第109話 そういうやり方
研修が始まって三週間。
僕や生徒達はいつも通り鍛錬場に集まっていた。
実働日は十二日間。
何かを始めるにはそれなりに慣れるだろう時間だ。
さて生徒達はどうなったか見てみよう。
「ふぅ、よし」
戦闘付近にいる生徒が落ち着いた様子で両手を正面に伸ばした。
彼の身体には濃い魔力が溢れていたが、魔力の一部が手に集まる。
集魔だ。
数秒間を経て、手に集まった魔力はまた数秒が経過すると消失する。
「うん。良い調子ですね。集魔はほぼ完璧です」
「ありがとうございます、シオン先生! でも、まだ集魔までしかできないんです……。
体外放出が難しくて」
「焦らなくて大丈夫。着実に上手くなってますから、いずれできるようになりますよ。
それに体外放出自体は怠惰病治療には必要ないですから、あくまで魔力操作の一環のためということを覚えておいてください。
あなたは十分できてますので自信を持ってくださいね」
僕が言うと、生徒は破顔した。
こんなに素直に反応されるとこちらも嬉しくなってくる。
「はい! 頑張ります」
男子生徒は再び鍛錬に戻った。
彼は僕よりも年上だが、もう僕も生徒も年齢を気にしてはいない。
信頼関係が少しずつ築けているようだ。
なんか嬉しいな。
頼ってくれている気がするし、こちらも頑張ろうという気分になる。
真っ当な教師はこんな気持ちになるんだろうか。
さて他の生徒達はどうだろうか。
研修開始当初、生徒数は全員で120人いた。
その内、帯魔状態まで可能になっている生徒は62人。
集魔状態まで可能になっているのは40人。
体外放出まで可能になっているのは6人。
そして残りの12人はまだ帯魔状態にさえなれていない。
つまり魔力操作がまったくできていないということ。
しかしその内、3人はここにはいない。
諸事情により辞退したということだった。
理由は知らないけど、色々あるんだろう。
残りの9人の内、4人はやる気がない。
他の生徒の様子を見ては、どうでも良さそうにただ時間を過ごしたり、サボったりしてる。
彼等は国代表だ。
しかしその自覚はないようだった。
一応、この状態は報告している。
彼等もそれはわかっているだろうに。
自国の怠惰病患者を治療したいという志はなさそうだった。
怠惰病治療の技術を身に着けて、何かしらの目的を達成したいという思いもなさそうだ。
多分、ただ形的に参加しただけなんだろう。
貴族だし、強制力は一般人に比べると少ないかもしれないけど、一国から選抜された人間だ。
ここまで適当にして問題がないわけもないと思うけど。
それとも彼等は僕が知っている以上に高貴な、或いはよほどの権力を握っている人間なのだろうか。
どうやら邪魔をするつもりはないようだし、やる気がないだけのようなので半ば無視している。
僕は優しい先生じゃない。
やる気がない人間の世話までするつもりはない。
もちろん彼等がやる気を出せば、手伝いはするけど。
さて残りの、魔力操作がまったくできていない5人はというと。
予想通りである。
「ほおおおおおおお!」
「ぬおおおおおおお!」
「にゃああああああ!」」
「……っ! ……っ!」
「えーーーーーいっ!」
最初から、ゴルトバ伯爵、イザーク、エリス、マイス、ソフィアの五人である。
つまり問題児グループ。
彼等は一人として、なぜか魔力操作ができていなかった。
ゴルトバ伯爵以外は魔力を持っている。
それなのになぜか一切、魔力が動かない。
やり方が間違っていることは確かだ。
助言はしている。
しかし遅々として進まない。
そろそろ限界かもしれない。
集魔状態までできている生徒も増えているし、残りの期間を考えると次の段階に進むべきだろう。
成長が早い生徒はすでに魔力の限界量を増やすため、限界まで魔力を消費して一日を終えるようになっている。
そうすることで次の日には魔力が僅かに増えるからだ。
最初に比べると少しずつ、彼等の魔力は増えている。
三週間だが、かなりの後れを取っていることは間違いない。
そして。
「時間です。みなさん、手を止めてください」
夕刻前。
授業が終わる時間だ。
「はあはあ、またできなかったわ……」
がくっと項垂れるエリスと同グループの生徒達。
彼等も頑張ってはいるんだけどな。
しかし往々にしてこういう現実を突きつけられることはある。
どうしても差が生まれるものだ。
「では今日はここまで。明日は休みです。ゆっくり身体を休めてください。
課題ではありませんが、できれば魔力を消費しておいてください。
みなさんもご存じでしょうが、総魔力量が増えますからね。では、お疲れ様でした」
「「「「「先生、さようなら!」」」」」
生徒達が全員で別れの挨拶をしてくれた。
これも今となっては恒例になっている。
「はい、さようなら。ああ、そちらのグループは少し残ってください」
