第31話 ボルトと雷火

 約一ヶ月が経過した。

 八歳になった。

 僕は自室で魔力の操作鍛錬をしている最中だ。

 右手から魔力を放出し、同時に左手から魔力を放出する。


「ふぅ……何とかできてきたな」


 右手の魔力はサッカーボール程度。こっちは魔力が60。

 左手の魔力は野球のボール程度。こっちは魔力が20から30程度。姉さんの放出魔力と同じくらい。

 ほぼ同時に魔力は放出できた。


「ふふっ、これで合成魔法の実験を更に進めることができるぞ。うふふ、うへへっ」


 嬉しさのあまり口角が上がる。

 おっと、いけないいけない。

 まだ喜ぶには早い。

 これから色々と試さないといけないんだから。

 さて、じゃあ外に出て、実験をしようかな。 

 そう思った時、外が騒がしいことに気づいた。

 蹄の音。誰か来たのかな?

 僕は部屋を出て居間へ向かった。

 すると玄関から入ってきたのは、グラストさんだった。

 最近はよく会うし、大分親しくなっている。

 父さんと話していたグラストさんと目が合うと、僕は頭を下げて、グラストさんは手を上げた。


「こんにちは、グラストさん。今日は精錬日じゃないはずですけど」

「よう、シオン。ああ、今日の用事はそっちじゃねぇんだ」


 グラストさんはニッと笑うと手に持っていた鞄を掲げた。

 そこから何かを取り出し、僕に差し出してきた。


「ほら、約束の品だ。受け取りな」


 来た。ついに来た!

 僕が注文していた品が!

