第108話 持ち上げて、疑って、誠意を見せて
二日後。
約束通り、僕達は開発区画まで足を運んでいた。
壁際でウィノナとエゴンさんが佇み、動向を見守っている。
テーブルの上には青白い光を放つ武器が並んでいる。
鉄雷を加工した武器達。
通常の金属を利用した鈍色の武器とは違い、美術品のような美しさがあった。
研磨したのか、それとも雷鉱石の性質か。表面に擦過傷は少ない。
日差しを受けた刀身達は、磨き上げた鏡に反射しているかのようだった。
「雷鉱石を製錬して、武器に加工したよ。鉄や銅よりも加工しやすいし、粘りが強かったかな。
不思議なことに磨くと表面が滑らかになってね、最終的にこんな感じになった。
強度自体は低くない。試してみたけど、鉄の剣よりも頑丈なくらいだったからね」
僕はフレイヤの話を聞きつつ、鉄雷の剣を手にしてみた。
思ったよりも軽い。
長剣なのに、僕でも振れそうだ。
僕は武器の扱いは苦手なので使うつもりはないけど。
真っ直ぐ伸びた刀身だ。
これだけでかなりの腕前であることはわかる。
「事前に聞いた通り精錬後は雷、じゃなくて電気だっけ? その現象が少なくなったね。
それ自体は電気を発生しないけど、鉄雷同士を近づけると発生する感じってのは知ってるか。
ただ単体じゃその効果は薄い。見た目は綺麗だし、強度も切れ味も悪くない。
けど、それだけだね。女王の言う『敵』とやらに効果があるのかはわかんないね」
フレイヤが肩を竦める。
なぜか、彼女の後ろにいる部下達は腕を組み、厳めしい顔つきのままだった。
僕が品定めをしている様子をじっと見つめている。
自分達の作ったものをどう判断するのか。
もしもその答えが否定的なものなら、容赦はしないってところなのかな。
まあ、そんな威圧なんて気にしないけどさ。
ちょっとやりにくいなぁ。
しかしこの剣。
かなりの業物だ。
女王が彼女達を買っている理由が少し変わった。
グラストさんの仕事を手伝っていた僕には、多少ながら武器の善し悪しはわかる。
これは素晴らしい逸品だ。
剣以外にも槍や斧、鈍器の類も置かれ、それらもすべて一級品だった。
ただ。
「フレイヤさんの言った通り、これはほとんどただの武器ですね。
高品質ですが、これが敵に効果があるかどうかは……多分、可能性は低いでしょう」
彼女達が作った武器からは力を感じない。
不可思議な力の波動のような。
魔力の感覚に似ているけど、少し違う。
武器からほんの僅か、欠片ほどの魔力の残滓が感じられるだけだ。
それは雷光灯から感じる魔力よりも少ないように感じる。
最初の赫夜の時、僕はその魔力の存在に気づけなかった。
魔力に対しての造詣が浅かったからだろう。
今のように膨大な魔力を得て、魔力操作に長けたからこそ細かな魔力を認知できるようになった。
トラウト、人、そして物。
それぞれに宿る魔力の有無を認識できるようになっている。
雷光灯にはその魔力があった。
ぼんやりと光る魔力の膜が。
しかし目の前の武器にはその光がほとんど見えない。
目を凝らしてようやく見えるくらい。
まったく効果がないというわけではないだろうが、効果的とは言えないだろう。
僕の発言を受けて、部下達の顔に負の感情が浮かび上がる。
そう言えば、グラストさんが以前、言っていたな。
この世で最も面倒な生き物は商人。その次に職人だって。
商人は金さえ与えれば素直になるけど、それがなければ敵になる。
だけど職人は望むものがそれぞれ違う上に頑固でプライドが高いからだ、と。
グラストさん以外の職人と接する機会はほとんどなかったため、僕はその言葉の意味を理解してはいなかった。
けど今は少しだけわかった気がした。
「そうだろうね。
指示通り作っちゃみたけど、あんた達の言う特別感みたいなものがその武器にはない。
んで? 次はどうすんのさ?」
フレイヤは興味なさそうに漏らした。
どうせダメだと思っていたって感じだ。
その反応に、僕は僅かな失望を抱く。
仕方ないことだろうけど、もやもやする。
やる気を出せなんて一方的な要求を口にするつもりはないけど。
どうすればやる気になってくれるんだろうか。
そう思いながらも僕は思考を巡らせた。