僕が言ったのは問題児グループ。
僕が呼び止めると、五人がこちらを向いた。
ゴルトバ伯爵とソフィア以外の生徒は顔が死んでいる。
というか怖い。
げっそりとして、この世の終わりだとでも言いたげな顔だ。
そんなに落ち込んでいるのだろうか。
そんな彼等を置いて、他の生徒達が次々と帰路につく。
「また来週おねがいします」
「ええ、さようなら。気を付けて帰ってくださいね」
「先生! 明日休みでしょ? 王都案内してくれると嬉しいな!」
「いやあ、すみません。しばらく休みがないんですよ。
授業が休みの日は別の仕事がありまして」
「ううっ、仕事じゃしょうがないね。じゃあ、暇な時でもお願い。それじゃまたね」
「はい、また。さようなら」
なんてことを話しながら生徒達に別れを告げる。
これはまるで普通に生徒と先生じゃないか。
まあ一時の関係だけど、なんだか嬉しい。
思わず顔がにやける。
しかも生徒の大半は勤勉で好奇心旺盛でその上、向上心もある。
見ているだけで元気を貰えるし、何より彼等は魔力を操作することをとても楽しんでいるようだった。
魔法があると知れば、より興味を持ち、学んでくれるかもしれない。
僕が好きな魔法。
僕が生み出した魔法。
それを誰かが好きになってくれると思うと、やはり嬉しいものだ。
ただそれは今のところは叶わないわけだけど。
それはそれとして、だ。
問題児グループ以外はみんな鍛錬場を出たようだった。
残った五人は神妙な面持ちだ。
ソフィアは困ったように首を傾げ、ゴルトバ伯爵は難しい顔をしている。
この二人はまだいい方だ。
残りの三人は先ほど言ったように、死にそうな顔をしている。
「君達に話があります」
そこまで言うとエリスが僕に迫ってきた。
服を力任せに引っ張り顔を寄せてくる。
近い!
「わ、わわわ、わ、わたし達、国に帰されるの!? ねえ!?」
半泣き状態で、あわあわと言いながらエリスは叫んだ。
彼女の叫びに呼応して、イザークとマイスが膝を折り、地面に項垂れた。
「お、終わりだ……こ、ここまでダメだったんだ。もう帰れって言われるに決まってるっ!」
「か、帰れなんて……ううっ、じ、自分はか、帰るわけには……」
「いやいや、ちょっと待って! まだ何も言ってないでしょう!」
僕が慌てて否定すると、三人は顔を上げる。
「……か、帰れって言うんじゃないの?」
涙目のエリスが呟くように言った。
「言わないですよ。なんでそんなこと言うんですか」
「だ、だってできてないし……」
「確かに魔力操作ができてないですが、帰らせるわけないですよ。
それぞれできるまでの時間は違うし、それはしょうがないと思うので。
みんな適当にやったわけじゃないですし」
エリスはとりあえずは安心したのか、手から力を抜いた。
僕は彼女をやんわりと後ろに下がらせると、服の皺を伸ばした。
「この三ヶ月の間は絶対に君達を見捨てないし、できるように手伝います。
それが僕の役割だし、心情的にも諦めるつもりは一切ない。
君達を呼び止めたのは補習をするって伝えたかったからですよ。
このままだと他のみんなよりも遅れてしまうから、悪いけど休みの日に学校に出てきて欲しいんです。
どうです? 無理にとは言いませんが」
「「「やります!」」」
エリスとイザーク、マイスが同時に叫んだ。
あまりに見事に声が被ったため、三人は顔を見合わせて、気まずそうに顔を背けた。
「ソフィアさんとゴルトバ伯爵はどうです?」
「もちろんやりますよぉ」
「そこまでして頂けるのであれば断る理由はありませんぞ!」
五人共やる気みたいだ。
「よし。それじゃ、明日はみんなで補習します。休みは減りますが」
開発に関しては僕がやる作業は少なく、確認と企画立案が主だ。
そのためどうしても三日の内、休む時間があったので、こちらとしてもありがたい。
無駄な時間はできるだけなくしたいし。
「大丈夫よ! やるわ!」
「ああ。やれるってんならやってもらう方がいいしよ」
「が、頑張ります……!」
「わたくしもやりますよぉ!」
「ふふ、儂も魔力が出てきた気がしますからな、きっとそろそろ出ますぞ!」
ゴルトバ伯爵だけは、別の意味で不安だ。
彼は魔力がない。しかし魔力を出す気、満々だ。
日本にいた時の僕を見ているようで何となく切ない。
自分の黒歴史を見せつけられている気がする。
しかし気持ちはわかるし、ゴルトバ伯爵の覚悟は本物だ。
だったら僕も全力を尽くすしかない。
「じゃあ、今日はここまで。明日は朝から始めるから、登校するように!」
「「「「「はいっ!」」」」」
気合いだけは十分。
そんな彼等を見て、僕は一抹の不安とやる気をみなぎらせた。
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