第105話 武器開発を始めよう
研修会の授業は一週間の内、四日だけだ。
四日連続で授業をして、三日間は完全な休み。
課題という考えはなく、自習をするかどうかは自由。
休みが多い?
いいや、これはこの世界ではむしろ働きすぎなのだ。
一般的な貴族だと、一週間で三日働けば働いた方らしい。
これはあくまで当主以外の貴族のことだ。
道楽貴族と言われる貴族以外も基本的に働く時間は長くない。
下働きの兵士や侍女や執事の休みはほとんどないんだけど。
貴族の大半は半分以上を休日としているということだ。
ちなみに平民でも普通の家庭ならば週に二日は休みがあるし、休憩時間もきちんとある。
夜に開いている店は朝や昼は開いていないし、朝昼開いている店のほとんどは夜開いてない。
つまり働いても朝から夕方くらいまでということだ。
しかも朝早く開いている店は少なく、大概は昼前からオープンする。
十一時から十八時くらいまで開店していると仮定し、開店準備、閉店後の後片付けなどを考えれば一日は八時間から九時間が労働時間。
この事実を知った僕は思った。
はい、現代の日本の方が断然ブラックじゃないか、と。
便利になった現代の方が働いているじゃないか、と。
そう思った。
はずなんだけどさ。
「――それで?」
そう言い放った人物――ミルヒア女王はあきれ果てた様子で僕にジト目を送っていた。
僕は彼女の心情を読み取ってはいたけど、引き下がるつもりはなかった。
「え、ええ。ですから、仕事はないですかね?」
今日から三日間休日である。
最近まで忙しく休む暇なんてほとんどなかった。
つまり久しぶりの完全な休みだ。
怠惰病治療後の数日は、申請者の治療があったので、完全な休日とはいかなかった。
そんなこともあって久しぶりの丸三日休みなのに、僕は城にある女王の執務室に来て、わざわざ申し立てしている。
仕事をくれないか、と。
「そなたは十分働いてくれた。王都へ来て休む暇もほとんどなかったじゃろう。
せっかくの休みじゃ。王都を見回るかして、ゆっくりと身体を休めればよかろう」
「僕もそう思ったんですけどね。そうもいかないんですよ」
「……なんじゃ? 何か問題があるのか?」
僕はカッと目を見開き、女王を真っ直ぐ見据える。
「どうやら僕は暇なことに耐えられない性格のようなのです!」
「知るか!」
思わず叫んでしまったのだろう。
女王は深い溜息を吐くと、頭を抱えた。
ちなみに今日はラフではなく、小奇麗な恰好だし、身なりは整っている。
あのだらしない恰好は、女王の私室でもある図書室内だけのものらしい。
「いいか、休息も大事な仕事じゃ。
妾がさせておいてなんじゃが、そなたは働きすぎじゃ。
怠惰病治療で負担を強いた分、研修中の休日はゆっくりすべきじゃろう。
この休日は貴族達のためでもあるが、そなたのためにも作ったものなのじゃぞ」
「そのお気持ちは嬉しいんですが。落ち着かないんです。
考えてみれば、僕は五歳から、いえそれよりも幼い頃から勉強とかずっとしてきたし、魔法の研究もしてきたし、魔物討伐の依頼を受けたり、誰かの頼みごとを聞いたり、家の手伝いをしたり、鍛錬をしたりしてたんですよ。
つまり休んだ記憶がほとんどない!」
そうなのだ。
転生してから、数年、赤子から成長するまで待った期間はあったけど、それ以降は満足に休んだ記憶がない。
もちろん忙しなく働いていたというわけじゃない。
ただ母さんに勉強を教えてもらったり自習したりしていた。
トラウトを見つけてから、魔法の研究を始め、それからは余計に暇な時間はなくなった。
それから色々とあって結局、まともに休んだ日はなかったことに気づいたのだ。
「そんなに休みが嫌か?」
「嫌ですね。何か仕事ください。ないなら魔法の研究をさせてください」
「……それは許可できん。魔法を使っても問題ない場所を確保するまでしばし待ってくれ」
「では別の何か、雑用でもいいのでさせてくださいよ」
「そなたどんな人生を歩んできたのじゃ」
今思えば、学校も会社も、働かせすぎだよね。
なんで世の中が便利になっているのに、人は昔より働いているんだろうか。
この世界の人達の方が働いてないんじゃないだろうか。
「ブラック的な人生ですね」
「ブラック……? よくわからぬが詳しく聞きたくないな。
奴隷のような生活か?」
「まあ、そうですね。社畜ですし……はは」
「はは、じゃない。はぁ、わかった。仕事じゃな。
本当は怠惰病研修が終わってから頼もうと思った仕事があったのじゃが。
さすがに無理を強いるから後回しにしようかと思っておったのじゃ」
ふむ、まあ予想通りかな。
これくらいは僕も想定していた。
「いいですね。それやりますよ」
「まだ何も言っておらんのじゃが……」
「どうせやるんなら早めにやった方が後が楽じゃないですか。
なんでも後回しにするより先にやった方がいいに決まってますからね。時間は有限ですから」
「それは正論じゃが、普通の人間はある程度は休むものじゃぞ。
……まあよい。そなたに頼もうと思っておった仕事は『魔族に対抗できる道具の開発』じゃ」
「次の赫夜に備えて、ということですね」
女王は緩慢に頷いた。
外行きモードのためか表情の変化は乏しい。
「すぐにというわけではあるまいが、対策を練っておくに越したことはない。
次回の赫夜の正確な時期はわからんが、恐らくは『二年後』辺りだと予想しておる。
それまでにそなた以外の人間が魔族に対抗できる術を用意しておく必要がある」
二年後、ね。
「雷光灯(らいこうとう)はどうです?
