第15話 ゴブリン襲来1

 相変わらず、研究は進んでいない。

 この状況だともう限界らしい。

 自室で僕は一人でうんうんと唸っていた。

 毎日、習慣になっている帯魔状態から集魔状態への移行。

 これを何度も繰り返し、魔力が枯渇する寸前まで続ける。

 そして総魔力量と、魔力放出量の上限を増やす。

 その鍛錬も少しずつ、効果がなくなり始めている。


「トラウトから得られた情報を元に、研究を続けるのはもう無理っぽいな」


 アプローチ方法を変える必要がありそうだ。

 しかし、魔法に関する情報はない。

 トラウトの現象は姉さんが見つけてくれたが、他に同じような現象は知らない。

 だがある程度の見当はついている。

 現段階では、魔力を持っているのは生物だけだ。

 では魔力を持っている別の生物を探せばいい。

 いるかどうかは別として、今持っている情報を元に考えると、これくらいしか指標がない。 

 その上で、当たりをつけている。

 魔物と妖精。

 この二種類の生物。

 妖精に関しては微妙だけど、生物という概念に近しい存在ではある。

 僕の中では幻想生物に類している二種だ。

 異世界において、魔法に関わるだろう生物といえば、魔物と妖精しかいないと思う。

 まだ魔物は見たことがないし、妖精も遠目でしか見てない。

 魔物は遭遇して研究することなんて無理だろうし、妖精を手に入れるのは困難だろう。

 欲しいものはあるにはあるが、子供が欲しがるようなものではない。

 さてどうするか。

 考えても何も浮かばず、結局いつも通りの魔力鍛錬を続けることしかできなかった。


   ●○●○


 半年が経過し、僕は七歳になった。

 成長はしているが、魔法の研究はほとんどそのまま。

 どうしたものかと考えて、結論が出ずに、日々を過ごしている。

 そんなある日のこと。

 自室で魔力鍛錬をしていた僕は、右手に集まる魔力の塊を眺めていた。

 帯魔状態、集魔状態、そして最近では魔力維持の練習も行っている。

 大体は数秒が限界だが、少しずつその秒数も増やせている。

 今は十秒程度まで維持が可能になっていた。

 魔力の固着に至っても、あまり感慨はない。

 魔力の操作自体に、何か意味があるわけではないからだ。

 最初は勝手がわからず、強い感情を以て、魔力を放出していた。

 でも、感情は意志でもあるという考えに至った僕は、比較的簡単に魔力を放出することに成功。

 完全な無機質な感情と意志では魔力は発生しないが、明確な感情は必要ないようだった。

 恐らくは慣れだ。

 何度も続けていた魔力放出により、感情の加減がわかり、意志に伴い、魔力が生まれるようになった。

 簡単に言えば、行動や意志の根底には感情がある。

 明確な感情ではなくともそこには必ず僕が何かを求めて、何かをしようとしているはずだ。

 この場合の感情は欲求という表現の方が妥当だろう。

 意識が混濁している状態、混乱していたり、極度の疲労の状況では別だが、正常な時は前述の通りになるはず。

 つまり適度な感情と意志があれば魔力は放たれる。

 酷く曖昧だが、恐らく感情、意志、欲求の割合によって魔力が放出されるということだ。

 その塩梅がわかるまではかなり修練が必要だった。

 そこまで行くと、また壁にぶつかったわけだけど。

 今度こそ、頭打ちだ。他に何も指針がない。

 やはり魔物と妖精をどうにかして手に入れるか、接触できれば。

 思考を巡らせていた時、階下でバタバタとかたたましい足音と声が聞こえた。

 何事かと、僕は階下へおりる。

 外は大雨で、水音がうるさい。

 しかし意識を集中するという環境では、まったく無音よりは、雨音がする方がいい。

 あくまで僕は、だ。

 雨の音って、なんか落ち着くんだ。

 一階に下りて居間に向かうと、外套を羽織ったままの父さんが、ずぶ濡れで立っていた。

 その傍には、数人の村人。大人の男性が同じような恰好で、表情を硬くしている。

 母さんと何やら話しているようだ。

 何やら様子がおかしい。

 こんなことは今までなかった。

 不安に思っていると、二階から姉さんが下りてきた。

 彼女も気になって一階に来たのだろう。

 二人して、父さんたちのところへ移動すると、僕達に気づいてくれた。


「あの、何かあったの?」


 どうしたものかと大人同士で視線を合わせていたけど、父さんが口を開いた。


「ゴブリンだ」

「ゴブリン? って、も、もしかして魔物!?」

「ああ、そうだ。この近辺でゴブリンを数体、見かけたという証言があってな。

 危険だが、討伐しなければならなくなった。家から絶対に出ないようにしなさい」


 ゴブリンと言えば、魔物の代表的な存在。

