第40話 成長

 ――二年の時が過ぎた。

 僕は十歳になった。

 成長期がやや早めらしく、145センチくらいに到達している。

 身長だけは姉さんと同じくらいになった。

 顔立ちも、あどけなさが少しなくなった気がする。

 見た目の変化はそれくらい。

 鬱蒼とした森の中。

 木漏れ日が射す場所には清涼さは微塵もなかった。

 僕は目の前に広がる光景を確認し、ゆっくりと息を吐いた。

 ゴブリンが三体。

 奴らは僕を見ると呻き声を上げながら、牙をむき出しにした。

 コボルトとは違い、道具の類はほとんど使わない。

 知性は低く、動物的な反応が強い。

 しかし単純な強さで言えば、コボルトを圧倒的に上回る。

 一体の強さは、コボルト五体程度。

 それが三体もいる。

 僕は一人だ。

 両手にはめた雷火だけが唯一の味方だった。

 ゴブリンはガラスを引っ掻いたような音を口腔から発している。

 不快だ。けれど恐怖はない。

 ゴブリンは明らかに格下に見える僕に対して、余裕の表情を見せている。

 僕は姿勢を低くすると、即座に地を蹴る。

 奴らはまさか、子供が先んじて攻撃を仕掛けてくるとは思わなかったのだろう。

 たじろいでいたが、しかしすぐに態勢を整えた。

 僕は一瞬の隙を見逃さず、両手に魔力を集める。

 右手を右側のゴブリンに、左手を左側のゴブリンに向けて伸ばす。

 発動。

 生まれた魔法はフレアだ。

 長年の魔力操作により、左右の手から放出する魔力量の調整は自由自在。

 左右共に魔力量20程度を集魔し、フレアを発動した。

 威力は低い。

 しかし発動の早さと、複数の対象に攻撃できるという利点がある。

 フレアはゴブリン達の目を焼いた。


「ギイィアアァッ!!」


 悲鳴を上げ、暴れ回るゴブリン。

 目が見えないため、周囲の仲間達を殴りつけてしまっている。

 混乱に乗じ、僕は奴らの包囲網を抜ける瞬間、残りの魔力でツインフレアを発動し、奴ら背後に留まらせる。

 そのまま走りながら僕は肩口に背後を見た。

 フレア発動から六秒。

 二回目の魔法発動から一秒。

 次の魔法を発動するまで四秒ほどが必要になる。

 五秒に一度。

 この制限がかなり僕の足を引っ張っている。

 しかし、やりようはある。

 僕はゴブリン達の背後に回った。

 奴らは死角に移動した僕の姿を見つけられず、仲間の暴走に気をとられている。

 よし五秒経過した。

 次の魔力を練る。

 魔力を合成、そのままで奴らの足元にあるツインフレアに向けて、魔力を放った。

 接触、爆発。

 爆音と共に空間を焼き払う。

 まばゆく発光し、炎熱を生み出し、周囲を焦がす。

 ゴブリン達の姿は弾け、三体すべてが黒こげになる。

 発動まで遅く、普通に使えばまったく効果がないが、威力は抜群のダブルボムフレア。

 目くらましをし、時間を稼ぐことで有用に使うことができる。


 それより大丈夫だろうか。

 ゴブリンの耳を回収できないかもしれない。

 さすがにちょっとやりすぎたか。

 しかしすごい威力だ。

 魔力放出量は変わっていないけど、魔力を練る速度、それに総合魔力量は増えている。

 一日に使える魔法は、百回近く。

 もうこれ以上は増えそうにないが、それで十分だろう。

 余程の長期戦になれば別だけど。

 焦土と化した空間を見つめていた僕は、不意に背後に気配を感じて、その場から飛び退いた。

 地面には巨大な爪が突き刺さっている。

 ゴブリンよりも一回り大きい魔物。

 ホブゴブリン。

 ゴブリン達のリーダーらしい。

 依頼書にはそんな情報はなかった。

 これはギルドに追加料金を請求しないといけないな。

 ホブゴブリンは大人の剣士でもそれなりに練達していなければ勝てない相手。

 僕の年齢で勝てる人間はそうはいない。

 まあ、僕は剣士じゃなくて魔法使いだから、別だ。

 じゃあ、新魔法を試すとしよう。

 僕は両手に魔力を集める。

 直径一メートルほど。

 魔力濃度はそれほど高くはないが、十分だ。

 僕は風を集める。

 ゴブリンは警戒して襲ってこない。

 この場合、それは悪手だ。

 だがそんなことはわかりはしないし、むしろ当然の反応だろう。

 なぜならばさっき、僕はゴブリン達を一瞬で屠ったのだ。

 奴からすれば、安易に近づかない方がいいと判断する方が正しい。

 それを僕はわかっているから、こんな時間がかかる魔法を使おうとしている。