根本的な話をしよう。
どんな武器が魔族に有効なのか、だ。
まず魔族に有効な道具は一つしかない。
雷光灯だ。
雷光灯がなぜ魔族に有効なのか、そこを曖昧にしていた。
先程も考えたが、雷光灯には魔力が宿っている。
それは生物が持つ魔力とは少し違う性質のようだ。
僕達の身体に宿る魔力と雷光灯に宿る魔力は厚みと揺らぎ、その挙動が違う。
身体に宿る魔力は身体に纏わりつく膜のようなものがあり、そこから粒子が昇る。
それは帯魔状態でも集魔状態でも同じ。
物に宿る魔力は渦を巻いている。
粒子が集合し物の周辺を舞っているような感じだ。
人は魔力そのものを身体から溢れている感じだけど、物は魔力を与えられているイメージだろうか。
ゲーム的に言えばエンチャント、つまり魔力を付与した状態、みたいな感じだと思う。
ではどうして雷光灯がこのような魔力を帯びたのか。
それは何度も行っているので誰もがわかるだろうが、フレアの炎を使って雷鉱石を精錬したからである。
それが魔力を帯びた金属、鉄雷となるわけだ。
ちなみに普通の金属をフレアが精錬しても魔力が帯びることはない。
鉄雷を加工すれば魔力を帯びた武器が作成できる。
だから鉄雷を武器にすれば魔力を帯びた、魔族に有効な武器ができる。
と、単純な考えから今に至るわけだ。
ここまでは今までの動向を見れば、僕の事情を知っている人間ならば誰でもわかるだろう。
問題は次。
なぜ鉄雷を加工した武器が魔力をあまり帯びていないのか。
対して、同じように鉄雷を加工した雷光灯がどうして魔力をそれなりに帯びているのか。
前者は魔族に有効ではなく、後者はある程度は有効である。
もちろん雷光灯の光だけでエインツヴェルフのような魔族を撃退することはできないし、精々が眩しい光をかざされた程度の認識しか与えられないと思う。
しかしまったく効果がないというわけではない。
恐らく鉄雷剣は魔族に傷を与えられないだろう。
父さんレベルであればもしかしたら多少はダメージを与えられるかもしれないけど、ほんの僅かな傷を与えられるだけだと思う。
一般兵ならまったく意味がないんじゃないだろうか。
父さん以外の兵士の戦いを何度か見ているけど、やはり父さんは別格だ。
元々王都に仕えていたらしいし、その時は有名なほどの強さを誇っていたらしいし。
それはそれとして。
現在の武器では女王の言う、魔族に対抗できる武器の水準には達していないだろう。
理想では雷光灯以上の魔力を帯びた武器を開発することだ。
それを解決するには、雷光灯と鉄雷武器の相違点を見つけることが近道だろう。
違い、か。
見た感じ、わかるのは一つだけだけど。
「雷光灯は知ってますね?」
「ああ、知ってるよ。最近、たまに街中や家の中で見るからね。
ちょっとバチバチうるさいけど、明るいね。
あれのおかげで夜は結構、視界が確保できてるって話だし」
王都内では特にその傾向が強い。
赫夜のことを考え、雷光灯を街中に設置することで、レイスのような魔物の侵入を防ぐためである。
ただ多少の騒音がするし、目立つし、やや高価だし、強度に不安がある。
そのためまだ一般的ではないし、試用期間のような感じらしい。
「ええ。その雷光灯の方は、この鉄雷武器よりも魔力を帯びています。
恐らく鉄雷が発生させている『電気』に魔力が込められているためかと思います。
もしかしたら鉄雷武器にも同じように電気を発生させれば、全体的に魔力を帯びるかも」
「……あんなバチバチするような武器を作れってことかい?
武器は生活用品じゃないんだよ。強度や重量の問題もあるしさ」
フレイヤは後頭部を掻きながら、呆れたように言い放つ。
彼女からすれば素人の身勝手な意見でしかないからだろう。
「僕はあなたほどの知識や経験や技術はないので、アイディアを話すことしかできません。
勝手ですが、作成はあなたに頼るしかないんです。どうにかできませんか?」
なんか無茶ぶりをする上司みたいだ。
しかし彼女達に頼むしかない。
僕が頭を下げると、フレイヤは小鼻をぷくっと膨らませた。
うん?
今の反応は一体?
「べ、別に? 仕事だしやってもいいけどさ」
フレイヤはぷいっと顔を逸らしながら言った。
おやぁ?
