第125話 帰郷

 十日の旅は終わりを告げた。

 実家のオーンスタイン家の庭に馬車を止め、僕たちは荷物を抱えて下車した。


「では、シオン様! 我々はここまでで失礼いたします!」

「ありがとうございました。またどこかで会いましょう」


 ゴート隊長や隊員たちは一斉に敬礼すると馬に乗ってサノストリアへと帰っていった。

 ちょっと融通は利かない人たちだったけど、いろいろと面倒を見てくれた。感謝しなくちゃいけない。

 そして鞄を抱えて家に入ろうと思ったとき、


「シオーーーーーーーーンッッッ!!!!」


 我が姉の声が聞こえ、振り返る。

 すでに眼前まで走ってきていた姉さんが僕に飛びかかってきた。

 身体能力向上魔法、つまりブーストを使っているようだ。

 吹き飛ばされてもシールドがあるので怪我はしないけど、僕は敢えてブーストを使って、姉さんの勢いをすべて受け止めた。

 予想以上の速力だったようで、足が地面に少し埋まっちゃったけど。

 僕は姉さんを抱きしめて、勢いを殺すように回転した。

 数回転するとようやく慣性がなくなり、僕は姉さんを地面に下ろす。


「おかえり、シオン!」

「ただいま姉さん。元気そうだね。手紙にあった通り、リハビリは終わったんだね」

「ええ。かなり頑張ったもの。大変だったわ」


 辟易とした様子でため息を漏らす姉さんを見て、僕は笑みをこぼした。

 玄関から父さんと母さんが姿を現した。

 二人は喜色を顔に滲ませながら僕たちのもとへやってくる。


「シオン。帰ってきたんだな」

「おかえりなさい、シオンちゃん」

「ただいま父さん、母さん」


 家族との再会に、僕の心は温かさに満ちていた。

 やっぱり家族といると落ち着く。

 サノストリアでは気を張っている場面が多かったから、ようやくリラックスできたような気がする。

 ウィノナは恐縮しているようだった。


「紹介するよ。僕の侍女をしてくれているウィノナ」

「よ、よろしくお願いいたします! ウィノナ・オロフです! 