雷光灯の光はレイスには有効でしたし」
「もちろんそれも考えておる。
しかしそれだけは心もとないし、なによりそれはただの防衛策じゃ。
対抗策としては些か足りん」
「そうですね……となると有効な武器が必要ですね」
「うむ。そのためにそなたに知恵を借りようと思ってな。
こちらはすぐにとは言わんが、次の赫夜までに開発、生産、流通を済ませなければならん。
国内だけで済ませるわけにもいかんからな」
「他国に輸出しても購入してもらえるのでしょうか?」
「難しいじゃろうな。他国の王達はまだ魔族に関しては信じておらんからな。
こんな眉唾の情報を鵜呑みせんじゃろう。
じゃから、商人ギルドに掛け合って、開発した魔族に対抗する武器の在庫をギルドの支部に置くようにさせるつもりじゃ。
火急の時には使用してよい、という体でな。
準備としては不十分じゃが、対抗手段がまるでないよりはよいじゃろう」
「雷光灯もですか?」
「うむ。その二つは生活用品としても有用じゃからな。
こちらが行動せずとも、商人ギルドが交渉してきたし、すでにある程度は輸出済みじゃ。
バルフ公爵が生産をしつつ、ギルドに卸し続けておるから問題なかろう」
そう言えば、そんなことを言っていたな。
バルフ公爵はこのことを見越して、五国中に雷光灯と発雷石を普及させたのだろうか。
彼の顔が浮かんだ。
ニット笑い白い歯を見せている姿。
……いや、さすがにあのバルフ公爵がそこまで考えて手を回さないんじゃないだろうか。
どっちにしても、リスティアの経済、商人ギルドの利益、そして赫夜における他国の防衛対策の準備の三つが整うということだ。
他の国の王達が気づいているかどうかは微妙なところだけど。
「うーん、中々難しいですね。武器か」
「道具でも構わん。防具でもな。何もないという状況が問題なのじゃからな。
しかしできれば魔族を倒せる何かが欲しいところじゃ。
シオンのいる場所の近辺に魔族が現れるとは限らん。そうなった時のために。
それと、赫夜が訪れた時、そなたには魔族と戦ってもらうことなるが、よいか?」
「ええ、それはわかってます。現段階だと僕以外に対抗できる人はいないでしょうし。
僕としても見過ごすつもりはないので」
理由はそれだけじゃないけどね。
むしろ少しばかり不謹慎だけど楽しみだと思っている節もある。
これは誰にも言えないことだけど。
「まあ、色々と考えてはいますので、大丈夫ですよ。
では魔導具開発の件、引き受けましょう」
「うむ。頼むぞ。開発にはその道の専門家を雇っている。
その者と協力して欲しい。連絡をしておくから、昼過ぎにでも向かってくれ。
後で屋敷に行くようにエゴンに言っておこう。
奴には道具……ではなく魔導具だったか、それの開発に関してもすでに伝えておる」
「了解しました。忙しいのに、すみません」
「なに、今のところ、そなたの件よりも重要な案件はない。
何よりも優先して対応すべきじゃからな。当然、無駄話をするつもりはないが」
なんだか釘を刺された気がする。
今度からこういうことは勘弁してくれ、って感じかな。
王様のすることってものすごく多いらしいから、当然か。
しかし怠惰病に関してや、魔法に関してはさすがに人づてで話すわけにはいかない。
エゴンさんは事情に詳しいと言っても、すべてを話しているわけじゃないだろう。
「ああ、シオン。働くのもいいが、休むのも忘れるなよ。
そなたに倒れられては困るからな」
「ええわかってます。無理はしませんよ」
「……信用ならんが、まあよい。
それと護衛の件じゃが、すまぬがラフィーナ・シュペールはゼッペンラストに戻ることとなった。
そのため護衛はできんとのことじゃ」
「ラフィが? 一体、どうして」
「それぞれ家には事情があるものじゃ。
ゼッペンラストは広大な土地があるが人員は足りておらんという理由もあるじゃろう。
急なことだったらしく、シュペールはすでに王都を発っておる。
そなたのことを気にかけておったそうじゃが、心配するなと言っておったそうじゃ。
まったく、女王を伝言役に使うなぞ、あり得ぬことじゃぞ」
「すみません、そうですか……わかりました」
何かあったんだろうか。
心配するなと言われると心配になる。
けれどラフィのことだ、何か問題があっても彼女なら乗り越えるだろう。
またきっと会えるはずだ。
「どうやら、そなたは護衛には縁がないらしい。
そなたほどの力量があれば問題なかろうし、王都から出る予定もないのだろう?
護衛はつけなくともよいかもしれんな」
監視はついているけどね。
「そうですね。それでお願いします。僕も誰かについてこられると気を使うので」
「うむ、話は以上じゃ。下がってよいぞ」
「はい、失礼します」
僕は女王に一礼して、執務室を出た。
外には侍女や執事や側近がズラッと並んでいる。
話の最中は退出させていた人達だ。
僕の姿に気づくと、彼女達は即座に頭を下げた。
何とも慣れない反応だけど仕方がない。
端っこに立っていたウィノナは所在なさげにしていたけど、僕を見つけるとほっとしたような表情を浮かべた。
以前とは違って、今はウィノナを伴い城内に入れるようになっている。
とりあえず家に帰るか。昼までは暇になってしまったし。
たった数時間だけど、この暇をどう過ごそうか、僕は悩むことになった。
現代人は、いや日本人は奴隷根性が染みついているな、本当に。
我ながらそう思った朝方だった。
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