第104話 成長の兆しが見えるような見えないような
翌朝。鍛錬場。
「えー、じゃあ、グループごとに集まれましたか?」
朝から生徒達を前に僕はグループわけを発表した。
それぞれの家柄、魔力量、性格、ウィノナに聞いた情報、昨日と初日の状況を鑑みて僕の独断で決定した。
性別や年齢は考慮していない。
そこまで考えると複雑になりすぎて上手く調整できなかったためだ。
グループは五人。
120人なので、丁度割り切れたのはありがたかった。
うんうん、上手く別れられたみたいだね。
「グループ毎に集まれたみたいですね。これからはこのグループで授業を進めますので」
ちなみに厄介なことになりそうなので班長は決めない。
それぞれどちらが上だ下だと言い出しかねないからだ。
「おい! 先生! おい!」
「ん? どうしましたか、イザーク君」
イザークが不満顔で叫んだ。
明らかに憤っているが、なぜかあまり怖くない。
「どうしてオレがこのグループなんだ!? 納得いかねぇんだけど!」
ぷりぷりと怒っているイザークは、他のグループメンバーを指差した。
彼のグループは、他にエリス、ソフィア、ゴルトバ、マイスの四人である。
昨日、よく目立っていた五人だ。
その上、ちょっとした問題児を集めておいた。
なんでかって?
そりゃ問題児をわけておくと大変だからだ。
他の生徒にも問題はあると思うけど、この五人は突出して面倒そうだったので、まとめた。
悪口じゃない。ただの事実だ。
「納得いかないとは?」
「あ、あのな! まずこいつ! こいつ、昨日『にゃあにゃあ』とか言ってた奴だろ!?
明らかにやべぇ奴じゃねえか!」
イザークはエリスを何度も指差した。
エリスはそんなことをされて黙っているような性格ではなかったようで、頬を膨らませた後、一気にまくしたてた。
「ふざけないでよね! わたしの方こそあんたなんか願い下げよ!
『うおおお』とか『燃えろ俺の右手』とか叫んでた癖に! 人のこと言えないでしょ!」
「はあああ!? あれは必要なことだろうが! そうした方が格好いいだろ!」
イザーク君は少年の心を持ったまま育っちゃったんだね。
でもね、君ね、もう十六歳なんだよ。
僕はいいと思うけどね。わかるしね、そういう気持ち。
それにエリスさん。君もね。
どうやら猫が好きらしいけど、だからと言ってにゃあにゃあと可愛らしく鳴きながらぴょんぴょん飛び跳ねるのは違うんじゃないかな。
いいぞもっとやれ……じゃなくて、客観的に自分を見た方がいいね。
なんてことは言えず、僕は閉口して二人の言い合いを見届けた。
「うっさいうっさい! バカバーカ! 何が恰好いいよ、バッカじゃないの!」
「バ、バカ!? お、おまえの方がバカだろ!」
「おお、二人ともそれくらいにした方がよいと思いますぞ」
ゴルトバ伯爵が仲裁を始めたが、イザークには逆効果だったようで、ギロッと彼を睨んだ。
「あんたもなんでここにいんだよ! ジジイじゃねぇか!
魔力ってのは若くないと持てないだろ!」
「ふむ、正論ですな。しかし、魔力がなくても参加させて貰うことになったのです。
よろしくネ!」
ゴルトバ伯爵は茶目っ気満点に、ウインクをした。
ちなみにネの部分は声が裏返っている。
「よろしくネ、じゃねぇよ! 何者なんだよあんたは。
それにそっちの奴! 平民だろ! なんで平民が貴族と同じグループなんだよ!」
「す、すみません……」
「素直に謝んなよ! 気まずくなんだろうが! って、そっちの女!