 シ、シオン様にはいつもお世話になっております!」


 ウィノナは勢いよく頭を下げると、父さんたちは柔和に笑う。


「ああ、よろしく。私はシオンの父親のガウェインだ」

「わたしは母のエマよぉ。よろしくね、ウィノナちゃん」


 姉さんは一歩前に出るとウィノナの顔をじっと見つめた。

 ふと嫌な予感を抱く。

 もしかしてウィノナとの関係を勘ぐっていたりしないだろうか。

 ウィノナは四六時中僕といるわけだし、何か訝しがってもおかしくはない。

 姉さんは結構嫉妬するほうだし……。

 僕はハラハラしながら動向を見守っていた。


「よろしくね。あたしはマリアンヌ。マリーって呼んで、ウィノナ」

「よ、よろしくおねがいいたします! マリー様」

「様はいらないわよ。って言っても呼び捨ては難しいわよね。

 まっ、好きに呼んでちょうだい」


 僕の考えとは裏腹に姉さんの対応は大人だった。

 むしろ親しみを持って自己紹介をしている。

 杞憂だったみたい。

 僕はほっと胸をなでおろした。


「立ち話もなんだ、中へ入りなさい」


 父さんに言われて、僕たちは家に入った。

 数か月ぶりの実家は、僕の心を癒してくれる。

 やっぱりここが僕の居場所なんだと思えた。


  ●〇●〇


 夜。夕食。

 食事を終えた僕たちはテーブルを囲み、談笑をしていた。


「――っていう感じだったんだ」


 僕の話に全員が耳を傾けてくれている。

 僕はサノストリアであったことを話していた。

 手紙で簡単に話してはいたんだけど、具体的には話してないし、みんな聞きたがっていたからだ。


「手紙で知ってはいた……まさか二侯爵を賜るとはな」

「それに怠惰病患者さんたちを助けるだけじゃなくて、魔法学園設立の要求までするなんて、お母さん、びっくりしちゃったわぁ」


 いろいろと無茶もしたけど、話さないでいいところは省略しておいた。

 ただ魔法学園や赫夜のことは話さないわけにはいかない。

 今後にも関わるし、何より家族にも関係のあることだからだ。


「しかし赫夜の対策はせねばなるまいな……。

 前回はたまたま上手くいったが、次もそうだとは限らん。

 魔法を使える者はほとんどいないしな」

「うん。サノストリアで生産している鉄雷剣を他国へ輸出したり、ギルドに配ったりもしているみたいだから、いざという時は使えるとは思うけど。

 一応、持って帰ってきたから何本か渡すね」

「ああ、すまないな。魔族に対抗できる手段は少ないからな」


 ちなみにウィノナも当然、赫夜や魔族のことは知っている。

 イストリアで起きたことは、サノストリアにも伝わって当然だ。

 ただ実際に遭遇したわけじゃないから、実感はないだろうし、魔法が有効手段であるということと、鉄雷剣や雷光灯がそのために用意されている、ということまでは話してなかった。

