第42話 身近な敵は

 砂塵が舞う。

 全身が粟立つ中、僕は必死に頭を巡らせる。

 魔法の最大の弱点は発動までの時間。

 どれほど魔力を練る時間を短縮しても、次に魔法を使うまでの時間は同じだ。

 最低でも五秒。

 その時間を稼ぐ方法は、僕には二つしかない。

 逃げるか、防御に徹するか。

 僕は姿勢を低くし、後方へ跳躍しながら魔力を練る。

 合成魔法は威力が高いし、単純な一ヶ所から発する魔法に比べてメリットが多い。

 だが、合成しない魔法もメリットはある。

 今回の場合は右手と左手から同時に、あるいは『時間差で』魔法を放つことができる。

 魔力を練った時点では魔力量は90。

 そのまま何もせずとも魔力は失われてしまう。

 合成魔力は何もせずとも十秒しか持たず、魔法を使っても最長で十秒。

 これは魔力を放出した時点で、大気に触れて反応し、大気魔法となっているためだと僕は考えている。

 だからフレアやボルトなどの魔法を使わず、魔力の状態で維持しても、魔法を使った状態と変わりなく魔力は失われているのだ。


 閑話休題。

 魔力を左右の手で練った場合、左右共に45の魔力を帯びている。

 右手にフレアを宿らせ、即時に発動し、左手は魔力のまま維持。

 そして時間を空け『両手のひらを重ねて』ボルトを発動することも可能なのだ。

 合成魔力ではないため威力は劣るし、ボルトを発動する場合、本来は両手を重ねるため、手のひらに集めた魔力はすべてボルトになってしまい一度しか発動できない。

 しかし先んじてフレアを発動すれば、残った魔力でボルトを放つことも可能だ。

 威力は低いが、五秒の間に二手選択できるという利点は大きい。

 魔法は再発動の時間が何よりも重要となる。

 その時間を少しでも稼ぐ方法があれば、活用しない手はない。

 問題は威力が低いため、相手に致命傷を与えられないということだ。

 先日のゴブリンとの戦いのように『目つぶし』に使うことが基本になってしまう。

 そしてこれが厄介なのだが、この戦法は奇襲的な意味合いが強く、相手がこの手法を知っていた場合、高い確率で防がれるか、警戒されてしまう。

 更に言えば、フレアもボルトも発動にはいくつかの予備動作が必要になる。

 魔力を練るという点は、相手に魔力がなければ視覚的には察知されない。

 しかしどうしても手をかざす、伸ばすという部分は必要になる。

 これは不可欠なものではない。

 手を伸ばす必要も、手である必要も本来はないのだ。

 これは実証済みで、頭だろうか肩だろうが足だろうが、魔力を練ることはできる。

 しかし最初期の段階でもわかっていたことだが、手以外の部分には意識を集中することが難しいのだ。

 何かを使うという場合、どうしても手を使う、というイメージが強い。

 利き腕にも左右されるほどで、右手は比較的簡単だったが、左手からだと苦労した。

 それほどに繊細な集中が必要なため、手以外の部位からの魔法発動は難しい。

 そして意志による命令もまた同じだ。

 手を伸ばさずとも、手のひらを見せずとも魔法は放てるが、威力が減ってしまう。

 将来的には予備動作なく、特定の動きもなく魔法を発動したいが、今は無理だ。

 ここまで説明すればわかるだろうが、僕は今戦闘中で、今から通常魔法を放ち、相対する『敵』を倒そうとしている。


 僕は右手からフレアを『父さん』に向けて放った。

 しかし勝手知っている我が父は、当然ながら反射的にフレアを避ける。

 左手に残った魔力を両手でつかみ、雷火から発せられた放電により、ボルトへと変化させる。

 そのまま父さんに向けて電流を走らせるが、これもまた避けられる。

 稼げた時間は二秒。

 これでもまだよくやったと言えるくらいだ。

 父さんは空手で、僕の懐へ入り込む。

 この時、僕の内心は表情に出ていただろう。


 かかった!


