第119話 卒業試験
開発は順調。
しかし僕がやることは意見を出すことしかないので、最近では顔を出してフレイヤと少し話して、作業の邪魔にならないように帰るようになっている。
現段階では、変形型の鉄雷武器を雛形とすることに決定している。
後は強度の問題があるだけだ。
それが最も難題で、失敗が続けば、別の形に決まる可能性もある。
フレイヤは毎回改良品を見せてくれる。
それに僕が意見をして、また作り直すということを繰り返しているだけだ。
開発に関しては以上。
さて怠惰病治療研修は佳境に入っている。
卒業試験。
現在、研修が始まって十週目。
すでに魔力供給カリキュラム自体は終了しており、卒業に至るまでの必要な実習も終わっている。
魔力供給後、二週間は別の課程を経ている。
それは『グループ治療』という内容だ。
怠惰病治療施設兼、怠惰病リハビリ施設。
そこの一室に生徒達の半数が集まっていた。
「今日もよろしくお願いします」
僕が患者のご家族に挨拶すると、他の生徒達も軽くではあるが挨拶をした。
相手は平民ではあるが、少しずつ生徒達も彼等が協力してくれている相手だという認識が出てきたらしい。
目覚ましい進歩だ。
患者のご家族はぺこぺこと頭を下げて部屋の端っこに座った。
ちなみに最初に協力をしてくれた患者達ではない。
さすがに数週間も放置はできないし、休日を挟むため、その期間を待たせるのは忍びなかったからだ。
そのため一週間限定で協力を願っている形だ。
協力者を探すのは苦労したが、女王の助力もあって、ある程度の人数を探すことはできた。
中にはお金だけが目的の人もいたが、大半は他の患者さんのため協力ができるならという理由だった。
僕としてはどっちの理由であったとしても、問題はないと思う。
頼む立場の僕が、相手の心情や立場や反応を評価するなんて、おこがましいからだ。
どっちにしても了承してくれてありがたい。
それを生徒達も理解しているようだった。
今回の研修は、怠惰病治療の技術だけでなく、彼等の人生に大きな影響を与えたことだろう。
「では、卒業試験を始めます。ただ、あまり深く考えなくて大丈夫です。
今日、上手くいかなくとも二週間は期間がありますので、二週間後までに治療ができれば問題ありません」
「はい、シオン先生!」
僕は鷹揚に頷き、話を続けようとした。
「はい、シオン先生は素晴らしい人です」
「「素晴らしい人です!」」
生徒達の最後部から声が三つ聞こえた。
あのいじめっ子たちだ。
彼等はキラキラとした瞳を僕に向けて叫んでいた。
「そこの生徒。授業中は静かにしてください」
「はい、素晴らしいシオン先生! 申し訳ありません!」
「「申し訳ありません!」」
うんうん、素直でよろしい。
僕は何度も頷いた。
「あ、あいつらどうしたんだ?」
「さあ、二週間前からおかしいんだよな。でもいいんじゃないか?
