第102話 問題児たち

 生徒達はどうしたものかと周囲を見回していたが、徐々に思い思いに魔力放出の練習を始める。


「……ぐ、ぐぬぬ、出ろ、魔力! 出やがれ! 出やがれってんだよ!」

「魔力ちゃん、おいで! 出てくれたら嬉しいな!

 ぐふふ、魔力が出たら、患者の治療をして、国から褒賞を貰って、お父様とお母様に褒めてもらって、格好いい良い家柄の人のところに嫁いで――」

「う、ううっ、どうしていなくなっちゃったの、ロクサーヌ。

 帰ってきてよぉ……魔力出すからぁ、魔力出すからっ!」

「あー、出なくてもいいわ。もう出なくていい。

 楽したいわ。何もせずに寝て食って寝て食って寝て食って、たまに魔力放出したいわぁ。

 やっぱ、出てもいいわ。むしろ出てもいい感じだわぁ」


 もう無茶苦茶である。

 素直な彼等は僕の言葉通りに、自分なりに感情を込み上がらせるように、挑戦を始めた。

 カオスな状況である。

 しかし、僕は彼等のその姿勢に感動さえ覚えた。

 一人一人真剣に試行錯誤をして魔力を放出しようとしている。

 僕はみんなの様子を確認し、周囲を歩いた。

 何か問題はないか、いい助言はできないか。

 そんなことを考えながら歩き回る。

 まだ魔力を出せている人はいないな。

 やっぱり難しいみたいだ。

 姉さんは結構速く魔力を放出していたけど。

 あの人は多分、別格だと思う。

 僕でさえ、彼女の成長速度には目を見張ったし。

 まあ、これからだ。

 少しずつできるようになればいい。

 そう、自分なりの速度で頑張ればいいんだ。

 うんうん、みんな頑張ってるな。 


「ほおおおおおお! よいしょおおおお! 迸れ、我が魔力ぅぅぅっ!」


 頑張って……るよね。


「うーん、うーん! えーと、そう! ケーキ食べたい! ケーキが一杯食べたいですぅ」


 が、頑張ってるはず。


「オレの右手が魔力で唸る! 燃えろ、猛れ! ぬりゃあああーーーーっ!」


 頑張っているのか……?


「え? え? な、な、何? み、みんな何をしてるのよ……ううっ。

 嘘でしょう、こんなことしないといけないの? こ、こんなはずじゃ……。

 で、でもやらないと……え、す、好きなこと? えとじゃあ、に、にゃあ!

 にゃ、にゃにゃ! 魔力よ出るのにゃ!」


 頑張る方向が違う。そうじゃない。違うんだ。

 エリスは両手で猫の耳を真似ている。

 愛らしい。可愛い。キュートだ。

 しかし違う。それは違うんだ。

 好きな物のことを考えるということは間違っていない。

 しかし魔力に触れていない彼女、エリスに必要なのは感情を魔力放出に繋げるということ。

 微妙に間違っている。あってもいるけど、間違っている。

 ちなみにその前の三人、ゴルトバ、イザーク、ソフィアの三名も間違っている。

 ゴルトバはただ叫んでるだけだし、ソフィアは欲望を駄々漏れにしているだけだし、イザークは熱血主人公みたいなことを言っているだけだ。

 僕ならば、ソフィア以外の二人のやり方で魔力を放出できる。

 しかしその前に魔力放出のイメージ形成という練習が必要だ。

 彼等はそこら辺をすっ飛ばしている。


 これはまずい。

 指摘しないといつまでもこのままだろう。

 見ていると面白いけど。

 さすがに指摘してあげないと。

 そう思い、彼等に近づこうとした時、僕は視界の隅に入った人物に目を奪われた。

 灰色の髪の少年が部屋の端できょろきょろとしていたからだ。

 彼は一人で、所在なさげにしている。

 確か名前はマイス。

 唯一の平民のため、苗字がない。

 肩身が狭そうにして、おろおろとしている。


「どうかしましたか? やることがわかりませんか?」


 僕はできるだけ優しく声をかけたが、彼は少し怯えた様子だった。

 なんか最初に出会った時のウィノナみたいだな。

 いやそこまでじゃないか。

 ただ心細いだけだろう。

 その証拠に、彼は戸惑いながらも僕を真っ直ぐ見ている。


「い、いえ。あ、はい。す、すみません。じゃ、じゃなくて申し訳ありません」

「いえいえ。そう畏まらなくてもいいですよ」


 そう言われても難しいだろう。

 彼以外はみんな貴族だし。

 僕も一応二侯爵だし。

 こんな場所で平民は彼一人なんだから。


「あ、ありがとうございます」


 肩にかなり力が入っている。

 リラックスしろと言われてできる人間はいない。

 彼なりに心を落ち着かせる手段を見つけるしかないわけだ。


「やることはわかりますか?」

「は、はい。な、何とか。すみません、文字が読めないので……」


 ああ、そうか。

 平民の彼は教科書が読めないのか。

 わかっていたのにわかってなかった。

 自分ができることは他の人間にもできる、そう思ってしまっていた。

 彼は事前に教科書が読めなかった。

 いや、スケジュールも、もしかすると。


「授業の時間はわかりましたか?」

「い、いえ……わからなかったので早朝から来てました」

「そうでしたか……すみません、こちらの不手際です」

「い、いえ! じ、自分が無学なのが悪いんです! せ、先生は悪くありません!」


 これは優しさ、ではないんだろう。

 彼は怯えている。平民が貴族に対して怯えているだけだ。

 悲しいがこれは現実だし、変えるのは難しいだろう。

 でも僕自身の態度は僕自身で選べる。


「ありがとう、マイス君。ですがこれからは何か困ったことがあった場合は僕に言ってくださいね。

 あなたも含めた全員が僕の生徒なので。遠慮されるとむしろ困ってしまいます。

 僕はあなたにも怠惰病治療ができるように、平等に教えるつもりなので」

「え……あ、ありがとう……ございます……」


 戸惑いが強いな。

 貴族からこんなことを言われたことはないんだろう。

 まあ、僕は他の貴族達みたいな人生を歩んでないけど。

 とにかく彼には気を使わないといけないな。

 だけど、あまり世話をしすぎると目立って、他の生徒に目をつけられるし。

 しかしフォローは必要だ。

 ……やっぱりあの方法を取るか。


「少し難しいでしょうが、練習をしましょうか」

「は、はい。頑張ります。大丈夫です」


 マイスは、早く行ってくれと視線で言っていた。

 他の生徒達が僕達のことに気づき始めていた。

 悪目立ちすると困るもんね。

 気持ちはわかる。

 僕は彼から離れて、改めて他の生徒達の様子を見守ることにした。


「ほおおおおい! ほおおおいぃ! ほおおおおおおおお!」

「あまふわとろケーキ食べたいなぁ。おいしい、クリーム一杯のぉ」

「うおおおおお! 光れぇぇっ! 煌めけぇぇっ!」

「にゃ! にゃあ! にゃにゃ! 出るんだにゃ! ううっ……なんでこんなことに」


 ……あの四人のことを忘れてた。

 血圧が上がってしまったご老人。

 甘い物を妄想してだらしない表情を浮かべる少女。

 熱く叫んでいるちょっとバカっぽい少年。

 顔を真っ赤にして、半泣きになりながらにゃあにゃあ言っている女の子。

 全員が間違った方向に頑張ってしまっている。

 素直で実直なところは好感を持てるが、残念な気持ちになってしまった。

 僕は急いで彼等の下に駆け寄った。

 これからが思いやられる、そう思いながら。

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