第60話 経過報告 562日目

●経過報告

 怠惰病集団発症に端を発した赤い光が浮かんだ夜――便宜的に【赫夜(かくや)】と名付ける――からの怠惰病、新たな魔物発生に関しての経緯、結果をまとめる。

 怠惰病に関しての記載を【▼】、魔物発生に関しての記載を【◆】とする。

 件のガウェイン・オーンスタインの子、シオン・オーンスタインの報告を主として報告とする。

 協力者数名の名称、略歴は別途記載。


●赫夜以前。

 ▼浮浪者増加。当時、怠惰病発症者であるという事実は判明しておらず。

  怠惰病患者の発生を確認。数ヶ月に渡り増え続けた。発症者数は七百人程度。

 ◆イストリア周辺において、魔物数が増加。サノストリアにおいても魔物数の増加報告が上がっており、世界的に同現象が確認された。

 対応として各国ごとに討伐部隊を結成し、哨戒させる。冒険者ギルドへの依頼増加。

 民間依頼の増加に伴い、冒険者の被害者増。

 怠惰病患者への対応も含め、医師達への負担が増える。

 

●1日目。赫夜。

 ▼大量の怠惰病発症者を確認。深更において突如として発症した患者が多数。

  夜半時に診療所を訪れる市民が多く、医師達への負担が更に増加。

  王都でも医師の数は少なく、イストリア内への支援も不可能。

  同時に『見えない何か』からの攻撃により十数名の負傷者。数名の死亡者を確認する。

  発症者数は三千人程度にまで膨れ上がる。

 ◆イストリア周辺で見えない魔物【レイス】の存在を確認するも一件の目撃証言のみ。

  雷光灯が有効であるという報告に従い、雷光灯を各所に支給する。


●経過7日目。

 ▼怠惰病患者が微増加。医師達の研究は遅々として進まず、進捗はない。

  シオン・オーンスタインが魔法という特殊な技術によって怠惰病患者の治療を始める。

  軽度の怠惰病患者が、浮浪者の中にいることを確認。

  軽度の怠惰病患者への魔力供給を週に一度行うことになる。

  もっとも問題がない魔力量と供給時間で反応を見る。

  人体実験の域に入らない程度の刺激とする。

  医学界からの横やりが入る。シオン・オーンスタインの行動に対し懐疑的の様子。

  医学とは関係ない子供が医師達を差し置き治療を行っていること。

  その内容が非合理的――周りからはただ触っているだけに見える――であること。

  そのような理由から余計なことをさせるなと抗議が入る。

  伝手を使い、交渉の後、何とか矛を収めさせたが今後はもう少し慎重にすべきだろう。

  魔力への反応あり。経過を見て、徐々に条件を変える方針に決定する。

  数日前から魔物に対しての魔力供給実験を開始。魔力量によって炭化する模様。

  魔力持ちの魚、エッテントラウトへ魔量供給をして反応を観察する。

  魔物と違い炭化せず、外傷もない。魔物へと魔力反応とは大きく違う結果が出た。

  トラウトと人体への反応が同様であることを期待。

 ◆有事に備え雷光灯の生産を開始。イストリア、サノストリア、他国への輸出を検討。

  商人ギルドの横やりが入る。雷光灯の販売権を巡って『以前から押し問答はあった』。

  あのシオンの創作物ならば何かあると考えての独占だったが、商業ギルドはお冠だ。

  その時は一部、ほぼ無料で譲渡することでとりあえずは和解した。

  今回も同じようなことになるだろう。

  彼等が儲けだけでなく現状を理解してくれれば利益と供給という利害は一致するはず。

  交渉を根気強く進めようと思う。それらをシオンに話す予定はない。

  街周辺では確認されない強力な魔物が出現。

  討伐隊の負担が増加するも、人員増強できず。

  魔物相手の魔力供給実験を開始。

  人体への影響を考え、魔物を用いての生体実験を経て、治療へ移行する。


●経過14日目。

 ▼魔力を持つ数少ない協力者を得る。

  魔力供給により、トラウト同様に悪影響がないことを確認する。

  徐々に量と時間を増やして経過確認をする予定。人体に負荷をかけないように注意する。

 ◆雷光灯撤去への意見が続出。徐々に撤去する数が増えていく。

  討伐隊や守衛、兵士達への負担増加によりストレスが増えたことも起因しているようだ。

  完全な安全性の確認はできず。しかし兵士達の不満は業務に支障をきたす可能性あり。

  魔物数、強力な魔物の増加。更に兵士達への負担が増えている。

  このまま雷光灯の所持を義務づけるのは難しいか。

  完全撤去に至らなくとも、哨戒、討伐兵への使用指示は不可能になるかもしれない。


●経過28日目。

 ▼魔力所持協力者への実験を継続。

