第121話 さようなら、また会う日まで

 研修が始まってから三ヶ月が経過した。

 講堂にて、僕は教壇に立っていた。

 席に座っている生徒達の顔をゆっくりと見回す。

 総勢113名。

 7名は自主退学したが、残りの生徒達は全員卒業できることとなった。

 早めに卒業試験をクリアした生徒もいたし、三ヶ月、目一杯使ってようやく治療ができた人もいた。

 本来、卒業試験をクリアすれば証明書を発行して、譲渡し、本国への帰還を許可する手はずになっている。

 しかし他の生徒のことを思ってか、卒業試験を突破した生徒も残ってくれた。

 研修開始当初では決して見られない光景だったと思う。

 そして今日、全員が揃い、卒業となった。

 初日と同じ情景。

 しかし変化はあった。

 人数は減っているし、何より生徒達の顔つきが違う。

 精悍で大人びた、自身に溢れた顔立ちだった。


「今日、皆さんは研修を修了します。まずはおつかれさまでした。

 三ヶ月という期間は短くも長く、長くも短い期間だったと思います。

 色々なことがあったでしょう。

 辛いこと、嫌なこと、悲しいこと、面倒なこと。

 楽しいこと、嬉しいこと、笑えること、幸せなこと。

 そのどれもが皆さんの成長の糧となり、そしてそのどれもが無駄ではなかったと思います」


 生徒達は無言で真剣に僕の話を聞いている。

 僕を見下していた彼等はどこにもいない。


「目的はそれぞれあったと思います。

 しかしこの三ヶ月もの間、その道はみんな同じだったはずです。

 この期間で得たことを忘れないでください。

 みなさんは成長しました。僕が言うまでもなく自分でも実感しているはずです。

 三ヶ月前の自分とは違うと。それがあなた達の成長の証です」


 僕は不意に行動を歩き始める。

 机の間、通路をゆっくりと進みながら話を続けた。


「現時点で、怠惰病治療ができる人間はこの場にしかいません。

 つまりみなさんしか病に苦しむ患者さんを救うことはできない。

 患者さんだけではない。患者さんの家族、そして大局的に見て、その患者さんが働き、生み出した物、お金、あらゆる価値のある物を取り戻すことができる。

 みなさんのその技術は多くの人を救うことができます。

 自信を持ってください。誇りを持ってください。

 しかし驕らないでください。力に溺れ、利己的になれば必ず足をすくわれる。

 あなた達には未来がある。そしてその望む未来に向かうためにこの技術は役に立つでしょう。

 もしも今後辛い時があれば、この三ヶ月を思い出してください。

 きっとその時に、僅かでも力を与えてくれるでしょう」


 僕の話を聞きながら一部の生徒達は泣き始めた。

 僕にはわからない思いが彼等にはある。

 平和で、苦労も悩みもない人間ばかりではない。

 ここにいる生徒達の多くは色々な事情がありここにいる。

 簡単でも楽でもない人生だ。

 そこに貴族も平民も関係ない。 

 生きることは試練である。

 しかし、だからこそ価値がある。


「あなた達は成長した。多くを学び、知り、経験し、習得し、そして仲間を得た。

 周囲の生徒の顔を覚えておいてください。

 三ヶ月の間に絆が生まれたはずです。

 もしかしたら価値観が変わるほどの出会いがあったかもしれません」


 僕はイザークとマイスを見た。

 彼等は戸惑いを覚えていたようだけど目は逸らさなかった。


「絆は、離れれば薄れるかもしれませんが、消えはしません。

 いつかその縁が再び結ばれる時が来たら、今の気持ちを思い出してください。

 きっとその時、互いの存在は力になる。

 それは何物にも代えがたい財産なのです。どうか忘れないで欲しい。

 家族が、友人が、仲間がいればできることは沢山あるということ。

 そして人は一人で生きていくことに大きな価値を見いだせないということを。

 大切な人を見つけ、大切な人のために成長することもまた、人生を豊かにするということを。

 老婆心を出してしまいました。まだ子供なんですが」


 そういうと生徒達が小さく笑った。

 僕も笑顔を向け、柔和な口調に戻す。

 僕は再び教壇に戻った。

 そして改めて、生徒達の顔を見る。

 感慨深い。 

 自分の教え子たちが成長した姿を見ることが、こんなに嬉しいとは。

 歳なのかな。

 涙腺が緩くなったのかも。

 泣きそうになる自分を抑制し、僕は口を開いた。


「今日、みなさんは卒業します。

 今後どんな困難があるか、僕にはわかりません。

 ですがこれだけははっきりと言えます。

 今後、何があろうともみなさんは僕の生徒です。

 何かあったとき、僕を頼ってください。

 僕にできることは少ないですが、僕にできることであれば全力でやろうと思います。

 一人じゃないということを決して忘れないでください。

 仲間がいるということも決して忘れないでください。

 ……それでは少し長くなりましたが、僕の話を終わります。

 みなさん、三か月間おつかれさまでした! 卒業おめでとう!」


 話を終えると、すすり泣く嗚咽だけが室内に響いた。

 そして誰かが一気に立ち上がると、他の生徒達もつられるように立った。


「先生、三ヶ月間、ありがとうございました!」

「「「「「ありがとうございました!」」」」」


 あれだけ意固地で、傲慢で子供っぽかったみんなが、一斉に僕に頭を下げた。

 彼等は貴族だ。

 頭を下げるなんてことはしなかったはずだ。

 それなのに、みんな僕に感謝を述べている。

 そんなことをされたら我慢できるはずがない。


「み、みんな……」


 僕は思わず涙を流した。

 なんて情けないのか。

 そう思うが、止められなかった。 

 僕が泣いている姿を見たせいか、大半の生徒がつられるように泣き始めた。

 そして、みんなが駆け寄ってきて僕に抱き着いてきた。

 最初の挨拶の時、魔力を見せたあの時と同じような状況だった。

 違うのは、みんなは僕の魔力に興味があるのではなく、僕自身に価値を見出してくれているということ。


「ぜんぜいぃぃーーー!」

「シオン先生、先生ーーー!」


 僕は抱き着いてくる生徒達一人一人の頭を撫でた。

 そうしてみんなが落ち着くまでしばらく宥めた。

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