第126話 成長と停滞
自室で久しぶりの夜。
ベッドに寝ながら天井を見上げると、見慣れた光景が見える。
落ち着いているのに、どこかそわそわしてしまうのは、姉さんのことがあったからだろうか。
といっても明確に何かが起きたわけじゃないけど。
疲れているはずなのに眠れない。
かといって夜中に魔法の鍛錬をするわけにもいかない。
サノストリアに行ってから今まで、ほとんど魔法を使っていなかったからなぁ。
うずうずしているというのが本音だ。
ただ今の魔力量だと手加減が必要だし、ウィノナに見せたような小規模の魔法を正確に操作するという練習をすることになるだろう。
まっ、昼間であれば別に問題はないけどね。
もう女王の命令に従う理由はないわけだし。
現状、使える魔法をまとめてみる。
単一魔法は『フレア』『ボルト』『アクア』『ブロウ』。
特殊魔法は『ジャンプ』『フォール』『シールド』『ブースト』。
合成魔法は多いので省略するとして。
基本的な魔法はこの八つになる。
単一魔法は四属性魔法とも名付けていて、火雷風水というちょっと偏った属性だ。ゲームだと火水土風の四属性が多いんじゃないだろうか。
まあ、フォールは土属性と言えなくもないけど、使うのはブロウだし微妙な線だ。
現状、考えられる魔法はこれ以上はないと僕は思っている。
ゆえに持っている魔法を組み合わせることしか、今はできないわけだ。魔法の精度を高めたり、より深く調べたりということもできるが、現時点で新たな発見はないし、怠惰病治療により、魔力操作や感知の技術はかなり上がったと思う。
実際、研修会初日で見せた魔力の星空やウィノナに見せた魔法による演出も、魔力操作の高い技術があってできるものだ。
以前の僕だったら、あれほどのレベルではできなかったはず。
つまりあの期間は無駄ではなかったということだ。
現状を鑑みると、ある意味では停滞しているとも言えるが、その状況を打破するために妖精を調査するということでもあるわけで。
コンコン。
誰かが扉を叩いている。
深夜とまではいかないが、みんな就寝している時間だ。
いったい誰が?
僕は半身を起こし、ベッドに腰かけた。
「どうぞ」
入室を促すと、姿を見せたのは姉さんだった。
「夜にごめんなさい。ちょっと話がしたくて」
「ううん、いいよ」
姉さんは僕の隣に座る。
横顔を覗き見ると、少し緊張しているように見えた。
話ってなんだろうか。
僕は姉さんの言葉を待った。しかし姉さんは顔をこわばらせたまま床を見つめていた。
話しづらいことのようだ。
かなり気まずい。居心地が悪くなって、僕はとっさに口を開いた。
「そ、そういえばウィノナとお風呂に入ってたけど、何か話した?」
「え? え、ええ、もちろん話したわよ。
シオンがサノストリアで何をしていたのかとか、ウィノナがどういう人なのかとか。
貴族ってもっと、なんていうか居丈高だったりするのかな、って思ってたけれどあの子はいい子みたい。
ちょっと人見知りみたいだけど。
そうそう、シオンのことたくさん褒めてたわよ」
「そ、そっか」
詳しく聞くのがちょっと怖いので、あまり踏み込めない。
一体、ウィノナはどんなことを話したのだろうか。
自分で言うのもなんだけど、ウィノナはちょっと僕に依存している部分があったし、変なことを言ってなければいいけど。
姉さんが勘ぐってないか、僕は心配になった。
でも姉さんは嫉妬も不安も抱いていない様子だった。
変なことを言ってはいない、ということなのだろうか。
「あの子、シオンのこと好きなのかもね」
「え!?」
あまりに普通に、冷静にそう言われたものだから、僕は激しく動揺した。
まさか姉さんの口から、ウィノナが僕を好きかも、なんて言葉が出てくるとは思わなかった。
どういう心境の変化か。
以前の姉さんなら間違いなく嫉妬していたはずだ。
