第101話 復習してみよう
「――ではまず等間隔に距離を取って並んでください」
僕が指示すると、みんな素直に従ってくれた。
しかし慣れていないようで、みんな戸惑いながら互いに距離を取り、調整を始める。
考えてみれば日本の学校では当たり前だけど、こういうのって案外、慣れてない人には時間がかかるものなんだな。
急かすつもりはないので、僕は全体の隊列を確認しながら、指示を出して調整していった。
しばらくして整列が終わる。
「はい、そこで大丈夫です。この状態で魔力の鍛錬を始めます。
まずはそこで座ってください」
僕が言うと、なぜか生徒達が怪訝そうな顔をした。
何か問題があったのだろうかと思ったけど、すぐに思い当たる。
貴族は直に床に座るなんてことしないか。
立ったままで鍛錬してもいいけど、できるだけリラックスした方がいい。
座った方がいいんだけど。
どうしたものかと思っていたら、視界の隅にエゴンさんの姿が見えた。
どうやらメイド達やウィノナに何か言っているようだ。
すると彼女達は急いで部屋を出て、すぐに戻ってきた。
布を手にして、生徒達に駆け寄る。
彼等の足元に布を置くと、すぐに離れていった。
ありがたい。本当に気が利くな。
こういう瞬間的に対応力は、現代では廃れてしまったように思える。
もちろん、僕が知らないだけで一部では存在するんだろう。
生徒達は布の上に座り始めた。
全員が座ったことを確認すると、僕は再び口を開く。
「魔力の概要はすでに伝えていますね。
しかしどうやって魔力を放出するのかは不明瞭でしょう。
教科書にも書いてはいますが、文字だけで理解するにも限界があります。
まずは最初から少しずつやっていきましょう」
生徒達が真剣な顔で僕を見つめる。
期待と不安が入り混じっている視線が多いけど、あまり興味を持っていない人もいる。
参加者全員が怠惰病治療に積極的なわけではないわけだ。
色々と事情があるんだろうけど、把握するつもりはない。
僕がやるべきことは生徒達の個人的事情に介入することじゃなく、治療方法を教えることだからだ。
「簡単な説明からしましょう。魔力を放出するには『強い意志が必要』です。
正確には何かをしたい、何かが欲しい、何かが嫌だ、みたいな動的な思考ということです。
その意志は魔力に伝導して、魔力がその通りに放出される、というわけですね。
しかし意志や感情、欲求だけでは魔力は放出されません。
少しわかりにくいですが、簡単に言えば『魔力を手から放出したい』と強く考えれば、魔力が手から出せるということです。
では、そうですね……そこのあなた。確か、ソフィア・スフレさんでしたね」
「はーい? わたくしですかぁ? なんでしょう?」
おっとりとした口調の女生徒が自分を指差した。
笑顔を浮かべて、ゆったりと立ち上がった。
起立して欲しいとは言ってないが、彼女は礼節を弁えてくれているのだろう。
他の貴族なら座ったままだったと思う。
柔らかい雰囲気に柔らかそうな身体。
おっと、いけない。胸元を見てはいけない。
いくら、豊満な胸が目立っていたとしても見てはいけないぞ。
「え、ええ。まず手を正面にかざしてもらえますか?
そして、先ほど言ったように、魔力を手から放出したい、と頭の中で強く思ってくれますか?」
「はーい。えーとぉ? 魔力を手から放出したい、魔力を手から放出したいー」
「口に出さなくても……ま、まあ、出してもいいですが」
ソフィアは一生懸命何度も何度も呟いた。
うんうん、唸りながらもほんのり汗を滲ませながらも念じ続ける。
一分経過した。
何も変化はない。
「はい、もういいですよ」
僕が言うと、ソフィアは大きく息を吐いて、手を下ろした。
「はぁー、疲れちゃいましたぁ。全然出ませんでしたねぇ。どうしてなんでしょう?
わたくしに才能がないのでしょうか……?」
「いえ、そういうわけじゃないんです。
魔力が出なかった理由は『イメージができなかったから』ですね」
「イメージ、ですかぁ?」
僕は鷹揚に頷くと、生徒全員に語りかけるように言葉を紡いだ。
「魔力を操作するには、強い意志が必要です。
しかしその意志の先に、魔力が放出されるという確固たるイメージが必要です。
ですがその意志を持ち、魔力を出すというイメージを持つことは、最初は難しいのです。
そして強い意志というものは、その意志を真剣に念じるということではない。
なぜならばその意志には言葉以上の意味合いが薄いからです」
生徒達の一部が首を傾げる。
何を言っているかわからないって感じだろう。
うん、そりゃわからないよね。
僕もこんな風に言われたらわからないし。
「例えば、みなさんは一日に何度も食事をすると思います。
大概はある程度決まった時間に食事をしますね?
