第68話 僕は何者なんですか?

 熱い。

 身体中が熱を持っている。

 僕は何をしているのか。

 どこにいるのか。

 そんなことを考える余裕さえなかった。

 熱い。熱い。熱い。

 内側から込み上がる何かが、僕の身体に染み渡る。

 意志を奪い、身体さえも奪い。

 力を抜いてしまうと身体が弾けそうだ。

 我慢の限界だった。

 もう耐え切れない。

 気を抜けば、力が解放されてしまう。

 そうなったら僕は死んでしまう。

 そんな根拠のない確信を抱く。

 何も見えない。

 暗闇が視界を占めていたけど、そこに光が生まれた。

 その光は遥か遠くから揺らめき、こちらに近づいている。

 それが目の前に来るとようやく正体がわかった。


 妖精。


 彼女は確か、僕が助けた妖精。

 彼女は僕の目の前で飛翔し、光の粒子を降らせている。

 そして眼前で停まると、一際、眩く光る。 

 すると暗闇が一瞬にして白に染まった。

 同時に熱は引いていき、痛苦は消える。

 妖精は嬉しそうに笑うと、また遠くへ消えていく。

 彼女の残したものは魔力の残り香だった。


   ●○●○


 目を覚ました。

 見えたのは天井。

 思考が働かずしばらく見つめていると、鼓膜が揺れた。


「シ、シオンちゃん!?」


 声と同時に、僕の身体に衝撃が走る。

 ふわりと届いた香りは、僕の知っているニオイだった。


「母さん……?」

「そうよ。お母さんよ」


 母さんが僕に抱き着いている。

 それがわかると、僕はここが安全なのだと理解できた。

 僅かに抱いていた警戒心は一気に薄まる。

 アルフォンス先生の診療所らしい。

 個室のようで木造の部屋には家具とベッドが一つあるだけ。

 時間は昼時だろうか、日差しが窓から射している。

 母さんの体温を感じている中、扉が開く。


「シオン! 起きたのか!」


 僕の姿を見て驚いていたのはコールだった。

 彼はすぐに僕の隣に来ると診断を始めた。

 いくつかの質問をされ、答えた。

 母さんは心配そうにしながらも身体を離して動向を見守っていた。


「……正常だ。身体に異常はないみたいだな」


 ほっと胸をなでおろす母さんの表情に、僕の胸はズキッと痛んだ。

 心配をかけたらしい。


「僕はどれくらい寝てたの?」

「一週間だ。ずっと眠ったままだったんだぞ」

「そんなに?」


 どうしてそんなことに。

 やはりエインツヴェルフに噛まれたことが原因だろうか。

 あの時、奴は気になることを言っていた。

 眷属にするとか、妖精の祝福とか。

 妖精……何かあったような気がするけど覚えてない。


「おまえのご両親も、友人も心配していたんだぞ」

「そ、そっか。ごめんね、母さん」

「いいの。謝らなくていいの」


 母さんの顔には安堵と共に疲労が浮かんでいる。

 一週間、どれほどの心労をかけたのか。

 姉さんだけでなく僕も寝たきりに、いや一生目を覚まさなかったら。

 そう考えてもおかしくはないだろう。

 罪悪感を抱くも何も言えなかった。

 僕はコールに質問を投げかける。


「父さんやグラストさん、ラフィーナは無事だよね?」

「ああ。幸い、三人共軽傷だ。普通に生活できてるぞ」

「よかった。それで、僕が倒れてからどうなったの?」

「……すべての魔物は倒せたが、被害は甚大だったようだ。

 死傷者は百二十人くらい。軽傷者は三百人くらいだったな。

 今は大分、落ち着いたが、当日は大変な騒ぎだったんだぞ」

「そう……そんなに亡くなった人が」


 僕がもっと上手くやっていれば助けられたかもしれない。

 早く行動を起こせば。

 たらればで後悔しても意味はないとわかっていても考えてしまう。


「おまえのせいじゃない。おまえがいなければ街はどうなっていたかわからなかったと聞いたぞ。

 自分を責める必要はないさ。むしろ自分の功績に自信を持っていいんじゃないか?」


 コールは僕の感情をくみ取ったのだろう、慰めの言葉をくれた。

 ぶっきらぼうなのに優しい。

 そんな彼の思いが伝わってきた。


「一週間の間に、何かあった?」

「いや、何も。あの夜に現れた魔物達はあれ以降現れていないみたいだ。

 怠惰病患者の症状も改善されてない」


 赫夜による悪影響はなかったらしい。 

 よかった。

 前回の赫夜を機に怠惰病を発症した患者が一気に増えた。

 二度目はもっと酷いことになる可能性もあったのだ。

 しかしそれは杞憂だったようだ。

 僕はふと思い出して手を見下ろす。

 何度か拳を握ってみる。

 痛みはない。

 おかしい。

 エインツヴェルフの攻撃を防御した時、骨が折れたと思ったけど。


「あのさ、僕、手の骨を折ってなかった?」

「骨折? いや、してなかったが」

「…………そう」


 勘違いだった?

 いや、それはない。

 あの痛みは間違いなく骨折、あるいはヒビが入っていたはず。

 しかしその症状は今はない。

 寝ている間に治った?

