第97話 選定
視界に入る情景に僕は戸惑いと驚きを抱いた。
会場となっているホールの隅、そこにある小部屋の中から会場内を見渡す。
煌びやかな空間、そこにいるのは選ばれし者達だった。
ホールは数百人が入れるほどの広さがあり、等間隔で丸テーブルが置かれている。
城内の一区画としては異常なほどの広さがある。
その上には豪華な料理の数々が並べられており、選ばれし者達は料理に舌鼓を打ち、高級ワインで舌を湿らせている。
全員が貴族で平民らしき人物は見渡す限りはいなかった。
このグループだけなのかもしれないが、やはり平民は選ばれなかったようだった。
会場から届く談笑の声が僕達がいる小部屋まで届く。
しかし見事に年齢制限を無視しているなぁ。
ほぼ男性だが三十歳以下とは思えない人がちらほらと目についた。
中には白髪の老人までいる始末だ。
女王の話通り、研修会への参加条件を無視して強引にねじ込んだ形か。
今回の交流会の情報は事前に話していたらしいし、もしかしたら他国や自国の有力貴族達との接点を持ちたくて、交渉を持ちかけたのかもしれない。
それだけじゃなさそうだけど。
あるいは僕が考えているより、この研修会に対して様々な謀略が張り巡らされているのかもしれない。
自分で言うのもなんだけど、僕はこの世界においては世間知らずだからなぁ。
特に貴族達のことはよくわからない。
これから知らないことはウィノナに聞いた方がいいかもしれない。
僕は窓から会場を覗いていたが、カーテンを降ろして振り返った。
「彼等が第一グループの人達ですか」
「はい。三百人程度の選ばれし者達です。
五国の交流会と称しまして、我が国の貴族も交えての催しですので、各国五、六十人ほど参加しております」
背後にいた紳士的な老人が淀みなく答えた。
彼はエゴンという。
怠惰病治療研修会において、僕の補佐をすることになっている非常に優秀な執事らしい。
女王から直接、命を受けてこの場にいるようだった。
ミルヒア女王は、エゴンさんには絶大の信頼を置いているようで、ほぼすべての情報を彼には教えていると言っていた。
研修会に関しての知識もすでに女王と同じくらいには得ているようだった。
正直なところ、僕だけでは限界があるし助かる。
ウィノナも手伝ってはくれるけど、現時点で彼女に頼めるのは雑用や身の回りの世話だけだ。
なぜならば、ウィノナにはまだ魔法のことを話していないからだ。
怠惰病治療に関しては少し話しているが、彼女と本音で話せるようになったのは昨日のことだし、踏み込んだ話はできていない。
ウィノナを巻き込まないためにも話しすぎるのも問題なので、内容は吟味する必要があるかもしれない。
エゴンさんの背後には不安そうにしているウィノナが、両手を重ねた状態で佇んでいる。
姿勢正しい彼女は、品の漂う女性そのものであり、教育が行き届いていることは間違いない。
メイド服も似合っているし、貴族達が集結する場所に居合わせても問題ないほどだ。
しかし目の前の老人が、ウィノナ以上の傅く者としての教養を深く知り尽くしていることは明白だった。
白髪に、皺一つない執事服。
その姿は特別なものではなかったが、纏う空気が常人とは一線を画している。
やや機械的で表情に変化がほとんどない。
ちょっと苦手なタイプだ。
しかしこれから彼とは数ヶ月の付き合いになるのだから、そんなことは言ってられない。
さてこれまでの経緯を端的に説明しよう。
屋敷を出た僕達は会場となる、サノストリア城の交流会場、つまり僕達がいる場所、ホールへと足を運んだ。
そこで研修会の補佐役として、目の前にいる彼、エゴンさんと会うことになった。
そしてエゴンさんから説明を受けることとなった。
今日、僕がすべきことは魔力持ちの選別と、これから行う研修会の説明を参加者にすること。
選ばれし者達は基本的に貴族ばかりなので、適当な会場に集めて、魔力の有無を確かめて、はい帰ってね、とはできない。
そのような理由から交流会を兼ね、彼等には審査をしていると話すことなく、こちら側で勝手に選別してしまおうと考えたようだ。
もちろん、事前に女王から怠惰病治療には素質が必要であり、全員が治療の研修会を受けられるわけではないと話されている。
だからといって、あなたには無理なので帰ってね、とは簡単には言えず、こういった催しをして、彼等の溜飲を下げて貰おうという試みらしい。
貴族達からすれば、他国の有力貴族達との交流自体、簡単にできるものではなく、こういった大々的な催しで、接点を作れるというのはかなりのメリットのようだ。