 そもそも赫夜自体も知らない人からしたら眉唾物の域を出ないし。

 ただ魔族の存在は広まっているから、リスティアの都心部では比較的、情報は知り渡っているはずだ。

 ただし、その情報を他国が信じるかどうかは微妙なライン、ということを女王と僕は認識している。

 次の赫夜で『演出』を図り、より僕と魔導具の重要性を知らしめることが肝要になる。

 僕と父さんが神妙な面持ちになっている中、姉さんが立ち上がった。


「さて、じゃあそろそろお風呂に入ってくるわ。ウィノナ、一緒に入りましょ」

「わ、わたしですか!? で、ですがご一緒にさせていただくのは」

「さっ、行くわよ」


 ウィノナの返答を待たず、姉さんはウィノナの手を引いて風呂場へと移動していった


「え!? あ、あのっ!?」


 引きずられるウィノナに僕は憐みの視線を送るだけにとどめる。

 だって僕は姉さんに逆らえないからね。

 しかし今日の姉さんはかなり大人しい気がする。

 以前の姉さんならもっとくっついてきただろうし、話を聞いてきただろう。

 だけど今日は聞き役に徹していたし、再会した時以外は静かだった。

 まるで別人、とまではいかないけど、やっぱり全く違う。


「姉さん何かあったの?」


 父さんと母さんは視線を合わせて、そして僕に向き直った。


「シオンも気づいていたか……。

 マリーは、シオンがサノストリアへ行ってからしばらくはシオンのところへ行くと言い張り、リハビリを続けていたんだ。

 それまでは今まで通りのマリーだった。

 だがシオンから手紙が来てから、どうにも様子がおかしくてな」

「おそらくだけど、シオンちゃんのやってきたことを知って、何か思う部分があったんじゃないかって思うのよねぇ」

「僕のやってきたこと? 怠惰病患者の治療とかってことだよね?」

「そうだな。それもあるが、やはりシオンの功績は私たちも目を見張るものがある。

 同年代の人間では、いやシオン以外の人間には到底成し遂げられないことを、シオンは成しているからな。

 マリーなりに色々と考えてしまっているんじゃないかと、私たちは考えているのだが」


 言われて、はたと気づく。

 確かに姉さんが怠惰病に罹ってから、今まで状況は一変した。

 過去、僕は姉さんとずっと一緒にいたし、魔法に関しても、ほかのことに関しても一緒にやってきた。

 ところが姉さんが目覚めてからも、僕は新たな関係性を築き、そして多くのことを成し遂げていた。

 父さんが言うように常人では不可能なこともあるだろう。

 姉さんからすれば置いてけぼりにされたように感じるのだろうか。

 最初にゴブリンが家を襲った時、姉さんは無力な自分を責めて、僕に嫉妬していた。

 その思いをまた抱いているのだろうか。

 それにしては何というかあっさりしているとは思うけど。


「実は、シオンの生い立ちをマリーに話そうかと考えていた。

 もちろんシオンに承諾をもらってからのつもりだったが。

 だがマリーの様子を見るに、話していいものかと考えてしまってな……」

「以前のシオンちゃん大好き、みたいな時もどうしようかと思ったけれど、今の大人しくなっちゃったマリーちゃんも、ちょっと気になるのよね……。

 だからまずはシオンちゃんと話そうってお父さんとお母さんで話していたの。

 ごめんなさいね、シオンちゃんにまた重荷を背負わせることになっちゃうかもとは思ったんだけど……」

「ううん。いろいろ考えてくれて嬉しいよ。

 それにやっぱり僕に関わることだから、僕が考えるのは当たり前だと思う。

 二人にも負担をかけてごめんね」

「何を言う。こんなの負担にもならない。

 もっと迷惑をかけて、もっと頼って欲しいくらいだ。

 なあ、母さん?」

「ふふふ、そうね。シオンちゃんは手間のかからない子で、むしろしっかりしすぎているもの。

 もっとわがまま言って、家族に頼って欲しいわね」

「もう十分頼ってる。僕は……父さんと母さんの子供でよかったって思ってるよ」


 両親は感慨深げに僕を見ていた。

 ちょっとクサかったかなとも思ったけど、本心なのだからしょうがない。


「シオン……」

「シオンちゃん……んもうっ!」


 母さんが僕を抱きしめる。

 柑橘系の香りと柔らかな感触が伝わってくる。

 僕は僅かに恥ずかしさを感じつつも、母さんの愛情をしっかりと受け止めた。

 ひとしきり抱きしめ終えると、母さんは愛おしそうに僕を見つめ、そして椅子に座った。


「シオン。これは私の考えなんだが、シオンが成人するまで生い立ちのことは、マリーに話さない方がいいんじゃないかと思っている。

 今はやはり不安定だし、病み上がりでもある。

 落ち着いて、世界をもう少し知ってからでも遅くはないと思う。

 ただ、シオンには黙っておいてもらうことになるが……」

「僕も父さんの案に賛成。今すぐ話さないほうがいいと思う。

 それに、黙っておくのは問題ないよ。そりゃ気にはなるけど、やっぱり安易に話していいことじゃないとも思うし」


 多分、僕と血がつながっていないと今知ったら、姉さんは混乱するだろう。

 そして手紙を見て色々と思うところがあったということも考えると、何か拗らせそうな気もする。

 自意識過剰になっているかもしれないと思うけど、姉さんのことを考えるとこれくらいでいいと思う。

 何より姉さんには過去の僕との出来事がある。

 告白のこと、姉さんはまだ覚えていると思うけど。


「すまないなシオン。また頼ることになる」

「大丈夫。僕は子供だけど家族のためにできることはしたいって思ってるから。

 だから二人も気にせず、頼れる時は僕を頼ってよ」

「ふっ、シオンはもう立派な男だな。男の成長は早いもんだ。

 だがシオンは私たちの息子だ。いつでも頼りなさい。いいな?」

「うん。わかってる。困った時は必ず言うよ」


 父さんと母さんは嬉しそうに頷く。

 次いで母さんがペチッと手を叩いた。


「じゃあ、決定ね。シオンちゃんが成人する年齢、つまり十六歳になったら話しましょう」


 僕たちは頷きあい、意思を確かめ合った。

 二人からの信頼を感じる。

 そして愛情も。

 姉さんには申し訳ないと思うけど、これが最適だとも思う。

 もしも早く話すべきだと思えば、その時にまた父さんたちに相談すればいいだろう。

 その後、僕たちは談笑を再開した。

 落ち着いた時間を過ごすことができた。

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