第30話 見えない変化

 青い顔をしたグラストさんが目の前にいる。

 ここは僕の家の居間。

 いつも通り、僕達家族は全員集合している。

 テーブルにつき四人全員でグラストさんの様子を見て、心配そうにしている。

 僕も同じだ。

 あの日、発雷石と雷光灯を発明してから、数日。

 連絡がなかったのだけど、今日になって、グラストさんが訪ねてきたのだ。

 結果を聞こうとした僕達だったけど、グラストさんの表情を見て、どう聞いたものかと悩んでいた。

 とりあえず家に招いて、話を聞こうという態勢を整えた。

 というのが今の状況だ。

 一体どうしたのか。

 まさかまったく売れずに困ってしまったのだろうか。

 それならば僕の責任だ。

 誰も僕を責めないかもしれないけど、僕の責任であることは間違いない。

 僕は不安を抑え込みながら、グラストさんの言葉を待った。

 そしてグラストさんは目を泳がせながら、ふるふると唇を震わせた。


「――完売した」

「へ?」


 僕は思いもよらない言葉を受けて、素っ頓狂な声を出してしまった。

 完売?

 あれ? 売れたの?


「それはよかったが、ならばどうしてそんな顔をしている?

 もっと喜べばいいだろう?」


 父さんの言葉はもっともだ。

 僕達全員が同じ気持ちだったはずだ。

 しかしグラストさんの姿勢は変わらない。


「売れたのはいいんだ。知り合いの店に商品を置いて貰って、すぐに完売したらしい。

 問題は……その……売れすぎた」

「売れすぎた?」

「ああ。一瞬で売れた。店で商品を見つけた客が口コミで宣伝したらしくてな。

 すぐに売れちまった。値段もお手頃にしたからだろうよ。

 大好評で、誰が作った、どうやって作ったって質問攻めにされちまってよ……。

 も、もちろん誰にも言ってねぇよ。そんでよ……もっと作ってくれって頼まれちまって」


 グラストさんがちらっと僕を見た。

 ああ、なんだそういうことか。


「つまり、シオンに手伝ってほしい、と頼みに来たのか?」


 雷鉱石の加工自体は誰でもできる。

 問題はフレア、つまり火魔法だ。

 雷鉱石の精錬過程において、フレアは必須で、それがないと電気発生という特性がなくなる。

 僕の存在が必須というわけだ。


「わ、わかってる。もうかなり助けてもらってる手前、無理を言うつもりはねぇ!

 シオンが嫌だってんならそれでいい。もう終わりにする。

 けどよ、これだけ特殊な状況だ。やっぱ、商売人としては稼げる時に稼ぎたい。

 もちろん、手伝ってもらうなら報酬は出すぜ。

 それと、迎えにも来るし、イストリアからこっちまで馬で送りもする! ど、どうだ?」


 父さんがどうする? と視線で尋ねてきた。

 報酬が貰えるのは嬉しい。

 まあ、今のところお金は必要ないから、家に入れるだろうけど。

 それに以前、頼んだことも考えると、グラストさんと一緒にいる状況をある程度作っておいた方がいいだろう。

 今のままだと、グラストさんと会えるのは、父さんとイストリアに行った時か、グラストさんが家に来た時だけ。

 それだと色々と都合は悪い。

 ただ、時間がなくなるのはデメリットだ。

 魔法研究と鍛錬の時間が少なくなるのは抵抗がある。

 合成魔法の研究もしたい。

 しかし、今後を考えるとグラストさんの案に乗るべきでもあるだろう。

 それに、グラストさんの頼みだしなぁ。


「いいですよ」

「本当か!?」

「ええ。ただし、三日に一回まで。それとこちらの都合で休ませて貰うこともあるかもしれません。

 その時は事前に言いますけど。それと、長期間は難しいかもしれません」

「あ、ああ、それでいい。十分だ!」


 グラストさんは喜色満面で頷く。

 この年齢である程度の収入が期待できるのは大きい。

 仮に僕が所持できなくとも、僕が稼いだという事実があれば、父さんに何かをねだることにも抵抗が薄くなるし。

 結局、今日から手伝うことになった。

 中庭。

 僕はグラストさんの馬に乗り、家族達に振り向く。


「いいか、グラスト。遅くなる前にシオンを届けるんだぞ。

 さすがに行き来は大変だろうから、泊まってもいいが」

「ああ、悪いな。助かるぜ。きちんと面倒見るからよ!」

「どちらが見てもらっているのか疑問だが……。

 シオン、気を付けるんだぞ。それと一人で無茶なことをするなよ?

 魔法に関しては、おまえは暴走気味だからな」

「大丈夫だよ。安心して」

「それと……マリー。おまえは留守番しなさい」


 いそいそとグラストさんの馬に跨ろうとする姉さんに向かい、父さんが呆れながら言った。


「ええええええええええっ!? どうしてぇ!?」

「どうしてもこうしても、シオンだけで十分だろう」

「でも、シオンだけじゃ心配だもん!

 あたしがいた方が、きっと色々と助かるわ!」


 確かに姉さんがいた方が助かるし、僕としては心強い。

 最近では姉さんがいる時は、魔法実験をしていいと言われている。

 ただし、簡単なもので、危険な内容の場合は父さんが立ち会うようになっている。

 今のところはこれを順守している。

 そのため、父さんから信頼はされているようだ。

 ただ父さんは全面的に姉さんを信頼しているわけではない。

 これくらいならいいだろうという線引きをしてのことだ。

 実験自体、中庭か自室でするし、毎回母さんにも報告はしてる。

 遠方、親の目の届かない場所に行く場合、その限りではないということだろう。

 むしろ姉さんがいた方が無茶をしかねない。

 一応は、姉さんの立ち合いがあれば多少の実験はしていい、ということにはなっているからだ。

 父さんが考えているのはこんなところかな。

 僕は父さんの言いつけを守り続けているし、いい子でいる。

 手はかからないし、わがままも言わない。

 魔法関連だけ、自分の道を進み、迷惑をかけているけど。

 それ以外はまともなはずだ。

 だから父さんは、僕に対してしっかりしている息子という認識をしている。

 まあ、でもさすがにその信頼に応えすぎるのもどうかと思う。

 多分、これからはちょっとそこから逸脱することになるだろう。

 姉さんはずっとブーブー言ってる。

 普段から自分の主張をしている人はさすがだ。

 粘ればどうにかなると思っている。

 そしてそれは父さんには有効だった。


「わかった。マリーも行きなさい……グラストに迷惑かけるんじゃないぞ。

 それと危険なことはしない。いいな?」

「っ! ええ、わかってるわ! 大丈夫、あたしがシオンの面倒見るから!」


 どんと胸を叩き、マリーはすぐに馬に跨った。

 なんという早業。

 父さんは諦観のままに、ため息を漏らした。

 こういう時、母さんは何も言わない。

 後ろでにこにこしたり、困った顔をしたりするだけだ。

 家長である父さんを立てているんだろう。


「話がまとまったところで、そろそろ行くぜ。夕方には送るからな」

「ああ、頼んだぞ」


 言うと、グラストさんは馬を走らせた。

 家からある程度離れると、僕は舌を噛まないように気を付けながら話す。


「約束の品はどうですか!?」

「一ヶ月ほど待ってくれ! 腕利きの裁縫職人にも手伝ってもらうことになってるからよ!

 もう片方の依頼は考えがある! そっちは後でいいだろ!?」

「はい! 大丈夫です!」


 蹄の音がけたたましく響く中、僕達は大声で会話をする。

 姉さんは後ろから、僕に抱き着きついている。


「何の話!?」

「後で話すよ! ちょっと長くなるから!」

「むぅっ! わかったわよ!」


 それから数時間してイストリアに到着し、雷鉱石の加工を始め、昼を超え、午後三時くらいに店を出て、グラストさんに自宅に送ってもらった。

 滞りなく終わったことで、父さんも安心したようだった。

 それから、僕は定期的にバイトに行くようになった。

 合間の数日は、魔力操作に時間を費やすことにした。

 合成魔法を使うには、魔法に魔力を接触させる必要がある。

 姉さんと二人でやればいいけど、一人でできる方がいい。

 そこで僕は考えた。

 右手から魔力放出をする際、別の部位から魔力を放出できないか、と。

 右手の放出は60。

 残り40は体内に残っている。

 これを別の場所から放出できるかもしれないと思ったのだ。

 結果を言うと、少しはできた。

 右手と左手、両方に意識を集中させるのはとても難しかったけど。

 少しずつ、できるようにはなっている。

 他にも色々と考えていることはあるし、合成魔法には可能性が詰まっている。

 ただ、今はこの同時魔力放出ができるようにしたいと思う。

 合成魔法の実験はそれからだ。

 魔法の鍛錬をし、数日後にまたグラストさんの店に行き、合間に鍛錬。

 その生活をしばらく続けた。

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