 五秒、十秒。

 それでもまだ相手は動かない。

 しかし攻撃をしない僕を見て、さすがに怪訝に思ったのだろう。

 逡巡した様子はあったが、唸り声を上げると僕に向かって疾走する。

 だがもう遅い。

 僕は両手を正面に突き出す。


 暴風が唸る。

 巨体のホブゴブリンは『ブロウ』を受け、後方へ吹き飛んだ。

 圧倒的な風力。

 風と言えば、それ自体に威力はない。

 だが嵐を思わせるほどの風力があれば、生物など抵抗できはしない。

 ホブゴブリンはブロウを受け、後方へ流れた後、上昇気流に巻き込まれて昇る。

 僕はのんきに空を見上げて、小さくなったホブゴブリンを観察した。

 十メートル以上は上がっただろう。

 数秒して、徐々に姿は大きくなる。

 落下し、先ほどまでホブゴブリンが立っていた場所に、墜落した。

 何度か跳ねた後、ぴくぴくと痙攣していたが、すぐに動かなくなった。

 さすがの魔物も高所から落下すれば死んでしまうようだ。

 今回、初めて実戦で使ったけど、悪くない結果だ。


「ただ発動まで時間がかかりすぎるな。その割に、威力はダブルボムフレアに劣るし。

 でも状況によっては使えなくもないかも。それにブロウの本領は攻撃じゃないしなぁ」


 ぶつぶつと呟き、状況を分析する。

 さっき使ったのは『風魔法ブロウ』だ。

 正確には『ハイブロウ』だけど。

 魔力を集めた状態、これを集魔と言うが、大気に触れさせた場合『大気魔法』となる。

 大気魔法はただそこに存在するもので、それだけでは意味をなさない。

 しかし何かの現象、魔法に接触させることで大きな変化を促す。

 そして大気中の成分にも魔力を付着させ、分離させることも可能。

 これが二年前の僕の見解だった。

 だが、それだけではない。

 この二年に研究は進んでいた。

 すぐに変化は訪れた。

 魔力の周辺に風が集まったのだ。

 左手の大気を加圧し、右手の大気を減圧する。

 低気圧と高気圧を疑似的に生成しているというわけだ。

 実際、小規模の気圧変化では大した変化はないが、これも魔力の特性なのだろう。

 魔力は増えた対象の特性を増幅、維持する力があるからだ。

 気圧が低くなると、上昇気流が起きる。

 そうなると自然、風が中心に集まる。

 逆に気圧が高くなると、下降気流が起きる。

 そうなると自然、風は中心から外部に流れる。

 風は高気圧から低気圧に流れるから、自然に減圧した右手に風が集まる。


 ちなみに本来は逆だ。

 熱気球も同じで、空気を暖めると上昇気流が発生して、気圧が低くなる。

 冷やすと下降気流が発生して、気圧が高くなる。

 だから本来は上昇、下降気流が発生することで気圧の変化があるわけだ。

 それを魔力で無理やり温度変化がない状態で、圧力を変えているだけ。

 結果的に同じ状況になっているだけで、自然現象ではない。

 まあそれはいいんだ。僕は別に気象学を勉強したいわけじゃないし。

 とにかくこれでは、微風が吹くだけだ。

 風力を増す必要がある。

 そのためには五種類の魔力が必要になる。

 高気圧、低気圧、高気圧、低気圧。

 そしてすべての魔力を覆うように作る魔力の球だ。

 この種類の状態を維持しつつ変化させなければならない。

 原理はわからないけど、これが一番威力が出た。

 身体に触れた状態の魔力には随時命令を与えることができ、新たに魔力を与えなくともある程度の変化は与えられる。

 集魔状態で現状を維持することは可能。

 魔法として発現しない場合、魔力は十秒以上もつ。

 つまり体内の魔力が尽きるまで永続的に魔力を維持することは可能だ。

 こう考えると、体内魔力が尽きるまで、集魔した魔力を増幅させることが可能に思える。

 通常、一度に出せる魔力放出量は今のところは90だ。

 これは左右の手から出せる量のことである。

 再度魔力を練るのは五秒の冷却時間が必要。

 ゲームで言えばクールタイムのようなもの。

 合成魔力の場合、魔力は十秒間、その姿を維持する。

 当然、維持し続ければ魔力は徐々に失われる。

 単純計算で十秒間、90の魔力が維持できるのであれば、一秒ごとに9の魔力を消費するということ。

 五秒の冷却の後に一秒ほどで集魔が可能になる。

 つまり六秒後に、魔力放出が可能になるということ。

 一度目に放出した魔力は36残っている。

 そこへ新たに90の放出魔力を合成した場合、126の魔力量になるわけだ。

