第41話 二年の変化

 イストリアの冒険者ギルド。

 そこには屈強な男達がひしめきあっている。

 傷だらけの顔、丸太のような腕、使い古された武器や防具、その熱気。

 そこは間違いなく子供が来るような場所ではない。

 だけど僕と姉さんは、ためらいなくギルドの中へと足を踏み入れる。

 一斉に僕達に視線が集まる。

 僕達は気にせず受付へ向かった。

 すると大柄の男が僕達の行く手を遮った。

 僕達はその人を見上げる。

 なんと凶悪な顔だ。

 身体中切り傷だらけだし、四肢は太く、胸板は熱い。

 背負った大剣は重みだけで僕達を殺せそうだ。

 身体中を覆う重鎧にも裂傷が走っている。

 多くの修羅場をくぐったということは明白だった。

 その男性は僕達をギロリと睨むと、口を開いた。


「よう」

「こんにちは。ゴッズさん」

「おう。シオンもマリーも景気がよさそうだな。

 ボンズの森でゴブリン討伐にしてたんだよな、どうだった?」

「情報以上に数が多かったですね。また討伐隊を派遣した方がいいかもしれません」

「特にホブゴブリンの数が多いのが気になるわね」

「ああ。ボンズの森だけじゃねぇ、他の場所にいる魔物達も数が増えてやがるらしいぜ。

 王国の討伐隊も周辺に派遣されているんだけどよ、間に合わんねぇんだとさ。

 おかげでギルドじゃあ、魔物討伐の依頼が増えてやがる。

 冒険者からすりゃあ懐が温まるしよ、ありがてぇが、さすがに気になるわな」

「ですね……ゴッズさんはソロが多いですから、気を付けてくださいね」

「かかっ! 心配してくれてありがとよ。俺も長ぇからよ、油断はねぇさ。

 おまえらも気をつけな。まっ、もうすぐシルバーランクになる連中に心配は無用か。

 まったくもうガキなんて言えねぇな、大人でもシルバーになっている奴は少ねぇのによ」


 僕達は反応に困って、苦笑を浮かべる。

 ゴッズさんは小さく笑うと、背を向けたまま手を振った。

 一年前まで、僕達は父さんかグラストさんと一緒に討伐依頼を受けていた。

 しかし一年前から、父さんからお墨付きを貰い、二人で行動する許可を得たのだ。

 それからは数日に一回、魔物討伐に行くようになっている。

 最初は子供だけで依頼を受けることに反発はあったけど、結果を出し続けたことで、信頼を得た。

 ゴッズさんも、出会った当時はかなり僕達を馬鹿にしていたし。

 まあ、大人の場所に子供が来ればそうなって当たり前だ。

 僕達はそれを理解し、黙々と結果を出し続けただけ。

 その結果が今、というわけだ。


「やっぱり魔物、増えてるわよね」

「うん。世界中でも魔物の数が、明らかに増えてるらしいし」


 原因は今のところわかっていない。

 しかし、魔物の脅威が迫っていることは国も冒険者も、国民もわかっている。

 だから冒険者ギルドでの討伐依頼が増えているのだ。


「街から近い場所であれだけのゴブリンがいるのはおかしいもの。

 コボルトなら、わかるけど」

「そうだね。コボルトは比較的数が多いし、街から近い場所に住むことが多い。

 でもゴブリンは大都市の近くには住まないし、田舎近くに生息していても数は少ない」


 以前、ゴブリンが村を襲ったことがあった。

 その時は、数体しかいなかったのだ。

 ゴブリン一体に対して、村人十人ほどでかからなければ倒せない。

 剣士であれば一人で倒せるが、普通の大人ではそれは無理だ。

 村でのゴブリン駆除は、基本的に村人と父さんだけでやる。

 父さんは相当に強いから、父さん一人で駆除することもできるだろう。

 しかし、それでは父さんがいない場合、村人達は何もできなくなる。

 そのため父さんは村の男達を引きつれて、駆除をするようにしている。

 それに父さんは強いが、一人で何でもできるわけじゃない。

 ゴブリンを見つけるのも難しいし、人海戦術を使う方が安全だ。

 父さんも無敵じゃない。

 父さんがいなくなっても村人達が生きていけるように、父さんは配慮している。

 それが裏目に出て、家にゴブリンが侵入してきたのだ。

 ただそれも仕方ない。

 ゴブリンは人里から近い場所に、あまり生息しないからだ。

 数が少なく、ゴブリンにとって人間は外敵以外の何物でもないからだ。

 だから普通は街や村から離れた山や森に住処を作る。

 たまに田舎町を襲ったりすることもあるが、それも極々稀だ。

 襲うのは、よほどの空腹か何かしらの原因で凶暴化している時くらいだ。

 基本的にゴブリンが人に危害を加えるのは、森や山の中に入った人間に対してらしい。

 コボルトは逆に人間を見くびっているし、人間の武器、防具、道具を奪うことを目的としている面もあるため、人里に近い場所に住んでいることもある。

 奴らは知性があるが、頭がいいわけではない。

 そういうことから以前のゴブリン襲撃に至ったわけだ。

 しかし最近ではその常識も通じなくなっている。

 数年前のゴブリン襲来は、もしかしたらその予兆だったのかもしれない。

 ゴブリンもコボルトも数が増えており、凶暴さが増している。

 冒険者や討伐隊がいるため、ある程度の安全は守られているが、これ以上数が増えるとそうもいかないかもしれない。