おまえもニコニコ笑ってるだけで、何考えてんのかわかんねぇんだよ!」
「あんまり怒ると若い内に、髪が薄くなっちゃいますよぉ」
「ならねぇよ! オレの家系はみんなフサフサだわ!」
なんてことを、やんややんやと言い合っている。
僕は彼等の様子を見て思った。
やはり彼等を一まとめにしてよかったと。
一人一人別のグループに行けば、カオスが全体に蔓延し、すべてがカオスになるところだった。
これがカオス理論である。まったく違うが。
僕は何度もうんうんと頷いていたが、さすがに口を開いた。
「はいはい、そこまでにしてくださいね。このグループは決定事項です。
後からごねても変わりません。諦めて、このまま頑張ってください」
「うっそだろ、おい!」
「本当ですよ。はい!」
僕は笑みを浮かべてイザークの視線を真っ向から受け止める。
イザークはわなわなと震えて、ガクッと膝を折った。
エリスは不満顔でイザークを睨み、ゴルトバ伯爵は顎髭を何度も撫で、マイスはどうしたものかとおろおろし、ソフィアはあらあらと言いながら首を傾げる。
先行きが不安だが、今はそっとしておこう。
僕は生徒達の正面に戻る。
体育館で生徒を前にする教師の心境と同じだ。
緊張感は最初に比べると大分薄れているから、頭はきちんと働いている。
生徒達の様子は……まだ動揺しているな。
当然だろうけど。
「では、昨日に引き続き魔力の放出訓練を始めます。
まだ放出できる人はいませんが、大丈夫。その内、できるようになります。
練習中、互いの様子を見るようにしてください。
ああ、無理に干渉するわけじゃなく、魔力を放出しているかどうかの確認をしましょうということです。
集中力が必要なので、集中している時は邪魔しないように。
ただしアドバイスし合うことは良しとします」
「あの! ……せ……せ、先生!」
恥ずかしそうにしながら僕を呼んだのはエリスだった。
先生と呼ぶのに抵抗があったんだろうか。
ここにいるのは僕よりも年上ばかりだし、それも仕方ないか。
「なんでしょう? エリスさん」
ちなみに名前を呼ぶ時、男子は君づけ、女子はさん付けで呼ぶことにしている。
しかも苗字ではなく名前の方で。
平民であるマイスには苗字がないため、彼だけ目立ってしまうからという理由もあるし、生徒である彼等に対して、苗字で呼ぶと距離が開いてしまうと思ったからだ。
苗字で呼ぶこと自体は問題ないし、それはそれでいいと思うけど、あくまで僕の教育方針だ。
事前に呼び方について話はしたけど、反対意見はなかった。
一応、彼等は僕を先生として認めてはいるのだろうか。
まあ、僕に対しての認識を確定するのはこれからだろうけどね。
ちなみにゴルトバ伯爵だけは、さん付けか伯爵呼びだ。
さすがに君付けは抵抗があったので、そこは許容してもらう形になった。
さてエリスは何を言いたいのか。
「ほ、本当にこのグループで決定なの?」
「ええ。何か問題が? あなたもイザーク君と同じ意見ですか?」
「い、いえ、それは、確かに不満もあるけれど、そこは飲み込むわ。
そうじゃなくて……わたし達、全員出身国が違うのだけど」
イザークはアドン、エリスはロッケンド、ゴルトバ伯爵はメディフ、ソフィアはプルツァ、マイスはリスティア出身だ。
つまり全員が違う国の出ということになる。
本来、多国の合同訓練となれば、国ごとにグループを作る方が一般的だと思う。
グループ毎に他国と組んで何かをするということはあるだろうけど、完全に個々でグループを組むということは少ないだろう。
しかし僕は敢えて完全に個々にグループを組ませた。
「そうですね。すべてのグループは無理でしたが、基本的に別の国の人と組むようにしてます」
「ど、どうして?」
「特に理由はないですね。ですが変更するつもりはないです。何か問題でも?」
かなり独善的な発言だとは自覚している。
しかし、僕の問いかけにエリスは答えられない。
それはそうだ。
他国の人間と組むのは嫌だ、ということは他国の人間と接したくないということだ。
エリスだけじゃなく、他の人にも他国に対して色々な感情を抱いていると思う。
しかしだからこそグループを一緒にした。
自国の人間だとしても知り合いでも友人でもないが、共通点があれば少しだけ気を許しやすくなるもの。
まったく違う国の人、性格も立場も違う。
軋轢は生まれるだろう。
自国同士であればその可能性は低くなるかもしれない。
しかしそれではせっかくの機会がもったいない。
化学反応が起きるのか。起きないのか。
成功するのか、失敗するのか。
まだわからないけど、今後のため……そして僕のためにも彼等にはその礎になってもらう。
僕にとってメリットがあるという面もあるけど、これは彼等のためでもあるし、彼等の国のためでもある。
きっと、そうなると信じて、僕は今回のグループわけに踏み切った。
花開くことがあるかどうかはわからないけど。
卑怯な方法だ。
一方的に決めて、反論できないような聞き方をした。
エリスは答えに窮して、押し黙ってしまう。
それを肯定と受け取った振りをして、僕は鷹揚に頷いた。
「他に質問がなければ始めますが、ありますか?
………………ないようですので魔力鍛錬の授業を始めます。
では、まず昨日と同じように――」
僕は何事もなかったように始めた。
みんなの間に曖昧な空気が流れていた。
でもその不安はいずれ消える。
そういうものだって、僕は知っている。
人は順応し、慣れ、そして成長する生き物だから。
そうやって僕は学び、知り、努力し、諦め、そしてまた期待して、生きてきた。
だから、みんなもそうなる。
そしていつかその中で一つだけどうしても諦められない、捨てられないものに出会う。
それがその人にとって唯一のモノなのだ。
その日まで、少しずつ知って、成長していこう。
彼等には何かしらの目的があって、ここにいるのだ。
その目的が、その人にとって輝く何かを見つける道に繋がるのなら。
僕がその手助けを少しでもできるなら。
僕は尽力しよう。
これは女王の命令だから、仕方なくやっているわけじゃない。
僕にも僕なりの目的があって、納得してここにいる。
だから手を抜かないし、全力でみんなに教えていくつもりだ。
生徒達は昨日と同じように魔力放出の鍛錬を始めた。
最初はおずおずと戸惑いながら、しかしやがて集中し始める。
そして徐々に会話を始め、交流を図り始める。
拙く、緊張しながら、互いの距離を測って、そして会話をする。
そんな様子が何ヶ所かで見られ、やがてどのグループもそれぞれ話をして、より効率的な、効果的な方法を模索し始めた。
僕も彼等の周りを歩き助言をする。
しかし誰かに一方的に教えられることと、自分達で考え、自分だけで考えることは違う。
やはり試行錯誤し、自分で答えを出した方が成長が早いものだ。
そして。
授業が始まって、約三十分後。
「あ、あ! で、出た!? ひ、光ってる!?」
魔力を放出できた生徒が出た。
帯魔状態になっている。
魔力放出の第一段階。
強い感情を抱き、それを魔力放出へと繋げたということ。
二日でできるなんて大した素質だ。
彼は自分の両手を見下ろして、嬉しそうにしていたが、やがて魔力の光は消える。
グループメンバーの反応は嬉しそうだったり、悔しそうだったり、様々だった。
僕は魔力を放出した生徒の下へ行き、拍手をした。
「すごいです! こんなに早く魔力放出をできるとは思いませんでした。
あなたは素質がありますよ。
この調子なら、もしかするとかなり早く実習までいけるかもしれませんね」
「あ、ありがとうございます!」
生徒は嬉しそうに相好を崩した。
素直に喜ばれるとこっちまで嬉しくなる。
「では、このまま練習し、何度も魔力を放出をしていきましょうか。
少しずつ慣れていけば、その内、自分の意志だけで帯魔状態になれます。
そこまで行けば、後は体外放出、そして魔力供給へと移れます。
頑張りましょう!」
「は、はい!」
そこには貴族や年齢や性別やら、それぞれの立場は関係なかった。
彼は僕を教師として見て、僕は彼を生徒として見ている。
そしてその関係は、その瞬間だけは確かなものだった。
彼はふと我に返り、慌てて目を逸らしてしまった。
僕は年下だから、彼はまだ割り切れないんだと思う。
いいんだ、それで。
その内、きっと互いに分かり合える。
僕は喜びを噛みしめ、再び生徒達の様子を見ながら歩いた。
よかった。姉さんと同じように、他の人にも魔力が放出できた。
やはり僕や姉さんだけでなく、他の魔力持ちの人にも魔力放出は出来るんだ。
つまり、怠惰病治療のための魔力供給もできるし、魔法も使えるということ。
実際にできるまで少し不安だった。
僕と姉さんしかできない、あるいはできる人間は限られているということであれば、この研修は失敗に終わるからだ。
それは杞憂で終わってくれた。
僕は人知れず胸をなでおろした。
「うおおおおおおーーーー! 燃えろおおーーっ! 光れえええーーーっ!」
「ぐぬぬ、ほおおお! 魔力ぅぅぅぅぅーーー! はあはあ、あ、頭がくらくらしますぞ!」
「にゃにゃ! じゃなくて、え、えーと、好きなもの!