これはもしかして……。
「お願いします。フレイヤさん達しか頼れる人がいないんです。
女王も『フレイヤさん達の腕は確かで、開発ができるのはみなさんしかいない』と言っていたらしいですし」
「へぇ? へーっ? そ、そんなことを言ってたの? へーーーー」
フレイヤはあからさまに動揺し始めた。
視線がきょろきょろと動いている。
彼女の後ろにいた部下達も同じような動きをしていた。
当たり前だ、という反応を見せる人もいたが、目が笑っている。
おやおやこれはこれは。
「ここに並ぶ武器を見ても、みなさんの腕前はわかります。
素晴らしい出来です。この武器を作れるみなさんならきっと、僕の要望に応えてくれる。
僕はそう信じています! あなた達以外にできる人はいないんです!」
僕はフレイヤ達に見えないように、背中に手を回し、ウィノナとエゴンさんに合図を送った。
「そ、そうです!
フレイヤさん達以外に、こ、こんな難しいことを達成することはできません!」
「ほう? ほほう? アタイ達以外にはいないって?」
「は、はい! だ、誰にもできません!」
「僭越ながら、私は若かりし頃、五国すべてにおいて、宝刀とも呼ばれる剣の数々を拝見する機会がございましたが、いやはや驚きました。
この武器達はその宝刀と比べてもそん色がない。
これほどの腕前、このエゴン、感服いたしました」
見事な持ち上げであった。
あからさま過ぎて、普通の人ならちょっと引くくらいだ。
しかしそれが過剰な言葉だったとしても、やはり誰しも褒められると嬉しいもの。
その感情がちょっと、ほんのちょっとだけフレイヤは強いのだろう。
「ま、まあ? アタイ達は界隈じゃ有名な鍛冶職人だし?
一歳から打ってるし? 三歳の時に一人で武器を作ったし?
五歳から鍛冶職人として働いているし? 十歳で店を持ったし?」
これほどに見事なドヤ顔を僕は初めて見た。
というか今の話が本当ならすごいな、この人。
本当に天才なんじゃないだろうか。
なんて思っていると、フレイヤは嬉しそうな顔をまた、仏頂面に戻してしまった。
「ふ、ふん! そうやって持てはやそうとしても無駄さ!
どうせあんた達も商人ギルドと同じ、職人から搾取するつもりだろ!」
「搾取?」
「とぼけたって無駄さ! 商人ギルドはね、職人が努力して造った武器や防具を販売する代わりに、仲介料やら手数料やらをふんだくる強欲な奴らなんだ!
そりゃさ、素材の手配やら販売経路の確保やら、交易やらをするんだからそれはいい。
例え暴利だったとしても、メリットがないわけじゃない。納得はいかないけど。
でも、奴らは職人が必死で、命削って生み出した物を、奪い取っていくんだ!
売れそうなものは権利を買い取って独占する。それだけなら売った方が悪いからいい。
自業自得さ。欲張って、結局失敗したってだけだからさ。
でも売らない奴らにはあの手この手で、その権利を奪おうとするんだ。
奴らは儲けるためには手段を選ばない。だからアタイは言ってやったんだ!
あんた達と商売はできない。もう二度とあんた達に卸す武器は打たないって!
そしたら……そしたら……」
はみ出し者。
彼女が商人ギルドに反発したとエゴンさんから聞いた。
しかしその理由は不当に搾取されたからだったようだ。
どこの世界にもある。
権利がある方が一方を搾取し、何か問題があれば泣き寝入りさせる。
それが当たり前だと思い、そんな腐った常識を押し付ける。
そしてその基準は法ではない。
これが組織、場所、業界のルールなのだと。
それがどれほど異常なことで、そしてどこにでも存在するものなのか。
フレイヤや部下達は、僕達を敵視していたわけじゃない。
多分、怖かったんだろう。
どうせまた裏切るんだろうと、どうせ利用するだけ利用して捨てるんだろうと。
そう思っても不思議はない。
彼女達は職人。頑固だし拘りはあるし、プライドもあるだろう。
けれど僕が頂いていた職人の印象とは、フレイヤ達はかけ離れていた。
まるで遊び場を奪われた子供のような。
そんな姿に見えた。
彼女達は傷ついている。
怯えて、警戒して――そしてまだ何かを期待している。
そんな彼女達にできることはなんだろうか。
僕にできること。
それは。
「じゃあ契約しましょう」
フレイヤは予想してなかったのだろう。
呆気にとられた様子で、ぽかんと口を開けていた。
「な、何言ってんだ? 契約?」
「ええ。契約です。書面上の契約。そうしたら安心でしょう?」
「け、契約って……ふん! そんなのどうせそっちの都合で破棄できるんだろ!」
「いえ、女王の名の下、契約して、その契約書をそれぞれ所持するようにしましょう。
そうすれば契約を破棄できないですからね。その代わり、そちらも放棄はできませんけど」
「は? い、いや、な、何言って。女王と契約? そんなのできるわけないだろ!
