第120話 パーフェクトシルエット

 開発区画開発施設にて。

 僕は施設内でじっとその時を待っていた。

 後ろにはウィノナとエゴンさん、そして正面にはフレイヤとその部下達。

 介在して、長い机が置かれており、その上には厚手の布が置かれている。


「じゃあ、お披露目だよ!」


 フレイヤはカッと目を見開くと、布をバサッと引きはがした。

 覆っていた物がその姿を現す。

 現したのだが。


「……あまり変わっていないような?」


 もしかして開発が難航してしまったのだろうか。

 その結果、今までとほとんど同じようなものを提出したとか。

 そう思いフレイヤを見るが、彼女は自信に満ちた顔をしていた。

 ご覧じろとばかりに手のひらを見せてくるので、僕は再び目の前に並ぶ鉄雷武器を観察した。 確かに微妙に違う。

 鍔の厚みが増えているし、刀身の根元の形が独特だった。

 刀身の根元部分は研磨されておらず、鍔の形に添った形状をしていた。

 そのため刀身の根元は、つまり鍔との接地面は平面だった。

 通常の武器ではあり得ない形だ。


「これはどうしてこの形に? それに以前よりも刀身が薄いような?」

「うんそれには理由があってね。まあ見ててよ。おい」

「へい、姉御!」


 フレイヤの一声で部下の一人が施設の奥から、長い箱を持ってきた。

 直径は一メートルはありそうだ。

 重量も多少はありそうだけど、部下の男性の様子を見るとそこまで重いわけではなさそうだ。


「じゃあ、シオン。そいつを……そうだね、剣が良いか。それを持ってくれるかい?

 それとこれ腰に装着してくれ」


 僕はフレイヤの指示通り、腰に何かの箱を装着し、剣を握った。

 やはり軽くなっている。

 子供の僕でも比較的簡単に触れるくらいだ。

 ただ僕は鍛えているから、それなりに軽量というだけで、剣としてはまあまあ軽い程度の重量かな。

 鉄製のロングソードよりも少し軽いくらいだろう。

 箱の中には長方形型の突起物があった。

 中に何が入っているようだが、隙間がないため中身は見えない。

 少し重いけど、長時間でなければ問題ないくらいの重量だ。


「じゃあ、鍔の下にあるスライドを引いてくれるかい?