う、うーん、あ、好きなものじゃなくてもいいのよね。えと、うーん、怒ればいいのね!
くのおおおっ! ふざけんじゃないわよぉーーーっ!」
「タルトシャーベットマカロンクッキーチョコレートビスキュイバターケーキ……!」
あの四人、うるさいなぁ。
昨日、そういう感じじゃないと言ったにも関わらず、変わってない。
感情を爆発させろ的なことは言ったけど!
確かに爆発はしてるけど!
ただ地雷原に突っ込んでるだけだから!
ここでもう一度簡潔に魔力を扱うための行程を整理しよう。
魔力を認識して感情を無意識に魔力放出に繋げられるようになるまでは、感情をそのまま魔力放出に繋げる必要がある。
説明は難しいけど、段階的には次の通り。
1『強い感情に、魔力放出をするという意思を伴わせる→初期帯魔状態』
2『今度は行動に感情を伴わせ、初期段階とは前提条件を逆転させることで魔力を放出する→高度帯魔状態、集魔状態』
3『行動そのものに意志と魔力放出の命令を込め、無意識の内に感情を伴わせることで、魔力放出が自然にできるようになる→体外放出』
4『魔力放出自体ができるようになれば、魔力自体に命令を与える。この場合の命令は意志というよりは明確なイメージを与えるもの→魔力操作、魔力供給』
ここまでできれば魔力を思いのままに動かせる。
ただ僕の場合はここまでできるようになったのは十二歳、怠惰病治療の研究を終えた時だ。
それまでは正確な魔力操作はできなかったし、魔力放出量の調整も不安定だった。
かなり苦労したけど、その試行錯誤があるからこそ、生徒達に教えることもできるはず。
何もない状態から研究するのは大変だけど、マニュアルがあれば習得は早めることができる。
ここら辺のニュアンスを伝えるには少しずつ説明するしかないのかもしれない。
特に、感情と意志と命令と行動。
この明確な違いと一段階目と二段階目の逆転反応は、感覚的に掴むしかない。
焦らずじっくり学んでいくしかないわけだ。
ただ感覚を掴むのが上手い人は、さっきの生徒のように早く習得できる。
姉さんもそうだったし。
僕は遅い方だと思う。
まあ僕の場合は魔法学の第一人者だから、例外かも。
知っている状態と知らない状態では全く別物だし。
とにかく彼等にまた教えてあげないと。
僕は五人組のところまで移動した。
問題児グループの一人であるマイスは四人から少し離れた場所で、一人で黙想している様子だった。
彼は彼なりに頑張っているようだ。
五人の中で最もまともな生徒なんじゃないだろうか。
……彼にも彼の事情があるんだろうな。
とにかく残りの四人にまた説明しに行くか。
僕の説明が下手なせいでもあるわけだし。
もっときちんと教えないといけないよね。
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