第117話 人には人の事情がある
どうしてこうなった。
僕は笑顔を引きつらせながら、目の前の情景を漫然と見守った。
「おー、まあまあ広いじゃん。まっ、俺ん家よりは狭いけどよぉ」
「むぅ、さ、さすがシオン先生のお屋敷。大した造りだわ……でも美術品がまったくないわね」
「ちょっと殺風景ですねぇ。もっとキラキラしたものが欲しいかもしれないわぁ。
せっかくだし、お贈りしようかしらぁ。それに侍女が少ないわよねぇ。
我が家から何人か派遣させようかしらぁ」
ぶしつけに家の中を見回すイザーク、エリス、ソフィアの三人。
その様子を見て、僕とウィノナは笑顔を凍らせる。
その隣で、マイスが何度も頭を下げていた。
「すみません、すみません、すみません!」
そして僕の隣にはなぜか仁王立ちをしているゴルトバ伯爵がいる。
「大変ですな、シオン先生」
あんたが言うな、あんたが。
僕は嘆息するしかない。
隣ではひたすらにマイスが謝っている、
「本当にすみません、すみません、すみません!」
「い、いや、もういいですから。ね?」
授業から帰ってきて、ずっとこうである。
彼に非はない。
それにそこまで嫌でもないし。
今日も実習だった。
ある程度、生徒達は魔力操作に慣れたようだった。
しばらくの期間を経て、本格的な治療に移る予定だ。
というのが今日の一連の流れ。
しかしなぜ彼等が我が家にいるのか。
それは、マイスが他のみんなに、僕の家に泊まることになったと話したからである。
そうしたらイザーク達も家に行きたいとなった。
以上である。
「しっかし、広いけど、ボロいなぁ。結構、年月経ってるな、この家」
「十年? 二十年くらいかしら……手入れはされているけれど、新しくはないわね」
イザークとエリスは大部屋の方に移動し始めた。
何人かが泊まれる部屋である。
ベッドが幾つかあり、清掃が行き届いている。
ここは何かあった時のために、常に手入れをしている部屋だ。
「なんか居心地が悪いなぁ」
「そうね。侍女も少ないし」
そう言いながら、二人はベッドに飛び込んだ。
ばふっと布団に顔を埋める。
「布団の寝心地はまあまあね」
「そうだな。まあまあだな」
ベッドの上でゴロゴロと転がる二人。
その様子を僕達は見守ることしかできない。
ソフィアは隣であらあらとずっと言っている。
マイスはまだ謝っている。
ゴルトバ伯爵は仁王立ち。
ウィノナと僕は諦観の笑みを浮かべる。
「まあまあだし、そうだな。今日はここに泊まるか」
「そうね。今日は泊まりましょう」
「ちょ、ちょっと! さ、さすがに泊まるのは」
何をさも当然のように言っているんだこの子達は。
僕は泡を食って、声を張り上げた。
しかし二人に動揺はない。
「は? 何言ってんだよ、先生。マイスは泊まってるんだろ?」
「と、泊まってますが」
「じゃあいいじゃん。なぁ?」
「ええ、そうね。しかも何人でもいい。十人や二十人でもいいとか言ったそうだし」
言った。言ったけれども。
あまりにいきなりすぎて、どうしたものかと考える。
というかこの二人、普段は仲が悪いのに、どうして今日はそんなに仲がいいんだ。
空室はいくらでもある。
だから別に僕はいいんだ。
問題はウィノナである。
隣でウィノナは笑顔のままに身体をガタガタ震わせた。
ギギッと首を動かすと、口腔をもそもそと動かす。
「だ、だだだ、だ、大丈夫、です、シオン様。わ、わたしは大丈夫です」
「大丈夫じゃないよね!?」
彼女からすれば屋敷の管理や僕の世話だけでも大変なのに、一人で客人の世話もしなければならなくなる。
マイスだけならいい。彼は平民だ。
差別するわけではないが、やはり貴族と平民では世話をする度合いが違う。
何かあれば主人の悪評に繋がる、とウィノナは考えているのだろう。
いつも以上にプレッシャーを感じているようだった。
しかし帰れとも言いにくい。
マイスを泊めているのに、彼等を追い払えば、遺恨を残しかねないからだ。
元々、微妙な関係なのに、余計に溝が深まるかもしれない。
多少は距離が近づいているのに、僕のせいでまた元の木阿弥になるのは避けたい。
「シ、シオン様。本当に大丈夫です!
わたしやります! 大丈夫ですから!」
ウィノナははっと我に返り、意気込んだ。
彼女が無理をしていることはわかったが、しかしやる気を無為にすることも抵抗があった。
僕は悩んだ末に、ウィノナの心意気を買うことにした。
「うーん……わかった。じゃあ、お願い。でも無理はしないでいいからね」
「はい! が、頑張ります!」
ウィノナは手をぎゅっと握った。
そこには彼女の意志があった。
彼女がここまで言ってくれるのならば、僕も覚悟を決めよう。
「じゃあ、いいよ泊まっても」
「へへっ、さっすが先生。ああ、後で侍女が荷物運んでくるからさ、頼むわ」
「あ、わたしも。ソフィアもそうよね?」
「はいぃ。お願いしますぅ」
ソフィアも泊まる気だったのか。
あれ、じゃあ、もしかして。
僕は不意に、隣のゴルトバ伯爵を見た。
「いえ、儂は違いますぞ」
ああ、さすがに大人だ。
いきなり泊まりに来るなんてことはしないよね。
と、僕が安堵していると、彼は背後から小さなカバンを取り出し、
「儂は侍女を雇っておりませんのでな、こうして自分で持ってきておりますぞ!」
にっと笑った。
ダメだった。
もう諦めよう。
生徒との触れ合いの時間として割り切ろう。
どうせ、魔法の鍛錬もできないし。
一日くらいなら問題ないさ。
ただウィノナは心配だ。
それとなく手伝おうかな。
彼女は絶対に拒否するだろうけど。
●○●○
「――ふぃー、まあまあだったな」
イザークは満足そうな顔をして、呟いた。
食事を終えた僕達は広間でくつろいでいた。
ソファーや椅子に座り、思い思いに時間を過ごしている。
ウィノナは忙しなく皿を運び、後片付けをしている。
ふと気づいたが、どうやらイザークのまあまあという言葉は、かなりの褒め言葉のようだ。
その証拠に彼の顔は幸せそうだった。
「そうね、まあまあだったわ」
エリスも同じようなものだった。
あれか。
貴族は素直に褒めちゃいけない決まりでもあるのだろうか。
「とってもおいしかったですよぉ。ウィノナさんはお料理が上手ですねぇ」
決まりはないようだ。
イザークとエリスが素直じゃないだけだな。
あの二人、なんやかんやで似た者同士だし。
利害が一致している時だけ仲がいいのはそういう理由からなのだろうか。
「はは、ありがとう。彼女も喜ぶよ」
彼女一人ですべてをやっているため、今は広間にはいない。
後片付けをしているため、台所へ戻ったようだった。
マイスは部屋の端に座って、押し黙っている。
居心地が悪そうだ。
「おい、なんでそんな端っこにいるんだよ。おまえ」
「あ、す、すみません」
「すぐに謝んなよ。うぜーな」
いつものやり取りだ。
イザークの口調は荒っぽいし、マイスは妙に気を使ってしまっている。
対照的な性格のようで、相性は悪そうだ。
貴族と平民という理由だけではなさそうだな。
仲良くしろ、とは言うつもりはないけど。
反りが合わないんだろうな。
その相手と上手く折り合いをつけられる寛大さは、二人にはないようだ。
「すぐにそういう言い方するんだから、イザークは。
もうちょっと優しく言ったら?」
「ったく、うっせぇな、エリスは」
「なによ!?」
「なんでもねぇよ……ったく。面倒くせえ」
あら、喧嘩にならなかったな。
エリスはぶつぶつと文句を言っているが、それ以上何か言うつもりはないらしい。
イザークも悪態をついたが、僅かな妥協があった。
以前のことがあるからだろうか。
まったく考えが変わっていないというわけでもない、か。
ちなみにこういう時、絶対にゴルトバ伯爵は介入しない。
以前、自分なりの解釈を話したからか、それ以降、何か言うことはなかった。
口うるさい大人とは違うらしい。
毎度、目くじらを立てたくはないという考えは僕にもある。
彼等には彼等の考えがあるわけだし、僕の意見を押し付けて考えを否定しては反発するだけだ。
不意に沈黙が訪れた。
そんな中、僕はなぜか思いついた言葉を口にした。
「みなさんはどうして研修会に参加をしたんですか?」
驚いたような顔が五つ。
そんな反応を見せるとは思わず、僕も驚いた。
「先生がそんなことを言うとは思わなかったわ。珍しいわね」
エリスが肩の上に乗っている猫を撫でながら答えた。
ん?