 いや、コールが気づいていないということは気絶して運ばれ、診断を受ける前に治ったということか?

 僕は徐々に気づき始める。

 変わっている。

 僕の身体は。

 明らかに変わっていた。

 ああ、そうだ。

 ようやく頭が働き始める。

 視界を満たすこの光はなんだ。

 それは『僕の身体から出ていた』。

 これは魔力。

 魔力の光。

 部屋を満たすほどの規模の魔力。

 それが僕の身体から溢れていた。

 それにすこぶる快調だった。

 身体中にあふれるこの活力。

 これは魔力の影響なのか。 


 今の僕の魔力は『百万』近くあるように見えた。

 エインツヴェルフほどじゃないけど、明らかに魔力量が増えている。

 赫夜の影響か、エインツヴェルフに噛まれた影響か。

 わからないが、あの日を境に僕の総魔力量は圧倒的に増えている。

 百倍ほどに。

 僕はあえて魔力を意識の外に逸らす。

 そうすることで視界には魔力の光は映らなくなる。

 視界的感知、体内魔力の認識、対象の所持魔力への干渉。

 この三つは僕が長年の間に身に着けた技術だ。

 体内に蠢く魔力の胎動。

 あまりに強い力に僕は僅かな恐怖さえ抱いた。


「どうしたの? シオンちゃん」

「母さん。父さんとバルフ公爵に話を聞きたいんだけど」

「……すぐ呼んでくるわ」


 母さんは慌てた様子で部屋を出た。

 別に急ぐ必要はない。

 僕も冷静になる時間が必要だ。

 焦ってはいけない。

 正確に状況を把握して、決断しなくては。

 コールとしばらく待っていると、母さんが戻ってきた。

 母さんの後ろにはバルフ公爵と父さん、グラストさんが続いていた。

 たった数分。

 ということは待合室にいたのだろうか。


「シオン! 無事か!?」

「うん、大丈夫。身体も問題ないよ」


 父さんは僕の身体を何度も確認すると、大きなため息を漏らす。


「よかった、本当によかった……。

 あの日、レイスが現れたことに気づいてからイストリアへ向かったのだが。

 何とか間に合ってよかった」

「そうだったんだ。だから父さんはあそこにいたんだ」

「ああ。あまり役には立たなかったがな」

「そんなことないよ!

