第128話 エンカウント

 メディフまでの道のりはそれなりに長い。

 家からメディフまで二十日程度。

 国境を越えて、ゴルトバ伯爵がいる王都アジョラムまで三日ほどかかる。

 合計で二十三日必要なわけだ。あくまで順調に進んでという前提だけど。

 この世界の旅は暇だ。そりゃもうやることがない。

 座っているだけで外を眺めたり、話をしたりすることくらいしかできない。

 移動速度も車には遠く及ばないし、椅子のクッション性も低く、臀部が痛い。

 時折、車輪が岩に乗り上げて激しい振動があって、かなり居心地は悪い。

 僕はそれなりに慣れてはいるけど、姉さんはイストリアに馬車で行った経験くらいしかないはず。

 イストリアまで数時間程度しかかからない。

 メディフまでの道のりは姉さんにとっては辛いものになるだろうと思っていた。

 その僕の予想通り、出発から六時間ほどで、姉さんは辟易とした表情を浮かべていた。


「暇よね」

「暇だね」

「狭いわね」

「狭いね」

「動けないわね」

「動けないね」


 オウム返しをしている僕も、結構疲れている。

 慣れても疲れないわけじゃない。

 ただ我慢ができるだけだ。

 これでも広めの馬車だ。

 僕の給料と報酬金で購入した高級馬車で、貴族の中でも上流の人たちが乗るような代物だ。

 見た目は華美ではなく、機能性を重視して作ってもらった。

 ちなみにオーダーメイドである。だからめちゃくちゃ高い。

 買いたいものも欲しいものもないのでお金がたまる一方なんだよね。

 一時期、冒険者ギルドで稼いでもいたから、お金には困っていない。

 貯金がいくらあるかは、まあ追々。

 ちなみに持ち歩ける金額には限度があるので、大半は銀行に預けている。

 話を戻そう。

 姉さんは今までに見たことがないほどにつまらなそうにしていた。

 インドア派な僕と違って姉さんはアウトドア派だからなぁ……。

 暇ならどこかへ行ったり、剣術の練習をしたりしている人だし、狭い車内でじっとしているのがかなりのストレスになっているんだろう。

 最初は僕と話していたけど、徐々に疲弊してきたらしい。

 話している間は楽しそうだったんだけどなぁ。

 どうしたものかと思っていたら、突然馬車が停止した。

 僕と姉さんは反射的にブーストで慣性に逆らうように足に力を込める。

 急停止にもかかわらず、僕と姉さんの体はほとんど動かなかった。

 いったい何があったんだ?

 僕は車内正面にある小窓から御者台にいるウィノナに声をかけようとした。


「と、盗賊です!」


 盗賊?

 僕と姉さんは跳ねるように左右の扉から出た。

 馬車の進行を妨げるように男たちが立ち並んでいる。

 数にして二十。

 粗末な衣服に粗末な武器を手に、下卑た笑みを浮かべている。

 すごい。

 本当に盗賊ってあんな恰好しているんだな、ちょっと感動した。


「へへへ、こんなところを貴族様がお通りとは、ついてやがるぜぇ」

「おいおい、見てみろよ、いい服着てやがる。こりゃ当たりかぁ?」

「ガキが一丁前に剣なんかぶら下げてよぉ。お遊戯の時間でちゅかぁ?」

「女どもは上玉だなこりゃ。高値で売れそうだ。

 ついでに親に身代金を要求すれば一挙両得ってやつだぜ!」


 ぎゃははは、と笑う盗賊たち。

 僕と姉さんは呆れたように嘆息した。


「シ、シオン様、マリー様、お、お逃げください!

