第67話 ルグレの系譜

 エインツヴェルフの周辺は燃え盛り、騎士や冒険者達を焼き殺している。

 ニオイがここまで届く。

 人が死ぬ姿を見るのは初めてだ。

 でもなぜか僕に動揺は少なかった。

 一度の死を乗り越えたからか、それともあまりの恐怖に頭が麻痺しているのか。

 とにかく僕の頭は思ったよりも冷静だった。


「どうする? 突っ込むか?」


 グラストさんらしい作戦だけど、それじゃあまり意味はない。

 僕は表情を変えずに口だけを動かした。


「いえ、僕があいつの相手をします。グラストさんは回り込んで後ろから奇襲をかけてください」

「おいおい、俺がこそこそしろって? しかもシオンに囮を任せて?」

「気に食わないかもしれませんけど、これが一番勝率が高いんです。

 魔力が見える僕だけがあいつの攻撃を避けられますから」


 グラストさんは僕の魔法を何度も見ている。

 だから魔法の特性も知っているはず。


「……わかった。それしかねぇか。くそっ! 情けねぇが、シオン、おまえに頼るしかねぇようだ。

 頼むぜシオン。死ぬなよ。おまえが死んだらおまえの家族に顔向けできねぇからな」

「大丈夫。僕も死ぬ気はないので」


 グラストさんは尚も何か言おうとしたけど、寸前で思いとどまったようだった。

 そして改めて口を開いた。


「勝つぞ」

「ええ、必ず」


 言うとグラストさんは炎に隠れながら、瞬時に地を駆ける。

 僕はエインツヴェルフへと向き直る。

 距離があるため、こちらに気づいてはいない。

 でも魔力が見えるあの魔族にとっては、僕を見つけるのは容易いだろう。

 だったら隠れ進んでも意味はない。


「ハーッハッハッハッ! 楽しい、楽しいぞ! 虫けらを殺す快感は久しぶりだ!

 もっと、もっとだ! もっと殺させろ!」

「ギャアアア!」


 人が死ぬ。

 悠長にしている暇はなく、しかし考えなしに突っ込めば危険だ。

 僕は走り出す。

 炎を合間を縫って、エインツヴェルフへと迫った。

 視界から逃れることもなく、真正面から堂々と近づいた。

 僕の身体は魔力を放っている。 

 奴まで十メートル。

 そこまで近づくと、エインツヴェルフは僕に視線を移した。


「おや? 貴様、魔力持ちか」


 やはり見えている。

 奴には僕の魔力が視認できている。


「ほう。その血のように赤き髪と目は『ルグレの系譜』か。

 ……しかし、他の人間は持たざる者だったが。

 これはどういうことだ。なぜ他にいない? 答えろ、子供」


 ルグレ? 

 持たざる者?

 こいつは何を言っているんだ。

 僕の反応を見てか、エインツヴェルフは首を傾げる。


「知らぬと? いや、待てよ。千年の後のこと。それにあの時、奴らは……。

 ならば、くくく、そうか。そういうことか。

 小癪な。裏切り者どもが小賢しい真似を……くくく! だが面白い。

 だがどうやら何も知らされてはおらんようだな!

 愚か愚か愚かなりっ! やはり人間は愚昧! あの時のことを何も学んではおらんな!