 それを何度も続ければ、空中にとどめている魔力が徐々に増える。

 これは雷火を活用すれば放出せず、身体に接触させた状態でもフレアを使うことも可能だということ。

 雷火は耐火素材を使っているからだ。

 ただし完全ではないので、あまり無茶はできない。


 魔力の膜で全体を覆い、自分の身体や外部に魔法が触れないようにすることで、さきほどのブロウのように、一所に魔法をとどめることもできる。

 ただその場合はより多くの魔力が必要だし、ブロウの場合は魔力の『継ぎ足し』を活用しなければ発動しないため、時間がかかる。

 これらを活用すれば高威力の魔法も使えるのではないか、そう考えた。

 しかし現実はそんなに甘くはなかった。

 魔力は一定以上の規模にはならなかったのだ。

 正確には『おおよそ150』が限界だった。

 つまり三回の魔力合成を行って、ようやく約1.5倍の威力を内包したエネルギーになるということだ。

 しかしたった1.5倍の威力の魔法を使うために、二十秒近くの時間が必要になる。

 当然ながら、その間は他の魔法は使えない。

 風を循環させ続けると自然、風力は上がる。

 だが手元で強風を生めば、僕自身が吹き飛ぶ。

 しかし魔法は魔力に触れている部分にしか基本的には影響を及ぼさないようにできる。

 つまり魔力を解放し、魔法として使用するまで、魔力に触れている部分、この場合僕の手のひらにしか影響を与えないようにできる。

 魔力が弾ければ外部に風が溢れるが、それは魔力を維持すれば風を魔力内にとどめることができるということだ。

 その原理を利用し、風力を倍増させ続け、そして解放する。

 すると強風が吹く、というわけだ。

 本当はカマイタチ的なものを発生させたいんだけど、無理だった。

 カマイタチ自体、確か原理は解明されていないし、というか眉唾物だしなぁ。

 存在しないものを生み出すことは魔法ではできない。

 今のところは。

 魔法は存在するものを新たに造り出す、変化させる、強力にするようなものだ。

 奇跡のようなものじゃなく、科学的な側面もある。

 かなり不安定だけど。

 とりあえず依頼は完遂した。

 僕はゴブリン達の耳を回収して袋に入れる。

 うん、これなら結構な報酬が貰えそうだ。

 と、茂みが動いた。

 まだ敵がいたのかと、身構えたけど、相手の姿が見えると僕は肩の力を抜く。


「姉さん」

「シオン。無事?」


 すっかり成長したマリーだ。

 彼女は十二歳。

 すでに成長期が始まっており、二年前とはかなり違っている。

 身長は僕と同じくらいだけど、女性独特の膨らみと曲線が姿を見せている。

 顔立ちもあどけなさはまだあるけど、美人の片鱗が見えている。

 可愛らしさが強いけど、凛々しさを感じもする。

 女の子の成長は早いというが、本当にそうだ。

 僕もかなり成長したけど、姉さんの方が変わっている気がする。

 マリーは腰に剣を二本帯びている。

 速さを武器としているマリーは剣一本よりも、二本扱う方がいいと判断したらしく、一年ほど前から二刀流を主としている。

 僕の武器は雷火だけしかない。

 ちなみに雷火は三代目だ。

 一代目は成長のせいで、二代目は実験のせいでお亡くなりになった。


「そっちはどうだった?」

「ええ、問題なく済んだわ。ここら辺、一帯のゴブリンは倒したと思うけれど。

 見たところシオンも大分、倒したようね」

「うん。十五くらいかな。ホブは三体」

「あら、じゃあ、あたしの勝ちね。二十とホブ五」

「また負けかぁ……魔法の方が大人数相手には有効なんだけどなぁ」

「その分、対抗手段が限られてるじゃない。時間もかかるし」


 魔法は一撃の威力は高い。

 しかし威力が高ければ高いほど発動まで時間がかかる。

 魔法以外に対抗策はないので、発動までは防御するしかないわけで。

 そう考えると、姉さんの方が分があるのだろうか。

 ……いや、ないだろ。

 さすがに武器で倒す方が大変だし、時間がかかると思う。

 それはつまり、単純に姉さんが強いということだ。

 二年でかなり強くなったもんなぁ。

 異常なくらいに。


「さっ、帰りましょう」


 僕と姉さんは他愛無い会話をしながら帰路に就く。

 背後にはゴブリン達の死体が積み重なっていた。

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