  シオン・オーンスタインの魔力最大量を供給しても悪影響はなし。

  長期間を設けて、経過を確認する予定。

  伴って軽度の怠惰病患者一名をアルフォンス診療所へ転院させる。

  これにより医学界の横やりを入れられることなく治療が可能。

  しかし転院させるにはかなり苦労した。

  今後、仮に治療ができたとした場合『医学界の貢献』を明記しろと要求された。

  彼らも焦っている。医学の力は絶大で、半ば殿様商売。

  その権威が揺らげば国民の信頼はがた落ちする。

  それは政治に携わる人間としても好ましくはない。

  医学は必要。仲たがいをするべきではない。

  『奇病治療における特殊な治療法を確立した個人に対して支援を行った』という体裁を保つことで合意。

  一応は納得いったようだが『支援の内容』に関しては色々言ってくるだろう。

  今後、彼等の力が必要な時も来るかもしれないため、むしろ好都合と思われる。

  協力者で得た情報を元に、魔力供給し、徐々に反応が見え始めたため継続を決定。

 ◆雷光灯撤去。屋内には僅かに残すことになるが、大量に返却される。

  保管することもできず商業ギルドへ卸すことになり、一般人への販売が始まる。

  余っていた雷光灯は他国へ出荷され、イストリア内にある雷光灯は少なくなる。

  同時に雷光灯を生産中だが雷鉱石の数が減少中。

  近辺の鉱山から採取が困難となるが、他所からの輸入の目途も立たず。

  後に雷光灯の生産は頓挫するだろう。

  イストリア内には行き渡っているがサノストリアへの供給は少な目。

  五万程度の人口のイストリアと、十五万程度の人口のサノストリアでは条件が違う。

  雷光灯が足りてないことで王都に影響がないとも考えられない。

  商人ギルドへそれとなくサノストリアへ多めに出荷するように進言。

  他国への販売額の方が高いためか渋られる。

  海賊、山賊、盗賊や災害、途中で商品を無駄にする危険性も高いが利益も大きいらしい。

  船のような大量運搬が可能なため他国への輸出を検討していたようだ。

  結果、多少はサノストリアへの出荷が多くはなったが、それだけに留まった。


●経過40日目。

 ▼魔力所持協力者の実験を継続。

  魔力供給により、悪影響はないが、身体への好調が見られる。

  本人曰く「身体が軽い」ということだった。

  怠惰病患者の怠惰病発症の前兆として妙に快調であることを確認している。

  同じような症状なのかもしれない。要経過観察。

  軽度の怠惰病患者への治療続行。

  魔力供給をするが、大きな変化はない。

  医学界からの連絡はない。

  ただし何かしら結果が出た場合は即座に連絡するように言われる。

 ◆状況変化なし。レイスの存在も確認できず。

  すでに見えない魔物の存在は忘れ去られる傾向にあり。

  雷光灯による対策は無意味となる。

  レイスの存在を調査中。今のところ報告はなし。

  雷光灯の生産量は維持されたまま。

  ついに、雷光灯の生産方法を教えるように商人ギルドから催促される。

  現段階で、シオンの存在が明るみに出るのはまずい。

  幸いにも彼は怠惰病治療のことで噂になりつつある。

  怠惰病治療を行おうとしている人間が雷光灯生産に関わっているとは考えにくいだろう。

  以前の雷光灯生産時に多少の根回しもしていたので、その部分も問題ないはず。


●経過90日目。

 ▼協力者、経過良好。快調な状態で数日経過すると元の状態に戻る。

  繰り返し通常状態で魔力供給をし、好調状態を観察。

  数十回の試行錯誤により、好調状態が続く魔力量と時間をいくつか発見。

  今後の経過を確認し、より効果的な条件を模索する。

  軽度患者へ、効果的な条件で魔力を供給。瞬き、反射、指先の震え、口腔の動きを確認。

  短い単語を発することも稀に見られた。

  医師達のシオンに対する風当たりが異様に強くなっている。

  彼を目の前に悪態をついたり、蔑んだりしているようだ。

  個人的には看過できない。だが医師達へ苦言を呈すか、圧力をかけると余計にこじれる。

  幸いにもシオンは気にしていない様子だ。

  私には何もできない。

 ◆状況変化なし。報告なし。魔物数、強力な魔物増加も止まる。雷光灯生産は継続。


●経過135日目。

 ▼協力者への実験を終了。効果的な魔力量と時間を明確に設定できる。

  好調状態中の魔力供給をしたが、好調状態が終わると怠惰状態へと移行した。

  これ以上は危険と判断。同時に『魔力を供給しすぎると反動で怠惰状態になる』ことが判明。