 憐れな翻弄されし子よ。貴様はここで何も知らず、死ぬがよい」

「……死にわけにはいかない。こんなところで」


 僕は姿勢を低くすると足元にブロウを集める。


「ふん。『魔術』は使えるようだな。拙いが」

「これは魔法だよ。魔術なんてものじゃない」

「どちらでもよい。貴様は死ぬのだからな!」


 赤い魔力が僕へと迫る。

 真っ直ぐ生き物のように放たれ、僕の眼前に伸びた。

 瞬間、エインツヴェルフが指を鳴らす。

 同時に火薬に着火したかのように爆炎が生まれた。

 しかし僕はそれを読んでいた。

 僕はすでに行動を起こしている。

 魔力を解き放つと同時に、その場から跳躍。

 炎を避けつつ、空中に集めたアクアを落とした。

 エインツヴェルフと僕との中央付近に水の袋が落下する。

 思った以上の魔力量。

 今までは手のひら大程度の大きさだったのに、直径一メートルほどになっていた。

 赫夜の影響か。

 今はこの力を活用させてもらう。

 水は周囲を濡らし、炎を消した。

 水しぶきが燃えている人達を消火していく。

 地面は水浸しになった。


「ほう! 面白い魔術を使う」


 感嘆とも嘲笑ともとれないエインツヴェルフの笑みを見ると、僕は怖気を抱いた。

 あいつは楽しんでいる。

 実力差があることはわかっている。

 僕ができるのは時間稼ぎくらいかもしれない。

 でも逃げるつもりも諦めるつもりもない。

 全力を尽くすしかない。

 奴は炎の魔法しか使っていない。

 ならば水魔法が有効かもしれない。

 そう方針を定めて、僕は魔力を練る。 

 滑らかで生暖かくそして込み上がる得体のしれない力の奔流。

 それらに僅かな高揚を抱きつつも僕は着地して、ジャンプで移動を継続。

 エインツヴェルフを中心に円弧を描き、走る。

 魔力を練り、手元に浮かぶは水弾。

 瞬時に浮かんだ水風船くらいの水弾は二十個ほど生まれた。、

 推定魔力量は1000ほど。

 これだけの量を使えば相当に疲労する。

 もうすでにかなりの魔力を使っているし、体内の魔力が薄れていることは間違いない。

 どこまでいけるのかはわからないけど、やるしかない。

 アクアブレットを放つ。

 矢を思わせる速度で、真っ直ぐエインツヴェルフに向かった。

 着弾した。

 一つの威力は鉄球が当たる程度はある。

 ダメージはあるはず。

 そう思ったが、次の瞬間、多量の水蒸気が浮かびあがった。

 見えない。

 何が起こった?

 そう思ったのもつかの間、一瞬の内にエインツヴェルフは僕との距離を詰めた。

 一蹴りでかなりの距離を詰めたのだ。

 人間では到達できない、身体能力。

 これが魔族なのか。

 僕は恐怖を抱きつつも、即座にジャンプを発動。

 横に跳躍すると魔力を両手に練った。


「逃げるとは、つれないな」


 エインツヴェルフは瞬間的に、僕を追う。

 なんという速さ。

 至近距離で見たエインツヴェルフの姿は本能的な嫌悪感を抱かせた。

 空中で殴られた僕は、遥か後方へ吹き飛んだ。

 ギリギリで雷火の鋼鉄部分でガードしたけど、それでは衝撃を吸収しきれなかった。

 手の甲が激しく痛む。

 骨が折れたのは間違いなく、鼓膜にピキッという小気味いい音が聞こえた。

 身体中にブロウを纏い、着地の瞬間に発動した。

 何とか衝撃はなくなった。

 しかし視界にはエインツヴェルフが迫っている。

 打撃かという予想は一瞬で覆される。

 奴の両手には巨大な火の球が浮かんでいた。

 なんだあの魔力量は。

 一万くらいの魔力が込められている。

 あんなもの喰らったら、僕の身体ははじけ飛ぶ。


「これはどうだ!?」


 愉悦の笑みを浮かべ、エインツヴェルフは炎を放った。

 僕は魔力を急いで練る。

 しかし逃げる暇はない。

 今、魔力を練ってもアクアを発動する時間はない。

 どうする。

 時間がない。

 死ぬ。

 終わる。

 みんなも死ぬ。


 死ぬ?


