ!

 あなたは全学者の模範となる、規範となるお方です!

 おおおおおおおおおおお! なんという、なんというーーー!!」

「は、伯爵落ち着いてください! さ、さすがに叫ぶのは!」


 ゴルトバ伯爵は我に返ると、申し訳なさそうに頭を下げた。


「し、しし、失礼いたしました。

 あ、あまりに興奮してしまい、年甲斐もなくはしゃぎすぎました……申し訳ないですぞ」

「い、いえ……気持ちはわからないでもないので」 


 僕が逆の立場なら同じように思ったかも。

 僕がすごいとかそういうことじゃない。

 自分の知らない世界を知った時、その世界を開拓した人物が目の前にいた時、高揚するものなんだろう。


「とにかくこの魔法の研究を僕はもっと進めたいと思っています。

 妖精に興味があるというのもありますが、それが僕の調査の目的でもあります」

「妖精は魔力に深くかかわっているようですからな……魔法の発展に役立つ可能性があると」

「そう僕は考えています。問題はないかと思いましたが共同調査を行うにあたり、隠しておくべきではないと思ったので話させていただきました」

「シオン先生……あなたは本当に素晴らしいお人ですな。

 実績、人格、技術、才能、努力……様々な要素において、これほどに尊敬に値する人物に会ったことは初めてです」

「おおげさですよ、伯爵。僕はただ魔法を使いたかった。

 怠惰病に罹った姉を救いたかった。

 それだけなんです。別に大層な理由なんてないんですよ」

「……ふふふ。そうですな。シオン先生は自分の望みを叶えるために行動している。

 そういうことなのでしょうな」

「そういうことです」


 僕と伯爵は含みのある笑みを浮かべあった。


「では儂も己の望み通り、妖精の調査を進めましょう。

 まずは妖精語の解読からですな。

 魔法に関しても知りたいところですが……」

「それに関しては休憩時間にでも話しますよ。

 それと一応ドミニクには黙っていただけると」

「ふむ。わかりました。あやつならば問題ないとは思いますが、明かす相手は慎重に決めた方がよろしいでしょうからな」


 伯爵はドミニクを認めているのだろうか。

 伯爵がリスティアから帰還した後に、ドミニクが護衛についたという話だったはずだけど、そこまで信用しているということはそれ以前から交流があったんだろうか。

 ゴルトバ伯爵はメディフの王と親交があると、ドミニクは言っていたけど。

 まあ、二人の間柄を知る必要はないか。

 あんまりプライベートに踏み込むのは好きじゃないし。


「では調査を始めましょうか。

 調査の進め方は、基本的にメルフィに話してもらって、その表情や挙動から何を言いたいのかを推測して、その状態の魔力の色、大きさ、浮かび方、口の動き、などを詳細に記録していくことから始めましょうか」

「さすがはシオン先生。学者と同じ考えをしておりますな。

 何かを知り得るにはすべてを記憶する必要がある。

 そして条件を加味し、結果や成果から無駄を省き正解を導く。調査、研究の基本ですな!」

「そ、そうなんですか。僕はこういう風に研究に勤しんでいたので、ほかの人のやり方は知らないのですが」


 僕の言葉を受けて、伯爵はまた驚愕に打ち震えていた。

 あ、またまずいこと言っちゃったのかな。

 しかし伯爵は大きく息を吐き、冷静さを取り戻した様子だった。


「……ふぅ、危うくまた歓喜に叫ぶところでした。

 まったくシオン先生はお人が悪い。儂を感動殺すつもりですかな?」

「あ、あはは、はは……」


 曖昧に笑い適当にお茶を濁した。

 伯爵は感動屋さんなんだなぁ……。

 伯爵は俊敏な動きで鞄から大量の羊皮紙とペンを取り出す。

 ちなみに僕も紙とペンは大量に用意している。

 滅茶苦茶高いけど、お金の使い道がないので別に気にせず買ってきた。

 研究や調査には必需品だからね。

 僕は気を取り直して、メルフィと会話をすることにした。

 彼女は敷物に座りあくびをしている。

 妖精は眠る生態があるから、あくびもするらしい。

 これも新たな発見だな。

 メルフィは僕の視線に気づくと、嬉しそうに僕に向き直り、座った。

 かなり感情が豊かだ。メルフィが特にそうなのかもしれないけれど。


「メルフィ。僕とお話ししてくれる?」


 僕が言うと、メルフィはこてんと首を傾げた。

 しかしすぐに何かを言い始め、魔力の玉が口腔から浮かぶ。

 伯爵は即座にその様子を書き記す。

 普段から一人で研究や調査をしている分慣れているらしい。

 頼りになる人だ。

 今までは基本的に一人でやっていたから、こういう風に共同でやるのは始めてだ。

 なんか嬉しくなってくる。


「シオン先生。会話の内容を決めておいた方がよいのでは?

 ある程度、傾向を作っておいた方が解読も容易かと」

「そうですね……では最初は簡単な【挨拶】【自己紹介】あたりから行きましょう。

 それと……表情から汲み取れる感情も書いておいてください。魔力は意思や感情も重要ですから」

「承知いたしましたぞ!」


 僕は伯爵に大きくうなずき、そしてメルフィに向き直る。

 さあ、始めよう。

 妖精語の解読を。

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