前はわがままで、面倒臭い奴らだったしさ」
「それもそうか。じゃあ、問題ないな」
僕はいつも通りの柔らかい表情のままだった。
しかし内心は複雑だ。
彼等に対して教育的指導をしたのだが、ちょっとやりすぎたみたいだった。
まあ、ほら、相手のお金を盗っちゃダメでしょ。
それはもう人として最低な行為でしょ。
しかもマイスの家族が貯めたお金だったみたいだし。
ちょっと気持ちが入りすぎたというか。
なんであんなことになったのか自分でもよくわからないんだ。
でも真人間になったみたいだし、よかったのだろうか。
マイスもお金が戻って喜んでいたし。
マイスは今も僕の家に泊まっている。
お金は戻ったけど、彼のお金は家族の血と涙の結晶だし、できるだけ使わない方がいいだろうと思ったからだ。
金銭的な援助をしすぎると相手に悪影響を及ぼすから、それくらいしかするつもりはない。
本当に困った時は助けるつもりだけど、依存されては僕だけでなく、関わる人間を全員、不幸にするからだ。
とにかくこの話は終わりだ。
僕は現実から逃避して、授業を始めた。
「では、グループ治療を始めます。すでに何度か説明しましたが、改めて説明します。
この治療は五人で同時に、一人の患者さんを治療する、という方法です。
ではなぜこのような方法をとったのか、わかる人」
「はーい。あたし達の体外放出できる魔力量だと、患者さんを治療するために必要な魔力量には届かないからでーす」
一人の女生徒が答えてくれた。
他の生徒も頷いて賛同した。
「その通りです。怠惰病治療に置いて、一度で必要魔力量を供給しなければなりません。
しかしみなさんの体外放出魔力量、つまり魔力供給の限界量は90程度。
それでは患者さんを治療することはできませんからね」
ちなみに生徒達の総魔力量の平均は1000ほどだ。
まだ増える余地はあるが、最大でも2000程度、少ない人は500程度だ。
伯爵はようやく100まで増えた。
本人は喜んでいたな、気絶しなくなったって。
僕も総魔力量が1万の時は一度に体外放出できる魔力量は90くらいだった。
そのため治療ができなかったんだけど、エインツヴェルフとの戦いを機に、総魔力量が100倍に膨れ上がり、更に一度に体外放出できる量も同様に増えた。
そのため僕一人でも怠惰病患者を治療できるようになったというわけだ。
それは特殊なことであり、生徒達にはできない。
そこで複数人で同時に魔力を供給することで治療する手法を選んだというわけだ。
これならば患者の魔力量が500程度まであっても治療が可能。
僕の経験だと怠惰病患者の必要魔力量が500に至る人は稀だった。
そこで基本的に五人、最大450の魔力量で治療できるようにグループ治療を提案したのだ。
この案を最初から考えていたため、僕はグループを作ることにしたというわけ。
もちろん他国の人間と組ませた理由は、以前にも言った通り、互いの垣根を取っ払うためだけど。
「さてこのグループ治療には基本的に五人が必要になります。
各国二十人程、いるはずですので四ヶ所に分散しての治療ができるということになります。
ただしそれぞれの魔力量を考えると一日に治療できる人数は多くはありません。
そこだけは肝に銘じておいてください」
一人の総魔力量が1000として、二十人なら2万。
患者の治療に必要な魔力が200程度だとして、一日に治せるのは百人だ。
あまり多くはないが、彼等の治療技術を誰かに継承すればその問題は解決するはず。
そこら辺の采配は彼等の国に任せるしかない。
こちらとしては技術提供が主な仕事なのだから、後のことまでは面倒を見きれないし。
「それと仮に、万が一誰かが怠惰病になった場合、互いに治療できるというメリットもあります。
それぞれ他国の人間と組み、それでも互いに協力し、わかりあえた部分もあるかと思います。
同じ国の人間なら、より協力体制を築けるはずです」
実際は人間と人間なのだから、そんな簡単なことではない。
しかし彼等にはそれぞれの壁を乗り越えたという経験をさせてあげた。
そのことが彼等の意識を大きく変えたはずだ。
社畜と同じである。最高残業時間を記憶してしまった時点で終わりである。
そして残業時間自慢が始まった時点で、最早社畜人生を歩んでいるという自覚を持つべきである。
悲しいけど、人間はそうやって生きていくのだ。
「では始めますか。どこのグループから始めましょうか」
「俺達からでいいか?」
真っ先に手を上げたのはイザークだった。
彼ならばそうすると思った。
他のみんなはどうだろうか。
マイスもエリスとソフィアもゴルトバ伯爵もやる気満々だ。
「ふぉっふぉっふぉっ! この二ヶ月、いかほど成長したかお見せしましょうぞ!