猫?
いつの間に?
なんなんだあの猫は。
前にも見たような気がする。
しかし今度は二匹だった。
両肩に乗っている猫は、エリスが動く度にぶらんぶらんと揺れている。
愛らしい姿だが、何でここにいるのかと思うくらいにはおかしな情景だった。
とりあえず今はスルーしよう。
「そうですか?」
「ええ。だって先生、わたし達の事情なんて一切聞かなかったでしょ?
それぞれの爵位も家柄も何も聞かなかったから。興味があると知って驚いたわ。
みんなの名前を憶えていたのも、ちょっと驚いたけど」
言われてみればそうかも。
事前に仕入れた情報を記憶はした。
だからそれぞれの出身地や家柄や名前は覚えていた。
「興味がないわけじゃないですよ。ただ、研修に必要ないかなと思いまして」
「今は必要なの?」
「さあ? 何となく聞いただけなので」
「ふーん……まあいいけれど。別に隠すようなことでもないし。
わたしは単純にお家のため。怠惰病治療ができれば、それだけ格式があがるから。
大半の生徒は同じ理由だと思うけれど」
怠惰病を治療した僕のことを見れば、彼女の言っていることがわかるだろう。
しかも怠惰病は治療しても完全になくなるわけではないし、なくなるにしても長い時間がかかるだろう。
怠惰病治療ができる人間はしばらくは重宝されるはずだ。
もちろん研修を受けている今の生徒達が、怠惰病を治療できると確実にわかった他国は、状況によっては第二期、三期の研修会を開くように要求してくるかもしれない。
あるいは自国で研究し、怠惰病治療ができる人間を増やそうとするかもしれない。
そうなれば希少性はなくなるが、それでも第一人者ということで重宝されることは間違いない。
貴族であればそれなりの地位や報酬を貰うだろうし、交渉の武器として使うこともできるわけで。
「その割には、エリスは真面目ですよね」
「そう? 当たり前じゃない? やるからには真面目にやらなきゃ時間の無駄だもの。
わざわざこんな遠くの国までやってきて、なんで適当にやらなきゃならないの?
わたしからすれば適当にやってる人や、途中で辞退した連中の考えが理解できないわ」
「元々、本意じゃなかったのかもしれませんね。
始めたけど、やっぱりできないということは往々にしてありますし」
「だったら初めからやらなければいいのに」
「そうですね。それは正論です」
しかし正論で世の中は回っていない。
人の感情は、たゆたうもので一所に留まらない。
理想はあるが、その通りに生きることができる人間は少ないと思う。
エリスは納得いかないとばかりに唇を尖らせていた。
「話は変わりますが、その猫は一体?」
「え? この子? さあ。なんなのかしらね」
「さ、さあって、飼い猫では?」
「いいえ、違うわよ。よくわからないけど、野良猫が勝手についてきたりするのよね。
昔からそうだから理由は知らないわ。
いつの間にか、肩に乗ってきたりして困ったものって感じね。
特に最近はよくついてくるのよね、どうしてかしら……ふふっ」
言葉と表情が合ってない。
だらしない顔のままに、猫を撫でている。
猫好きなんだろうな。魔力放出の時に猫の真似をしていたからバレバレだけどさ。
「他の人はどうですか?」
「わたくしはエリスさんに近いかもしれないですねぇ。
わたくしはお菓子が好きなんですよぉ。だからですぅ」
ソフィアはニコニコしているだけでそれ以上は何も言わなかった。
あれ、話終わり?