 ああ、刀身は下に向けてね。切っ先は地面につけて」


 鍔の下を覗きこんでみると、なるほど突起部分がある。

 刀身を下にしてから、スライドを引っ張ってみるが結構硬い。

 思いっきり引くと金属音と共に刀身が震えた。

 まさかと思い、僕は姿勢を低くして、刀身を地面に横たわらせると、そのまま柄を引っ張る。

 カランと小気味いい音を鳴らし、刀身が外れた。


「こっちが替え刃ね。鞘に入った状態のまま、柄を当てれば装着できるよ」


 刀身があった部分にはぽっかりと穴が二つ空いている。

 鞘から出ている突起部分と穴を装着させた。

 カチッという音が響くと、僕はそろりと柄を引いた。

 刀身が見事に柄について来ている。

 構えてみると、問題なく装着されているようだ。


「……すごい。まさか替え刃式にするとは思わなかったよ。

 しかも短い期間でここまで仕上げるなんて、すごすぎるよ」

「えへへ! そうだろ!? アタイ達の努力の結晶だよ、この武器は。

 我ながら大したものだと思ってるんだ。がはは!」

「「「「がはは!」」」」


 フレイヤが笑うと部下達も笑う。

 さすがのコンビネーションだ。 

 しかし本当にすごい。


「替え刃式にして、刀身を軽量化させたのは、強度を確保できなかったからだよね?」

「そゆこと。変形型の鉄雷武器はアタッチメント式だからね。

 装着部分がどうしてもすぐにダメになる。

 かといって軽すぎると威力が弱まるし、重すぎるとすぐに繋ぎ目が壊れるからね。

 そこで替え刃式にした。そうすれば刀身を軽量化できる。

 多少威力は落ちるけど、刀身自体が折れても問題なくなるってわけ」


 第一号は無骨で重かった。

 当然、繋ぎ目部分の強度が脆いため、刀身が硬く重くても、すぐに壊れてしまう。

 第二号、三号は鞘が作りにくく鉄雷の効果が失われてしまう。

 刀身の形に添った絶縁性の鞘を作ることはとりあえずは可能ではあるだろう。

 しかし装着に時間がかかるし、汎用性が弱い。

 その上、生産するには、鞘も刀身も相当に手間がかかる形状をしている。

 さらに刀身同士の空間が空いているため、強度に不安が残る。

 そのすべての問題を補うためにできた四号。

 変形型であれば好きなタイミングで魔力反応を起こし刀身に魔力を流して、攻撃できる。

 当然、普通に武器としても扱うことができるし、軽量だし、刀身が折れれば刃を変えるだけでいい。

 刃だけ生産しておけば、すぐに戦闘に参加できるというわけだ。

 しかも持ち歩きができる。

 柄には引き金があり、引いてみると、問題なく刀身同士が離れて電気反応が起きていた。

 魔力も刀身に蓄積されていることは間違いない。

 もう一度、引き金を引くと剣の形に戻った。


「うん。問題ない。これなら実用性も高いし、大丈夫だと思う。

 現段階では最高の品質だと思う」

「そうだろ!? ふっふふ、やっぱりアタイは天才だね!」

「「「「さすが姉御! この天才!」」」」

「えへへ、あったりまえだろ、ったくさぁ」


 デレデレである。

 だらしなく笑い、身をよじる姿は、褒められた子供のようにわかりやすかった。

 僕よりも年上なのに、その愛らしい姿に肥後欲をそそられてしまう。


「あ! そだ! あんたの武器、改良したからさ、持ってきてやるよ!」


 普段は部下に頼むのに上機嫌なせいか、フレイヤは自分で施設の奥に入っていった。

 あーあ、あんなにウキウキしちゃって。

 嬉しさのあまりにスキップする人、初めて見たよ。

 そんな様子を見て、僕は微笑ましい気分になった。

 と、僕は周囲から浮かび上がる淀んだ空気にはっとした。

 それは部下達から放たれていた。

 彼等はフレイヤが入っていた部屋の方向を眺めながらうっとりとしている。


「はあ、姉御、可愛い」

「褒められてうきうきで嬉しさを隠せない素直な姉御、キュートすぎる」

「あれで二十一歳とか、合法ロリだわ。

 ほんっと、犯罪的なのに犯罪じゃないとか天国だわ」

「おい! 俺達の絶対厳守のルールを忘れるなよ!」

「わかってらい! イエス、姉御! ノー、タッチ!

