第124話 可能性の芽

 帰りの馬車の中、僕とウィノナは途方に暮れていた。


「ぬおおおおりゃああああ!」


 ゴート部隊長の雄たけびが馬車まで届いた。

 僕は窓から外を眺め、ただただため息を漏らす。

 サノストリアを出発して、早二日。

 ゴート隊長率いる護衛部隊は、過保護な状態を継続し、ゴブリンが一匹出ては大騒ぎをして、馬車を止めては慎重に戦っていた。

 油断をしないというのは大事なことだ。だからそれはいい。

 しかしあまりに警戒しすぎて、僕たちは外に出ることをほとんど許されない。

 まあ、行きも同じだったし覚悟はしていたけど。

 ずっと馬車の中にいると息苦しいし、息抜きしたい。

 それに暇だ。

 ウィノナがいるから会話はできるが、ずっと話しているわけにもいかない。

 座っているだけでも疲れるし、ウィノナに無理をさせたくもないし。

 しかし暇だ。暇なのだ。

 魔法の練習でもできればいいけど、狭い室内では危険だしなぁ。


「あ、あのシオン様」


 僕がぼーっと考え事をしていると、ウィノナが神妙な面持ちで口を開いた。

 なんだろう。会話がないことを気にかけているんだろうか。


「うん。どうかした?」

「……じ、実は……その……」


 ウィノナはもじもじしながら僕に上目遣いをする。

 これはもしかして、あれか。

 告白的な?

 ははは、まさか。

 いや、ありえないことじゃないぞ。

 そう考えるとなんだかちょっとだけドキドキしてきた。

 僕は姿勢を正してウィノナの言葉を待った。

 ついにウィノナが小ぶりな唇を動かす。


「ま、魔力の使い方を教えていただけませんか?」

「……魔力の使い方?」


 予想とは違う答えに、僕の頭はついていかない。

 しかしウィノナから魔力の使い方を教えてほしいと言われるとは。


「シオン様にお仕えすることになってから魔力を知って、わ、私も興味がわきまして。

 それで、一人で練習していたのですが、魔力がまったく見えず……。

 数か月継続してみても、進展が見えなかったので、図々しいかとは思ったのですが」


 後半に行くにつれて声が小さくなっている。

 ウィノナが自分から何かを頼むことはあまりない。

 その彼女が勇気を出して言い出したということは、それだけ自分にとって大事なことであり、そして以前よりも成長したということでもある。

 僕はそのどちらも嬉しく感じた。


「もちろんいいよ」

「ほ、本当ですか!?」

「ウィノナの願いだからね。できるだけ応えたいし。

 それに魔力を使いたいって気持ちはすごくわかるからさ。

 それでどんな練習をしてるの?」

「は、はい。シオン様が授業でおっしゃっていたことをすべて試してみたのですが……」

「となると、感情想起型と意思集中型の練習方法は試しているのか」


 感情想起型は僕が初期に見つけた魔力放出方法だ。

 つまり告白をして、魔力の存在を見つけたあのやり方のこと。これはイメージ、あるいは思い込みでもいいが、何か強い感情と共に魔力が生まれるという連想が必要だ。

 比較的簡単でわかりやすいが、望む時に魔力を生み出すには鍛錬が必要なやり方ではある。ただし入門としては妥当な手法だとも思う。

 もう一つの意思集中型とは僕が後半に編み出した魔力放出方法だ。

 つまり最初に、体のどこに、どんな形の、どんな濃さの魔力を出したいか、という意思を明確にし魔力を放出する方法だ。

 これは集中力と具体的なイメージ、それと意思の根っこにある感情の関連付けが必要で、感情想起型よりも高度な技術だ。

 ただし集中力が高い人間には、むしろ意思集中型のほうが向いている場合もあるということは、問題児グループとの練習で学んだ。


「……はい。それでも魔力を感じることはありませんでした。

 伯爵と同じようにもしてみたのですが……結果は芳しくなく」


 これはどちらの手法もあっていないということか。

 魔力や魔法に関しては不明な部分が多い。

 僕も全然わかっていないし。

 ほかにもやり方があるのかもしれないけど、今の僕にはそれはわからない。

 真面目なウィノナのことだ。練習はきちんとしているだろうしなぁ。

 ウィノナはしゅんとしてしまっている。数か月成果が出ていないことでモチベーションが下がっているのかもしれない。

 まあ、わからないでもない。努力して、時間をかけて、労力をかけて何も変化がなければ落ち込んで当然だ。

 あれ、僕もそうだったっけか。研究に夢中で覚えていないな……まあいいか。

 とにかくウィノナをどうにかして励ますことが先決かもしれない。

 そういえばウィノナには魔法を見せてないな。

 サノストリアでは魔法を使えなかったし。

 でも今はもうその制限はない。

 ……やってみるか。


「ウィノナは魔力をどういうものだと思ってる?」

「魔力ですか?