  怠惰病は魔力枯渇ではなく、過剰な魔力供給の反動で怠惰病が発症したという可能性が考えられる。

  その場合、魔力供給の調節が必要。今後はより慎重な魔力供給をすべきだろう。

  医学界からの連絡はなくなった。どうやらシオンに対して期待をしなくなったようだ。

  元々、治療できれば儲けもの、できないならそれでも別にいいというスタンスだったのだろう。

  ただ、治療できた場合、医学界の立つ瀬がないため横やりを入れてきただけ。  

  シオンへの風当たりは同じまま。子供のやること、オカルト治療などと言われている。

  コール・アレイスターとアルフォンス医師は彼の支援を続けてくれている。

  医師という存在に光明を見た気がした。

 ◆状況変化なし。報告なし。魔物数、強力な魔物増加も止まる。雷光灯生産は継続。

  


●経過201日目。

 ▼軽度の怠惰病患者への治療は続行。

  魔力所持協力者への実験情報を元に、好調状態での魔力供給と同条件で実験。

  結果――一時的に身体を自主的に動かすことが可能。

  大きな進歩だが、健常者には遠く及ばない。

  この好調な状態を過ぎればまた元に戻った。

  供給をしすぎると危険なため、徐々に魔力量と時間を増やすことを家族との話し合いで決定。

  経過を観察する必要あり。

  オカルト的な治療を施しているという噂が立っている。

  そのため医師や看護師だけでなく、患者達の目も冷たい。

  それでも治療を続けるシオン・オーンスタインに敬意を禁じ得ない。

  彼は子供などという範疇にいない。立派な人間だ。

 ◆状況変化なし。報告なし。魔物数、強力な魔物増加も止まる。雷光灯生産は継続。


●経過299日目。

 ▼軽度怠惰病患者への治療続行。

  連日の魔力供給により好調状態へ移行した後、さらに魔力を供給。

  副作用を覚悟しての、経過を確認しつつの治療だった。

  結果、好調状態はそのままの状態で変わらず、魔力を供給し続けても徐々に怠惰状態に戻った。

  他者からの供給では徐々に体内魔力が失われ、好調状態から怠惰状態へ戻ることを確認。

 ◆状況変化なし。報告なし。魔物数、強力な魔物増加も止まる。雷光灯生産は継続。


●経過350日目。

 ▼軽度患者への治療。進捗なし。

  好調状態でかなりの魔力を供給するも、次の内には怠惰状態へと戻った。

  シオン・オーンスタインは魔力供給作業により、魔力を頻繁に枯渇。

  魔力の調整問題ではなく、魔力量自体が足りない、という結論が出る。

  シオン・オーンスタインは魔力量の増加を模索中。

 ◆状況変化なし。報告なし。魔物数、強力な魔物増加も止まる。雷光灯生産は継続。


●経過380日目。

 ▼軽度患者への治療。進捗なし。

  シオン・オーンスタインが怠惰病治療、研究を継続。

 ◆状況変化なし。報告なし。魔物数、強力な魔物増加も止まる。雷光灯生産は継続。


●経過400日目。

 ▼軽度患者への治療。進捗なし。

  シオン・オーンスタインが怠惰病治療、研究を継続。

 ◆状況変化なし。報告なし。魔物数、強力な魔物増加も止まる。雷光灯生産は継続。


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●経過562日目。

 ▼軽度患者への治療。進捗なし。

  シオン・オーンスタインが怠惰病治療、研究を継続。

 ◆状況変化なし。報告なし。魔物数、強力な魔物増加も止まる。



●怠惰病に関しては医学界からの大きな進捗報告はなく、目途も立っておらず。

 現状、赫灼(かくしゃく)の系譜、シオン・オーンスタインの成果に期待するしかない状態。

 しかし最近は魔力による治療に関しては進捗がない状態の上、周囲からの反発が強く、予算を割きにくい状況。私の独断で、私財にて支援中。

 怠惰病治療に関して最も貢献しているシオン・オーンスタインへ、医師達の心証は芳しくない。

 大半の医師は彼に敵愾心を持っている模様。慎重に経過を確認すべき事案。

 悪環境でもシオン・オーンスタインは治療を継続している。

 シオン・オーンスタインへの肉体的、精神的負担が著しい。今後が気にかかる。

 魔物に関しては現在目立った変化はなし。レイスの存在は現在まで確認できず。

 【ルグレ】の啓示かと考えたが、その気配はない。何かしらの勘違いであることを祈る。


                イストリア領主アウグスト・R・バルフ

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