商人との契約でさえ、一方的で済まされるし、むしろ契約書さえ交わさないこともざらなのに!」
まあ、そうだろう。
現代人の僕でさえも感覚的にしかわからない部分でもある。
何に関しても契約書を交わすことは当たり前だけど、その重要性を理解している人は少ないんじゃないだろうか。
領収書もある意味では契約書の一種だ。
その商品を買いましたという契約。
しかしその領収書、レシートをきちんと管理している個人は少ない。
もしも商品に不備があったり、商品を返品したい場合、レシート、領収書がないとできない場合も少なくないというのに、だ。
契約書が当たり前の現代でさえこれだ。
この世界では余計にぞんざいだし、契約書を交わすこと自体、稀だろう。
そして契約を交わすかどうかは、基本的に立場が上の人間が決めるものだ。
商人のように契約が当たり前で、立場が対等になりやすい、あるいは交渉の余地がある業種であれば別だ。
しかし商人ギルドと商人や職人達とでは格差が生まれ、ギルド側からの一方的な契約になるだろう。
そんな環境で、一個人が女王という最高権力者と契約するなんてことは絶対にありえない。
例え直接的に女王から命令を受けたとしても、それは精々が指示書止まりだ。
契約書に署名して、合意の下に行われるものではない。
僕も契約書を交わしてはいない。まあ僕の場合はそんなことをするつもりはない。
今のところ、彼女と僕は一蓮托生だし、持ちつ持たれつの関係だからだ。
彼女の言葉は国の言葉。
その女王と契約するということは、余程のことがない限り揺るがない契約となる。
商人ギルドのように一方的に権力を行使しての契約をすることはできなくもないが、女王の名の下、契約した書面があれば別だ。
その契約書を奪われない限りは、どんな契約も必ず履行される。
だからフレイヤは驚いた。
そして僕はそれがフレイヤにとって最も安心できるだろう言葉だとわかっていた。
確かにフレイヤの言うとおり、女王と契約なんてできるはずがない。
普通の立場ならば。
「いえ、できますよ」
「で、できるって……本当に?」
「ええ。できます」
間違いなく。
この契約により魔道具開発がより円滑に進むというメリットもあるわけだし。
女王が断る理由はない。
ただ、異例であることは間違いないと思うけど。
今のところ、まだ僕の価値と女王の与えてくれた物の価値では、僕の成果の方が上回っているはず。
……まだ、という認識だけど、そのバランスがいつ崩れるかわからない。
いつでも、何でも女王に頼めば叶うと思うことだけは避けなければならない。
けれど最近、結構頼っている気がする。
いやいや、でも大半は女王にもメリットがある頼み事だし、トントンだろう……多分。
「だから信じてくれませんか? そしてあなた達の本気を僕に見せて欲しい。
魔導具の開発は重要なことなんです。お願いします!
どうかみなさんの力を貸してください!」
僕は誠意を込めて頭を下げた。
すると後ろにいたウィノナとエゴンさんもお辞儀した。
僕にできることは少ない。
僕は彼女達のことをあまり知らない。
だからこれが精一杯だ。
十数秒間の空白があった。
「……はぁ。わかった。ああ、もう! わかったから、頭を上げてよ!」
僕は恐る恐る頭を上げると、フレイヤの表情を窺った。
仏頂面はそこにはなかった。
「あんた貴族様なんだろ? それなのに平民に頭を下げるなんてさ……。
その上、女王と契約させるって言うとかさ、もう、まったくさ。
そこまでされちゃ、断れないじゃないか」
「そ、それじゃ」
「ああ。わかったよ。アタイ達も本気でやる。あんたの心意気に応える。
鍛冶職人は真っ直ぐな奴が好きなんだ。あんたみたいなね」
フレイヤは手を差し出した。
僕は迷いなく彼女の手を握る。
力強く。
「これからよろしく頼むよ。オーンスタイン殿」
「シオンでいいですよ」
「あいよ。シオン。じゃあ、アタイもフレイヤでいいよ。
それと敬語は不要だからね。同志に年齢も性別も関係ないからさ」
「うん、わかったよ。フレイヤ」
フレイヤや部下達の瞳には光が戻っていた。
それは意志の光であり、喜びの光だった。
彼女達もきっと求めていたのだろう。
自分達の居場所を。
僕は大層な人間じゃないしできることも限られている。
でも彼女達に対して誠実でいようと思った。
当日、すぐに女王のところにフレイヤと共に向かった。
契約はしてくれた。
しかし、急すぎるとちょっと怒られた。
さすがにちょっと反省した。
相手は女王だし、今度からは事前に連絡をしてからにしよう。
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