第135話 格付け完了

 灰色オークの棍棒が僕に迫る。

 視界の隅でドミニクたちが、ほかのオークと対峙するのを確認すると、僕は右手の甲で棍棒を弾いた。

 ガギィ、という重い金属音が辺りに響き渡る。

 改良型雷火はかなりの強度を誇っているというのを確認するための捌き方だ。

 当然、シールドの効果もあって、手の骨も肉も肌も無傷。


「さすがフレイヤだね」


 改良してもらってから実戦で使ったのは今回が初めてだ。

 うん、いい調子だね。これなら魔族相手でも使えそうだ。

 渾身の一撃を軽々といなされた灰色オークは戸惑いをにじませる。

 戦意を少しは喪失したのだろうか。

 と思ったが、すぐに憤り灰色オークは再度の攻撃。

 僕は敵の攻撃をいなす。再び攻撃、いなす、攻撃。


 これを数十度も繰り返すと、灰色オークはぜひぜひと息を荒げだした。

 雷火は無事。かなりの強度ということは確認できた。

 ドミニクたちの動向を見守ってもいたけど、どうやら何とかオークを討伐できそうだった。

 オーク相手にできる実験はこれくらいか。

 魔法に関してはあまり使えないし、オークでなければ試せないものもない。

 僕はおもむろに疲弊している灰色オークに近づく。

 あまりに普通の所作だからか、灰色オークは反応できない。

 僕は、オークの胸部に両手を伸ばすと同時にボルトを放った。


「オゴゴゴゴォ!?」


 オークは白目をむき、空を見上げるとそのまま後方へ倒れた。

 痙攣を続けるオーク。

 僕はオークの隣で座り込み、観察する。

 魔力量は500程度のボルトでも、直接体に流せばかなりの威力があるようだ。

 特に心臓に直接流すイメージでやれば、効果は絶大。

 これはこれで使えそうだ。

 今までは、フレアストームやハイブロウのような見た目が派手で、大味な魔法の使い方が多かったけど、人目を気にするのならばこういった使い方も模索する必要があるだろう。

 まあ、現時点でブーストを使っているから、傍目から見たらおかしな行動をしているんだけどね……。


「外傷もなく、見事に即死させておりますな。

 オークは肉が厚く、武器で倒すことは困難だと言われているのですが。

 ……これは火傷? ふむ、いったいどのような方法で倒したのですかな?」


 気づけば隣に座りこんで、オークを眺めている伯爵がいた。

 僕はぎょっとして、辺りを見回すと、すでにドミニクたちはオークたちを倒していた。

 なるほど安全を確認してはいるのか。

 興味津々とばかりに僕を見ている、伯爵に僕は苦笑を返す。

 伯爵になら、魔法のことを話してもよさそうだけど、近くにドミニクたちがいるし、念のために今は控えておくか。 


「この武器を使って、ですね」

「ほう? ちょっと拝見しても」

「ええ。ですが気を付けてください。これは近づけると電流が走るので」

「電流? むむ、知らぬ言葉ですな……では失礼します」


 僕は雷火を外して伯爵に渡す。

 伯爵は雷火を一心に見つめていた。


「なるほど、これは確か雷鉱石でしたか、それと同じ特性を持っている様子。

 しかしあの鉱石は加工ができないという話でしたが……」

「そうだったのですが、色々ありまして」

「ふむ、興味はありますが、儂は鍛冶や鉱石学は専門外ですし、これ以上は踏み込みますまい。

 しかし、やはりシオン先生は素晴らしい!

 医学だけでなく、鍛冶にも精通しているとは……。

 さすがシオン先生は儂の尊敬する方ですな!」

「い、いえ、そんなに大したものじゃないんですが」


 作ったのはグラストさんであり、改良したのはフレイヤだ。

 僕は偉そうに指示を出しただけで、本当に大したことはしていない。

 しかし伯爵は尊敬の視線を向けている。

 本当、純粋だなぁ、この人。

 そんな会話の中、ドミニクは沈痛の面持ちでたたずんでいた。


「シオン様……申し訳ありません。騎士でありながら、助けていただくとは……。

 力不足を痛感しております」

「あまり気にしないで」


 そう言うことしかできなかった。

 正直、プライドを傷つけてしまったのではないかとも思った。

 ただあのまま見ていたらおそらく、誰かは死んでいただろう。

 僕が嫌われるだけでいいのなら、それでいい。

 そう思っていたのだが。

 ドミニクや騎士たちは僕の前に並ぶと、一斉に跪いた。


「シオン様……いやシオン先生! 私たちに戦い方をご教授願えませんか!?」

「…………はい?」


 思ってもみない反応に僕の頭は真っ白になる。

 何言ってるの?

 いやいや、おかしいでしょ!?

 一般人が身の程も理解せずに、前に出たら嫉妬したり、余計なことをするなっていうのが普通じゃないの!?

