第107話 子供じゃない!

 開発区画の少し奥まった場所で、エゴンさんは足を止めた。

 大きめの建物がやや等間隔で並んでおり、それぞれの違いはあまりわからない。

 しかし目の前にあるその施設は修繕が済んでいるらしく、壁や屋根などは比較的に新しいようだった。

 思ったよりも頑強そうだ。

 これならば数年で崩壊するようなことはないだろう。

 建物は入り口が広く、横に伸びている。

 軒は長く伸び、雨を遮断するようになっているようだった。

 入り口は引き戸のようで、巨大で重厚な板が壁縁に隠れていた。

 航空機を収容する施設、という感じの印象だ。

 ただしそこまでは大きくないけれど。

 中には何枚かの壁で分割されており、奥に扉が複数見えた。

 入り口付近には金床が幾つも並んでいた。


 綺麗な状態だ。

 誰かが使った形跡はなく、必要な道具はすべて揃っているように見えた。

 グラストさんの手伝いをしていた僕は、ある程度ならば鍛冶に関して知っている。

 かじった程度なので本職には遠く及ばないけれど。

 壁には鍛冶道具が複数ぶら下がっている。

 そのどれもが手入れが行き届いており、錆なんて一つもない。

 三人で中に入る。

 やや肌寒さを感じていた風は壁に遮られ、やや湿った空気が肌に纏わりつく。

 室内の気温は低い。

 火入れをした形跡はないが、まだ担当者は来ていないのだろうか。

 奥の部屋かな?

 そう思い、僕は開発施設の奥へ足を踏み入れる。

 と、その時、扉が開いた。

 どうやら担当者は奥の部屋にいたようだ。

 扉が開き、中から現れた人物を僕は見つめようとしたけど、そこには誰もいなかった。

 いや正確にはいたけど、真っ直ぐにはいなかった。


「おい! どこを見てるのさ!」


 声が下から聞こえた。

 僕は視線を落とす。

 僕の身長は150センチ程度。

 それよりも更に低い位置にその声の主がいた。

 不満げに頬を膨らませている少女が、僕を睨んでいた。

 妙に露出が激しく、肌は小麦色。

 快活な印象を受ける見目。

 ぱっちりとした瞳を半分ほど閉じて、ジト目を僕に送っている。

 僕より年下だろうか。

 かなり小柄な少女だ。

 迷子だろうか。

 これは年上として、優しく対応してあげなければ。


「君、どうしてここにいるの? 一人かな?」


 僕は腰を曲げて、少女に視線を合わせた。

 にっこりと微笑むと、少女は顔を真っ赤にして、頬を限界一杯まで膨らませた。

 おや、怒っているようだ。

 どうしたのだろうか。

 言葉選びを間違ったかもしれない。


「お、おお、お、おまえ! あ、ああ、アタイをばばば、ば、ばっ、バカにしてるのか!?」


 おお、なんということか。

 よほど寂しかったか、怯えてしまっているじゃないか。

 その証拠に手足がプルプルと震えている。

 さっき怒っていると思ったのは、恐らく警戒していたのだろう。


「してないよぉ。大丈夫。僕がお父さんお母さんのところに連れて行ってあげるからね」

「こ、こここ、ここ、子ども扱い、す、するなーーーっ!?」


 少女は涙目になりながら地団太を踏んだ。

 可愛い。可愛らしい子だ。

 しかしどうやら怒っているようだ。

 やはり勘違いではなかったのだろうか。

 警戒して緊張しているのかと思ったけど、僕が子ども扱いしたことに憤慨している様子だ。

 この年頃の子供は子ども扱いされることを嫌うこともあるのだろう。

 これは不用意だった。

 しかし僕は少女の愛らしさに、思わず手を伸ばした。

 彼女の頭に手を乗せると、優しく撫でた。


「大丈夫だからね。お兄ちゃんが何とかしてあげるからね」

「こ、ここ、こっきょ、きょきょきょっ!」


 今にも燃え上がりそうなほどに顔を真っ赤にしていた。

 しまった。あまりの可愛さに思わず撫でてしまった。

 これはさすがにまずい。

 そう思った時、不意に少女の背後に気配を感じた。


「姉御(あねご)! そろそろ、開発の担当者が来る……あれ?」


 ぞろぞろと奥から屈強な男達が出てきた。

 一人二人と増えていき、最終的に二十人くらいになった。

 姉御?