 とにかく僕達が考えても仕方のないことだ。

 さっさと報酬を貰って帰るとしよう。

 僕達は受付に、ゴブリンの耳を渡す。

 もう慣れたもので、受付の人も何も言わず、流れるように対処してくれた。

 報酬を貰い、ギルドを出た。

 ギルドの外、見慣れた街並みだった。

 僕と姉さんはギルド横に待たせてあった馬を撫でる。

 二頭。僕と姉さんの馬だ。

 ギルドの報酬とグラストさんの手伝いで得た報酬で買った。

 お金を目的でやっていたわけじゃないんだけど、気づけば結構な小金持ちになっていたのだ。

 それならばと僕達は馬を購入した。

 今までは父さんかグラストさんに連れて行ってもらうことが多かったからだ。

 丁度いいとばかりに、その時から僕達二人だけで討伐依頼を受けることになったというわけだ。

 馬に跨り、僕達は通りを進む。


「グラストさんのとこ、行く?」

「うん。寄ろうか」


 人が行き交う中、僕達はゆっくりと進んだ。

 活気のある中で、道の隅に座っている人が目についた。

 若い人も少なくなく、何とも言えない気持ちになる。


「最近、浮浪者が多いね」

「ええ、数年前に比べると明らかに増えてるわよね……」


 初めてイストリアに来た時とは違う。

 何か、明らかに不穏な雰囲気が漂っている。

 魔物の数が増えていることも気になる。

 何が起こっているんだ。

 対した理由はなく、単純にタイミングが重なっただけなのだろうか。

 数年前の記憶と比較してしまう。

 子供なのに、もっと子供の頃の記憶を懐かしがるなんて。

 しばらく進むとグラストさんの店に着いた。

 今は開店中のようだ。

 中に入ると聞き慣れた声が届いた。


「いらっしゃ……おう、なんだシオンとマリーか」

「こんにちは、グラストさん」

「グラストおじさん、お邪魔するわね」

「おう。入れ入れ。丁度、客が少なくて今日は閉めようと思ってたところだったからよ」

「いいんですか?」

「構やしねぇよ。新規の客はあんまりこねぇからな。

 今日は常連連中が来る日じゃねぇし」


 そんなものなのだろうか。

 グラストさんの店は、あまり客入りがよくない。

 それはグラストさんの腕が悪いわけじゃなく、ただ単に店の立地が悪いからだ。

 人通りの少ない場所に店を構えれば、訪れるお客さんは限られる。

 新規客を得るのは難しいと考えているらしく、新たに別の場所に店を作りたい、とグラストさんは思っているようだ。

 そのために開店資金を貯めているわけで。

 雷鉱石の加工もその一端だ。

 すでに二年以上、雷鉱石の精錬を手伝っている。

 グラストさんは慣れた手つきで店を閉めると、店の奥の方に移動する。

 僕達も続き、居間を通り、鍛冶場へ。


「別日ですけど、精錬します?」

「いや、今日はいい。ってか、そろそろいいかなって思っててよ」

「というと?」

「ああ。おまえ達も知ってる通り、雷鉱石の加工ができるのは俺達だけだ。

 独占的に販売市場を握っているわけだからな、商人ギルドから目をつけられてんだよ。

 このままだとあんまり良くねぇ、というかここまで見逃されていたことが奇跡っていうかよ。

 そろそろやめた方がいいんじゃねぇかと思うんだ。

 資金もかなり貯まったし、新しい店を開こうかとも考えててな」


 商人ギルド。

 世界中の商品の流通を牛耳り、経済を回していると言っても過言ではない組織。

 一国並の権利、権力を握っていると言われており、国王でさえも簡単に手出しはできない。

 という話は聞いているけど、実際はどうなのかは知らない。


「そうですか。じゃあ、手伝いも終わりかぁ」

「まあ、加工はやめるけどよ、いつでも来いよ。おまえたちなら歓迎だからな」


 子供のような笑顔を見せるグラストさんに、僕達もつられて相好を崩す。


「で? 最近はどうだ? 聞くにかなり活躍しているみたいじゃねぇか」

「ふふん、あたし達、もうすぐシルバーランクになるんだから」

「シルバー!? そいつはすげぇな。

 おまえ達くらいの年齢でシルバーランクに到達した奴なんていねぇんじゃねぇか?」

「そうなんですか? 父さんやグラストさんはもっと早いのかと」

「いやぁ、俺達はギルドに登録してなかったからなぁ。 魔物討伐はしてたんだぜ? 

 だけどよ俺達の時代、そんなに冒険者ギルドも一般的じゃなかったからよ」

「へぇ、そうなんですか。父さんとグラストさんは別の国の出なんですね?」

「ああ。俺達はアドンの出だ。ガウェインもそうだけどよ、俺も一応は貴族だったんだぜ」

「おじさんが? 見えないわね」

「おいおい、言うじゃねぇか。自分でもそう思うけどよ。

 でもよ俺よりもガウェインの方が貴族らしくなかったんだぜ。

 俺よりも無茶苦茶してやがって……おっと、これ以上言うと、あいつに殺されるから勘弁な」


 人差し指を立てて朗らかに言った。

 時折見せる子供のような顔に、僕とマリーは心を許してしまう。

 グラストさんは僕達に良くしてくれている。

 雷鉱石の加工をしなくなっても、また来よう。

 それからしばらく話をして、僕達は店を出た。

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