 ひ、人の体に宿る力のようなもの、でしょうか」

「そうだね。だからこそ魔力が枯渇すると怠惰病になってしまう。

 そして怠惰病患者には魔力を分け与えることが必要で、その技術を習得するために、魔力を認識できるようにしないといけない。

 そのために鍛錬が必要なわけだね。

 でも魔力は、実はほかにも使い方があるんだ」


 僕は雷火を手にはめると、手のひらにフレアを生み出した。


「ひ、火がっ!? あ、危ないです、シオン様!」

「はは、大丈夫。すぐ消えるから」


 あたふたと慌てるウィノナに向け、僕は余裕の笑みを見せた。

 フレアはすぐに消え、そこには何も残らない。


「え? い、今のは一体? 青い火が出てきましたよ!?」

「これが魔法。魔力を費やすことで使える特殊な技術だよ」

「魔法……?」


 まだピンと来ていないみたいだ。

 僕は手のひらに『アクア』を使い、手のひらに水を集めた。

 魔力量は少なめにして魔法の効果時間を伸ばす。

 僕の現在の総魔力量は100万ある。

 一度の魔力放出量は1万。

 アクアを生み出すには100も必要なく、そして魔力量を増やせば、魔法の効果自体を増強するか、効果時間を延ばすことも可能。

 ウィノナに見せつけるように彼女の目の前に水球を移動させた。

 ウィノナは魅入るように見つめている。

 僕は水をブロウで浮き上がらせた。

 魔力調整はお手の物。

 怠惰病治療の経験は魔力操作や感知能力を鋭敏にし、熟達の魔力技術を僕に習得させるには十分だった。


「え? え? え!?」


 驚愕の表情でただ目の前の不可思議な現象を見つめるウィノナ。

 僕はくすりと笑って、次いでボルトを水に流す。

 パリッと電流が走ると、水の球を見ていたウィノナはのけ反った。


「きゃっ!」


 顔を隠して、ぷるぷると震えている。


「大丈夫。見て」


 ウィノナは恐る恐る顔を上げる。

 周囲には無数の小さな水球が漂っている。

 馬車の中は『魔力を持たない人間でもわかるほどに幻想的な情景』だった。

 僕はすべての水球を一か所に集める。

 両手で水球を包み込むとパンっと叩いた。

 ウィノナは反射的に顔を逸らしたが、水球は破裂していない。

 ふわふわと宙を揺らぎ、意志ある生物のように窓から出ていくと地面に落ちた。

 ウィノナは呆然と水球の行く末を見守り、そして数秒間放心状態になっていた。

 やがて我に返ったように、前のめりになり、顔を僕に近づけた。


「ま、魔法!? こ、これが、今のが魔法なんですか!?」

「ち、近いよ、ウィノナ」


 普段とは違うウィノナの反応に、僕の方が動揺してしまった。

 こんなに子供みたいに興奮するウィノナは初めて見た。


「す、すす、すみません……」


 ウィノナは体を小さくして、顔を真っ赤にしながら俯いてしまう。

 その反応に、僕もなぜかどぎまぎしてしまう。


「さ、さっきのは全部魔法だよ。魔力を扱えるようになれば、魔法も使えるようになるんだ」

「そ、そうだったんですか……い、今でも信じられません、あんな……すごいことが現実に起こるだなんて。

 わたし夢を見て……ひゃいみらいれす……」


 途中で自分のほっぺたをグイっと引っ張るウィノナ。

 普段とは違う幼い行動に僕は思わず吹き出してしまう。


「あはは、夢じゃないよ。本当に魔法は存在するんだ。

 魔力を扱えるようになれば、ウィノナも使えるよ。きっと」

「わたしも魔法が使える……?」


 きょとんとしていたウィノナだったが、不意に笑顔を咲かせた。


「ほ、本当ですか? さっきのようなことがわたしにも?」

「うん。できる」


 僕が頷くとウィノナは興奮したように目をらんらんと輝かせる。

 魔法っていいよね。

 本当に、すごいものだと思う。


「が、頑張ります! わたし頑張ります!」

「僕も手伝うよ。じゃあ、まずはウィノナの状況を見たいから、まずは……」


 僕とウィノナは魔力の練習を始めた。

 真剣なウィノナには少し申し訳ないと思いながらも。おかげで道中は退屈せずに済みそうだと、思った。

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