「えーと。もっと具体的にお願いできます?」
「はいぃ。お菓子が好きで、お菓子を作るのが好きで、お菓子職人になりたいんですぅ。
ですが貴族でそんな仕事をするなんて許されないのでぇ、怠惰病治療ができれば少しは違うかなぁと」
大分端折っているけど、何となくわかった。
「つまり、職人になることを認めさせるために、成果をあげようと?」
「ですですぅ。それでだめならもう勝手にしようかなぁと。
貴族の規範とか、どうでもいいですしぃ」
中々に辛辣というか、あけすけだな。
しかし自分のやりたいことのために、こんな場所までやってきて真面目に授業を受けているのだから、大したものだと思う。
彼女にとっては夢のようなものなのだろう。
目的に向かって着実に進める人間は多くはない。
「しかし菓子職人となると、平民の人が多いのでは?」
一概には言えないが、職人の大半は平民だ。
どうしても最初は下働きから始まるから、なろうとする貴族はまずいない。
「そうですねぇ。それでも別にいいと以前は思っていたんですが、正直に言うと今は簡単じゃないと思いますねぇ。
わたくしは他の貴族のように平民さんに差別意識はあまりないと思っていたんですが。
どうやら、そうでもなかったようで……」
「悩んでいる、と?」
「いいえ。そこまでじゃないですねぇ。ただちょっとショックだったというかぁ。
ああ、わたくしも他の貴族と変わらないんだなぁ、と。
それがわかっただけでも、研修会に参加した価値があったと思いますぅ。
もちろん、帰ったらきちんと治療もしますよぉ。
その後、職人になるという目的も揺るぎないですぅ。
あ、よかったらこれどうぞ」
ソフィアは鞄から箱を取り出して、中から菓子を取り出した。
マドレーヌっぽいな。
いい香りがする。
みんな菓子を受け取ると、咀嚼した。
「あ、おいしいわ」
「もふっ、んぐっ、まあまあだな」
確かに美味しい。
子供の頃、菓子を食べる機会があったが、それよりもおいしい。
店で売っている菓子よりも上手いのならば、ある程度の腕前はあるということだろう。
僕もイザークとエリスのように感想を述べようとしたが、思いとどまった。
ソフィアを見る。
めっちゃ食っとる。
頬っぺたがぷっくりと膨らんで、口をもさもさと動かしている。
まるでリスだ。愛らしいが、何というか必死感がすごい。
「おいひい、これ、これれすぅ。むほっ、んふっ、もふもふ」
「すげぇ食ってるな……」
「ソフィアって、お菓子が食べるのが好きなだけなんじゃ……?」
あれだな。
お菓子が一杯食べられると思っているから、お菓子屋さんになるのが夢って言っている子供みたいな。
短絡的な感じなのだろうか。
しかし実際に腕前はあるのだし、問題ないのかもしれない。
幸せそうだし、いいか。
とりあえずソフィアは放っておこう。
「次は儂ですかな」
「ええ。よかったら聞いてもいいですか?」
「構いませんぞ。いやはや、儂の場合は少し特殊な事情かもしれませんが。
儂は妖精学を専門としておりまして。
妖精は発見されてから数百年。長い間研究されておりますが、未解明の部分も多い存在です。
生物なのか現象なのかそれともそれ以外の何かなのか、不可思議なものです。
儂はその妖精に惹かれて研究を始めました。いやはや妖精とは愛らしい少女の姿をしておりまして、もちろん人間とは違いますが、可憐で幻想的なその容姿に心惹かれる人間も少なくなく、一部では妖精たんうふふ、とばかりに人の心を惑わす偶像として奉られておりまして、ふふ、儂もそういう一面がないとは言い切れませんがね!