その場合、お腹がすいたなと食事前に思うでしょう。
では何か事情があって普段とは違う時間に食事をしなければならなくなったとしましょう。
食事をしてから長い時間を空腹で過ごした時、食事前でなくともお腹が空いたと思うでしょう。
それでは質問です。前者と後者、どちらがより強く、お腹が空いたな、と思ったでしょうか?」
流れ的にソフィアに問いかけた。
ソフィアはうーんと言いながら小首をかしげる。
「それはぁ、後者の方ですねぇ」
「そうですね。よりお腹が空いたから、更に強くお腹が空いたという欲求と何かを食べようという強い意志が抱かれたというわけです。
これと同じように、魔力を放出する際、ただ放出したいと思うよりも、感情や欲求が重なれば、より強い意志に繋がる、というわけです。
少し話は変わりますが、僕が魔力を発見したのはエッテントラウトという魚が魔力を放出していた瞬間を見たからです。
トラウトは求愛行動に伴い魔力を放出していた。
それはつまり相手にこの愛情を伝えたいと強く思い、意志が魔力となって放出されたということですね」
「ふむ、なるほど。確かに動物によっては特殊な求愛行動をする種もおりますな。
トラウトにそのような習性があるとは知りませんでしたが。
つまり、我々も同じように強い感情を抱けば、同じように魔力を放出できると?」
少し離れた場所にいた老人が感心したように言った。
彼が話したのは初めて聞いたが、敵愾心のようなものはない。
監視役なのかと思っていたけど、違うのだろうか。
彼は確かゴルトバ・ルザールって名前だったはず。
「ええ。まずは感情、強い思いを抱くことが大事です。
もちろんそれだけではいけません。
その感情を魔力を放出するということに連結させる必要があります」
魔力を知り、魔力の存在に触れ、魔力に関わり続けることで、強い感情を抱くと、帯魔状態になることはできる。
ただしそれは多分、ルグレである僕にしかできないと思う。
相当な魔力量を持っており、魔力にしばらく触れることで、魔力への耐性が減少した。
その状態での現象だろう。
つまり彼等には無理だし、半ば裏技的なこと。
基本的には正しい方法で学んでいくべきだと思う。
今回、ただ教えるだけじゃなく、僕は自分の知識や経験や技術を人に教えるという練習をしている面もある。
姉さんに教えていたのも、そういう意味もあってのことだ。
今後のためにも、適当に教え、何となくできるということは避けたい。
「強い感情……トラウトの件で言えば愛情ですな?」
ゴルトバが真剣な様子で質問を続ける。
彼には学ぶ姿勢がある。
魔力に興味があるんだろうか。
他の生徒達とは違って少し後ろから見守っている感じだから、よくわからないな。
「ええ。僕の場合は、トラウトの習性に倣って、最初に魔力の放出ができました。
体外放出ではなく、身体に魔力を帯びる状態、帯魔状態でしたが」
「あのぉ、それってどういう?」
ソフィアが難しい顔で言った。
わかっていないのか、嫌な予感がしているのか。
「つまり告白ですね。好きな人に好きと言った時に僕は魔力が放出できたので」
「は!? こ、告白ぅーーーーっっ!?」
なぜかエリスが立ち上がった。
顔を真っ赤にしている。
彼女だけでなく生徒の半分近くは狼狽えていた。
というか色めきだっていた。
きゃっきゃみたいな感じ。
「ああ、いえ。告白しなくてもいいです。
ただ僕の場合は感情を強く抱きやすかったのが告白だったというだけで。
別に喜怒哀楽のどれでもいいですよ。なんで魔力が出ないんだ! 腹が立つ! でもいいし、魔力が出せたら嬉しいな、えへへ、でもいいですし、ああ、面倒臭い。魔力が出ないと超面倒臭い、でもいいです。
強い意志は何も前向きな物でなくともいいんですよ。
ただそれが意志と魔力への指示に繋がれば、魔力は応えてくれます」
「あ、ああ、そ、そう……別に告白じゃなくてもいいのね……」
脱力して座ったエリスを見て、他の生徒達も平静を取り戻した。
ああ、そうか。
思春期の子達にはちょっと刺激が強すぎたかな。
あれ、でも思い返すと、僕も淡々と話したけど、恥ずかしいことを言ってしまったような。
……考えるな。忘れよう。黒歴史が増えたとか思うんじゃないぞ、僕。
「と、とにかくまずは感情を強く持つことから始めましょう。
自分がやりやすい方法でいいです。最初は魔力の存在を自分で認識することから始めます。
その後、魔力の放出の感覚を掴み、徐々に強い意志に感情を伴わせ、強い意志そのものに感情が備わり、やがて簡単にイメージするだけで魔力を放出できますので。
手ではなく、身体全体に魔力が巡っている感じになるはずです。
そこに至るまで、まずは感情を強く持ちましょう。では始めてください」
かなり曖昧な説明だが、こう言うしかない。
生徒達は戸惑いながらも自分達になりに解釈し、そして鍛錬を始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます