第118話 お仕置きだ

 身体が何となく重いのは疲労だろうか。

 この年で肩こりがするなんて、余程疲れているのかもしれない。


「シオン様、だ、大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫。ちょっと疲れがたまってるだけだと思う」


 マイスだけでなくイザーク達も、頻繁に家に遊びに来るようになった。 

 賑やかなのは嫌いじゃないし、楽しいとは思う。

 しかしやはり誰か客人がいると思うと、ゆっくりはできないわけで。

 その上、授業と開発で休む日は少ない。

 我ながら働きすぎかもしれないな。

 王都に着いて最初に二週間に比べれば大したことはないけど。

 ああ、ダメだこの考え方は。

 社畜そのものじゃないか。

 あの時が一番つらかった。その経験がある自分ならどんなことでも耐えられる、みたいな思考をし始めたらもう終わりだ。

 その人に言ってあげたい。

 休んでいいんだと。人の人生はもっと多様で自由で希望があるのだと。

 どうか慈愛して欲しい。そう願わずにはいられない。


「シオン様。もう少し休んだ方がいいかと思いますが」

「いや、まだまだいけるよ」


 ……社畜根性は中々抜けないということは置いておくとして。

 心配そうなウィノナに僕は苦笑を浮かべつつ、学校内を歩いていた。

 久しぶりの座学のために学校に戻ってきていた。

 すでに八週間。

 実習を初めて四週間目だ。

 最初の数日で生徒のほとんどは魔力供給の感覚を掴んでいる。

 その後はひたすら魔力供給と総魔力量を増やすこと、効率的な体外放出と魔力の円滑な操作をするようにしている。

 それをほぼ毎日しているのだ。

 その理由は治療において最も大切なことだから、である。

 実習は治療そのもの。

 僕がいなくても彼等は実習でやる治療をしなければならない。

 だからどこかに問題がないか、何か疑問がないかということを知るために長めに設定している。

 そろそろ実習も最終段階に入る予定だけど。


 最近、生徒達も慣れてきたらしく、少しだらっとしてきていた。

 刺激が少ない時間が多くなれば自然とそうなるだろう。

 最初は魔力という不可思議な現象に胸を躍らせていただろうが、しばらくすればそれは当たり前になってしまう。 

 人間、どんなものでも慣れてしまえば、刺激が薄くなるものだ。

 しかも西洋医学――あくまで僕の知識で近しい単語を使っているだけで、この世界には西洋という概念はない――とは違って怠惰病治療には大きな危険はない。

 直接身体に触れる以外では、魔力を供給するだけだ。

 だから余計に危機感がなくなってしまうのだろう。

 そのことから一度、実習から離れて座学を始めることにした。

 することは今までの復習だ。

 それでも多少は刺激になるだろうし、自分の知識を試すことはそれなりに楽しいものだ。

 まあ、向き不向きがあるけど、大事なのは日常に変化を加えることなので問題ない。

 生徒達も少しは気分転換になっているようで授業中も、色々と質問してきたり、こちらが問いかけると答えたりしている。

 普通に学校で授業している感じだ。

 今、残っている生徒はみんな勤勉だから、勉強自体を楽しんでいる節はある。

 教師の立場としては嬉しいものだ。

 今となっては生徒達を可愛いと思うことも多々ある。

 子供がいたらこんな感じなのかもしれないな。 

 なんて思いながら僕は廊下を進んでいた。

 と。


「ん? 外に誰かいるみたい」

「中庭、でしょうか? たまに生徒の方が休憩時間に利用しているようですが。

 ……しかしこの方向は」


 確かに休憩時間に中庭に行くことは特におかしなことじゃないな。

 ただその声が聞こえる方向は、中庭の端。裏庭に繋がる通路だ。

 学校付近は比較的植物が生い茂っており、死角が多い。

 僕の記憶が確かならば、声の聞こえた場所はその死角付近だ。

 僕はウィノナと顔を見合わせると、声の聞こえる方向へ向かった。

 廊下を抜け玄関を通ると、中庭から裏庭の方へ。

 草木を掻きわけていくと、徐々に相手の声量が大きくなる。

 複数人いるようだ。

 三人、いや四人かな。

 僕達が草場から顔を出すと、その人物たちの顔が見えた。

 あれはマイス?

 それと生徒が三人いる。

 友人……ではないようだ。

 マイスは壁に押し付けられており、三人は彼を取り囲むようにして立っていた。


「おい、おまえ、平民の癖に生意気なんだよ!」


 マイスを睨みつける太った生徒。

 名前は覚えているが、授業態度があまりよくないため僕は内心で太った生徒と呼ぶことにしている。

 僕も人なので、好き嫌いはある。

 もちろん授業中に贔屓したりはしていないけど。


「こいつ最近、先生の家に泊まってるらしいぞ。

 金を盗ってやったのに、まさか先生の家に行くなんてな」


 長身でそばかすのある生徒がねちっこい口調で言った。

 こいつらがマイスのお金を奪ったらしい。

 最悪な奴らだ。

 陰湿すぎる。


「平民が貴族の家に!? 面の皮が厚い奴! 貴族達の場所に来るだけでなく、そこまで!

 図々しいにもほどがあるぞ!」


 小柄で卑屈な目をした生徒が言い放った。

 その後も、悪態をつき続けていた。

 これはいじめの現場か?


「おまえ目障りだからさ、さっさと学校から退学しろよ?

 いつも言ってんだろ? なあ?

 なんで辞めたのが貴族で平民のおまえは残ってんだよ? あ?」

「す、すみません……」

「おいおいぃ、俺は謝れって言ってないぞ? 辞めろって言ってんだよ!」


 太った生徒がマイスの胸ぐらを掴んだ。

 隣でウィノナが小さく悲鳴を上げ、そして僕を見た。

 僕は人差し指を口の正面で立てる。

 今、この場で僕が出ていってもいい。

 しかしそれでは何の解決にもならないし、むしろ先生は平民の味方をしたと言われ、余計にマイスがいじめられるだけだ。

 ずっと彼を守るわけにもいかない。

 せめて事情をもっと知る必要がある。

 マイスに聞いてもいいが彼は応えないかもしれない。

 なぜなら、太った生徒は『いつも言っている』と言ったからだ。

 これは初めてのことではない。

 それなのにマイスはいじめられているということを僕に一切話さなかった。

 理由はわからないが、話す気はないということだ。

 とにかく、冷たいかもしれないが、もう少し様子を見よう。


「や、辞めるわけには、い、いきません」

「はあ? 何、口答えしてるんだ! 貴族の俺が命令してるんだぞ!

 平民のおまえは命令に従えばいいんだ!

 いつも、イザーク達や先生といるから見逃してやってたのに、調子に乗りやがって!

 もう勘弁ならない。おまえはパパに言って、排除してやる!」


 そんなことはできないが、傲慢な彼は本当にできると思っている。

 しかしマイスにはそんなことはわからないだろう。

 貴族の言葉は、平民にとって恐怖の対象だ。

 怠惰病の治療施設での出来事を見れば、それは明らかだった。

 しかしマイスは首を縦に振らない。

 明らかに怯えているのに、屈するつもりはないようだ。


「か、帰れません。そ、卒業するまでは」

「なにぃ!? この野郎! こいつ」

「うぐっ……す、すみません」

「謝ってんじゃない! さっさと帰れ! 殴るぞ!」


 言いつつ、太った生徒はマイスを壁に押し付けた。

 喉を抑えられて苦しんでいるマイスを見て、僕は逡巡する。

 出るか。

 これ以上は、マイスが傷つくだけだ。

 もうある程度の事情はわかった。

 教師の立場である僕が仲裁に入れば、禍根を残すだろう。

 しかし生徒がいじめられているのに見過ごすわけにもいかない。

 僕は茂みから出ようと足を踏み出した。

 が。


「おまえら何してんだよ」


 声が頭上から聞こえた。

 僕は咄嗟に足を止めて、ゆっくりと元の位置に戻る。

 声の主はイザークだった。

 彼は僕達が通ってきた同じ道からやってきたようだった。

 僕とウィノナは少し外れた場所にある茂みに入っていたのでバレなかったようだ。

 イザークは僕達に気づかず素通りした。


「ふん、イザークか。なんだ、何か用か?」


 いじめっ子たちはイザークの登場に警戒心を強くしていた。

 イザークはマイスや他の生徒を見ると、鼻を一度鳴らす。


「別に。たまたまこっちに来ただけで、用事はねぇよ」


 その反応を見て、いじめっ子たちは互いの顔を見て、ニッと笑う。


「そうかそうか。貴族だもんな。平民と同じグループでも、本意じゃないわけだ。

 おまえも平民が気に入らないんだろ?」


 太った生徒がニヤニヤと笑う。

 陰湿だ。しかし彼等は自分達に非があるとはまったく思っていない。

 いじめをする人間とはそういうものだ。

 そんな言葉を投げかけられ、イザークは腕を組んで、表情を変えず答えた。


「まあ、気に入らねぇな。こいつは」


 マイスに向かい顎をしゃくりあげるイザーク。


「ははは、だよな! 納得いかないよな! 平民が貴族様と同じところにいるなんて!」


 いじめっ子たちは甲高い笑い声をあげる。

 イザークはただ漫然とその様子を眺めていた。

 隣のウィノナがぎゅっと拳を握っていた。

 マイスのことを考えるとやりきれない気持ちになったのだろう。

 僕も同じだ。

 でも、僕はその場を動かなかった。


「じゃあ、イザーク。おまえもこいつに言ってやれよ!

 さっさと出て行けってな! 目障りだって、うざいって。

 平民は貴族の下で這いつくばっていろってさ!」


 イザークは無言でマイスの目の前に移動した。

 マイスは泣きそうな顔を一度だけあげると、すぐに俯いた。


「てめえ本当にむかつくな」


 イザークの辛辣な言葉に、マイスは「えぐっ」と小さく嗚咽を漏らした。

 僕はそんな二人の様子をじっと見つめた。


「いつもうじうじと、部屋の端っこに座って、置物みてえにしてよ。

 そうしてたら嫌なことから逃げられるとでも思ってんのか?」


 マイスは言われるままで、何も言い返さない。

 ただ俯いているだけだ。

 イザークはマイスの胸ぐらを掴んで、強引に顔を上げさせる。


「顔上げろよ弱虫野郎ッッ! それでも長男か!

 なんなんだおまえは。なんのためにここにいるんだ!」

「じ、自分は、か、家族のために」

「だったら胸を張れ、バカ野郎!

 見ていてむかつくんだよ、てめえ。

 卑屈で、すぐに謝りやがって。自分の考えがねえのか!

 常に貴族の顔色を窺って、誇りはねえのかよ!

 情けねえ。だせえ奴だ。いらいらすんだよ、おまえ!」


 いじめっ子たちはイザークの態度を見て、嬉しそうに笑っていた。

 ウィノナは震えながら歯噛みして、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 無意識だったのだろう。

 彼女は茂みから出て行こうとした。

 しかし僕は彼女の手を握り、制止した。

 ウィノナは僕にどうして止めるのかという視線を投げかけてきたが、僕は彼女をじっと見つめる。

 今、出たらダメだ。

 声に出さず、僕は意志を伝える。

 彼女は僕の意図を汲んでくれたのか、悔しげに顔を歪ませてその場にとどまった。

 イザークはマイスに悪態をついている。

 一方的で、強者が弱者を恫喝しているように見える。

 しかしそうだろうか。

 本当に彼は、マイスに対して何も思わなかったのだろうか。

 この二ヶ月。

 イザークの中には、平民に、マイスに対しての情も絆も微塵も生まれなかったのだろうか。

 僕は――そうは思えなかった。

 イザークは顔を歪ませ、マイスの胸ぐらを乱暴に離した。


「はっ、どうせ、おまえの家族も同じような情けない奴ら何だろうな。

 長男がこれじゃあな。おまえの母親も父親も兄弟も全員、情けないクズなんだろうさ」

「……っ! じ、自分の……」


 マイスが絞り出すように出した声にイザークは大げさに耳を傾ける。


「あ? なんだって?」


 マイスは勢いよく顔を上げて、イザークの服を掴んだ。

 彼がこんな行動に出るのは初めてだった。


「自分の! 家族は情けなくなんかない! 

 貧しくても、いつも笑って、辛くても一生懸命に働いて、食べさせてくれてる!

 大変なのに、愚痴も言わず、自分達を育ててくれる! 立派な両親だ!

 弟も妹も、まだ小さいのに働いてる! それでも文句の一つも漏らさない!

 ボロボロになった服も、まだ使えるって言って、何度も修理して、ツギハギだらけなのに、これが可愛いって笑うんだ。

 自分が王都へ行くことになって、お金がないのにご飯を我慢してまで貯めてくれたお金をくれた!

 みんなの苦労が、おまえにわかるか!

 貴族の家に生まれただけで苦労なんてしてない奴らに、家族の苦労がわかるか!

 自分の家族が情けないわけがない! 世界一、立派な、自分の自慢の家族だ!

 家族を馬鹿にする奴は絶対に許さない!」


 マイスは泣き叫び、怒りに顔を歪ませていた。

 それは普段の臆病な彼とは似ても似つかず、ただ大切な何かのために憤る人間だった。

 イザークはマイスをじっと見つめていた。 

 その目には蔑みはなかったように思えた。


「……だったら、もっとしゃきっとしろ。てめえは家族の代表なんだろうが。

 てめえが舐められるってことは、家族が舐められるってことだ。

 胸を張れ。堂々としてろ。平民だろうが貴族だろうが、関係ねえ。

 てめえは家族のためにここにいるんだろ。だったら誇りを持て。長男なんだろ」


 イザークは、何の抵抗もなくマイスの手を掴むとやんわりと押し返した。

 マイスはイザークの言葉に驚きながら、すぐに我に返り、涙を袖で拭った。


「………………うん」

「よし。それでいい」


 イザークは満足そうに笑った。

 その笑顔を見て、マイスは戸惑っていたが、不意に笑った。

 互いの間に壁はある。

 しかしその壁は少しずつ壊れ始めているようだった。

 イザークも家族のために、家柄のために研修会に参加したと言っていた。

 そしてマイスも同じ。

 互いに長男で家族を支える立場にある。

 だから親近感が湧いたのかもしれない。

 しかし、当然ここで大団円とはいかない。


「おい! なんだこの茶番。イザーク、平民と仲良くするつもりか!」

「仲良く? いや違うね。そんなつもりはねえし。

 ただここでは、研修会では俺達は同じグループの仲間であり、同じクラスのメンバーだ。

 だから仲間がやられそうになってたら助けるのは当たり前だろうが。

 そこに貴族も平民も関係ねえよ。立場も生まれも違う。貴族と平民は違う。

 けどよ同じ人間なんだよ。家から離れてただの一人の人間になったら、同じなんだよ。

 俺はこの場所に来て、それがわかっちまった。

 貴族は高貴な存在だ。平民は一般人だ。それは変わらねえ。

 けどよ、貴族は高貴でも高位の人間じゃねえ。ただ生まれただけで平民よりも優れた人間だなんて思うのはただの傲慢で、ただの無能だ。

 俺は貴族に誇りを持ってる。貴族は平民の上に立つ人間だ。

 だから貴族として毅然と正しく、真っ直ぐに生きる。その生き方に、てめえらは反してる。

 誇りを持って生きている平民の方が、てめえらより上だよ」

「ふ、ふふふ、ふざけるな! 平民が貴族よりも上なわけがないだろうが!」


 太った生徒は憤怒の表情のままにイザークに殴りかかった。

 貴族としてのプライドが傷ついたのだろう。

 しかしそのプライドには中身がない。

 ただ貴族として生まれただけという、自分の努力も何もないものだ。

 イザークは余裕の態度で拳を迎える。

 あの態度。

 相当に自信があることは明白。

 イザークは姿勢を低くしようとした。

 いい判断だ。

 と思ったんだけど。

 イザークは殴られた。

 見事に殴られ、地面に倒れた。

 ……あれ?


「いってええええええ!」


 イザークは顔を抑えながら地面をゴロゴロと転がった。

 あ、あれ?

 避けられなかったのか?

 ぽかんとしているいじめっ子たち。

 僕も同じだ。

 だってどう見ても強そうな雰囲気を醸し出していたのに。

 もしかして……弱いのか?


「だ、大丈夫ですか!?」

 マイスはイザークの下に駆け寄った。

「へっ、こ、これくらい、た、大したことねえよ」


 大したことあるようで、足がガクガクと震えていた。 

 それでも立ち上がったイザークは拳を構える。


「さ、さあ来いよ! 俺はまだやれるぜ!」


 どう見てもTKO寸前だが、イザークの目には闘志が宿っている。

 戸惑い気味の太った生徒だったが、気が治まったわけではないらしい。


「なんだ、弱いじゃないか。弱い癖に偉そうにするな!」


 太った生徒が再びイザークに向かって殴りかかる。

 これはさすがに助けるべきかと思った。

 瞬間、マイスがイザークの前に飛び出した。


「な!?」


 驚きの声を出したのはいじめっ子たちだった。

 マイスは太った生徒の手首を掴んで、眼前で止めていた。

 相当な腕力がなければできないことだ。


「やめろ! じ、自分の仲間に手を出すな!」


 先程までとは違い、勇敢な姿がそこにはあった。

 太った生徒は苦悶の表情を浮かべている。

 かなりの力で握られているようだ。


「う、うぎ、は、離せ、この馬鹿力!」


 強引に腕を振り回して、太った生徒はマイスから離れた。


「き、貴族の手を、へ、平民ごときが!」

「へ、平民でも大事な何かのためなら戦う! じ、自分はもう逃げないぞ!

 小さいころから肉体労働をしている平民を舐めたら痛い目見るよ!」


 ずっと身銭を稼ぐために過酷な状況で働いてきた平民と、何の苦労もせず、だらだらと過ごしてきた貴族ではどちらが強いのか。

 答えは明白だ。

 仮に剣術の鍛錬をしてきた貴族がいても、実戦経験がないし、苦労をしていない分、ハングリー精神がない。

 少なくともいじめっ子たちに武道の経験があるようには見えなかった。


「お、おい、もう行こう」

「も、もう、放っておこうぜ……」

「ちっ! お、覚えてろよ! パパに言いつけてやるからな!」


 見事な捨て台詞と共に、いじめっ子たちは走り去ってしまった。

 なんてわかりやすい行動だ。

 しかし実際、ああいう人間は同じような行動をとる。

 弱者を虐げようとする人間は、強者を恐れて、すぐに手のひらを返すからだ。

 どこにでもいる人種である。

 いじめっ子たちがいなくなると、イザークは地面に座り込んだ。


「いっつ……はあ、終わったか」

「あ、あの本当に大丈夫?」

「ああ、何とかな。ったく、俺は喧嘩なんてしたことねえっつーの。

 だってのにあいつマジで殴ってきやがって。痛いじゃねえか」

「あー……慣れないと痛いよね。でも案外、耐えれるよ」


 中々凄まじい発言だ。

 イザークは呆れようにしながら嘆息した。


「おまえそんなに強いなら、なんで抵抗しなかったんだよ」

「貴族に手を出すと後が怖いから。過去に色々あって」

「……そうかよ。まあ、あいつは大丈夫だろ。

 そもそも、出身国違うだろ、あいつ。自分の親が他国にまで影響があると思ってんのか。

 しかも確か、あいつの親、子爵だし。たまにああいう馬鹿な貴族がいるから嫌になんだよな。

 つっても、俺もそんなに変わらねえか」

「そ、そんなことないよ! イザーク君は、自分を助けてくれたじゃないか」

「へっ、別に。おまえのためじゃねえよ。俺のためだからな」

「それでもありがとう。嬉しかった」


 マイスは純粋な感謝と共に、笑みを浮かべた。

 その素直な反応にイザークは困ったように視線を逸らした。

 わかりやすい性格だ。


「……と、とにかくもう戻るぞ。そろそろ授業時間だろ」

「うん。そうだね」

「それと、俺のことはイザークでいい。君づけは先生だけで十分だからよ」

「わ、わかったよ。そ、その……イ、イザーク」

「おう。じゃあ行くぞ、マイス」


 二人とも、晴れ晴れとした表情で談笑しながら帰っていった。

 彼等の姿が見えなくなると僕とウィノナは茂みから抜け出す。


「よかったですね。上手くいって。シオン様はわかっていたんですか?

 あのお二人が仲良くなるって」

「イザークは元々、悪い子じゃないし、色々と考えていたみたいだからね。

 ただ確実性はなかったから、冷や冷やしたよ。

 結局、僕は何もせずに終わっちゃったけど」

「……あの場では何もしない方が良かったと思います。

 申し訳ありません、シオン様のお考えがわからず、でしゃばるところでした」

「いいんだ。むしろ僕は嬉しかった。ウィノナが自分の意志で助けようとしたから。

 これからもそうやって自分の気持ちに正直になっていいと思うよ」

「あ………………はい、シオン様」


 なぜかウィノナは少し頬を赤らめて俯いた。 

 彼女の気持ちは汲みとれなかったけど、マイスとイザークの気持ちはわかった気がした。

 これで一件落着、かな。

 さて、じゃあ僕は僕のすべきことをするか。


「あのシオン様、どこへ?」

「うん、ちょっと野暮用があってね。悪いけど、ウィノナは先に講堂に行ってて」

「は、はい。かしこまりました」


 立ち去るウィノナの背中を見守った。

 さっきのいじめっ子たちは講堂ではなく中庭の方に行ったようだった。

 イザーク達と鉢合わせないように、授業時間ぎりぎりに講堂へ行くつもりなのだろう。

 丁度いい。

 僕は口角を上げた。


「やりすぎた連中にはお仕置きが必要だね」


 僕はゆっくりと歩き、中庭に向かった。

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