第127話 旅立ち


 日が昇って間もなく、僕たちは玄関先で出発の準備を整え終えた。


「それじゃ、行ってくるよ」

「お父様、お母さま行ってきます!」


 僕と姉さんが言うと、父さんと母さんは緩慢にうなずいた。

 母さんは優しい笑顔を浮かべているけれど、どこか寂しげだった。

 父さんはいつも通りの口調で言った。


「ああ、二人とも元気でな。不安はないが、心配はしている。

 便りを送るようにな。それと毎回言っているが」

「困った時はすぐに連絡しろ、でしょ?」

「ああ、その通りだ。わかっているならいい。

 マリーもあまり無茶はするなよ。病み上がりだからな」

「大丈夫よお父様、シオンもウィノナもいるんだから」


 落ち着いた様子で姉さんは答える。

 返答に満足したのか父さんは大きくうなずいた。


「シオンちゃん、マリーちゃん、気を付けてね。

 世界にはいい人も悪い人もいるから、ちゃんと見て、判断するのよ。

 それとご飯はちゃんと食べること。シオンちゃんはあまり魔法のことばかりにかかりきりにならないで、マリーちゃんは剣術の鍛錬をしすぎないようにねぇ。

 それから」


 母さんにしては珍しくわかりやすいほどに、僕たちを心配していた。

 今まで、僕たちが何かしようとしても、大丈夫、わかったと二つ返事で受け入れてくれていたのに。


「エマ。それくらいにしておきなさい」

「あ……ご、ごめんなさいねぇ。わたしったら……」


 誤魔化すように笑う母さんの姿は、僕の胸を締め付けた。

 親を心配させるようなことをしたくはない。

 けれどずっとそばにいるわけにもいかない。

 その葛藤が、余計に僕の心を苛んだ。

 思わず顔をしかめてしまった僕を、母さんは抱きしめる。


「ごめんなさいねぇ。シオンちゃんは優しいから、逆に心配させちゃったわねぇ。

 子供の成長を親が止めちゃいけないってわかってるのにねぇ。

 ……本音で言えば寂しいわ。けれど、嬉しくもあるの。

 シオンちゃんも、マリーちゃんも大人になっていってるんだって思うから」


 ふんわりといいニオイがした。

 母親の温かさを感じて、僕の心は落ち着いていく。

 母さんは母さんだ。

 いつも優しく、僕たちのことを考えてくれている人。

 この世界に生まれて十三年ほど。

 その時間があったからこそ、母さんを本当の母親だと僕は思っていた。

 年齢も生まれも関係なく、ただただ家族を愛していた。

 母さんはやんわりと僕から離れると、姉さんを抱きしめる。

 そして再び離れると普段通りの笑顔を見せた。


「いってらっしゃい。身体に気を付けてねぇ」

「うん。大丈夫。ウィノナもいるし、それに何かあったらみんなで助け合うから」

「お母様もお父様も、身体には気を付けてね」

「確かに、子供たちよりも、私たちの方が心配かもな……気を付けるとしよう」

「ふふふ、そうね。ありがとう、二人とも」


 僕は父さんと母さんの姿を目に焼き付けるように見つめた。

 みんなの家族になれて、僕は幸せだ。

 前世よりも、今の方がずっと幸せな生活を送れている。

 神様かあるいは別の何かのおかげなのか、転生できたことを僕は感謝している。


「じゃあ、そろそろ行くね」

「またね、お父様、お母様」

「ああ、またな」

「いってらっしゃい」


 僕たちが馬車に乗り込むと、ウィノナは両親に深いお辞儀をし、すぐに御者台に乗った。


「で、では出発します」


 ウィノナの号令と共に、馬車は動き出す。

 僕と姉さんは窓から顔を出して、父さんと母さんに手を振った。

 二人は大きく手を振り返してくれた。

 馬車が進み、豆粒ほどの姿になっても、四人とも手を振り続けた。

 やがて丘が互いの姿を隠してしまう。

 僕たちは別れを惜しむように緩慢に手を下げた。

 そして両親の姿が見えていた方向を見続けていた。

 一分ほどそうしていたけど、僕と姉さんはゆっくりと馬車の中へと戻った。


「お父様とお母様と離れるなんて初めてだから……なんだかすごく寂しいわね」

「今なら帰れるよ?」


 僕が言うと、姉さんがしたり顔で答える。


「冗談でしょ。引き下がると思う? あたしが」

「全然」


 僕は肩をすくめた。

 自分で決めたことは決して曲げない姉だ。

 決意を揺らげる気なんてさらさらないだろう。

 僕の答えに姉さんは満足そうに笑った。


「じゃあ、行きましょう!」

「メディフに!」


 僕たちは旅を始めた。

 それは長い旅路の始まりだった。

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