「あ、伯爵は控えて貰えますか。気絶しちゃうので」
「…………了解しました」
しゅんとしてしまった伯爵は、とぼとぼと部屋の隅に移動すると、椅子にちょこんと座った。
ただの体外放出ならばいいけど、魔力供給だと彼は足手まといになってしまう。
頑張ったのは理解してるけど、こればかりは仕方ない。
「一人欠けてしまったので、僕が参加しましょう。
ああ、魔力は最低限しか流さないので安心してください。では並んでください」
僕の指示通り、四人が患者さんの左右に立った。
ベッドに横たわっている患者さんは虚ろな瞳を天井に向けたままだ。
「じゃあ、行くぞ」
イザークが言うと、三人が頷いた。
彼等が患者の胸に手を添えると僕も同じように手触れさせた。
同時に治療する場合、手を重ねると互いの手が邪魔をして、魔力反応が起きてしまう。
そのためグループ治療に重要なのは『互いに干渉しあわないようにする』ということだ。
魔力と魔力が反応すれば、魔力供給を阻害する。
僕がローズに試した魔力反応と、怠惰病患者に魔力供給をした時とは異なった反応があるというわけだ。
効率的に魔力を流すには上手く魔力を調整し、患者に供給することが肝要だということ。
その練習もすでに何度もしている。
互いの手が触れないように、且つ、手の指先辺りまで触れさせるように注意しながらの魔力供給が始まった。
10、15、20。
供給量が徐々に増える。
最初は供給量を徐々に増やすことも難しかった。
過剰供給の副作用があるかは判然としないが、それでも不必要で非効率なことであることは間違いない。
今はその無駄を省き、最も安全な手法をとっている。
40、45、50。
良い感じだ。
全員の表情は緊張で強張っている。
真剣だ。
その横顔には成長が現れている。
なぜか少し感動してしまい、ちょっと涙腺が緩んだ。
歳かな。
70、75、80。
少しずつ患者の顔に生気が戻っていく気がした。
瞬きが始まる。
その変化に生徒達の間にざわめきが生まれる。
あと少し。
手が動き始める。
指先が震え、手首が動く。
90、95、100。
「あ……ああ」
声が出てきた。
彼の胸元に魔力の光が集束している。
著しく光った魔力は、彼の胸に吸い込まれていった。
そして。
「こ、こは……ど、こ……だ?」
患者が言葉を話した。
生徒達が確かめ合うように顔を見合わせる。
そして。
「な、治せた! 治せたぞ!!」
「やったわ! わたし達が怠惰病を治療したのよ!」
「ついにできたんですねぇ……うれしいですぅ……」
「やった! やった! やったよ!」
イザーク達は手を取り合い、互いに喜んでいた。
その様子を見て、僕も喜色で心を染める。
やっとここまできた。
達成感が凄まじい。
きっと上手くいくと思っていたけれど、やはり不安はあった。
でもやり遂げた。
問題児グループだった彼等が、最初にやり遂げたのだ。
喜びが胸を駆け巡る。
他の生徒達も、自分のことのように喜んでいた。
仲間の成功を賞賛していた。
この二ヶ月以上、無駄ではなかったんだ。
視界の隅に、寂しそうに笑う伯爵がいたけど、気にしてはいけない。
彼は、その、特殊だから、うん。
そんな中、恐る恐るといった感じで、患者の家族がやってきた。
「あ、ありがとうございます! ち、治療をして頂いて……。
ありがとう……ございます……」
「こちらこそ。ご協力いただきありがとうございます。
もう大丈夫。旦那さんの傍にいてあげてください」
患者の奥さんは涙を流しながら、旦那さんの傍に行くと、手を握った。
彼女にも葛藤があっただろう。
それでも協力してくれたのだ。
不安もあり、旦那さんの病が治療できたとわかりほっとしただろうことは、傍から見てもわかった。
生徒達もその様子を見て、色々な思いを巡らせているようだった。
「じゃあ、次のグループ、次の患者さんのところへ行きましょう」
そうして卒業試験は幕を開けた。
けれどもう大丈夫だ。
成長したみんなならばきっと。
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