やっぱり父さんたちが言っていたように、姉さんは以前と違う。
「す、好き、とは違うと思う。多分、今までいろいろあったから、味方になった僕に、好意を持っているだけなんじゃないかな。
異性に対して、というよりは助けてくれたから、みたいな感じだと思う」
「そうかしら。確かにウィノナは複雑な家庭環境に置かれているみたいね。
どうみても貴族なのに、一貴族の侍女をしているくらいだし。
それだけであんなにシオンを慕うとは思えないけれど」
あんなにって、ウィノナは一体何を言ったのだろうか。
僕はなぜか全身に冷や汗を滲ませた。
今までに感じたことがない、敢えて表現するなら肝が冷えるという状態。
この場から逃げたい衝動に駆られ、僕の視線は部屋中を漂った。
「シオンは努力家だし、優しいし、頭もいい。
夢を実現する行動力もあるし、誰よりも先に進む勇気もある。
自分の信念を持っていて、誰とも違う魅力があると思うわ。
姉びいきかもしれないけど、けれどあたしはそう思うの。
だからシオンを好きになる女の子がいても不思議じゃない」
「そ、それは褒めすぎだよ……それに僕は誰かと付き合う気も、結婚する気もないし」
言うと、姉さんは再び神妙な面持ちになった。
何かまずいことでも言ったのだろうか。
再びの無言が部屋を満たす中、僕は姉さんの言葉を待った。
そして姉さんはゆっくりと口を開いた。
「シオンは小さい頃に約束したことを覚えてくれているのね」
「当たり前だよ。だって姉さんとの約束だから」
「そう……そうよね。シオンはそういう子だものね」
姉さんはなぜか自嘲気味に言い放った。
いつもは姉さんが何を考えているのか、手に取るようにわかっていた。
いやわかったつもりになっていただけだったのかもしれない。
僕たちは成長した。小さい子供じゃなく、大人になろうとしている子供になっている。
だからだろうか。
今は、姉さんのことがわからなくなっていた。
「シオン」
「……何、姉さん」
「あの約束、忘れて」
「…………え?」
思考が停止した。
何も考えられず、ただ姉さんの顔を見つめていた。
今、何を言った?
約束を忘れろって?
「幼い頃の約束だし、それに……あんな約束、シオンを縛るだけだもの。
一方的過ぎるし、シオンのことをまったく考えてなかった。
シオンを独り占めしたいって、あの頃は思っていたから、わがままだったから……」
「僕は……別に縛られてるとは思わないよ」
「そうね。シオンはそう言うと思ったわ。
シオンは優しいし、実際に約束を守ってくれると思う。
でもね、本当にそれでいいのかって、そう思ったの。
ずっと一緒にいて、シオンはこれからも一緒にいるって思ってた。
けれど、あたしが寝ている間にシオンがやってきたことを知って……そうじゃないんだって思ったの。
シオンはもっといろんな人と出会って、いろんなことを成し遂げる人なんだって。
だから……シオンの可能性を摘むような約束はしちゃダメだって思ったのよ。
今はよくても、これからどうなるかわからない。
もっとたくさんの経験をして、たくさんの場所へ行けば、考えも変わると思うの。
その時に、約束で縛りたくなんてないから。
だから約束なんて忘れていい。あたしも忘れるから」
姉さんは流暢に喋った。
もしかしたら事前に考えてきたのかもしれない。
僕と離れている時間に、いろいろと考えていたのかもしれない。
でも僕は何も考えていなかった。
姉さんがまさか僕との約束のことでこんなに考えてくれていたなんて。
所詮二度目の人生。
異性と親しくなるなんて経験がなかったがゆえに、僕は諦めにも似た感情から、姉さんとの約束を受け入れたのだ。
でも、姉さんは幼い僕を束縛したと感じていた。
僕と姉さんは価値観も生い立ちも、そして年齢も全く違う。
だからこそのズレがあったのだと、ようやく気付いた。
僕は別に誰かと結婚する気はなかったのだ。