 え? 誰のこと?

 僕は撫でている少女を見下ろした。

 なでなで。

 屈強な男達を見ると、僕と目が合う。


「あ、どうも」


 僕が言うと、男達も頭を下げた。

 しかし彼等は僕に撫でられている少女を見て、困惑している。

 いやこれは「あーあやっちまったな」みたいな反応だった。


「シオン様。そちらのご婦人が魔導具開発主任のフレイヤ様です」


 エゴンさんが耳打ちして教えてくれた。

 この子が?

 開発主任だって?

 いやいや、どう見ても僕よりも年下なんだけど?

 ああ、あれか。

 僕と同じように若い内から学んだ口かな?

 なでなで。


「ちなみに、そのお方は二十一歳です」

「え!? どう見ても僕よりも年下にしか見えないのに!?

 どう見ても十歳くらいの子供でしょ!?」


 僕は思わず叫んでしまった。

 それがいけなかった。

 少女の痙攣は震度二から震度七くらいまでに変化していた。

 これはまずい。

 なにかまずい気がする。


「こ、こここ、ここ、この! だ、だだ、誰が十歳だああああーーっ!!」


 ぶんっという音共に下から昇る風圧。

 僕は危機感を感じつつも、あまりの速度にその脅威から逃れられない。

 衝撃音が頭蓋に伝わり、僕の上半身は後方へ跳ねた。


「んごぉっ!?」


 突然の衝撃。

 しかし魔力の膜が僕を守った。

 表面上の打撃力は霧散したが、僕へ伝わる慣性力は消えない。

 僕は後方へのけぞり、そのまま倒れてしまう。


「シ、シオン様!?」


 ウィノナが駆け寄ってくる。

 血相を変えた彼女を見て、僕は自分が倒れたのだとようやく理解した。

 あれ、殴られた?

 見上げると少女……フレイヤちゃん、じゃなくてフレイヤさんが鼻息を荒くして僕を睥睨している。


「ふぅ、ふぅっ! アタイは立派なレディだい!

 に、二度と子供なんて言うな!」


 ダンッと地面を踏みしめて叫んだフレイヤさん。

 ちょっと涙目だった。

 その様子を見て、罪悪感を抱いた。

 やってしまった。

 いや、だってまさかこんな子が年上だなんて思わなかったから。

 僕はなんてことをしてしまったんだ。

 殴られて当然だろう。

 いくらなんでも無礼すぎる。。

 僕は即座に立ち上がると、頭を下げた。


「ごめんなさい! つ、つい、その……とにかく、申し訳ない!」


 数秒間、頭を下げていたが反応がない。

 僕は恐る恐るフレイヤさんを覗き見た。

 彼女は腕を組み、顔を背けていた。


「……ふんっ! わかりゃいいんだ。

 アタイも殴っちまったからお互い様だし、それでチャラな!」


 あ、許してくれるんだ。

 よかった。初対面で失礼なことを言ったのに、寛容な人だな。

 しかしどう見ても、拗ねている女の子にしか見えない。

 言葉には出せないけれど。


「シオン様、お、お怪我は?」


 ウィノナが心配そうに僕の顔を確認していた。


「うん。大丈夫だよ。頑丈だから」

「そうですか、よ、よかったです……」


 ウィノナの気遣いを感じる。

 今までも同じようなことはあったけど、以前とは違って本当に心配してくれているということがわかった。

 それが気恥ずかしく、嬉しかった。


「で? えーと……あんたが魔導具開発の担当者なのかい?」


 怪訝そうに僕を見るフレイヤさん。

 相手が子供だから不審に思ったんだろう。 

 ウィノナもエゴンさんもどう見ても侍女と執事だし、消去法で僕が担当者だと判断したのだろう。


「ええ。僕はシオン・オーンスタイン、魔導具開発の担当者です」

「ふーん、本当にあんたみたいな子供に武器の開発なんてできるのかい?

 鍛冶は子供にできるような甘いもんじゃないよ」


 子供が子供に子供と言っているような構図だ。

 傍から見れば子供のお遊びのように思われるかも。

 ただ彼女の背後にいる男達は真剣な表情だった。

 姉御と呼んでいたし、彼等は彼女の弟子か部下なのだろうか。


「ええ、鍛冶職人の知り合いを手伝っていた時期があるので、少しはわかっています。

 ですが僕の知識も技術も鍛冶職人の方々に遠く及ばない。

 僕が担当するのはあくまでアイディア出しですので、鍛冶全般はみなさんにしてもらうことになります」

「アイディアねぇ……まっ、引き受けたからにはこっちも手を抜くつもりはないよ。

 けど、新しい武器の開発なんて簡単じゃない。すぐにできるとは思わないことだね」

「ええ、それは重々承知しています。

 まずは幾つかアイディアがあるのでそちらを試す感じでお願いします。

 えーと、確か事前に頼んでいたはずですが」

「ああ、あるよ。雷鉱石だろ? 別の倉庫に運んである。

 言われた通りの方法で運べたのは驚きだったけどさ、予定よりも早まったからあんまり運べてないよ。

 それで、あれを加工するのかい?」


 僕が女王から魔道具開発の話を聞いたのは今日のこと。

 しかし女王は事前に雷鉱石を使って、何か武器を作れないかと考えていたようだった。

 すでに魔族に、というか赫夜に出現する魔物に有効な道具は雷光灯しかないわけだから、その発想は当然のことだろう。

 ただ、怠惰病研修が終わってから本格的に始めるつもりだったため、フレイヤには予定を前倒しにして貰うことになってしまった。

 申し訳ない気持ちはあるけど、早めに行動しておく方がいいはずだ。

 魔族が出現する時期は明確にわかってはいない。

 女王が次の赫夜は二年後くらいだろうと言っていたのはあくまで予想でしかないのだから。


「ええ。まずは雷鉱石を活用できないかを試して欲しいので。それと――」


 僕は近くにあった燭台まで移動した。

 今は昼時なので空は明るい。

 火は必要ないが、夜には必要になるため燭台を置いてあるらしい。

 僕は雷火を手につけて、他の人に見えないように燭台にフレアで火を着けた。


「な!? な、なんだいその火は」

「これが何かは置いておいて、この火で火入れをして貰えますか?