 死ぬものか。


 みんなを守るんだ。


 一瞬の閃き。

 考えはなく、ただの反射的な行動。

 しかし僕の身体は確かに反応した。

 魔力を『地面に放った』のだ。

 地面が一気に空気を含み、もこっと盛り上がると僕の身体は地面に吸い込まれた。


「何!?」 


 エインツヴェルフは驚愕の表情を浮かべた。

 まさか地面に魔力を流して土を柔らかくして、自らの身体をめり込ませるなんて、思いもよらなかったのだろう。

 巨大な火の球は僕がいた場所を素通りしそのまま僅か後ろに着弾した。

 後方から生まれる衝撃波を、屈んで耐える。

 振り向かず、その衝撃波に乗りながら、僕は地を蹴る。

 正面、すぐそこにエインツヴェルフはいた。

 奴は魔力を練っていない。

 巨大な魔力を練り、魔法を発動するには多少時間がかかるようだった。

 魔力量は相手の方が上だ。

 しかし魔力を練ることにかけては僕の方が上。

 しかも奴は魔法を使う時、必ず指を鳴らす。

 まだ鳴らしていない。

 つまり発動までもう少し時間がかかるということ。

 絶好の機会。

 連続魔法を放つ。

 即座に発動した魔法はアクアボルト。

 手元に浮かべたアクアを放ち、即座にボルトを放った。

 今度は当たったはず。

 奴の身体は水浸しになる――ことはなかった。

 奴の目の前には火球が浮かんでいた。

 幾つも、ぷかぷかと浮かび、エインツヴェルフを守るようにたゆたっている。

 どうやら火球にアクアが当たり、蒸発してしまったようだ。

 しかもそれだけではなかった。

 アクアの次に放ったボルトも、その存在が消えたのだ。

 奴は固めた魔力をボルトにぶつけたのだ。

 それだけでボルトは消えた。


 そう。魔力を放出すると大気に干渉を受け、大気魔力となる。

 その状態でボルトに触れさせると電流は消える。

 大気、空気の絶縁性を利用したものだ。

 それを僕は知っていた。

 しかしこの魔族も知っていたのだ。

 どういうことだ。

 水に対して火を使えば消せるという考えが浮かぶのはわかる。

 しかし雷、いや電気は雷鉱石を加工した僕だから浮かんだもの。

 ボルトはこの世界の人間にはあり得ない発想だったはず。

 驚きに動きを止めていた僕に向け、エインツヴェルフは小さく笑う。


「中々に面白い魔術を使う。だがすべての魔術は必ず反属性が存在する。

 貴様が放つ水と先程の雷もな。貴様は恐らくそれを自分の力のみで探したのだろうが。

 こんな程度のことは初歩の初歩。我々にとってはな」


 考えれば当然。

 魔族は魔法を使っている。

 僕と違い、当たり前のように。

 火を生み出す時、火打石のようなものを使わずに。

 原理はわからないが、僕よりも魔法に関して詳しいことは間違いない。


「雷に関してはその道具がなければ使えないようだが、未熟だな」


 エインツヴェルフは親指と人差し指を近づけるた。

 すると指の間にビリッと電流が走った。

 その電流が手のひら上を走り、周囲を茨で埋め尽くす。

 僕のボルトに比べて、圧倒的に強力だった。


「これくらいは簡単だ。『元素の理』を理解をすればな。だが貴様には理解できまい。

 中々に面白い見世物だったが、これまでだ」


 エインツヴェルフの左手には巨大な電流、右手には巨大な火球が生まれる。

 絶望がそこにあった。

 もう避けられない。

 魔力もほとんどなくなってきている。

 今度こそ終わりなのか。

 そう思った瞬間、視界に揺らぎが見えた。

 無言のままに、グラストさんがエインツヴェルフの背後から斬りかかろうとした。

 その気配のなさと迅速な攻撃。

 あんなものを避けられるはずがない。

 振り下ろしの攻撃がエインツヴェルフの首に落ちる。

 当たった! と思った瞬間、エインツヴェルフの身体が震える。

 まるで飛び飛びの動画。

 それほどに一瞬にしてエインツヴェルフの身体が回転し、後方のグラストさんを蹴り飛ばした。


「ぐはっ!」


 避けることもできず、グラストさんのわき腹にエインツヴェルフの蹴りが埋まった。 

 奇襲をしたにも関わらず、奴はグラストさんの攻撃を読んだのだ。

 吹き飛ぶグラストさん、回転してこちらに向き直ったエインツヴェルフ。 

 次は僕だ。 

 どうせ死ぬなら悪あがきをしてやろう。

 すべての魔力で奴を。

 エインツヴェルフがニヤッと笑う。

 狂気が僕だけに向けられている。

 ギィン!

 不意に聞こえた金属音。

 僕はその正体を探し、そして見つけた。


 父さんだ!