 父さんとグラストさんがエインツヴェルフの腕を斬ってくれたから、僕はあいつを倒せたんだから」


 父さんが苦笑する中、グラストさんが口火を切った。


「いや、明らかに身体が柔らかくなってたらしいぜ。

 多分、直前で苦しんでたからな。あれが原因だと思う。

 一撃目は、全く歯ごたえがなかったらしいからな」

「ああ、グラストの言う通り。シオンのおかげであの魔族に攻撃が効いたようだった。

 たまたまだ。次があれば、同じ手は通じまい」


 確かに僕の血を吸ったエインツヴェルフの魔力は酷く乱れていた。

 となると、魔力があいつの防御力の源ということになる。

 僕はその答えがあながち間違っていないとわかっていた。

 今の僕にはそれは痛いほどに理解できてしまう。

 背後に控えていたバルフ公爵が前に進み出た。


「シオン。どうやら山は越えたようだな。一時は、高熱でうなされておったんだがの」

「ええ、何とか。ですが今回の騒動、わからないことばかりでした。

 エインツヴェルフは魔族と名乗っていましたし。

 千年前のことだの、ルグレだの、わけがわからないです……」


 僕の呟きを聞くと奇妙な空気が流れた。

 僕は探るように言ったつもりだったんだけど。

 コールを除く四人が顔を見合わせた。


「すまんがコール。外に出てもらえるか?」

「……わかりました」


 コールは表情を変えず、一礼をすると部屋から出て行った。

 足音が遠ざかると、バルフ公爵が僕に向き直る。


「シオン、そなたには色々と疑問があるはずだ。

 事が起きる前、いや起きるとわかる前までは話すべきか迷ったが、今は話すしかないと判断した。

 聡いそなたは気づいている点もあるだろう? 今なら質問に答えよう」


 バルフ公爵、父さん、母さん、グラストさん。

 この四人がこの場にいるということは、全員が知っているということ。

 何となくはわかっていたけど。

 僕が知らないことをみんなが知っていると。

 しかしいざ質問していいと言われると戸惑いを覚えた。

 疑問は幾つもある。

 けれど一つ一つを消化していれば、長い時間が必要だろう。

 僕は数秒間考え、答えを導き出した。


「僕は何者なんですか?」


 四人の表情が一斉に変わった。

 驚きの表情へと。

 僕は続けて言葉を紡ぐ。


「僕が魔法を使えた時、父さんは反対したけど最終的には応援してくれました。

 母さんも一緒で、それは父さん達が僕のことを考えてのことだと思ってました。

 もちろんその思いもあるでしょうが、やはり思いました。

 『理解がありすぎる』と。

 それだけなら大して引っかからなかったと思います。

 でもグラストさんは、僕の魔法に驚くも妙に納得したような反応を見せたし、時折、何か知っているかのような口ぶりになったこともありました。

 僕に何かある。それは魔法を使えるという部分だけでなく、その根っこの部分に。

 僕はそう考えていました」

「それは何歳のことだ?」


 バルフ公爵はまだ戸惑いを覚えているようだった。

 僕はその質問に淡々と答える。


「六歳くらいだったと思います。話を続けても?」


 バルフ公爵の眉間に深い皺が刻まれる。

 彼の内心はわからないが、あまり良いものではなさそうだ。

 公爵は鷹揚に頷き、僕の話を促してくれた。


「疑問が更に強くなったのはバルフ公爵と会った日のことでした。

 父さんはバルフ公爵に魔法のこと、僕のことを話していた。

 それ自体は理由づけはできるでしょう。旧知の仲だったとか。

 でもバルフ公爵は僕の話を疑わず信じた。

 何よりも『僕の魔法を見ずに信じていた』ことはどう考えてもおかしい。

 まるで『魔法が存在していると知っている』かのように。

 そして僕しか使えないはずの魔法を特別視しつつも、僕の言葉を信じてくれた。

 子供である僕の、妄言とも思える話を、です。

 僕にとってはありがたかったですが、そんな都合のいいことは現実には起きません。

 バルフ公爵が僕に特別な印象を抱いていない限り。

 『怠惰病やレイスに僕が深く関わっているという確信を抱いている』なんてことがなければ。

 魔法なんて特別な力が使えるけど、その魔法が何なのかわかっていなければこんなことにはなっていないでしょう。

 だから聞きました。僕は何者なのかと。ここにいるみんなは知っているんでしょう?」


 元々、考えてはいた。

 僕が魔法を生み出したのは僕の意志だ。

 間違いなく僕が努力し、開発し、時間をかけて見つけ出した力。

 そして一度、父さんは魔法開発を止めるように言った。

 だから僕が魔法を使えるようになったことは誰の強制でもないし、誰かが仕組んだことでもない。

 けれど魔法を使えるようになってから、あまりに魔法が役に立ちすぎている。

 そしてみんなも――魔法に対してか、僕に対してかは判然としないが――疑問を抱いていない。

 こんな力が存在していることは非現実的なのに、妙にすんなりと受け入れた。

 それがあまりに都合がよすぎた。

 僕の問いにみんなの顔が険しくなる。

 重苦しい雰囲気。

 それでも僕は前言を撤回せず、回答を待った。

 バルフ公爵は長いため息を漏らし、一拍置いて、口を開いた。


「ガウェイン殿、エマ殿。いいのだな?」

「……はい。もうシオンに隠し事はできません」

「わたしも。覚悟はできています」


 神妙な面持ち。

 僕の不安を煽るくらいには。

 僕は明確な答えを知らない。

 見当がついている部分もあるけど、核心をついてはいないはずだ。

 だから怖かった。

 何を言われるのかと。

 バルフ公爵は僕を真っ直ぐ見つめ、そして言った。


「そなたはルグレの末裔だ。

 ルグレとは……千年前、魔族と苛烈な戦いを繰り広げた種族の名前だ。

 赤い髪と瞳をしており『魔術』という不可思議な力を使ったという。

 ルグレは千年前、魔族の戦いにおいて魔族を封印したが魔族達に死の呪いをかけられ、そして滅んだ」


 予想はしていた。

 エインツヴェルフが僕のことをルグレと呼んでいたし、恐らくはそうなのだろうと。

 しかしルグレが種族の名前で、魔術、いや魔法を使えたということは知らなかった。

 そして千年前のルグレ戦争のルグレという名称が、その種族の名前だということも。


「ま、待ってください。それならどうして、僕はここにいるんですか?

 僕はその千年前に滅んだはずのルグレ族なんですよね?」

「うむ。その姿とその力は間違いなくルグレの物。

 しかしどうして滅亡したはずのルグレ族が生き残っているのかは知らん。

 王都リスティアにおわす女王ラクシュア様の前に突如として現れた女がそなたを連れていたと聞き及んでおる。

 その者は『この赤子はルグレ族の末裔。世界を救う唯一の光となる。育て、導きなさい。そうしなければ人間は滅ぶでしょう』という言葉を残し、消えたと。

 女王は迷いの末にその赤子を信頼をしていた男に預けた」

「それが父さんだったの?」

「…………ああ、そうだ」


 父さんと母さんは渋面を浮かべていた。

 僕を見ない。いや見られない。

 そんな表情をしていた。

 途中から何となくは気づいていた。

 僕は父さん達の子供じゃないんだって。

 今思えば、最初の記憶は『生まれてすぐではなかった』。

 生後からしばらくは経っていたと思う。

 あの記憶の前に、僕は連れてこられたのだろう。


「そう、だったんだ。でも、姉さんは? 僕のことを知らないみたいだったけど」

「マリーはその頃の記憶がないようだ。私達も敢えて話していなかったからな。

 実の息子として育てようと思っていた」

「ごめんなさい。シオンちゃん……ずっと黙ってて」

「ううん、大丈夫。何となくそうじゃないかなって思ってたし。

 それにさ、血が繋がっていなくても二人は僕の父さんと母さんだから。

 今まで通り変わらないよ」


 父さんと母さんは驚きと嬉しさと悲しみを同時に見せた。

 僕が受け入れられたのは僕が転生者だからだ。

 もしシオンという子供の人格しかなければショックだっただろう。

 だから父さん達の方が、心の整理ができないんだと思う。

 それでも僕にとって衝撃的だったのは間違いないんだけど。


「話を続けてください」

「う、うむ。ルグレに関して王族にはある程度の情報は伝えられていた。

 女王は半信半疑ながらも、もしも赤子がルグレならば危険な未来が迫っているかもしれない。

 そう思い、子を育てることに決めた。しかし表だって育てるわけにもいかん。

 そこで当時、エマ殿との結婚が決まっていたガウェイン殿に預けたわけだ」

「ということは父さんや母さんは僕がその、ルグレの末裔だとはわかっていたわけですね」

「そういうことになる。

 しかしルグレの末裔だとしても、世界を救わせるために育てたわけではないだろう。

 そもそも儂等は今回の一件がなければそなたの力が必要だとは思わなかった。

 だがそなたを連れた女の言葉通り、そなたがいなければ多くの人間が死んでいただろう。

 だからこそ儂等は女の言葉は真実であると確信したのだ。

 そなたがルグレであるという言葉も、その時までは半信半疑だったがな」


 公爵の言葉を一つ一つ噛み砕き、記憶にとどめる。

 僕を連れてきた女は一体何者なのか。

 疑問はあるけど、この場では解消しそうにない。

 別の質問をしよう。


「気になっていたんですが、バルフ公爵は父さんをガウェイン殿と呼びますが、これは一般的なんですか?

 公爵が下級貴族を殿と呼ぶのは違和感があるような」

 貴族の敬称であれば卿をつければいいだろうが、殿と呼ぶのはやや敬意が過ぎるような気がする。

 同列あるいは上位の相手に使うのならばわかるのだけど。

「ふむ。なるほど、目ざといの、シオンは。

 儂とガウェイン殿は旧知の仲での、以前から知っておった。

 ガウェイン殿は十年数年前までリスティア国において有名な騎士団長だったからの。

 昔は、寡黙で、剣を一振りすれば敵は十は落ちると言われての。

 常に兜を被っておったから顔を知っている人間は城内の一部だけでだったのだ。

 いや、あの時は何とも頑なな騎士道を貫いていたというか、暗黒的というか、俺に近づくなオーラが出ておったの」


 つまりあれか。

 中二病的な。

 いや違うか。

 中二病は中身が伴わないけど、父さんは中身が伴っていたと。

 身分も騎士だったのかな。

 ちらっと父さんを見ると顔を真っ赤にしていた。


「バ、バルフ公爵、それくらいでご容赦を!

 と、とにかく! そういうことで公爵と私は以前から知り合いだったのだ。

 グラストも、一応は軍属だったのでな。バルフ公爵とも顔見知りだ」

「俺ぁ、高貴な連中とはほとんどつるんでねぇけどな」


 グラストさんは肩を竦めるだけに留めた。

 何か含みがある言い方だったけど、気にするだけ無駄かな。

 とにかくバルフ公爵と父さんは昔から顔見知り。

 そして父さんはリスティア国の中で有名な騎士団長だったと。

 団長でどれくらいすごいものなんだろうか。

 なんか脱線しそうだからよそうかな。

 父さんはあんまり話したくなさそうだし。

 わかるよ。

 黒歴史は話したくないもんね。

 父さんの背後では母さんはくすくすと笑っていた。

 母さんも父さんの過去は知っているようだ。


「父さんは昔は騎士団長だった。でも今は下級貴族ということ?