 普通の火で熱する時とは違う反応が出るはずなので。

 それと雷鉱石を扱う時はマイカを使うようにしてください」

「……なんだかわからないけど、わかったよ。仕事だからね」


 あまり乗り気じゃないみたいだな。

 彼女の部下達も覇気が感じられない。

 やるけど、本気でやるつもりはないって感じだ。


「取りあえずその火で精錬して、その後は武器として加工できるかやってみる、それでいいかい?」

「え? あ、ええ、お願いします」

「あいよ。じゃあ、後は作業だから、あんたは帰っていいよ。

 三日後くらいに来てくれれば、ある程度は結果が出てるだろうからその時に来て。

 じゃあ、野郎ども! 始めるぞ!」

「「「「「はい! 姉御!」」」」」


 統率のとれた返事が、部下の男達から帰ってきた。

 しかし事務的な感じはぬぐえない。

 なんか支社の人間が本社の人間を嫌うような、あの感じに似てる。

 簡単に言えば『あんたにはわからないんだから、余計なことをするな』みたいな。

 いや、もっと淡泊な感じだろうか。

 仕事はするから、余計な話や接触はしない、みたいな。

 その証拠にすでに彼女達の視界に僕達は入っていない。

 ちょっと思ってたのと違ったな。

 もっとこう、全員で作り上げようぜ、みたいな感じなのかと期待していたんだけど。

 現実はそう甘くはないのかもしれない。


「……じゃあ、帰ろうか」


 ウィノナとエゴンさんを連れて、僕は開発施設を出た。

 何とも釈然としないが、かといって何をするでもない。

「エゴンさん。彼女達はどういう人達なんですか?」

「はみ出し者、ですね」

「はみ出し者?」

「ええ。武器、防具、道具など様々な商品を販売する業種の人間は少なからず商人ギルドと関わりますが、彼女達は商人ギルドのやり方に反発し、商売ができなくなった。

 腕は確かですが、それだけでは商売はできません。

 強い後ろ盾がない限りは、我を通し続けることは難しい。特に王都では。

 そのため彼女達は店を失い、居場所を失ってしまった。

 そんな時に女王より依頼を受け、現在に至るということでしょう」


 商人ギルド。

 流通、交易、商人の管理などを担う組織。

 直接的に接したことはないが、話は何度も聞いている。

 商売人の権力は、どの時代でも巨大だ。

 彼等の機嫌を損なえば、一国の王でさえも多大なダメージを負う。

 それほどに経済を牛耳る存在は大きい。

 グラストさんも、それをわかっていたから僕の存在を明るみに出さないようにしてくれていたし。

 僕が知らないだけでひと悶着あったのかもしれない。

 バルフ公爵も手を焼いていたし、何やら交渉をしていたようだった。


「事情はわかりましたけど、それならどうして彼女達はあんなに、その、何と言うか……」

「やる気がないのか、ですか?」

「え、ええ。なぜでしょう?」

「それは女王の指示だからでしょう。

 商人ギルドの存在は大きく、彼等はあらゆる場所に関わり、あらゆる利権を貪ろうとしています。それほどの力がある。

 一国に匹敵するほどではありませんが、それでも彼等の助力失くして、再興は不可能です。

 当然、我が国も商人ギルドと深く関係しておりますので」

「ああ、商人ギルドと関係のある女王からの依頼だから、釈然としないんですか」

「恐らくは。商人ギルドと深い関係にある自国が、間接的に彼女達の排除に加担したという風に感じているのではないでしょうか。

 実質、商人ギルドはかなり幅を利かせており、傍若無人な面も強いですから。

 国に対して、どうしてギルドをのさばらせておくのか、という思いもあるのでしょう。

 しかし生きなければなりませんから、依頼を引き受けた。

 報酬はそれなりの金額になるはずですから、しばらくは過ごせるでしょうから。

 当然、彼等には誇りがあるので完遂するでしょう。

 ただその内心は、前向きなものではないのかもしれません。

 しかし女王はその実情を知りながらも、彼女達の登用を進めました。

 彼女達以外では不可能だとさえおっしゃっておりました」

「……上手くいかないものですね」

「人同士ですから」


 そう、人同士では上手くいかないことの方が多い。

 女王には女王の、フレイヤ達にはフレイヤの、僕には僕の事情がある。

 利害が一致することもあれば、互いに好意を持つこともあるが、その逆もある。

 人の心ほど、難しいものはない。

 できればフレイヤ達には前向きに、仕事に取り込んで欲しい。

 それは僕の気持ち的な理由ではなく、単純に物事に取り組む時の姿勢というのは結果に大きく影響を与えるからだ。

 適当に、嫌々やっても大した結果は出ない。

 必死で本気でやるからこそ目を見張る結果が出るものだからだ。

 何か彼女達のやる気を出させる方法があればいいけど。

 怠惰病研修生達もそうだけど、人は色々。

 だからこそ面白いと思うこともあるのだけど。

 まあいいさ。

 現状を憂いてもしょうがない。

 これからどうするか、どうしたいのかが重要なんだから。

 僕はどうしたい?

 決まってる。

 だったら迷う必要はないさ。

 

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