 わ、わたしが……じ、時間を稼ぎますから」


 震えながらウィノナは言った。

 彼女は顔を青ざめさせている。

 そういえば、ウィノナの前で戦ったことってほとんどなかったな。

 一度、病院で貴族をぶん殴った時くらいか。

 まあ、あれだけじゃ、そこまで強いとは思わないか。

 僕はウィノナを安心させるように、彼女の肩を軽くたたいた。


「僕たちに任せて。ウィノナは馬車の中に」

「で、ですが!」

「大丈夫」


 僕はウィノナの目をまっすぐ見つめる。

 ウィノナは僅かな逡巡を抱いていたようだったが、すぐに馬車へと走っていった。


「賢い子ね。それにすごく主人を信頼してる。いい子だわ」


 言葉に棘はなかった。

 あまりに自然に話すものだから、相手は姉さんなのかと疑ってしまう。

 異性と仲良くすれば、嫉妬していた以前の姉さんとは違う。

 やっぱり姉さんは変わったのだ。

 僅かに寂寞の思いを抱きつつも僕は平静と保った。


「主人って感じじゃないんだけどね」

「じゃあ何?」

「……妹?」


 姉さんは肩を竦めて答える。

 言いたいことがわからず、言及しようとした時、僕は顔を横に動かした。

 先ほどまで僕の顔があった場所をナイフが通り過ぎる。


「俺たちを無視して悠長に話してんじゃねぇぞ、コラァッッ!」

「舐めてんのか、ガキが!」


 怒り心頭に発している盗賊たちを前に、僕は嘆息した。


「あたしがやるわ。シオンはここで見てて」

「了解」


 僕は馬車の前で仁王立ちして、観戦することにした。

 姉さんは左右に帯びている二刀を抜く。

 左手には鉄雷剣。これはサノストリアから持ち帰ったものだ。

 魔族や特殊な魔物対策に僕があげた代物だ。

 そして右手にはグラストさんから貰った剣。

 これは子供時代に父さんからプレゼントされたものではなく、成長した姉さんにあわせて作られた新たな剣だ。

 僕がサノストリアに行っている最中に新調したらしい。

 ちなみに子供時代に使っていた剣は、腰の後ろ側に帯びている。

 かなり短めなので短剣として扱っているようだ。


「ガキが、いきがりやがって! おい、痛めつけてやれ!」


 頭らしき男が激高しながら叫んだ。

 盗賊たちは青筋を立てながら、姉さんを取り囲む。

 後方にいる僕には目もくれない。

 男たちが動く、その前に姉さんが地を蹴った。

 早く迅い。速度は尋常ではない。

 慣れている僕でさえ、姉さんの動きを追うのは大変だった。


「え?」


 盗賊の一人が素っ頓狂な声を上げる。

 奴らからすれば目の前にいた少女が消えたように見えたのだろう。

 次の瞬間、男は後方へと吹き飛んだ。

 姉さんが一瞬で距離を詰めて、男の腹を蹴り飛ばしたのが見えた。

 流れるようにほかの男たちを蹴り、あるいは剣の柄で側頭部やみぞおちを狙った。

 それはまるで舞。

 美しく無駄がなく、空を滑るように動く姿は、戦いを忘れさせる。

 しかし転瞬の後、敵である盗賊たちは宙を浮かび、あるいはその場に倒れ、昏倒した。


「と、止めろ!」

「な、何が!? ぐぇっ!?」

「ば、化け物か!?」


 さっきまでの余裕綽々な態度は影もなく、盗賊たちは慌てふためいていた。

 視認できても対応ができず、適当に剣を振り回す輩まで出てくる始末。

 その対応は一般的な戦闘では悪手だけど、姉さん相手には偶然にも有効だった。

 異常な速度で移動していた姉さんの進行方向に、たまたま盗賊が剣を振り下ろしたのだ。

 そのせいで姉さんの行動は阻害される。

 止まった姉さんの姿を見つけるや否や、半狂乱になった盗賊たちは目を血走らせながら獲物を振り下ろす。


「死ねぇーーーっ!」


 五つの凶刃が姉さんを襲う。

 頭上に落ちる剣や斧、どこにも逃げ道はない。

 だが。

 ガギィ!