 母さんの家に、オーンスタイン家に婿入りしたんだよね?」

「……それについては私とエマから話そう。

 よいですか、バルフ公爵」

「よいよ。儂も詳しくは知らんし」

「ありがとうございます。シオン、実はな私達は貴族ではないのだ」

「貴族じゃない? どういうこと?」

「正確に言えば、一般的な貴族ではない。私達は名誉貴族という、特殊な貴族で爵位を持たない。

 本来、貴族は爵位を持ってこその貴族だが、名誉貴族には公的に与えられた称号はなく、その代わりに女王自身がその後ろ盾になり、叙任される特殊な地位だ。

 爵位がないため、名乗る時は中々に面倒でね。下級貴族、という風に自称することが多い。

 元々名誉貴族なんて存在は少なく、かなりの田舎に住んでいる上に交流会や顔合わせには出ないでいいから、私達の存在を知っている貴族はほとんどいない」

「だから僕や姉さんは、他の貴族達と交流する機会がなかったんだね」

「ああ。普通、貴族となれば大抵は催し物には顔を出さなければらならないし、定期的に開かれる茶会や宴と称される自慢大会にも出席が不可欠だ。

 しかし私達はそのしがらみに囚われない。

 爵位はないし、基本的には政治活動ができないから、伝手を作っても意味をなさないわけだ。

 元から作る気もないし、面倒だからな。私としては丁度いいが。

 名誉貴族は本来は領地を与えられないが、特別に領主として活動を許されている。

 実質的には私が領主だが、名目では私が領主というわけではない。

 エッテン地方の領主、つまりバルフ公爵の統治下に置かれた領地であり、私に実権は与えられているが他の地方領主のように確固とした権力は与えられていない。

 簡単に言えば私はバルフ公爵直属の部下であり、彼の管轄下において領主という仕事を貰っており、領主ではなく勤め人に近い立ち位置だ。

 そういうことから『周知されにくい土地』ということになっている。

 あの村に住む人間は全員ではないが、特殊な生い立ちをしていてな。

 外部との接触が極力少ない私達が、その世話を任せられているということだ」

「特殊って?」

「色々だ」


 詳細は話してくれないらしい。

 外部に顔を出さなくていいように、田舎に住まわせているなんて、深入りすれば嫌な予感しかしない。

 内情を話すという流れの中で、それでも話さないということは、それだけ話せないことなのか。

 単純に他人事だから、簡単に話せないのかもしれないけど。


「とにかく、そんな複雑な状況だからこそ『村には名前がない』のだ。

 シオンも気づいていただろうが」


 父さんが真剣なまなざしを僕に向ける。

 その言葉を受け、僕は虚を突かれた。

 言われてみればそうだ。

 僕達の住まう村には『名前がない』のだ。

 今まで気にしてなかったけど、僕は自分の村を、そのまま『村』と呼んでいた。

 普通は土地名があるはず。

 それなのに僕は気にしたことがなかった。

 正直に言おう。僕は魔法以外のことは大して興味がなかった。

 知識として学んだことは多い。

 でも興味も好奇心もないから、矛盾があっても気にかけなかったのかも。


「そ、そ、そうだね、き、気づいてたよ! う、うん!」


 動揺からか、素直になれない僕は声を震わせて返答した。

 とにかくこの話は危険だ。

 話題を変えよう。


「え、えーと、じゃあ元々、あの村に父さんか母さんが住んでいたわけじゃないんだ?」

「ああ。私はオーンスタイン、つまりエマ方に婿入りした形だ。

 しかし、あの村にある家はオーンスタイン家の物ではない。私が購入した物だ。

 それと私とエマが結婚するときには、私とエマの両親はいなかった」

「わたしの家は貴族だったけれど、もう没落してたのよねぇ。

 そんな中、お父様が病気で亡くなって、お母様が心労ですぐに後を追って。

 形だけの爵位はあったけど、はく奪寸前。わたし一人じゃどうしようもなくてね。

 あの時は大変だったわぁ。お父さんがいてくれなかったら、本当に辛かったと思うわ。

 でも、お父さんはずーっとわたしの傍にいてくれてねぇ。

 貴族たちとは違って実直で真面目で優しくて不器用で、素敵だったわ」

「お、おい、エマ。む、昔のことはいいじゃないか」

「あら、そう? ふふ、昔もそうだけど、今も素敵よ」


 父さんは緩んだ頬を誤魔化すように咳ばらいをした。

 こういう誤魔化し方は姉さんに似てる。

 というか姉さんが父さんに似てるんだろうけど。

 僕は笑いそうになる自分をこらえつつ、話を促した。


「あの、じゃあ父さんに僕を預けたのは、外部との接触が少ない土地の領主になる予定だったから?」

「そうだな。それもある。シオンの存在を明るみに出すと、問題が発生する可能性があるからな。

 ルグレ族を知っている人間は少ないが、それでも知っている人間がいないわけではない。

 もしもシオンがルグレ族ならば魔術……魔法が使える。

 それを利用する人間もいるだろうと考えてはいた」

「雷鉱石の加工については止められなかったよね?」


 グラストさんが苦笑しながら説明してくれた。


「ああ。まあ、あれは実はシオンを試す意味合いもあった。

 本当にシオンはルグレなのかを知りたくてよ。

 ルグレってのは魔術だけでなく、知識も豊富で当時は有名だったらしいからな。

 絶縁体なんて知識を持っているシオンなら、何かしらの案を出してくれるんじゃないかってな。

 魔法を使えるってのはわかってたけどよ、もっと他に何かできるんじゃねぇかと思ったんだよ。

 シオンはいろんなことを知っていたからな」

「……欲を出しすぎて、シオンに泣きついただけかと思っていたが?」


 父さんが言うと、グラストさんは慌ただしく首を横に振った。


「おいおい、俺がそんなことするわけないだろ!?