 姉御は世界が生み出した宝だ! 絶対に汚しちゃなんねえ!」


 僕は冷静だった。

 なぜならこのロリコン共がロリコンであると僕はすでに知っていたからだ。

 しかしフレイヤは成人しているし、何より彼女は部下達の性癖を知らない。

 どうやら彼女は自分が尊敬されていると思っているようだ。

 確かに部下達は尊敬はしているらしい。

 しかし、内心では下心が満載なのだ。

 まあ、よくわからない矜持があるらしいので、問題はないようだけど。

 フレイヤは慕われて喜んでいるし、部下達はフレイヤの傍にいるだけで幸せみたいだし。

 ウィンウィンかな。

 ……そう思うとしよう。

 僕は何食わぬ顔でフレイヤが戻ってくるのを待った。

 彼女は手に雷火を手にして、パタパタと駆け寄ってきた。

 一々、行動が愛らしい。

 しかし本人はお姉さんだと思っているのだから厄介だ。

 見た目は子供、中身も子供、でも言動は大人になろうとしている感じ。

 背伸びしている子供としか思えないが、口にはしない。


「よし、持ってきたぞ! ほらほら、見て!」


 見て見て、と雷火を差し出してくるフレイヤを前にすると、どうしたんだい、お嬢ちゃん。何を持ってきたのかなと言いたくなるが我慢した。

 雷火を受け取って観察してみる。

 見た目にも変化があった。

 拳部分には薄めの鉄雷が埋められている。

 繋ぎ目部分も補強されており、強度も向上している。

 基本的に形は同じだけど、部分部分を改良している感じだろうか。

 とりあえず装着してみた。

 感触は同じかな。


「どうだい?」

「違和感はないかな」

「重くもないかい?」

「うん。大丈夫。問題ないよ」


 フレイヤは嬉しそうに何度も頷いた。 


「そうかそうか! それはよかったよ。

 改良したってのに重さが増すとあんまり効果が実感できないからね。

 とりあえず説明をしよっか。まず拳同士を重ねると魔力が溜まるよ。

 それで攻撃すれば、魔力でしか効果がない敵でも物理攻撃ができるってわけ!」

「打撃が効くってことか。うーん、でも僕は格闘術は得意じゃないからなぁ」


 僕は道具、特に武器を扱った動きができない。

 そのせいで剣術もまったく上達しなかったくらいだ。

 一応、体術も試してみたけどダメだった。

 体捌きは悪くないんだけど、手や足を使った攻撃も苦手だ。

 ただ剣術のような、武器を扱った武術に比べるとまだマシではある。

 基本的には魔法を使わないと、僕は魔物一体も倒せないくらいには弱いわけで。


「まあ、得意じゃなくても有効手段が一つでも多くある方がいいだろ?

 何かの役に立つかもしれないしさ」

「確かにそうだね。うん、何かあった時にでも活用させてもらうよ」

「うん、そうして。

 それと、手のひらの鉄雷はそのままだね。指先の火打石はより強度の高い奴に変えた。

 まあ、そんだけなんだけどね。変形させる必要なかったし」

「いや、これだけで十分だよ。

 ありがとう、フレイヤ。期待以上の成果だよ」


 魔法は威力が絶大だが、攻撃手段が増えるのはありがたい。

 最悪、魔力がなくなったとしても戦えるわけだし。

 武器を使わない攻撃なら、僕にもできると思う。


「そうだろそうだろ。ふふん、アタイはすごいんだ。

 それなのに商人ギルドの奴らは、ぐぬぬっ!」

「ああ、それなんだけどさ。フレイヤ達は、どこに住んでるの?

 店を追い出されたんだよね?」

「今かい? 安宿に泊まってるよ。

 この仕事のお給金があるからもう少しはまともなところに住めるんだけどさ、また自分の店を持ちたいし」

「貯金してるんだ?」

「そゆことだね。ただ店を持っても、またあいつらが邪魔するかもしれないけど」


 商人ギルドと敵対したことでフレイヤは商売ができなくなった。

 幾ら腕がいい武器職人でも、売れなければ生きてはいけない。

 結果、彼女達は店も金も家も失った。

 それでもまだ諦めるつもりはないらしい。


「……そっか。やっぱりそうなんだね」

「まっ、いいさ。アタイらがやることは変わらないわけだし。

 今は、この仕事も結構気に入ってるからね。

 とりあえず魔導具の正規品第一号はできたわけだし、次は申請して、生産に移る感じかな。

 これからも忙しくなるよ」

「そっか。開発も終わりとなると、僕はお役御免かな」

「何言ってんだい? これからも開発の改良と生産に関しての助言とか色々あるだろ?」


 僕は何も答えず、ただ苦笑を返した。 

 フレイヤは怪訝そうにしながらも呟くように言う。


「あんた、まさか……」 

「とにかく僕の仕事は一段落ついた。後は頼んだよ、フレイヤ。それとみんな」

「当然さ。仕事はきちんとやるよ。

 アタイ達はプロなんだから、手を抜くことなんてしない。だから安心しな」


 フレイヤは言及をしないでいてくれた。

 僕は彼女や彼女の部下達に信頼の視線を送る。

 もう開発は大丈夫だろう。

 任務の一つは達成できた、というわけだ。

 残りは研修。

 あちらが終われば……。

 そんな考えを振り払い、僕はやり残しがないかを確かめるように、フレイヤとの会話を続けた。

 後ろではウィノナが心配そうに僕を見ていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る