 僕は品を受け取る。

 思ったよりも軽いそれは、手袋だった。

 いや、小手に近いだろう。

 滑らかな手触りの革に手の甲と関節部分、指先と手のひら部分には金属がはめ込まれている。

 非常に頑強な印象が強い。


「おまえの指示通り、絶縁性の高いマイカと頑丈で耐火性の高い革を縫い合わせてる。

 鉄雷を埋め込んで、繋ぎには銅銀を使って伝導性を高めて、放電を促すようにもなってる。

 甲部分の金属は純度の高い鋼だ。念のため防御もできるようになっている。

 そして指先には高品質の火打石。摩擦でも着火するタイプで、比較的頑丈な上に数年は持つ。

 武器である防具、そして……最初の『魔導具』だ」


 グラストさんはしたり顔でそう説明した。

 それも納得がいく。

 これだけの出来だ。自信を持って当然だろう。

 グラストさんの後ろでは父さんが諦めの表情を浮かべている。

 この魔導具の作成依頼をしていることはすでに父さん達にも話している。

 何かあった時のためと、今後の実験のためという名目だ。

 しかも僕の行動の対価として要求しているので誰にも迷惑はかけていない。

 完璧である。

 ただ成長したら新調しないといけないというデメリットはあるけれど。

 僕はこの小手を『雷火(らいか)』と名付ける。

 雷火を装着すると、動かしてみた。

 思った以上に動かしやすいし、馴染む。

 これは素晴らしい出来だ。

 装飾もあり、拘りと技術力の高さが感じ取れる。


「すごいよ、これ……こんなにすごくなるとは思わなかった」

「へっ! 褒められるのは悪くねぇけど、それは実際に使ってからにしてくれ」

「うん。じゃあ、中庭で」

「おう。俺も雷魔法とやらを見たかったからな。楽しみだ」


 まだ合成魔法は父さんにも母さんにも見せていない。

 それに同時魔力放出も今日、ようやく完成に至り、姉さんも見ていない。

 左手からの魔力放出の鍛錬には一ヶ月以上が必要で、うずうずしていた。

 その間、どんな方法で魔法を使うか、色々と考えていた。

 今日はようやくその実験ができる。

 楽しみだ。ああ、高揚しすぎて、スキップしちゃうぞ。


「……これはまずいな。シオンが『うへへモード』になっている」

「あらあらぁ、何が起こるのか不安だわぁ」

「だ、大丈夫! 多分大丈夫よ!」


 なんて家族達の不安の声が聞こえるが、僕は気にしない。

 中庭の中央に移動し、みんなは家の入口で佇んでいる。

 僕は入口付近に向けて、手をかざした。

 まずは簡単なところから。

 僕は右手に魔力を集める。

 そして中指と親指を重ねて擦る。

 つまり指を鳴らした。

 カンという小気味いい音共に火花が散り、魔力に着火する。

 青い炎が『手のひらに触れた状態で生まれる』。

 この手袋は火にも電気にも強い。

 長い時間、触れていると問題があるが、短時間なら問題ない。

 つまり接近した対象へ魔法を使うことも、身体に触れた状態で魔法を発動することもできるということだ。

 背後から「おお!」という感嘆の声が聞こえた。

 みんな感心した様子だった。

 家族達はずっと魔法の実験に付き合ってくれていたし、グラストさんにも簡単な概要は伝えてある。

 手のひらに触れる距離で魔法、フレアを生み出すことは大きな進歩と言える。

 僕は手に触れているフレアを正面に放った。

 これはいつも通りなので、特に感慨はない。

 しかし即座に、左手から魔力を生み出し、離れたフレアに接触させた。

 爆発。

 爆風と共に衝撃が生まれ、周辺を炎で包む。 

 小規模爆発で、生物ならば一部が吹き飛ぶくらいの威力はある。


「うおっ!? なんだありゃあああっ!?」


 グラストさんがいいリアクションを見せてくれた。

 僕は思わず笑みを浮かべてしまう。


「今のは……? フレアとは違うようだが」

「あれはね、魔力を――」


 父さんに姉さんが説明をしてくれているようだった。

 ちょっと怒られていた。

 まあ、さすがにあれだけの威力だし、危ないと思うのは当然だろう。

 後で僕も謝ろう。

 次に、僕は右手にフレア、左手にフレアを生み出す。

 右手のフレアを放ち、左手のフレアを少し離れた場所で接触させた。

 結果は……何も変化なし。

 魔力がフレアとして確立された状態では、互いはシナジー効果を生み出さないらしい。

 互いに形を維持したまま、揺らめき、そのまま消えてしまった。


「今のはどういう意味なんだ?」


 グラストさんの疑問はもっともだ。

 何も変化はなかったし。


「……わかんない」

「恐らく、魔法同士を重ねた場合どういう効果があるのか試したのだろう。

 結果、何もなかったということらしい」

「なるほどねぇ。よくわかったな」

「ふっ、シオンほどではないが、私も魔法に関してはそれなりに調べているからな」

「むぅっ! あたしだって、知ってるもん!」


 父さんと姉さんがなぜか張り合っている。

 姉さんは僕に付き合ってくれてから長いが、父さんの方がこういうことには向いているみたい。

 考えることとか、勉強とか姉さんは苦手だしなぁ。

 まあ、それはそれとして同じ魔法は重ねても意味はないとわかった。

 では次だ。

 僕は右手と左手で魔力を編んだ。

 『魔法を使う前に』魔力同士を重ねる。

 すると見事に合体することができた。

 なるほど。魔力の状態――この場合は、大気を含んだという意味だけど――であれば合成は可能らしい。

 大気魔力は結合する、ということか。 

 僕はその状態で、放出しつつ、指を鳴らして着火する。 

 普段のフレアの二倍程度の火が放たれた。

 それが数メートル離れた場所で停止し、煌々と灯り続ける。