 ちょっとだけ、ほんのちょっとだけそういう考えはあったけどな」


 父さんにジト目を向けられ、グラストさんは視線を逸らした。

 我欲がなかったわけではないらしい。


「本心を言えば迷ったが、シオンの行動が世界にどんな影響を及ぼすのかはわからない。

 あの女の言葉、シオンが世界の救世主であるのならば、私達が行動を止めてはならない部分もあると思ってな。

 当然、事前に女王に連絡は入れてある。許可を貰い、鉱石加工に取り込んで貰ったというわけだ」

「でも父さんは僕が魔法の研究をする時、一度止めなかった?」

「止めた……シオンがルグレだと信じたくなかったのかもしれないな。

 私はシオンをルグレだから育てたわけじゃない。実の息子として育てた。

 だからあの女の言葉を、私はあまり信じていなかったし、そうでなければいいと思っていた。

 しかし実際は、シオンはルグレだった。魔法を使えてしまった。

 本当は普通に生きて欲しかったんだが、シオン自身がその生き方を望んでいると知ってしまった。

 だから止められなかった。その時は、シオンがルグレであっても世界を救う存在なのかわからなかったし、もしもそうならシオンを止めることは危険だとも思ったからだ。

 それに子供の真剣な、楽しそうな顔を見ては、親としては止められなかった」


 なるほど。

 だから父さんはあんな風に言ったのか。

 僕は勝手に自分がしたいことを主張したのに、父さんは色々と考えて否定した。

 その差に僕は愕然とし、そして自分の身勝手さを恥じた。

 知らなかったとはいえ、父さんの心痛を考えもしなかった。

 僕は思わず俯いてしまう。


「おまえが気にすることじゃない、シオン。

 むしろ私達を責めてもいいんだ」

「責めるわけないよ。僕は父さんにも母さんにもみんなにも感謝してる。

 怒ったり、憎んだりなんてこと、少しも考えたことないから」

「………………そうか。ありがとう」


 父さんと母さんは複雑そうな顔をしたまま笑った。

 僕は今知ったけど、二人はずっと前から知っていて、悩んでいたんじゃないだろうか。

 少しでも心情を吐露して、心が軽くなったのなら良いけど。


「……なあ、シオン。ずっと気になってたんだけどよ。

 シオンがルグレだとして魔法が使えるのはわかるけどよ、なんで色々知ってたんだ?」


 グラストさんの言葉に、僕は逡巡した。

 僕は転生している。

 大人の記憶がある。

 それの別世界、異世界での記憶が。

 この世界よりも遥かに進んだ科学の中で。

 だから色々と知識がある。

 それを話すべきなんだろうか。 

 みんなはほとんど包み隠さず話してくれているように思えた。

 僕も話すべきかもしれない。

 嘘を吐くのは憚られた。 


 ――けど。

 それは僕が黙っていることに罪悪感を抱いている、というだけのこと。

 本当に話していいものだろうか。

 血がつながっていないとはいえ、自分の子供が自分よりも年上か同じくらいだと知って、困らないわけがない。

 もしも僕が父さんと母さんの立場だったら。

 折り合いをつけるのは難しいように思う。

 何を言うにも、どんな行動をとるにも、その子供は自分と同じくらいの大人。

 そんな考えがずっと引っかかるだろう。

 僕は数秒間考え、そして答えた。


「えーと、自分でもよくわからないんだけど、そういう知識が記憶されているだけだよ。

 その、僕を連れてきた女の人なら何か知ってるかも」

 逃げだった。

 しかしこれ以外の選択肢はないとも思った。

 実際、僕が転生した理由をもしかしたら、その僕を連れた女の人が知っているかもしれない。

 千年前、滅んだルグレ族の生き残りを連れてきたくらいだ。

 転生について知っている可能性もあるだろう。

 僕の返答に父さん、母さん、グラストさんは渋い顔をしている。

 僕が嘘を吐いているとバレてしまったんだろうか。

 例えそうだとしても僕はしらばっくれることにした。

 時に、嘘を吐くことが人を救うこともある。

 そう信じることにした。


「あの……ルグレ族のことをもっと教えてもらえませんか」

「うむ。現在、ルグレという名前を知っている者はほとんどおらん。

 そしてルグレ戦争の詳細もほとんど伝えられておらん。

 故に歴史的にルグレ戦争は『魔物の大軍を世界各国が協力し、撃退した』という風に伝聞されておる。

 しかし実際、敵は魔族と千年前の魔物だった。

 しかも魔族には通常兵器が効かず、ルグレ族の力を用いなければほとんど傷をつけられなかったのだ。

 ルグレの尽力により、魔族を封印した。

 そしてその事実を当時の王達は隠ぺいした。それが正しい歴史だ。

 各国の軍隊は格下の魔物を討伐することが精一杯だったというのにな。

 しかしリスティアの当時の王は、この戦争の事実を書にしたためておいたらしい。

 罪悪感を抱いていたのやもしれんが、もうその本心を知る者はおらん」

「……どうしてその歴史が失われたんですか? そこまで隠すものでしょうか?」

「それはルグレが……魔族と人間の混血種族だからだ」


 魔族と人間?

 あのエインツヴェルフと同じ魔族の血が、僕に流れていると?

 不快感はなかった。

 妙にすんなりと受け入れられたほどだ。

 僕は心の底ではわかっていたんだろうか。


「千年前、魔族は人間と全面的に敵対しておった。

 その魔族と人間の混血種であるルグレは迫害をうけておってな。

 人間とは共存できず、隠れ住んでいたのだが、魔族が本格的に侵攻してくるとルグレが率先して人間側に立ち、戦った。

 人間側は表面上はルグレの協力を受け入れ、利用し、そしてルグレが命を懸けて魔族を封印すると『ルグレの存在を歴史から抹消したのだ』。

 そして自分達の功績にし、歴史を改ざんした。

 世界を救ったのが魔族と人間の混血種である、という事実を残したくなかったのだろう」


 ありがちな話だ。

 伝わっている歴史の真贋なんて、簡単にわかるものじゃない。

 歴史学者でさえ、真実を見間違えてしまうことは多い。

 千年前の歴史が正しいかどうかなんてわかる人はいない。

 そして国民達にとっては余計に。

 人は忘れる生き物だ。

 過去の痛みも恩義も忘れ、存在さえもなかったと思う。

 それが人間だ。

 しかし同時に死ぬまですべてを覚え、感謝し続け、生きる人もいる。

 それも人間なのだ。


「あまり気分のいい話じゃないですね」

「そうだな。しかし、そなたはもっと不愉快な顔をしていいんだがの」


 僕は昔、大人だった。

 子供とは違い、人間の汚さは十二分に知っている。

 人間は潔白では生きていけない。

 知っているからこそ簡単に否定も批判もできない。


「儂とグラスト、そしてガウェイン殿とエマ殿以外では、王都の数人しかシオンのことは知らん。

 秘密裏に連絡を取り合っていたが、今まではそなたの身の上や世界の危機に関しては信じてはおらんかった。

 しかし事情は変わった。そなたの魔法が、そなたそのものがこの世界を救う鍵であると知った。

 魔族は一体ではない。より強力な魔物が封印が解ける度に現れるはずだ。

 その前兆に赫夜が訪れ、そして千年前の魔物達も跋扈し始めた。

 魔族だけでなく、強力な魔物も現れる。怠惰病も封印が弱まった影響なのだろう。

 そしてそれらの大半は魔術が、いや魔法がなければ解決できん。魔族は魔法でしか倒せんのだ。

 まるで示し合わせたようにそなたが現れ、魔法を生み出し、そしてこの街を救った。

 これは運命と考えるしかあるまい。

 そなたこそが世界を救うルグレであることは認めざるを得ない」

「でも他の人にも魔力はありましたよね? 怠惰病患者は全員魔力があったし。

 それに姉さんも威力は弱くても魔法は使えましたから」

「それに関してだが、千年前には魔法を使える人間は一人もいなかったという記述がある。

 それが真実だとしたら、千年の間に何らかの理由で体質が変わり魔力を持つ人間が増えてきたのやもしれん。

 ルグレの血が混ざっているという可能性もあるが、その割には魔力を持つ人間の数が多いから、理由としては弱いのぅ。

 それに真っ赤な髪と瞳をした人間はシオン以外には見つかっておらん。

 赤みがかっていたりする人間はおるから、特別目立ってはおらんが」


 様々な人を見てきて思ったけど、人によっては魔法を使えるほどの魔力を持っていない。

 むしろ魔法を発現できるレベルの魔力を持っている人はとても少ないと思う。

 少なくともイストリア内の話だけど。


「つまり現時点で、魔法を使える人間は僕と姉さんくらいってことですか」

「そういうことになるのぅ」


 この髪と瞳、それと魔法を使えるということが、僕がルグレだという証ということか。

 そも謎の女が僕を連れてきた時点でルグレであるかもしれない、という疑念はあったわけで。

 千年前はルグレしか魔法を使えなかった。 

 でもこの千年の間で、人間にも魔力を持つ者がでてきたということ。


「確認なんですが……魔法に関しての細かい記述は残っていないんですか?」


 ここまでの出来事や反応を見ると答えは予想できたけど、念のための確認だ。


「ルグレの魔術により、魔族は封印されたという程度の情報しか残っておらん。

 実際、シオンが魔法を見つけたことで、これが魔術と呼ばれていたものなのだと初めて認識したくらいだからのぅ。

 知っていればもう少し助力ができたと思うが……」


 そうでなければ怠惰病患者の治療に関してまったく情報がないということにはならなかったはずだ。

 治療に直接関わらずとも、何かしらの情報や助力を得られなかったことも違和感がある。

 つまり僕が開発した魔法に関して『誰も知らなかった』といういうことでもある。


「しかし気にはなるのぅ。シオンの魔法は魔族を封印というよりは、撃退したという風に思える。

 どうも伝聞されたルグレの能力とは表現が微妙に違う気がするのぅ」

「僕もそこが気になっていました。僕の魔法は封印ができるようなものではないので」


 エインツヴェルフは爆散に砕け散ったはずだ。あれを封印と言うのは無理がある気がする。

 それに魔族であるエインツヴェルフは僕の魔法を魔術だと言っていたけど、僕のやり方を見て、珍しいという風な反応をしていた。

 エインツヴェルフの魔術と僕の魔法は似て非なるものなのだろうか。

 僕の魔法、ルグレの魔術、そして魔族の魔術。

 それらは全部一緒なのか、それとも……。 

 気になる。でも現状ではわかることはないようだ。

 今さら、バルフ公爵や父さん達が隠し事をする必要はないし、知らないのならば知らないということなのだろう

 どうにかして自分で調べるしかないようだ。


 頭がこんがらがってきた。

 世界がどうとか、魔族がどうとか、歴史がどうとか、ルグレがどうとか言われても実感はない。

 理解の範疇を超えていた。

