第29話 合成魔法

 さて、しばらくは連絡が来ないだろうことを見越して、今できることをしておこう。

 研究は頓挫しつつあるけど、気になっていることが一つあった。

 僕は幾つかの道具を持って中庭に向かった。


「あら? シオン、今日は何をするの?」


 剣の素振りをしていた姉さんがうっすらを汗を掻いていた。

 爽やかな情景だ。

 僕には程遠い情景でもある。

 姉さんは汗を拭いつつ、僕の下へ来ると、手元に視線を移した。


「コップと蝋燭? 何に使うの?」

「まあ、見ててよ」


 僕は中庭にある平らな岩の上に二本の蝋燭を置いた。

 火はフレアではなく普通に焚火から頂いている。

 風はあまりないので火は揺らめくだけで消えはしない。

 僕は一本の蝋燭の上からコップを被せた。

 すぐにコップを上げると火は消えている。


「火は酸素がないと燃えない。だからこうやって密閉空間にすると消える。

 それは姉さんも知ってるよね?」

「え、ええ! し、知ってるわよ!」


 これは間違いなく知らなかったな。

 まあ酸素の下りは別として、何かを覆いかぶせたりして消すなんてことはこの世界でも比較的知られている。

 だけど暖炉の火は水で消すか、そのままで自然消火させることが多い。

 それに普通のランプは息を吐いて消すものが多い。

 火に蓋をする方法は一般的ではあるけど、我が家ではあまり見かけないだろう。


「それで、それがどうかしたの?」

「うん。普通の火はこうやって消えるけど、魔法の火はどうなのかなって思ってね。

 ちょっと試しにやってみようかと」

「消えるんじゃないの?」

「さあ。どうかな」


 僕は右手をかざしてガスフレアを生み出した。

 持続時間は三秒ほど。

 十分だ。

 僕は即座にガスフレアにコップを被せた。

 そしてすぐにコップを開けてみる。


「あら、消えてないわね」


 そう、消えていない。

 酸素がないはずなのに、消えていない。

 これはどういうことなのか。

 まず普通の火は点火源、酸素、可燃物質が必要だ。

 以前、火魔法は魔力を可燃物質としているんじゃないかと考えたこともあった。

 だが、魔力を可燃物質としていても、酸素は普通に供給されていると考えていた。

 しかしそれは間違いだった。

 火魔法では酸素は必要なかったのだ。

 では魔力は可燃物質と酸素の特性を持っているということなのか。

 否、そうではない。

 そもそも雷魔法に関して、魔力を接触させた場合、電流を走らせるという結果が出た。

 そのことから魔力は可変性の何かしらのエネルギーで、触れる現象によって反応が違う、いわば増幅、あるいは現象状態を保持したまま現象を起こすような特性を持つもの、だと僕は認識している。

 それに加えて酸素は必要ないとわかった。

 これは魔力がその現象の必要な要素すべてを補っているということだ。

 酸素がなくとも、可燃物質がなくとも、火という現象に接触させたことで、同条件上でなくとも、魔法は維持されるということ。

 つまり魔力は、どんな状況でもその現象自体を増幅させ続けることができるということだ。

 しかし水をかけると火魔法は消えた。 

 これについてはやや疑問は残るけど、もしかしたら火の魔法だから、なのかもしれない。

 つまり火の魔法であるが故に、水が苦手。

 反対属性のものだから、相殺されたということ?

 うーん、この部分はまだ曖昧だな。

 水で消えたという部分に関しては保留にしておこう。

 フレアの火は、物質に特殊な影響を及ぼす。

 雷鉱石の特性をなくさないように加工もできたし。

 ただの火ではない、ということはわかった。


「でもそれがわかったからって、何かあるの?」

「まだ何とも。ただ普通の火とは違うってことはわかった。

 これは雷魔法の方も同じだろうね」


 と、その瞬間、閃いた。

 僕は勢いよく立ち上がり、中庭の中心に移動した。


「どうかしたの?」

「姉さん、ちょっとやりたいことがあるんだ。

 姉さんは、魔力の体外放出はできるでしょ?」

「ええ、できるわよ。魔力放出量が少なくて、あんまり安定しないけど」


 姉さんもフレアは使える。

 ただし僕の魔力放出量よりもかなり少ないためか、火の維持があまりできない。

 そのため体外放出してからすぐに消えてしまうため、まともに扱えていない。

 僕の放出量が60なら、姉さんは20から30程度だと思う。

 ただ魔力のコントロールは僕よりもうまいと思う。

 手のひらの上で魔力の光を複雑に動かしたりもしてるし。

 僕はまだできない。


「じゃあ、僕がそこにフレアを撃って、空中で止めておくから、そこに魔力の塊をぶつけてくれる?

 一応、離れて撃ってね」

「それは構わないけど」


 首を傾げつつも了承してくれた。

 フレアには酸素も可燃物質も必要ない。

 そしてフレアは魔力を燃料に姿を保っている。

 だったらフレアが発現している状態で、魔力を与えればどうなるか。

 火に火を当てても、普通は意味がない。

 薪のような燃料なり、酸素なりを供給すれば別だけど、火という現象自体は重ならない。

 だけど火魔法はその存在自体が魔力の消費をしているもので、フレア自体がすべての要素を兼ね備えている。

 つまりフレアに魔力をぶつければ、さらに強力なフレアになるのではないか。

 僕はそう考えた。

 僕は空中にフレアを放つ。

 虚空で停止したフレアに向けて、姉さんが魔力を放った。

 さてどうなる。

 一気に燃え上がるか。

 それとも火力が上がるか。

 または特殊な、色の変化が起きたりして。

 僕は期待を胸に、結果を待った。

 接触。

 そして。

 ドカンというけたたましい音。

 衝撃と豪風が僕を襲う。

 熱と光が発生し、僕の視界を埋めた。

 それは一瞬の出来事。

 青い炎が弾け、空中で爆炎を放った。

 間違いなく、それは『爆発』だった。


「きゃっ!」


 姉さんの悲鳴が聞こえた。

 慌ててそちらを見ると、どうやら尻餅をついただけのようだった。

 僕がほっと胸をなでおろした瞬間、炎は跡形もなく消え去った。

 空中での現象だったために、周辺に被害は残っていなかった。


「な、何だったの、今の!?」


 姉さんは目を白黒させている。

 僕も動揺している。

 まさか、あんなことになるなんて思わなかった。

 どうして?

 ただ魔力を供給しただけなのに。

 なぜ、爆発なんてしたんだ?

 急激な魔力供給によって暴発した、と考えるのは難しかった。

 なぜなら僕の魔力放出量の半分以下の魔力を供給した程度で、フレアの威力が著しく上がるとは思えなかったからだ。

 あの爆発は明らかに、かなりのエネルギーを内包していた。

 魔力をぶつけただけという理由で。

 僕は立ち上がり、姉さんの手を引き、起こしてあげた。


「大丈夫、姉さん?」

「う、うん。ちょっとびっくりしたけど……シオンはこうなるってわかってたの?」

「ううん、僕もこんな結果になるとは思わなかったよ。火力が上がるくらいだろうなって思ってた」

「そ、そう。どうしてあんな風になったのかしら。魔力が触れただけなのに」


 そう魔力が触れただけ。

 触れただけで爆発した。

 まるで爆薬に火が着いたみたいに。

 魔力が爆薬?

 そんなまさか。

 いや、待てよ。

 魔力は可変性物質だと僕は考えている。

 それは多分間違ってないと思う。

 でも、そもそも何か引っかかる。

 魔力は火に触れると燃えた。

 魔力は電気に触れると放電した。


 火、燃える、酸素、可燃物質。


 電気、流れる、放電、雷。


 電流……電流?


 僕ははたと気づき、すぐに庭の隅にある雷鉱石に近づいた。


「シオン!? どうしたのよ!」


 姉さんが急いで僕の後を追ってくる。

 僕はすぐに魔力を生み出し、雷鉱石に触れさせた。

 電気が魔力を伝う。

 電流の形は『茨』のようだった。

 雷の印象そのまま。

 しかしなぜ電流がこのような形になるのか、その理由を考えれば疑問は氷解した。

 魔力の中を走る電流は、なぜか『大気を走る雷と同じ形をしている』のだ。

 これはどういうことか。

 僕は魔力を手のひらの上に生み出す。

 淡く光るそれは、魔力。

 魔力であるが――そうではなかったのだ。


「そ、そうか! そうだったんだ! これは魔力じゃない! 魔力じゃないんだ!」

「え? で、でもそれが魔力だってシオンが言ったんじゃない」

「うん! そうだよ、これは魔力! でも魔力じゃない!