 不快な金属音が空へ昇った。

 刃はすべて姉さんの頭上で止まっていた。

 二刀が受け止めていたのだ。

 異常なほどの膂力。だがそれはブーストであれば可能。

 姉さんの速力も腕力も、身体能力向上魔法、つまりブーストによるものだ。

 リハビリ中に魔力操作の練習もしていたのだろうか。

 魔力操作は非常に美しく、魔法に昇華するまでの流れもまた無駄がない。

 もともと、姉さんは魔法使用に関しては僕よりもセンスがあったからなぁ。

 知識や魔力量、魔法への造詣の深さなどでは引けを取らないつもりだけど。

 姉さんは力任せに武器をはじき返した。

 驚愕の表情の盗賊たち。

 それも当然のこと。

 巨躯の男たちが、小柄な少女に力負けしたのだ。

 しかも五対一。

 通常ではありえないことだ。

 ブーストの存在を知るまで、僕も同じ感想だったからわからないでもない。

 姉さんは盗賊たちのすきを見逃さず、空中で五段蹴りを繰り出す。

 すべての蹴りは盗賊たちの急所に吸い込まれていった。


「がっ!? ……て、めぇ、な、なにもの……だ……」


 その言葉を最後に盗賊は失神した。

 盗賊は壊滅。

 姉さん一人の前に、何もできなかった。


「う、動くんじゃねぇ!」


 声が後ろから聞こえたと同時に、首筋に冷たい感触が生まれる。

 喉には剣が触れていた。

 なるほど、ほかに盗賊がいたのか。

 数人、脇道に隠れていたようで、茂みから出てきた。

 さすがに気配を探る魔法がはないから、油断してた。

 魔力持ちだったら隠れていても見えるんだけど。

 姉さんは僅かにも動揺せず、盗賊に言った。


「離れなさい」

「め、命令できる立場か!? 武器を捨てろ! こいつがどうなってもいいのか!?」


 呆れたように姉さんはため息を漏らすと、剣を鞘に納めた。


「す、捨てろって言ってんだよ! こいつを殺すぞ!」

「やめておいた方がいいわよ。その子、あたしよりも強いから」

「は? な、何を」


 僕は首元にある剣の刀身を思いっきり握った。

 ブーストとシールドの併用により、簡単に剣は砕け散る。


「……は?」


 男は何が起こったのか理解できず、自分の愛刀を眺める。

 僕は悠然と拘束から抜け出すと、振り返って盗賊たちを指さした。

 うろたえている男たち。

 僕は指先に集魔する。

 収束する風は、即座に盗賊たちを襲った。


「うごおおおおおおっ!?」


 盗賊たちは風に吹き飛ばされて明後日の方向へと消えていく。

 木々に衝突し、気を失ったようだった。


「あ、手加減間違った……生きてる、よね?」

「大丈夫でしょ。無駄に頑丈そうだし。

 さっきのがシールドって魔法よね?

 剣を掴んでも無傷なんてすごいわね」

「うん。これは僕以外には使えないと思うけどね。

 でも、姉さん。前よりもうまく魔法が使えてるね。すごいよ」

「ま、ね。ただそう魔力量は少ないから、ブーストにしか使えないのよね。

 本当はアクアとか使いたいんだけど、あたしの魔力だと水の塊くらいしか出せないし。

 結局、ブースト頼りになっちゃうわ」

「限界まで増やした総魔力量をもっと増やす方法があればいいんだけどね」

「あ、あのぉ」


 戦闘後の感想会をしているとウィノナがおずおずと声をかけてきた。

 どうやら騒動が終わったと見て、馬車から降りてきたみたいだ。


「お、お怪我は……ないみたいですね」

「うん。姉さんがほぼ一人で倒してくれたからね」

「何言ってるのよ。シオンも吹き飛ばしたじゃない」


 ウィノナは恐る恐る周囲を見渡す。

 盗賊たちはそこかしこで倒れて、失神していた。

 見事なほどの手際で、全員を昏倒させている。

 さすが姉さん、といったところかな。


「お、お二人、お強いんですね、驚きました」

「こいつらが弱いだけだと思うわよ」


 多分、僕たちが強いんだと思うけど、言わないでおこう。

 冒険者ギルドでも一目置かれていたみたいだし。

 このレベルまで来て、自分たちは弱いなんてさすがに思えないし。

 姉さんは結構世間知らずだから、本気で言ってそうだけど。

 基準が父さんとかグラストさんだからね……。


「で、ですがいかがいたしましょう?

 これでは通れないようですが……」


 盗賊たちは道の上で倒れている。

 邪魔でしょうがない。

 僕は魔力を編み、ブロウを放つ。

 盗賊たちはごろごろと転がっていき、道は綺麗になった。


「これで通れるね」


 姉さんは呆れたように笑っていた。

 ウィノナは眼を見開き、あんぐりと口を開いていた。

 盗賊といえど適当に扱いすぎただろうか。

 いや、相手は犯罪者だし、別にいいかなって思うんだけど。


「盗賊のことは途中の村の冒険者ギルドで報告すればいいでしょう。

 じゃあ、行きましょ」

「そうだね。行こうか」


 僕と姉さんは馬車へと戻っていく。

 ウィノナはきょろきょろと辺りを見回していた。


「すごい……」


 彼女は何かを言い、そして慌てたように御者台に戻ると、馬車を走らせた。

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