 なぜここにいるのかわからないけど、父さんが来てくれた。

 父さんは剣をエインツヴェルフの首に振り下ろしていた。

 そう、もうすでに振り下ろした後だった。

 それなのに剣はエインツヴェルフの首の表面で止まっていた。

 恐らくは父さんが全力で放った一撃。

 それをまともに受けたというのに、首を切断することも、致命傷を負わせることもできなかったのだ。


「何だと!?」


 父さんの声が響くと同時に、父さんの身体は吹き飛んだ。

 グラストさんと父さんの奇襲にも、エインツヴェルフは動じなかった。

 冷静に、淡々と、対応し。

 再び僕に向き直った。


「剣程度で我輩が死ぬと思ったかね?」


 余裕の態度のまま、エインツヴェルフはゆっくりと歩み寄ってくる。

 両手に発動していた魔法はなくなっていたが、それに意味はない。

 再発動すれば僕は死ぬ。 

 周囲では冒険者達、兵士達が遠巻きに見ている。

 誰もこんなバケモノに近づこうとは思わないだろう。

 助けは来ない。

 もう手段はない。

 足が震えた。

 死を目の前にしても、僕が恐ろしいと思っていることは大切な誰かを守れないということに対してだった。

 死んでも、何があってもこいつだけは殺さないと。

 目の前で立ち止まったエインツヴェルフは僕を見降ろした。


「大した子供だ。この状況でも我輩を倒すために思考を巡らせている。

 恐怖を押し殺し、戦う目をしている。さすがはルグレの系譜、といったところか。

 くくく、その気概、その精神、その力。悪くはない。気に入ったぞ、小僧。

 貴様は我が眷属にしてやる。長寿と強大な力を得ることができる眷属にな。

 その代わり人としての自我を失い、我輩の傀儡と化すが、なあにすぐに忘れる。すべてをな」


 逃げろ!

 その警告通りに、僕は瞬時に地を蹴った。

 しかしそんなことは奴には御見通しだった。

 逃げることは叶わず、僕の首を掴んだ。


「ぐっ!」

「怖がることはない。すぐに終わる。痛みもなく、な」


 エインツヴェルフは口を大きく開く。

 口腔には鋭い牙が見えた。

 まさか。

 噛むつもりか。

 こいつ『吸血鬼(ヴァンパイア)』のような存在だったのか!

 僕は何とか逃れようともがく。

 しかしエインツヴェルフはまったく意に介さない。

 眷属になんてなってたまるか。


「ぐっ、は、離、せ……ッ!」


 抵抗虚しく、首に痛みが走る。

 瞬間、身体の感覚が奪われる。

 全身麻酔をされているのかと思うほどに、自由が利かない。

 ダメだ。

 もう何もできない。 

 数秒ほどのまどろみ。

 その後に。


「があああああああああっ! がはっ! ぎぃっ! ごぇっ!」


 苦しみだしたのはエインツヴェルフだった。 

 僕を放り投げ、口元に血を滴らせている。

 苦悶の表情を浮かべて喉に触れていた。


「こ、これは……ぐぅ、あの羽虫めぇっ!

 貴様! 『妖精の祝福』を受けていたのか! ぐぅ、ぐはっ!

 う、裏切り者どもめ、ま、またしても邪魔をしおって!

 ぐぅ、血が! 穢れた血が! 体内に入ってくる!」


 エインツヴェルフは顔中に血管を浮かばせて、目を血走らせる。

 憤怒の顔を僕に向け、魔力を練り始める。

 身体が動かない。

 しかし何かしないと。

 頭もまともに働かない。


「ぐっ、死ねっ!」


 エインツヴェルフは震える手を僕へと伸ばして、火球を放った。

 小さい火の球。

 しかし当たれば僕の身体は吹き飛ぶくらいの威力はあるだろう。

 着弾する直前で、僕は身体を横に逸らした。

 だがそれだけでは回避するには不十分だった。

 当たる!