妖精を見たことがある人はいますかね、あの姿を見たら、決して忘れられない。そんな姿形をしております。それを妖精屋などという不届きな連中は妖精を売り買いしており、それが違法ではないことから、根絶もできずやきもきしているのです。あの連中、ぶっころですぞ、ぶっころ! なんて思いながら、妖精屋への批判は忘れずに研究を続けております」
目を輝かせ、頬をほんのりと赤く染め、へへへとか言いながらだらしない表情を浮かべる老人という構図である。
怖い。何この人。怖いんだけど。
ちょっとお近づきになりたくない雰囲気だ。
……あれ? 今何か誰かから声が聞こえた気が。
気のせいか。
ちょっとブリジットを思い出すな。
彼女のも魔物のこととなると我を忘れていたし。
よほど好きなのか、伯爵の高説は留まることを知らない。
他のみんなはドン引きである。
しかしソフィアだけはお菓子に夢中なので話を聞いていない。
もうなんなのこの子たち。
「は、伯爵それで、この研修会に参加した理由は」
「おやおや、これは儂としたことが、脱線してしまいましたな。
発端は妖精でした。儂は妖精の研究を続けている中で、幾つかの噂を耳にしました。
妖精は未解明な部分が多い存在ですので、根拠のない噂は枚挙にいとまがありません。
しかし、その中の一つに妖精の周りには光が漂うというものがありまして。
儂は妖精を何度も見ておりますが、そのようなことはありませんでした。
眉唾物かと思っておりましたが、その不可思議な光という現象に関しての噂を、ある時期を境に耳にすることが多くなっておりました。
その噂の中心にはシオン先生、あなたがいたのです」
「怠惰病治療の際に放出される魔力の光のことですか」
「ええ。本来、人体が光を発することはありませんから、最初はただの噂だと思いました。
しかしその噂は一部では有名になるくらいのものでした。
怠惰病を治療した人物がそのような現象を起こした。
もしかしたら妖精にも関わることなのではないかと思いまして。
興味を持ったので、無理を言ってこうして研修会に参加したという次第ですな」
あまり深くは考えていなかったけど、確かに妖精は鱗粉のような光を舞わせていた。
それに口腔から魔力の粒子を出してもいたな。
よくわからないけど、確かにあれは魔力だった。
「なるほど……確かに、妖精は魔力を出してますね」
「本当ですかっっ!? 妖精が魔力を!?」
伯爵がズイッと顔を寄せてきたものだから、僕はのけ反った。
顔が怖い。
「え、ええ。間違いないかと」
「なんと……最初から聞いておけばよかったですな。
いやはや、しかしどちらにしても魔力に興味が出ていたことも事実。
それに魔力放出ができなければ魔力を視認することもまったくできないわけで。
ふむ、そう考えるとすべては無駄ではなかったわけですな!」
何か自己完結したようだ。
僕は伯爵が満足そうなので、生暖かい笑みを浮かべる。
あれだ。
この人、ブリジットと同じタイプだ。
どうも学者タイプの人って自分の興味のあることに関わることを話すと興奮して、一方的に話すというか。
気持ちはわかるけどね。
僕も魔法が好きだし、魔法のことを話していいってなるとテンション上がるし。
それにしても妖精か。
気になることがいくつかあるんだよね。
「あの、ちょっと聞きたいんですけど、妖精って何か特別な力があったりしますか?」
「特別な、とは? 魔力の光以外で、ですかな?」
「ええ。助けた妖精の恩返し的なこととか聞いたことないですか?」
エインツヴェルフと戦った時、確かに妖精がどうとか言っていた。
僕が妖精に関わったのは、以前魔物討伐をした時に捕われていた妖精だけだと思う。
もしかしたらあの妖精が何かしてくれたのかと思ったんだけど。
「さて、聞いたことがありませんな。ただ、妖精が幸福を呼び寄せるという逸話はありますぞ。
それと……どうやら妖精は人間と同じように何かしらの言葉を使うのではないかと言われております。
口をこう、パクパクと動かすことが頻繁にあるのです」
「言葉は出てないのに、ですか?」
「ええ。言葉は出さず、読唇術でも使えるのですかな?