 僕の両手には魔力が残っていない。

 だが、それは一度の放出量すべてを失ったということではない。

 確かに手以外で魔力を編むことは難しいし、非効率だし、魔力量は激減する。

 だがそれは不可能ということではない。

 僕は両足にタメていた魔力に意識を集中した。

 姿勢を左に傾けながら足元に集めていた『ブロウ』を一気に解き放つ。

 同時に僕は地を蹴る。

 魔力量20程度の微弱な魔法。

 しかし、それは確かに二次的な力の作用があるということだ。

 僕の脚力と、僅かながらも生み出された風力によって、僕の身体は通常よりも早く動く。

 父さんは僕の戦法をわかっているし、僕の身体能力も同様だ。

 だから同時に思い込みがある。

 これ以上はできないという考えがあるはずだ。

 僕はそれを逆手にとり、隠れて開発していた『ジャンプ』を使ったのだ。

 ブロウを身体にまとわせ、意識的に風を操ることで移動を補助する。


「むっ!?」


 驚愕と共に声を漏らした父さんだったが、それも一瞬のこと。

 僕が回避した場所に視線を滑らせ、即座に態勢を整える。

 そう、今の行動はただの回避。

 反撃手段があったわけではない。

 ただ敗北の機会を先延ばしにしただけにすぎない。

 しかし時間は稼げた。

 回避により、父さんとの距離が三メートルは離れた。

 予想以上の機動力だが、それは奏功した。

 僕は父さんに背を向けて、全速力で走る。

 情けないが、父さんを見ながら後方へ走るよりも、こちらの方が距離を離せる。

 これがただの稽古で、相手が父さんでなければ使えない。

 相手が遠距離用の武器を持っておらず、背中を斬らず、手加減をしてくれる状態だから使える対処方法だ。

 父さんが僕のことを知っているように僕も父さんのことを知っている。

 父さんが手加減をすると言ったら、絶対にする。

 そしてそれは想定外のことが起きても、変わらない。

 僕が全速力で逃げれば『適当に加減した速度で追ってくる』はずだ。

 必然、僕は更に四秒もの時間を稼ぐことに成功する。


「逃がさんぞ!」


 父さんの声がすぐ後ろで聞こえる。

 すでに木剣を振りかぶっているだろう。

 一秒の猶予もないが、僕はすでに魔力を練っている。

 正しく言えば『すでに練っていた』だ。

 僕は振り向くと同時にしゃがんだ。

 頭上からは凶器が迫っている。

 姿勢を低くして避けられるはずもない。

 終わりだ。

 それは父さんの心中に浮かんだ言葉だろう。

 だが。


「ぐぬっ!?」


 父さんの頭上から落ちてきたものが、弾ける。

 水の塊。

 アクアだ。

 僕は魔力を練り、周辺三十メートル付近の水分を集め凝固させた。

 そしてその水分を手元ではなく『父さんの頭上に造り出した』のだ。

 空中に突如として生まれた水の塊は重力により、自然に落下した。

 僕はただ生み出しただけで、何かの力を与えてはいない。

 父さんの動きを予想し、時間を計算して、頭上に作っておいたということだ。

 ほんの一瞬でも父さんの視界を奪えた。これは大きい。

 僕は好機を確信し、右手に集めておいた30程の魔力を使い『地面に手をついた』のだ。

 瞬間。


「ぬおっ!」


 父さんは地面に足をとられてバランスを崩した。

 足元の土が僅かに盛り上がり、明らかに周辺の土とは違い、空気を含んでいた。

 固められた土、盛られた土、その違いは説明せずともわかるだろう。

 僕は地面に大気魔力を浸透させたのだ。

 大気魔法はそのまま、空気そのもの。

 それの質量に変化を与えることができるのならば、必然的に膨張させることもできるということ。

 地面に空気を送り、柔らかくすることで落とし穴を作ったのだ。

 名付けて『フォール』という。

 しかし所詮魔力量30では、僅かな変化しか与えられない。

 精々がひざ下あたりまで足が埋まる程度だ。

 だがこの時点ではそれだけで十分だった。

 父さんは視覚とバランスを奪われている。

 その状態で、僕が何かしらの武器を持っていれば勝てるかもしれない。

 だが、この試合の勝利条件はそれではない。

 僕はすぐに父さんの横に移動した。

 一瞬だけ遅れて、父さんは正面に向けて右手を伸ばし、左手で顔を拭いていた。

 しかしそこに僕はいない。

 横から手を伸ばし、父さんの背中に触れた。


「……はい、僕の勝ちだね」

「くっ! まさか、こんな方法を使うとは」


 試合の勝利条件は父さんの背中に触れること。

 そして敗北条件は、木剣を身体のどこかに当てられることだ。

 普通の試合ではこんな面倒な勝利条件はない。

 一本取れば終わり、というのが一般的だろう。

 しかし僕は魔法を扱い、父さんは剣を扱う。

 僕の魔法が父さんに触れれば、危険だ。

 僕に至っては、父さんの攻撃を避ける手段が、雷火の防御部分で防ぐというものしかない。

 もちろん単純な回避もできるが、いかに俊敏でも、長くは持たない。

 剣であれば、受け、流し、弾きなど色々な手段があるが、僕には無理だ。

 当然剣に当たれば、僕は致命傷を受ける。

 そこを考え、いかに攻撃を受けず、回避をし、魔法を使って相手を倒すかの練習をしているというわけだ。

 同時に、僕の相手はである父さんは僕の姿を見失い、死角に回られた時点で、僕の魔法の餌食になる。

 それに魔法の再使用時間中でも、背後をとれるほどの俊敏さがあれば、魔法使いである僕の方が上手く立ち回ったことになる。

 そのためこういう勝利条件に設定したというわけだ。


「はあ、やっと十勝した……」


 父さんは顔を拭きつつ、落とし穴から抜け出ると嘆息した。


「十分だろう。最初に比べれば、身のこなしは格段に上達している。

 魔法も単純な威力押しではなく、活用し、相手の弱点や隙を作りながらも使用ができるようになっているし、大したものだ。

 何より、新しい魔法を常に考え、それを実践レベルにしているところが素晴らしいぞ」

「……父さん、息子を褒めすぎるのはどうかと思うよ」


 子供とは褒められることを何よりも欲する。

 しかしそれが常態化すると、過剰な自信を抱いたり、増長する。

 無闇に卑下する必要はないが、褒めすぎるのもよくはないだろう。


「息子自身が言っても説得力がないがな」

「……そ、そうだね」

「しかし先ほどの、ブロウの改良魔法らしきもの。さすがに驚いたぞ」

「うへへ、そうでしょ? でも調整が難しくて、思った方向に移動できなかったりするんだ。

 まだ研究が必要なんだよね。将来的には空を飛びたいんだけどさ」

「空を? 鳥のようにか? ふむ…………それは夢が広がるな」


 父さんは明らかに目を輝かせていた。

 それも当然だ。

 だって男だからね。

 それが男の浪漫というものだ。


「うん、そうなったら父さんを抱えて飛んであげるよ」

「その時を楽しみにしておこう。空か……ふむ、いいな。空か……」

「お二人さん。楽しそうに話してるところ悪いんだけど、あたしもお父様と試合したいんだけど」


 マリーは呆れた様子で、僕達にジト目を向けていた。


「あ、ごめん、姉さん」

「これはすまない。つい話し込んでしまった。では始めよう」


 マリーは嘆息して、木剣を抜くと、父さんと対峙する。

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