 そう思った時、僕の身体はぐいっと何かに引っ張られる。

 爆発と共に土と石が飛散する。

 僕の身体は何かに守られ、痛みを感じない。


「シオン! 大丈夫か!?」


 ラフィーナが僕を守ってくれたようだった。

 火球に当たる直前で引っ張り、砂礫から守ってくれたのか。

 ありがたい。

 この一撃を避けられただけで、一手が生まれた。


「手、を、上げ」


 僕は言葉をまともに紡げない。

 身体が動かないからだ。

 しかしラフィーナはすぐに僕の意図を汲んでくれたようだった。

 手を掴み、手のひらをエインツヴェルフに向ける。


「こ、こうか!?」


 身体は鈍麻しているけど、魔力は練ることができる。


「お、おのれ、ルグレェ!」


 エインツヴェルフはふらつきながらも魔法を放とうとしていた。

 奴の身体から込み上がる魔力は不安定で、身体を纏っているようには見えなかった。

 僕は魔力を手に集めた。

 しかしいつも以上に時間がかかる。

 これではあいつを倒すには足りない。

 エインツヴェルフが魔法を生み出す。

 さっきよりも魔力放出量が増えている。

 数十センチの火球が両手に生まれた。


 まだ。


 まだ早い。


 これでは。


 エインツヴェルフは怒りの表情のままに火球を放とうとした。

 もうダメか。

 やるしかない。

 だが、奇跡は起きた。


「オアアアアアッ!」

「喰らえぇっーッ!」


 エインツヴェルフの背後から父さんとグラストさんがほぼ同時に剣を振り下ろした。

 跳躍と共に振り下ろされるそれは隙の大きい技だった。

 しかし当たれば威力は絶大。

 先の攻撃は当たらなかったが、今度は当たった。

 明らかにエインツヴェルフは冷静さを失っており、僕を殺そうと躍起になっていた。

 それが奏功した。

 エインツヴェルフの左手にグラストさんの剣閃が届く。

 ガギィンという金属音。

 硬い肌は剣を通さない。

 しかしほんの少しだけ亀裂が見えた。

 ダメージがあるのは明白。

 攻撃から数瞬後。

 グラストさんの剣の上から父さんが一撃を見舞う。

 結果。


「グオオオッッ!!」


 エインツヴェルフの左手は斬り落とされた。 


「今だ! シオン!」


 父さんの叫びと共に、僕は魔力を放った。

 それは魔法ではない。

 ただの魔力。


「そんなものが効くかァーーーーッッ!!」


 エインツヴェルフは怒声と共に『僕の魔力に向かい火を放った』。

 奴は知らなかった。

 火魔法が魔力に触れるとどうなるか。

 だからボルトに対して魔力を触れさせるなんて所業ができたのだ。

 周囲は自分が放った火魔法が燃え盛っているのに。

 普通は危険すぎてそんなことはできない。

 それを奴は躊躇なくしていた。

 それはつまり知らないということだと僕は推測したのだ。

 そして。

 火魔法に触れた魔力は爆発する。

 奴の火魔法は3万程度の魔力。

 すべてを込めた僕の魔力は数百程度。

 それが相乗し、大規模な爆発が生まれた。


「グアアアアアアアッ! な、何が!?

 ギイィィッ! 熱いぃっ! 熱いっ! 崩れる、我輩の身体があああああああっ!」


 断末魔の悲鳴。

 エインツヴェルフの赤い瞳が僕へと向けられる。

 怨嗟の視線。

 彼の瞳には強い憎悪が込められていた。


「おのれぇ! おのれぇ、おのれええぇーーーーッッ!」


 強い発光と共に、エインツヴェルフの身体は爆散した。

 跡形もなく砕け散った。

 魔族は己の魔法で自爆したのだ。

 エインツヴェルフが死ぬと同時に周囲の炎は消えてしまった。

 静寂が訪れる。


「倒した、のか?」


 僕の隣でラフィーナが呟いた。

 声音には強い疑心が含まれていたけど、僕も同じ気持ちだった。

 全員の協力を得て、ようやく倒せた。

 それは奇跡の積み重ね。

 何度も死ぬと思った。

 もう終わりだと思った。

 魔力はもう残っていない。

 ああ、だめだ。 

 いつものが来る。


「……死にそう。いや、死ぬ。死んでる。僕は死んでるんだぁ。

 もうダメだぁ。おしまいだぁ。何もかも終わりなんだぁ……」


 枯渇した魔力のせいでネガティブな状態に陥った精神と、限界まで苛め抜いた身体。

 すでにもう我慢の限界だった。

 僕はその場に倒れた。


「シ、シオン!? お、おい! シオン!」


 ラフィーナの声を聞きながら、こちらへ走ってくる父さん達の姿を眺めた。 

 終わった。

 どうやら僕達の人生はまだ続くようだ。

 それだけわかればいいだろう。

 僕は睡魔に抵抗することなく意識を手放した。

 強い安堵と共に。

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