ただ口の形を見た限りでは、我々の言葉とは違うものを使っているようですが」
「……そう言えば妖精は口から魔力を出していたような」
「口から!? 魔力を!? そ、それは……もしやトラウトと同じように、コミュニケーションとして、魔力を活用しているということでは!?」
「言われてみれば、そうかもしれませんね。
ただ、一瞬だったので見間違いの可能性もありますが」
「いやいや、それでも新たな発見に繋がる可能性は高いですぞ。
ふむぅ、これはメディフに戻って、研究する必要がありますな。
やはりリスティアに来てよかった!」
興奮した様子の伯爵を見て、僕は思わず苦笑を浮かべた。
人が喜んでいる姿を見るのは、何となくこちら側も嬉しくなるものだ。
「確か、メディフには妖精が多いんでしたか?」
「発見されている限りではそうですな。
妖精自体は数が少ないですが、メディフには妖精の集落も幾つかございますので。
妖精屋が入れないように、国が入場制限をかけているくらいには、整備されておりますぞ。
シオン先生もメディフに来られた際には是非。儂の秘密のスポットを案内しますぞ」
へえ、妖精を保護するって姿勢はあるのか。
リスティアでは聞いたことないけれど。
そもそもリスティアでは妖精の数が少ないらしいが。
「その時があればお願いします。僕も妖精には興味があるので」
妖精には何か可能性が詰まっている気がする。
いつか調べたいものだ。
さて、次はマイスとイザークかな。
マイスはある程度は事情を聞いたし、もういいかもしれない。
マイスをちらっと見ると、彼は俯いてしまった。
あれ以上、話すことがないのか、話すつもりがないのか。
どちらにしても話したくないのであれば無理に聞くつもりはない。
僕はイザークを一瞥する。
彼も自分の番だと思っていたのだろう、大した抵抗もなく話し始めた。
「次は俺か。まっ、別に大したことじゃねえよ。
俺は長男で、まだ若いから、箔をつけるために参加したってだけ。
選ばれる人数まではわからなかったけどよ、少人数の人間にしか治療できないなら、家の格もあがる。
そしたらしばらくは安泰だろうし、俺自身、叙爵が可能かもしれねえからな。
一応、長男だから家督を継ぐつもりだったけどよ、兄弟が何人もいるし。
なんつーか、功績が必要だろ? 俺が成果を出せば他の兄弟も楽できるっつーかさ」
簡単な貴族の継承システムとして、基本的に家督を継ぐのは長男である。
娘の場合は家督を継げず、婿を迎えて家督を継がせる。
長男以外に息子がいた場合でも基本的には家督を継ぐのは長男だけだ。
貴族の嫡子だったとしても全員がその爵位を継承できるわけではない。
長男以外の兄弟には、何かしらの成果を上げさせることで爵位を賜るように進言する。
何の成果もない人間は、貴族であろうと爵位を授けられることは難しい。
よほどの大貴族であれば別だろうが、それでも貴族界隈で、あの息子は無能だと囁かれる。
そのため次期当主である長男の責任は重い。
優秀でなければ家全体が低く見られてしまう。
そのようなことから早い段階で能力を見せつけ、成果を上げることを良しとする傾向がある。
功を焦り失敗するなんてことはざらにある。
イザークなりの貴族の誇りというのは、家族を代表するものとしての矜持も含まれているのかもしれない。
「それで参加を決意したということですね」
「ああ。まっ、最初はさ、治療なんてのは中々できねえだろうとは思ってた。
だって素人が医師と同じようなことできるわけねえだろ?
他にもリスティアが偽装をして、地位向上を目論んでる可能性もあったし。
方法はわからねえけどさ。でも、まあ、参加したってだけでも価値はある。
だから俺としてはどっちでもいいって思ってたんだ。
でも実際、できるってわかって、こりゃやるしかねえって思った。
んで今があるってわけ。俺、長男だから。結果出さないといけねえからさ」
今の日本には失われた考え方だ。
もちろん長男だからと、何かの責任を負うことはあるだろう。
しかし昔に比べるとそれは少なくなっているし、何よりそんなことを考えて生きている若い人はほとんどいないだろう。
その善し悪しは別として。
イザークだけではない。マイスもそれは同じだった。
家族のため、家のため、ここにいる。
イザークはちらっとマイスを見たが、マイスは目を合わせようとはしない。
それが何か気に障ったらしく、イザークは小さく舌打ちをした。
うーん、これはどういう風に捕えればいいんだろうか。
それぞれに事情があることは知っている。
でも直接話を聞くとまた、違う感覚になった。
なんというか頑張ってほしいなという思いが強くなった。
他の生徒達も同じように、理由があって研修会に参加しているのだろう。
彼等がみんな卒業できるように、僕も頑張らないといけない。
そんなことを思いながら食後の時間を、談笑することで過ごした。
全員の距離感は縮まっている気がした。
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