 僕は激しく動揺した。

 それはもう動揺しまくった。

 僕は事前に予想したり、準備したり、心構えをすることで問題や物事に対処するタイプだ。

 だから突発的なことが起きると対処できなかったり、すぐに動揺する。

 姉さんが突然倒れた時とか、赫夜の時とかもそうだ。

 だから想像の域を出なければ冷静に対処できるが、想定しなければ狼狽する。

 今は狼狽モードだ。


「そ、そもそも師匠や教える立場の人がいるのでは?」

「いいえ、いません!」

「我々は個々に訓練をするように言われておりまして」

「それぞれ教えを乞う方がいるのが通常ではあるのですが、物足りなさを感じておりました」

「シオン先生ほどの方は見たことがありません!」

「是非とも、是非とも我々にご教授くださいッッ!!」


 騎士たちの熱のこもった、いや血走った眼を向けられる。

 怖い。なんだこの人たち。

 あれか、剣術バカって奴か!?

 やばい、なんかやばい気がする。

 僕は助けを求めるように姉さんに目を向けた。

 姉さんは綺麗に笑い、小首をかしげた。

 あ、これ助ける気ないな。

 ぐぬぬ、そっちがその気なら!


「い、いやあ、僕は剣術は専門外なので。

 僕の姉は、剣術も身のこなしも僕よりも圧倒的に上ですから、姉さんに頼んではいかがですか?」


 僕の言葉を受けて、姉さんは、ぎょっと目を見開いた。

 そして僕を睨みつけ、拳を握る。

 ふふふ、姉さんだけ高みの見物なんてさせないよ。

 死なばもろとも、むしろ責任を擦り付けていく。

 それに言っていることは間違ってないと思うんだ。

 僕は魔法を使う前提で父さんと訓練していたし、剣士の姉さんの方が、ドミニクたちを鍛えるのは向いているだろう……と思ったのだけど。


「失礼ですがシオン様。才があろうと所詮は女性。

 剣士として我々が負ける道理はございません」

「騎士にも一人として女性はおりませんゆえ」

「筋力も技術も男に劣りますからね」


 あ、やっちゃったなこれ。

 姉さんは頬をひくひくとさせてドミニクたちの背中を睨んでいた。

 剣術だけで見たら、姉さんレベルの人なんてそうそういないんだけど。

 しかもブーストまで使えるのだから、滅茶苦茶強いのに。

 なんてことを言えず、僕は冷や汗をかきつつ、両手を上げた。

 いつの間にか姉さんはドミニクたちの背後に立っていたのだ。

 姉さんはあまり怒る性格ではない。普段、怒ることはあまりないのだ。

 ただ剣術に関して馬鹿にされたり、女のくせにとか言われたら怒る。

 そりゃもう怒髪天を衝く。

 家では怒らないけど、冒険者たちには結構牙をむいたものだ。

 まあ、その話はいつか。

 鬼の形相で背後に立つ姉さんに気づいたのか、ドミニクたちはゆっくりと振り向いた。


「あたしが弱いかどうか、試してみる?」


 今にも剣を抜きそうな勢いである。

 我が姉ながら怖い。

 普段は優しい姉が怒った時というのは、背筋が凍るほどの恐怖を感じるものだ。

 僕は逃げるように後ずさる。


「ふっ、いいでしょう。女性に現実を見せるのも騎士の役目。

 なあに、手加減はしますのでご安心ください」

「て、てて、手加減ですって!? 

 し、してもらおうじゃない。できることならねっ!!!」


 剣を抜き対峙する二人。

 そんな二人を前に、おろおろしているウィノナと、野次馬と化す騎士たち。

 ああ、こりゃダメだ。

 僕は呆れ顔のままに嘆息する。

 すると不意に視界の端に何かが見えた気がした。


「あ、あれ」


 僕は思わず声を漏らす。

 そこにいたのは妖精たちだった。

 緑色、青色、桜色の髪と羽と衣服を着た妖精三体がそこにいた。

 僕と目が合うと慌てて逃げ去っていく。


「あ! ちょ、ちょっと!」


 妖精たちの姿が消えると、後方から伯爵が走り寄ってくる。

 この人、さっきの一連の流れの中で、いつの間にか離れてたんだよね。

 巻き込まれないように逃げていたその素早さに僕は舌を巻いた。


「どうしました、シオン先生! 何事ですかな!?」

「そこに妖精がいたんですが、逃げてしまったみたいで」

「ふむ……この近くに小さい妖精の集落があったかと。そちらに行ったのかもしれませんな。

 魔物が現れたことで大集落の妖精たちは別の集落に移住した、と考えられますが」

「そっちに行ってみましょうか」

「そうですな。魔物を討伐して、もう安全でしょうし」


 僕は伯爵の言葉に同意しなかった。

 なぜなら魔物たちをすべて討伐したとは思えなかったからだ。

 証拠も根拠もないが、でも恐らくは僕の直感は間違っていない。

 なぜなら森の中には不穏な空気が、まだ漂ったままだったからだ。


 後方では、気絶したドミニクと勝ち誇る姉、半泣きで僕に助けを求めるウィノナと、ドミニクに声をかけ続ける騎士たちがいた。

 僕は諦観のままに笑うことしかできなかった。

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