 推測していた内容を軽く凌駕する事実に、僕の頭は拒絶反応を起こす。

 しかし僕は強引にすべてを飲み込む。

 父さんと母さん、グラストさんがすべての話を否定しなかったからだ。

 信頼している三人が否定しないのならば、それは真実だ。

 僕は千年前に滅んだ、魔族と人間の混血種であるルグレ族の末裔。

 現在、魔法を使えるのは僕と姉さんだけ。

 姉さんが使える魔法は、威力が低く、攻撃に使えるレベルじゃない。

 つまり僕があの魔族を倒さなければ、あの化け物たちは人を一方的に殺してしまうということ。

 あの時、魔力の乱れがあったから父さん達の攻撃が届いた。

 そしてあの魔力の乱れは偶然起きたもの。 

 あいつと同格、それ以上の魔族と戦わないといけないのか。

 僕が戦わないと。

 みんな死ぬのか。


「突然のことだ。混乱して当然だろう。幸いにも次の赫夜までは時間がかかるはず。

 明確にはわからんが、数年は猶予があるだろう」

「バルフ公爵は赫夜がいつ来るか知っていたんですか?」

「いや、知らん。赫夜自体の危険性も、そこまで詳しくは知らんかった。

 しかし赫夜が短期間で起きることはないということは知っている。

 それが数年なのか、数十年なのかは知らんが……眉唾物だと思っていたが、今は信じている」


 今すぐというわけではないらしい。

 僕は小さく安堵した。

 さすがに準備なくあんな化け物と戦っていては命が幾つあっても足りない。


「ルグレに関して、儂等が知っていることは以上だ。他に聞きたいことは?」

「一つ。これから僕はどうすればいいんですか?」

「……恐らく女王からの招へいの書簡が届くだろう。

 その内容に沿うように行動をして貰うことになると思われる。

 褒賞に関してもその際に知らされることになるだろう。

 すでにシオンのこと、イストリアで起きたこと、これから起こるであろうことは報告済みだ。

 もちろん、シオンの意見も尊重する。できるだけ希望が通るようにしよう。

 だが……断ることはできんだろう」

「そうですか。まあ、正直褒賞は別にいらないんですが。

 今後、どうなるかはわかりました」


 世界を救う鍵である魔法を使えるのは僕だけなのだ。

 統治者として当然の行動だろう。

 バルフ公爵は驚きの表情を見せる。 


「それだけか? そなた、よいのか? 今しがた話をしたばかりのことだ。

 だというのにもう受け入れるのか? 理不尽だとは思わんのか?

 子供の身であれだけの危険な目に合い、そしてそれ以上に危ない橋を渡ることになるというのに」

「でも僕がやらないとみんな死んじゃうんですよね? そんなの嫌ですよ、僕は。

 世界中の人を救いたいなんて大口を叩く気はないですけど、僕しかできないならやりますよ」


 言って、軽口を叩いているような口調だと思った。

 もう少し、真剣に言えばよかった。

 後悔した時は遅く、みんな戸惑いを覚えていた。


「い、いや僕もですね、怖いのも、痛いのも、面倒なのも嫌なんです。

 でもやっぱり父さんや母さん、姉さんやグラストさん。

 友達や仲間や知り合いやこれまで出会った人達を助けられるなら、頑張りたいんです。

 あんまり現実感がないっていうのもあるんですけど」

「……そうか。すまないなシオン。子供であるそなたに縋らねばならないとは。

 すでに多くの部分で頼っている儂が言うべき言葉ではないだろうが」

「いえ。まだどうなるかも明確にはわかっていませんし。

 それにこう見えて、嫌じゃないんです。僕の魔法が、人の役に立つって悪い気分じゃないので。

 最初は自分が好きで自分勝手に造り出した力が、こんな風になるとは思ってもなかったですけど」

「……そなたと話すと、年上と話している気分になるのぅ」


 言われてみると、僕とバルフ公爵って精神年齢は同じくらいなのかも。

 同年代だと考えると、不思議な気分だ。


「しかし王都へ招へいされるとなると、マリーは……」


 バルフ公爵の絞り出すような声。

 その声音には強い苦渋が混ざっている。


「それなんですが、もしかしたら解決できるかもしれません」

「シオン。それはどういうことだ? マリーを治せるということか?」


 黙して話を聞いていた父さんが慌てた様子で口を開いた。

 僕は即座に頷く。


「確実じゃないけど、多分」


 体内には魔力が満ち満ちている。

 これほどの魔力があるのならばもしかしたら。

 寝起きから間もない状態では魔力があまり安定していなかった。

 今は意識が覚醒しているからか、魔力が上手く体内で循環している。

 これならば。

 魔力供給ができるかもしれない。

 僕はベッドから降りると、身体の調子を確かめた。

 問題ない。むしろすこぶる快調だ。


「シオンちゃん、大丈夫なの? 無理しちゃダメよ」

「うん。大丈夫。かなり調子いいよ。姉さんは誰が看てるの?」

「ラフィーナとブリジッド、ローズ達も一緒に面倒を看てくれている」

「そっか、みんなが」


 両親は僕を挟むように移動した。

 ずっと心配かけてたんだな。

 本当にごめん、二人とも。

 それに他のみんなも。


「儂は自宅に戻る。業務があるのでの……さぼりたい……ううっ、面倒臭い。

 はぁ……シオン、すまんが後は頼んだ。もし成果があれば、悪いが後で報告を頼む。

 マリーの回復を祈っておる」

「ありがとうございます」


 バルフ公爵は肩を落として去っていった。

 僕は寝間着から普段着に着替える。

 そして僕、父さん、母さん、グラストさんの四人で姉さんの待つグラストさんの家に向かった。

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