家族と魔法があれば、それでいいと思っていたから。それは本心だった。
けれど姉さんからすればそれは我慢しているということなのだろう。
「あたしもそろそろ十六歳になるし、弟離れしないとね。
うん。よし! すっきりした! ってことだから、シオン。
これからはあたしに構わず、自分の自由に生きて。
シオンは自由にしている時が一番輝いてるから」
姉さんは爽快な笑顔を僕に向ける。
僕は動揺したまま、平静を取り戻せない。
姉さんは成長したってことなんだろうか。
昔、幼いがゆえに姉さんは近い異性に対して、恋愛感情とは違う親近感を抱いており、それが結婚という答えに繋がっていた、と告白した時に僕は気づいていた。
でも真剣だと感じたから、結婚しないと言ったのだ。
その時、僕は大人だった。それに姉さんを本当の姉だとも思ってもいた。
僕は大人で姉さんは子供だったけど、姉として尊敬できる部分あったからこそ、僕は錯覚を抱いていたのかもしれない。
姉も、僕と同じように約束をそのままに大人になっていくと。
でも違うんだ。大人になれば常識を知り、良識を持ち、精神が成熟する。
それを僕はわかっていなかった。
姉さんは子供で、僕は大人だった。そんな簡単なことを、本当の意味で理解していなかったのだ。
そうか。
じゃあ、父さんと母さん、僕の不安は杞憂だったのかな。
もし、今、姉さんに僕たちは血が繋がっていないと話したら、どうなるんだろうか。
でもあたしの気持ちは変わらないわよ、と返すだろうか。
それとも、血が繋がっていないなら我慢する必要がないと、考えを変えるのだろうか。
いいや、そんな簡単な話じゃない。
きっと姉さんは悩む。
今でさえ、僕のために色々と考え、葛藤し、答えを出して、僕に話したはずだ。
その彼女をもっと悩ませるのか。
それはすべきではないと思う。
父さんが言っていたように、姉さんはまだ子供だ。
だからじっくり考えて、受け止めて、飲み込んで、そして答えを出す必要がある。
いや子供だとか大人だとか関係ない。
誰でも思い悩むことは無限にあるのだから。
とにかく今は、話すべきじゃないだろう。
「じゃあ、あたしは部屋に戻るわね。お邪魔して悪かったわね」
「……気にしないで。おやすみ」
姉さんはぐっと背を伸ばして、立ち上がると、扉を開けた。
「あ、そうそう。あたしもシオンたちと一緒にメディフに行くから。
お父様とお母様には許可を貰ってるから大丈夫よ。
それじゃ、おやすみなさい」
「え!? ちょ、ちょっと姉さん!?」
姉さんは言うだけ言って自室に戻っていった。
足音が遠ざかると、僕は小さくため息を漏らした。
弟離れをするといいながらも旅についてくるとは一体。
姉さんの言う弟離れは僕と距離をとるってことじゃないのかもしれない。
まあ、僕としては姉さんと一緒にいられるのはうれしいし、やぶさかではないけれど。
僕の生い立ちを話すのは僕が成人してから。
十六歳まで血が繋がっていないということは話さない予定だ。
それは家族全員のことを考えると、おそらく妥当な案だと思う。
けれどその時、姉さんはどういう風に思うのだろうか。
それに……僕はどう思っているのだろうか。
恋愛に関しての経験はまったくない。
むしろ子供以下だ。
だからわからない。
そもそも子供のころの姉さんの感情も恋愛感情ではなかっただろう。
僕の中にある感情も、恋愛とは違うものだと思う。
じゃあ、やはりこのまま家族として生きていくのがいいのかもしれない。
僕は十三歳。
約三年後に成人することになる。
その時、僕たちはどうなっているのか。
そんなことを考えると眠気はどこかへいってしまった。
結局、その日は眠れぬ夜を過ごしてしまうことになった。
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