第138話 僕は知っている

 家の中は意外にも一般的な家に近かった。

 ただし、設備は全体的に古臭くも感じた。

 建築して、かなり時間が経っているのだろうか。

 この世界の文明の進化具合は非常に遅い。

 数年前の建造物かと思えば、実は数十年前のものだったりする。

 もちろん老朽化している場合が多いけど、素材や造りは頑丈なのか比較的に強度を保っている。

 長く使うという考えが根っこにあるから、補強して扱うことが多く、そのためかなり古い建造物が多いように思える。

 この家もご多分に漏れず、補強した家なのかと思ったけど、造りは古くても、長く使われた家のように見えなかった。

 懐古主義者の人が住んでいた家なのかな。


 リビングと台所があり、部屋の隅に本棚と机があるだけ。

 二階もあるようで吹き抜けを見上げると扉が二つ見えた。

 客間と寝室かな。

 台所には使った形跡があった。

 しかし全体的に綺麗に清掃がされているようで、埃は溜まっていない。

 誰かが生活していた、あるいは妖精たちが掃除しているのだろうか。

 家の中を桜色と緑色の妖精が焦りながら飛び回っている。

 僕たちを警戒していることは明白だった。

 妖精たちはひとしきり飛び回ると、離れたところで止まり、二人して抱き合いながら震えていた。

 僕の肩に止まったままの妖精が何やら二人に話しかける。

 二人はわかりやすいほどに動揺しており、何度も首を横に振っていた。


『この人は大丈夫だよ』

『大丈夫なわけないよ!』

『人間は危険だよ!』


 そんな会話をしているのだろうか。

 いや、今適当に考えたから正しいかはわからないけど。

 あながち間違ってないと思う。

 青の妖精が説得し続けているらしい様子を僕たちは見守ることしかできない。

 数分して、少しは落ち着きを取り戻したらしい二人の妖精は、恐る恐る僕たちに近づいてきた。

 僕がニコッと笑うと、二人は顔を見合わせ、また少し離れた場所に移動した。

 さっきよりは警戒心は緩まっているけど、信用はしていないようだ。

 一定の距離を取り、僕たちの動向を見守っている。

 すぐに仲良くなるのは難しそうだ。

 ふと青の妖精を見ると嬉しそうに笑顔を見せた。

 コボルトから助けたとはいえ、かなり人懐っこい妖精なのかもしれない。

 触れたいけど、距離感を間違うと警戒されるかもしれないし、やめておこう。

 僕は笑顔を返すだけに留めた。


「とりあえず、家にいることは許してもらえたみたいですね」

「ど、どうやらそのようですな……しかし、シオン先生、その肩に乗っている妖精は一体?」

「以前、コボルトに捕まっていたところを姉さんと一緒に助けた妖精ですね」

「ええ。懐かしいわね。というかこの子、よくあたしたちのこと覚えてたわね。

 それにコボルト討伐はイストリア付近の森でのことだったし、ここが故郷なら、かなりの距離を移動したってことになるわね……」

「ふむぅ、なるほどですな。

 しかし、それほどの距離を妖精が移動した、という話は今まで聞いたことがありませんな。

 もしかしたら妖精は別々の森を行き来する習性があるのでしょうか……。

 しかし妖精が恩を覚えているとは、やはり知能はかなり高いようですな!!

 これは新発見ですぞ! しかも妖精の村まであるとは!

 や、やはりシオン先生をお待ちしてよかった!

 先生と一緒にいると続々と新たな発見できますな!」


 伯爵が興奮した様子で叫んだ。

 すると妖精たちがビクッとして、僕たちを凝視する。


「伯爵……」

「す、すみませぬ……気を付けますぞ。申し訳ない」


 伯爵は慌てて僕たちと妖精に頭を下げた。

 その様子を見て、妖精たちはひとまずは納得したようだった。

 妖精に素直に謝るその姿勢に、僕は好印象を抱いた。

 やっぱり伯爵は分け隔てなく接することができる人格者のようだ。

 まあ、怠惰病治療研修会で、自分よりも圧倒的に年下の連中や僕に敬意を持って接していたりしたから、わかっていたけどね。


「とりあえず家の中を調べさせてもらいますか。

 妖精たちの機嫌を損なわないように」


 全員で慎重に家内の調査を始めた。

 二階の二部屋は客室と寝室。

 寝室には本棚と机があったけど、棚に入っている本は一冊だけだった。

 手に取り中に目を通すが、見たことのない文字が羅列しているだけで、読めない。

 ミミズ文字のような感じで、中東にありそうな複雑な文字に見えた。

 後で伯爵に読めるか聞いてみよう。

 机を調べてみても何もない。

 客室も見てみたけど、家の主人の情報はなく、妖精に関しての情報もなかった。

 結局、本一冊だけか。

 僕は本を手に、一階に戻る。


「伯爵。この文字読めますか?」

「拝見しますぞ」


 伯爵は本に目を通しながら唸っていたが、やがて諦めたように首を横に振る。


「見たことがない文字ですな。儂では読めません……。

 古代言語か、あるいは未発見の言語やもしれませんな」


 古代言語。

 もしかしてルグレ関連か、それとも魔族の扱う言語か。

 千年前のルグレ戦争の歴史がうやむやになっている世界のことだ、ルグレ戦争以前の歴史も記録していないんじゃないだろうか。

 まあ、地球でも歴史なんて何かしらの文献を発見して、初めて明かされることなんてごまんとある。

 科学が発展している世界でもそうなんだから、この世界ではより顕著だろう。


「言語学者なら読めますか?」

「難しいでしょうな。

 古代言語の資料自体ほとんど残っていない上に、言語学者の数は非常に少ないですから。

 学者の中でも、需要もないですし、何より稼げませんからな……」


 かと言って、僕たちだけで解読できるかと言えば、難しいだろう。

 そも言語の解読をゼロから始めた場合、専門家が束になってもすべてを読み解ける可能性は低いはずだ。

 ど素人の僕たちにそれができるとは思えない。

 落胆と共に、僕は本を何となくめくり続けた。

 ある個所で目が止まる。


 どうして。

 この文字が。


 ドクンと、心臓が一鳴りした。

 一瞬にして全身に汗が滲み、手が震える。

 これは一体どういうことだ。


「どうかしたの?」


 姉さんの言葉が鼓膜を揺らす。

 しかし僕の意識は本に割かれたままだった。

 僕はその一文から目が離せなかった。

 そこにはこう書かれていた。


 【日本語】で【地球】と。

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