 これは『魔力に反応している空気』だったんだ!」


 僕は確信と共に、魔力を眺める。

 そうだ。

 魔力は体外放出、帯魔状態では光を放っている。

 それはつまり大気と反応しているということだったのではないだろうか。

 光の増幅は紫外線?

 日光に反応してるのか?

 それならば熱が発生していることにも合点がいく。

 その時点では魔力が空気に反応しているとは判断できない。

 だけど、雷魔法の発動には明らかに空気抵抗があった。

 フレアには酸素は必要なく、魔力だけで燃焼している。

 そして雷魔法は空気抵抗がある状態。

 これはつまり魔力が酸素の役割を担っているということ、現象の増幅をしているということの布石でもあったのでは。

 これだけではその事実はわからない。

 だがフレアは確かに酸素なしで燃えたし、フレアに大して、酸素に反応した魔力を与えると爆発した。

 魔力が現象、いやこの場合は物質に反応し、その対象の特性を増幅するのなら。

 体外放出した魔力は酸素を多分に含み、その特性を増幅させたもの。

 それがフレア、つまり火に接触した。

 過剰な酸素供給によって、あるいはそれに類する何かの反応によって――爆発したのではないか。

 魔力は放出した段階で空気に干渉しているため、その特性に影響を受けている。

 そうなると一つ疑問が浮かぶ。

 ではなぜ空気干渉した魔力が普通の火に接触した場合は爆発しないのか。

 これは普通の火と魔法の火であるフレアの特性が違うということだろう。

 そして、魔力は魔力同士で干渉し、反応する。

 それはゴブリンとの戦いで魔力に接触すると反応があることも知っているので、間違いではない。

 つまり増幅した魔法を、空気に触れた魔力で増幅させたことで、魔法が爆発的な威力を生み出した。

 それが先ほどの爆発なのではないか。


「ああ、ああ! こ、これは、かなりの進展になっているかも!

 来た来た! 来たよ。これは! うへっ!」


 僕は興奮し始めていた。

 大きなきっかけが目の前に訪れた。

 これは間違いない。 

 ブレイクスルーの機会が訪れたのだ。


「また変な顔してる……もう、嬉しそうにしてるからいいけどさ」

「姉さん! 姉さん! ちょっとこっち! 手伝って!」

「はいはい、どうすればいいの?」

「僕が雷魔法を使うから、そこに魔力をぶつけて」

「……また爆発するんじゃないの?」

「僕の見立て通りならしないよ! でも、少し離れてね!」


 テンションが上がりすぎてしまっているため、自分の言動がよくわからない。

 でも止まれそうになかった。

 僕はできるだけ長い魔力の棒を生み出して、雷鉱石に触れさせた。

 姉さんに合図をして、棒の先端部分に魔力を当てて貰う。

 電流は一瞬。

 だけど、先んじて姉さんの魔力を触れさせていたため、その先端はよく見えた。

 電流はその接触点から消えてしまった。


「消えた……? どうしてかしら。フレアは爆発したのに」

「空気抵抗があるからね。大気に触れている魔力が、電流を阻害したんだと思う。

 つまり、これで間違いない!

 この魔力は大気に触れて、空気や酸素を、他の現象と同じように増幅してる!」

「……全然わかんない」

「僕もよくわかんない! でも、わかるかもしれないってことはわかった!」


 僕は喜びを隠そうともせず、浮き足立っていた。

 そんな僕の様子を姉さんは、嬉しそうに眺めてくれていた。

 この瞬間が好きだ。

 魔法の研究では、頓挫したり、上手くいなかったり、失敗したりもする。

 でも時々、こうやって進展がある。

 これがたまらなく嬉しく楽しい。

 研究とかしている人は、こういう快感を得ているから、やめられないのかもしれない。

 今日からまた新たな境地に足を踏み入れるだろう。

 そういえば今日は母さんが出かけている。

 そのため爆発がしても家から出てこなかったのは助かった。

 さすがにこれだけ騒ぎを起こせば、問題視されていただろうし。

 一先ずは。

 この魔法を『合成魔法』と名付けることにした。

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