 十秒程度経つと消えた。

 なるほど。

 魔力量が増えると魔法の威力も上がり、持続時間も長くなるらしい。

 ただのフレアでは威力が低く、触れても大して威力はないが、合成魔法フレアの場合は暖炉の焚火くらいの火力はある。

 触れればすぐに消火しなければ大火傷を負うだろう。

 これはかなり有効な魔法だと思う。


「ってことは、今のは魔力同士を重ねたフレアってことか。

 魔力の時に合体させたってことかよ?」

「恐らくは。さすがシオン。様々な状態で試し、結果を鑑みているようだ。

 見ろ、あの真剣な横顔。思案顔を。我が息子ながら精悍な顔つきを!」

「だらしなく頬を緩めてるようにしか見えねぇけど。ちょっと気味悪いぞ、あれ」

「お父様も最初は、グラストおじさんと同じようなこと言っていたのよね……」


 父さんとグラストさんの話に、姉さんが冷静なツッコミを入れていた。

 でも僕はこの興奮を抑えきれない。

 僕は色々と思った以上の結果が出て、もう興奮の限界だった。 

 嬉しくて、えへえへと笑ってしまうのもしょうがない

 長い間欲しかったものが手に入った時、子供でも大人でも嬉しくて興奮して跳ねまわって、笑顔を振りまくよね。

 それと同じだ。

 多分、同じだ。


「ふん、おまえにはそうとしか見えないのか。あれほど凛々しい横顔を」

「……この親馬鹿」


 グラストさんと父さんの会話は置いておいて。

 僕は実験を続ける。

 火魔法に関しては、魔力濃度を高くした状態、つまりガスフレアでも試した。

 結果、フレアと同じく、ガスフレア同士は変化なく、片方が魔力であれば小規模の爆発を起こし、魔力同士を重ねて発動すると、高火力のガスフレアが生まれた。

 多分、バーナーのような感じだ。

 もしかしたら鉄にも穴を空けたりできるかもしれない。

 さて、フレアに関してはこれくらいでいいだろう。

 本題だ。

 僕が雷火を作ってもらったのは、雷魔法のためである。

 火魔法はおまけのようなものだ。

 通常、魔力放出に電気を接触させても、対象に向かって走らせることは非常に面倒だった。

 自分から魔力を放出し、雷鉱石に触れさせると、雷鉱石から自分の方向へ電流が走る。

 そのため相手に向かって流すには。相手までの距離分の魔力を伸ばした後、魔力の中央辺りに雷鉱石を触れさせ、自分と相手、同時に電流を走らせるというよくわからないことをしなければならなかった。

 もちろん、魔力を放出し、雷鉱石と対象を繋ぐような形で魔力を配置させることもできる。

 しかしそれには一旦魔力を編み、外側から双方へ接触するように移動させなければならない。

 面倒な上に、有用性は低いというわけだ。

 しかし雷火があればそんな悩みは解決する。

 結果はすぐわかるはずだ。


 僕は両手に魔力を生み出した。

 その状態で、両手を広げる。

 腰を捻り、両手を突き出すと同時に、左右の手首をくっつける。

 手首を返し、両のてのひらを対象へ向けて開く。

 つまり某有名漫画の、あの必殺技のような構えだ。

 その状態になると、雷火の手のひら部分から放電される。

 鉄雷同士が反応して、放電したのだ。

 伸びた魔力に触れ、一気に電流が走る。

 正面、瞬間的に伸ばした魔力の道に、電気が我先にと流れた。

 赤い閃光と同時に、轟音が生まれる。

 小さい雷が横に流れた。

 十メートルほどの距離まで走りきると、赤い稲妻は消えていった。

 僕は手を震わせて、大きく息を吐いた。

 これだ!

 これだよ! 

 僕はこれを夢見ていたんだ!


「で、できた。できたああああああ! ついにできたぞおおおおおっ!

 雷魔法……いや『ボルト』の完成だあああっ!」


 僕は歓喜に打ち震え、叫んだ。

 ついにできた。

 長い間、中途半端な結果しかできず、思い悩み、どうしたものかと考え続けた。

 そして今日、ようやくその努力と苦労が実を結んだのだ。

 最初の魔導具『雷火』と雷魔法『ボルト』の完成。

 そして合成魔法の発見と、その実験結果。

 すべては上手くいった。

 これまで遅々として進んでいなかった魔法研究が一気に進んだのだ。


「す、凄まじいな、これが雷魔法か。思った以上の結果だったな」

「今まで見た中で一番すごかったわ……。ねえ、シオン。シオン?」


 遠くに離れていたマリーが近づいてきて声をかけてくる。

 僕が反応出来ずにいると、マリーは僕の肩に触れた。


「シオン!? な、泣いてるの!?」

「うえぇ、姉さん、やったよぉ、僕やったよぉ……」


 泣いてしまった。

 嬉しかったのだ。

 だってずっと魔法に憧れを抱いて、色々と悩んで、苦しんで、それが実を結んだのだ。

 こんなことは現実はないと、否定され続けて、それが現実になったのだ。

 フレアが完成した時も嬉しかった。

 でも、一気に色んなことがわかり、いろんなことができるようになって。

 なんというか嬉しいことの連続で、たまらなくなってしまったのだ。

 馬鹿らしいと思う人もいるだろう。

 でも魔法が使えるなんて、普通はあり得ないのだ。

 こんなことは現実ではあり得なかったのだ。

 それが自分の力で実現できた。

 それが嬉しくてしょうがなかった。


「もう、ほんと、シオンは泣き虫なんだから」


 姉さんが優しく僕を抱きしめてくれた。僕は抵抗なく姉さんの抱擁を受け入れる。

 魔法も家族もこの世界で授かった。

 僕はこの世界に来るためにあっちの世界で生まれて、魔法に憧れを抱くように育ったのではないかと思うほど。

 この世界での生活は幸せで溢れていた。

 

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