そのようなことから表面的には反発も少なく、交流会は行われることとなった。
ただし全員となれば相当数の人間がいるため、グループを分けることとなったようだ。
僕は知らないが、グループ分けでさえもかなり難儀しただろうと思う。
「この場からの選定が難しいということであれば、会場内を歩くことも可能ですが」
その後の言葉はなかったが、言いたいことはわかった。
僕は国内では女王の力で無理やり二侯爵になった、鼻つまみ者。
会場内には自国の人間、つまりリスティアの貴族もいる。
自国の人間に毛嫌いされている可能性は高いし、他国の人達も僕のことを知らない。
それに実権はなく、実績も怠惰病治療と魔族撃退のみ。
貴族という立場からすれば異色の実績だし、片方は表だって説明もできないし、知らしめるつもりもない。
怠惰病治療に関してはこれからのことを考えると話したくはない。
だってこの会場にいる人達の大半は自国へお帰り願うわけだし。
僕自身は大して問題とは思わないけど、個人的な観点での意見は、この場では参考にすべきではない。
研修会のことや先のことを考えると、ここで顔見せをすることは得策ではないだろう。
女王の言っていた箔づけに対しても足を引っ張るだけだ。
百害あって一利なし。
ということで。
「いえ、ここから選定します。部屋を出ると色々と面倒だと思うので」
「そうですか」
エゴンさんは見せつけるようにほっと胸をなでおろした。
そんな反応を見せなくても、僕は自己顕示欲の強い人間じゃないんだけどなぁ。
なんてことは彼にはわからないわけだけど。
会場が広いといっても幸いにもこの部屋から会場内は見渡せる。
僕は視力が高いし、魔力の有無を見るだけならばかなり遠くからでも問題ない。
「それじゃ奥の方から、容姿の特徴と魔力の有無をあげていきます」
「かしこまりました。こちらで記録していきますので、お好きなように仰ってください」
流石に一気にまくしたてるわけにもいかない。
そう思い振り向くと、エゴンさんはすでに手元にペンと紙を持っていた。
速記もできるんだろうか。
まあいい、とにかく始めよう。
ここで躓くと後が怖い。
確実に見定めていこう。
リスティアを含めた選ばれし者の数は約千五百人らしい。
全員を調べるのは骨が折れそうだ。
しかし愚痴を言っても始まらない。
今日中に終わらせないといけない。
交流会は朝、昼前、昼後、午後三時、夕方前の合計五回行われるようだ。
スケジュールは詰まっている。
相手は貴族。
一日、一時間、一分の遅れで国の信用問題に関わるかもしれない。
どの世界も人間関係というのは面倒なものだ。
少しのミスや多少の気遣いを欠いただけで、相手に悪印象を抱かせ、すべては水の泡になることもある。
商談なんて、商品とか企画とかを気に入ってもらうことよりも、自分を如何に気に入ってもらうかが重要だったりするくらいだ。
挨拶をしなかった程度で商談がご破談になることもある。
例え、こちらに筋の通った理由があっても、それを相手が理解し、間違いを認めてくれることなんて多くはないのだ。
一度、大人になってしまった僕にはそれが痛いほどわかっていた。
世の中は理不尽にできており、上下関係があればそれはより顕著になる。
他国とリスティアの力関係はまだ圧倒的に差があり、自国は格下に見られている。
この状態で小さなミスをするだけで何を吹っかけられるかわからない。
怠惰病治療に関しては僕しか治療できないし、何よりすでに契約で決まっている部分も多いため、強気には出られるだろう。
しかし研修生の条件を明らかに違反した人間の多さを見れば、どれほど自国が下に見られているのか、想像に難くない。
気分、印象、信頼。
それらは些細なことで決まり、積み重なってその人間にとっての善し悪しが決まるものだ。
適当な人間には成功は訪れない。
慎重なくらいで、何事も丁度いいものだ。
そうして僕は大人になり、幾つかの成功を手にしてきたのだから。
つまり、僕にとっての研修会はすでに始まっているということだ。
気を抜かずにいこう。
少しの高揚と不安を胸に、僕は深呼吸をし、声を吐いた。
「では始めます。まず右奥の恰幅のいい男性は魔力はなし。その奥の――」
部屋の中にはペンが走る音と僕の声だけが響き始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます