第136話 それはまるで魔法のように

 妖精たちの魔力の残滓を僕たちは追った。

 ちなみに先頭は僕だ。

 なぜならばドミニクは気絶して、騎士の一人に背負われているし、他に妖精を追える人がいないからだ。

 姉さんや伯爵も、微量な魔力の残滓を見分けることはできないし。

 それにさっきの戦闘により僕の力量は認められたというのも理由の一つだろう。

 妖精の身体からは魔力の粒子が溢れて、虚空を舞っている。

 鱗粉にも思えるが、魔力は触れても実体はない。

 僕たちは魔力を追い、森の中を進んだ。


「やはり小さな集落の方に向かっておるようですな」


 伯爵は思考を巡らせている様子だった。


「集落って、さっきの湖もそうだったんですよね?

 その割には家とか巣らしいものはなかったですが」

「ふむ、話しておりませんでしたが妖精たちは家や巣を持たないようなのです。

 湖や川などに出没し、ふとした時に消えるようにいなくなる、というのが習性でして。

 人の気配を感じるとすぐに逃げてしまうのですが」

「住処がないのでしょうか」

「それも定かではありませんな。

 そもそも集落、と呼んでいるのは、妖精の生態が不明な上に目撃されている場所が数か所しかないため、その場所に住んでいるのだろう、という仮定の上で呼ばれているだけですので」

「実際は別の場所に住居を構えているかもしれない、と?」

「ありえなくもありませんが、アルスフィアの調査自体は昔からされており、大半の場所は調査されておりますから、妖精の住処があれば発見されているかと思いますぞ」


 となると、やはり妖精たちは普通の生物とは違った生態を持ち、住処のような場所を持たない特殊な生き物なのだろうか。

 そもそも生き物に類するのかどうかもわからないけど。

 よくあるのは妖精は精神体、いわばアストラル体と呼ばれる存在で、生物とは違った幻想的な存在であるという説だ。

 仮に魔力を生み出し、あるいは魔力に深く関わる存在であるならば一般的な生物に対する常識が通用しない可能性はある。

 実態はなく、忽然と姿を消す、ということも可能かもしれないし、住処はないか、あるいは人間が簡単に見つけられない場所にあるか。

 いいね。こういうのわくわくするよ。

 正直、魔法以外だとあんまり幻想的な存在がいないからね、この世界は。

 しばらく歩いていると魔力の残滓がさらに増えていった。

 十数ほどの魔力の粒子は宙を流れ、まるで瞬く星々のように美しかった。


「これは……なんと美しい」

「綺麗ね……」


 これほどの魔力ならば伯爵や姉さんにも見える。

 二人はうっとりとしながら魔力のプラネタリウムに見入っていた。

 ウィノナや騎士たちには見えていないため、疑問符を浮かべている。

 魔力の粒子が続く方向へ僕たちは進んだ。

 茂みを出ると、やや開けた場所に出る。

 そこには妖精の姿はなく、魔力の残滓もまた途絶えていた。


「いませんな……ここが妖精の集落なのですが」

「僕たちの気配を感じて逃げた、というわけではなさそうですね」


 魔力の残滓はどこにも移動していないのだ。

 あえて魔力を残し、陽動として使ったのだろうか。

 ありえなくもないが、そもそも僕たちが魔力が見えると妖精は知っているのだろうか。

 念のためやってみたという可能性もあるから何とも言えないけれど。

 僕たちは辺りを調べた。

 妖精のいた形跡は一切なかった。

 付近にも魔力の残滓はない。


 さてどうしたものか。

 間違いなくここに一度、妖精たちは来ている。

 彼女たちの存在も視認しているので、どこかにいるのは間違いないのだが。

 姉さんは辺りの様子を確認している。

 警戒を怠っていないのはさすがだ。


「伯爵。妖精はどういう生態をしているんですか?

 例えば、何を食べるのかとか、普段はどういう生活をしているのかとか」

「ふむ、その辺りの話もしておきましょうか。

 妖精学は閉鎖的な学問ですし、シオン先生ほどの方でもご存じないでしょう。

 メディフ内でも知っている人間は数えるほどしかおりませんからな……。

 妖精屋などという輩も、妖精のことを知らずに商売をしているほどですからな」

「檻に入れていたのは見たことがありますね」

「妖精は不思議な存在でしてな、閉じ込めてもするりとどこかへ逃げてしまうのです。

 そのため檻は特注品を用意するようですな。アルスフィアにのみ存在する特殊な鉄鉱石を使うとか」

「アルスフィアに入るのは限られた人間だけなのでは?」

「ええ、しかし中には悪事に手を染める者もおりまして、研究者として恥ずかしい限りです。

 しかしアルスフィア内の自然物自体、持ち出しを厳密に制限はしておりませんゆえ、現在も他国への輸出は行われている様子ですな」

「リスティアにも妖精屋はありますし、妖精を買いたいという人間は多いんでしょうね」

「興味を持つ一人として気持ちはわかります。ですがやっていることに賛同はできませんな。

 妖精には意思がある。食すわけでもなくただ娯楽のためにその生物を拘束するのは、理解できませんな」

「耳が痛い話ですね。僕も気を付けないと」

「儂も同じですぞ。人間、いつ道を踏み外すかわかりませんからな。

 おっと失礼、話が脱線しましたな。

 妖精の生態ですが、食事や排泄は行わず、澄んだ水だけを与えれば良いようです。

 夜半には就寝し、朝には起きるという人間と似たような生活をする傾向にあるようです。

 見た目は様々な色合いの髪と瞳、衣服を着ておりますな。

 人間に触れられるのを極端に恐れ、人間に近づくこともまたほとんどありません。

 現時点では妖精と交流を図れた人間がいた、という記録は残っておりませんな」

「警戒心がかなり強いんですね」

「そのようで。妖精は外敵に対抗する術を持たない様子ですからな。

 妖精の寿命は不明ですが、死んでしまうと姿が消えてしまいます。

 またコミュニケーションに関しては、口を動かすという習性があるため、人間と同様に口語かあるいは動きによって相手に意思を伝えるという術を持っているのではないかと言われておりました。

 これに関してはシオン先生から魔力が口腔から出ているとおっしゃっていたため、より濃厚になりましたな」


 妖精が口を動かすと同時に魔力の球が溢れる。

 以前コボルトの住処を襲撃して、妖精を助けた時に確かに見た。

 僕には何かを言っていたように見えた。

 まだ確証はないけれど。


「妖精は半透明の羽を持ち、自在に空を舞えます。

 移動速度は鳥には劣りますが、それなりの速度を保ち、外敵に気づくとすぐさま逃げ出します。

 あとは、そうですな……各国の妖精には目立った違いはありませんな。

 土地の違いで特性が変わるということはない、というのが現在の妖精学界では普遍的な見解ですぞ」

「妖精はどうやって生まれているんでしょう?」

「それがまだ判明しておりませんな。見た目はメスのみですが、繁殖をするのか、あるいは無性生物なのか、あるいは別の繁殖方法があるのか。

 そういった部分に関しても謎に包まれておりまして。

 長年調査をしても、ほとんどわかっていないのです。

 ただ妖精に関して深く調べていた学者は多くはなかったようですし、儂はもともと魔物学に傾倒しておりまして、妖精学について学び始めて日が浅いですからな。

 加えて魔力を視認できる人間は数少ないですから、調べていく内に色々と判明するかもしれませんぞ」

「なるほど、ありがとうございます。

 聞いている限りだと、妖精は突然消える可能性がありそうですね。

 それに『眠るのならば住処がないのはおかしい』ですから、やはりどこかに妖精たちの集落があると考えるのが妥当でしょう」

「ええ、儂もそう考えておりました。

 そして綺麗な水が必要だからこそ、湖にいる時間が長かったのでしょうな。

 しかし、アルスフィア全体を探すわけにもいきませんからな……」

「全体を探す必要はないと思います」

「と、言いますと?」


 首を傾げる伯爵に対して、僕は両手を広げた。


「ここですよ、妖精の集落は」

「ここ、ですかな? しかし、魔力は途絶えておりますが」

「途絶えているからこそ、移動はしていないと、僕は考えます。敢えて魔力を残さず逃げたという可能性も考えましたが、恐らくそれはないでしょう。

 そもそも妖精たちが最初に逃げた時点では、魔力の残滓は僕にしか見えないほどの微量しかありませんでしたから、敢えて魔力を見せてこの場に陽動する意味はあまりないです。

 仮に魔力を消せるのなら、最初から消せばいいですからね」

「確かにそうですな。とすると、妖精たちは儂たちが魔力の残滓を追ってくるとは考えなかった、というわけですかな?」

「ええ。そしてこの場で魔力が途絶えた。

 つまりこの場所に何かがあり、妖精たちはこの場所で姿を消した」

「現実味は薄いですが、理屈ではそれが最も妥当ですな。

 しかしそれが事実ならば、どうやって妖精たちを探せばいいのでしょうな……」


 伯爵は思考の海に潜ろうとしていた。

 彼は研究者だ。仮に僕が答えを持っていようとも、すぐに答えを促すような性格をしていないらしい。

 自分で考え、自分で答えを出す。

 その考え方は僕に近いと感じた。

 少しだけ嬉しいと思った。

 僕は伯爵の答えを待った。

 しかし伯爵は歯噛みし、悔しそうに頭を振った。


「……ふむ、儂の考えだけでは答えを出せそうにありませんな。

 シオン先生。おそらくはここで途絶えた魔力を何かしらの理由で追うのでしょうが、その方法をご教授願えませんかな?」

「ええ。といっても確実じゃないんですが。

 この魔力の残滓、よくよく見ると流れるように残っていて、止まっている様子はないんです。

 つまり何かしらの方法を行使するとき、妖精たちは止まらずに移動し続けている」

「とすると鍵のようなものを使っているわけではない、と?」


 簡単に言えば自動許可制の自動ドアと施錠した扉の違い、みたいなものだ。

 前者は条件さえ満たせば、すぐに自動ドアが開くが、施錠した扉は扉を開くために鍵を使う必要があり、絶対的に開錠の時間が必要になる。


「さすが伯爵。その通りです。

 鍵のようなものを使った、つまり何かしらの行動を起こして姿を消したわけではないですね。魔力が途絶えたのではなく、妖精は無意識かそれに近い、時間や行動を必要としない何かを用いて、前者の結果をもたらしたわけです。

 個々の妖精が姿を消せるという可能性はありますが、それならば同じ場所で魔力が消えているのはおかしい。

 これはこの場、この空間に、何かがあるということの証拠になります」

「な、なるほど。つまり、見えない扉のようなものがそこにある、と?」

「僕の予想が正しければですが。下がっていてもらえますか?」


 言うと伯爵は慌てて、駆け足で後方へと下がった。

 姉さんは特に気にした風もなく僕を見守り、ウィノナや騎士たちは何事かと僕を注視している。

 さて、どうなるか楽しみだ。

 僕は集魔で右手に魔力を集める。

 久しぶりだから簡単に説明するが、魔力には体中に魔力を帯びさせる帯魔と、一部に魔力を集める集魔がある。

 帯魔状態では基本的に魔法を使うことは難しく、集魔を用いて魔法を扱う。

 右手だけでなく左手、足や頭などの部分にも魔力を集めることは可能だ。

 最初は右手だけだったけど、現在は大半の部位に集魔ができるようになっている。

 僕が一度の集魔で集められる魔力は1万が限度だけど、威力を鑑みても相当な魔力量だ。

 正直、そんな魔力を集めたら、周辺の森が吹っ飛ぶと思う。

 ちなみに赫夜を境に簡単な魔法ならすぐに再使用が可能だ。

 例えば100程度なら即座に再使用が可能で、連続使用もできる。

 しかし1000になれば、魔力を練る時間も必要なため、発動までタイムラグが生まれ、再使用もまた数秒がかかる。

 1万となれば使用に数秒。そして再使用に5秒必要になる。

 魔力量によって多少は放出された魔力の滞在時間は変わるが、大差はなく、再使用に必要な最大時間である5秒から10秒程度の内に、魔力は消える。

 ちなみに集魔や帯魔の場合は魔力が消えることはなく常時存在している――もちろん自然に魔力は消費していく――が、それはブーストやシールドにしか使えず、またブーストのように魔法として活用した時点で『使用した』という状態になるため、ほかの魔法を使った時と同様に再使用までの時間が必要になる。


 右手に集めた魔力量を、妖精が残した魔力量と同じに調整する。

 通常の魔力だと、透明で濃厚な性質のようになっているけど、薄く伸ばし、そして粒子として浮かび上がらせた。

 可能な限り妖精の魔力と同じように調整する。

 その手を、妖精たちの魔力が消えた空間に伸ばした。

 瞬間。

 グゥゥゥ、と重苦しい低音と共に、空間が張り裂けた。

 鏡のような楕円形の空間がそこに生まれ、その先には別の場所が映っている。

 え?

 いや、え?

 まさかの反応に、僕自身も驚いてしまう。

 もっとなんというか普通に、妖精たちが実はそこにいたとか、そんな風なイメージだったのに。

 これは想定外の結果だった。

 これはいわゆるゲートって奴だろうか。

 ゲートは僕たちを招くように開いたままだった。

 見える景色は相変わらずの森だったが、アルスフィア内よりもさらに魔力が濃い。


「な、なにが起きたのですかな!!?」

「も、もしかしてそこが妖精たちの住処だったり?」

「シ、シオン様! お、お怪我はありませんか!?」

「い、一体なんだこれは……」


 それぞれが思い思いの反応を見せる。

 みんなと同じように僕も激しく動揺していた。

 心臓がバクバクしている。

 だって。

 目の前のこれは、まさしく魔法のようだったから。

 僕以外に魔法を使える存在はいない。

 いや、正確には似たような芸当ができる存在はいる。

 魔族。

 奴らは魔法ではなく、魔術を使う。

 僕の魔法を見て、魔族であるエインツヴェルフはそう言っていた。

 でも根本的に違う何かがあるような気もしていた。

 奴が使っていた魔術と、僕が使っていた魔法は似て非なるものだと僕は感じていた。

 もしかしたら妖精には魔族が関わっているのか?

 それとも妖精が魔族に近しい存在なのか。

 わからない。わからないが、僕は高揚していた。

 この先にその答えが待っている。


「行こう」


 意を決して僕は言う。

 みんなは戸惑い、逡巡しながらも僕の後ろに並んだ。

 僕は空間……ゲートの中へと入った。

 新たな場所へ、足を踏み入れた瞬間だった。

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