 多くは雑魚敵として描かれており、駆け出しの勇者や冒険者の獲物のはず。

 この世界も同じようなものなのだろうか。

 しかし、その割には全員の顔は真剣だし、青ざめている。

 父さんは母さんに向き直ると言った。


「村の女性、老人と子供達は全員ここに集める。

 全部で三十人ほどだ。男達でゴブリンの巣に行って討伐してくるから。決して外に出るな」

「ええ、わかりました」


 いつも柔和な表情を浮かべている母さんだったが、今日に至っては表情が硬い。

 大人達が狼狽しているだけで、こんなに不安に思うものか。

 僕も中身は大人だけど、何も知らない子供でもある。

 マリーも同じだったのか、僕の手をぎゅっと握った。


「だ、大丈夫。お父様達がやっつけてくれるから。それに、あたしが守ってあげるからね」


 マリーは剣を腰に携えていた。

 確かに彼女の剣術は子供にしては大したものなのだろう。

 でも実戦経験はないし、あくまで子供にしては、だ。

 魔物相手に通じるのだろうか。

 僕には漠然とした不安しかない。

 それに魔物と聞くと、どうしてもゲームのような印象が強く、実感が薄かった。

 その上、相手はゴブリン。

 こんなに狼狽える者なのだろうかという疑問は浮かぶ。

 しかしみんなの反応からして、かなり危険な生物であることは間違いない。

 考えを改めた方がいいようだ。


「では、私達は巣に向かう。なあに、二匹程度しかいないようだし、大丈夫。

 男達全員でかかればなんとかなるだろう」


 恐らく、父さんは安心させるために言ったのだろう。

 母さんに向けての言葉だったが、明らかに僕達にも聞こえるように言っていた。

 でも僕はその言葉で、現実を理解し始めてしまう。

 男達全員で、と父さんは言ったのだ。

 村の大人の男性は十五人はいる。

 その全員で二匹を倒す。

 そうしなければ倒せない。いや、もしかしたらそれでも簡単ではないのかもしれない。

 それほどに危険なのか。

 僕は瞬時に、状況を把握し、そして反射的に父さんを呼び止めた。


「と、父さん」

「シオン、悪いが、時間がないんだ。話なら後にしなさい」

「す、すぐ終わるから。父さん、ゴブリンは外から二階に入るだけの知恵や身体能力はある?」


 怪訝そうにしていた父さんだったが、すぐに答えてくれた。


「いや、それはない。奴らは頭が悪いし、家の外壁にはおうとつが少ないから登れないだろう」

「だったら、僕達は二階で閉じこもっておくよ。

 一階の入り口は家具とかでできるだけ入れないようにしておく。

 その方が、仮にゴブリン達が来ても、入れないよね?」


 僕が言うと、父さんは指を顎に添えて、考えていた。

 隣にいた母さんや大人達がが驚いたように僕を見ていた。

 マリーは不安そうに動向を見守っている。


「確かに……では、そのようにしてくれ。私達が戻ったら二階に聞こえるように合図を送る」

「うん、わかった。父さん達が戻ってくるまでは部屋を出ないから」


 父さんは鷹揚に頷くと、僕の頭を撫でた。


「頼んだぞ、シオン」


 そしてすぐに離れると大人達を引きつれて外に出た。

 マリーの手は僕の手を掴んだまま。 

 その力が、少しだけ強くなった気がした。


「そ、それじゃ、みんなが来る前に窓に板を打ち付けましょう。

 く、釘はグラストくんから貰ったものがあるし、板はこういう時のためにおいてあるから。

 え、えと、ど、どこにあったかしら」


 母さんはおろおろとし始める。

 緊急事態には弱い性格のようだ。


「中庭の倉庫にあったはずだから、持ってくるよ。母さんは釘を集めておいて。姉さん、行こう」

「え、ええ、わかったわ。お願いね」

「う、うん」


 二人ともかなり狼狽している。

 少しでも冷静な僕が仕切った方がよさそうだ。

 そう思い、僕は中庭の倉庫から板を運び始めた。

 その後、すぐに村中の老人、女性、子供が家に集まり、事情を説明すると、手伝ってくれた。

 マロン、レッド、ローズも一緒だ。

 全員で板を運び、窓に打ち付ける。

 扉にも板を幾つか打ち付けて、ついでとばかりに家具で塞いで入れないようにした。

 これなら多少は障害になるはずだ。

 ゴブリンがどんな魔物かは知らないけど、簡単に侵入できないだろう。

 総勢三十人の戦えない人たちは不安そうに一階で集まっている。

 母親は子供達を抱きしめ、老夫婦は手を取り合い、誰もが不安を表に出していた。

 僕も、母さんも、マリーも同じ。

 でも、まだやるべきことはある。


「えーと、みなさん。これから二階の部屋に行きます。

 ゴブリン討伐が終わるまで外に出ないでください。

 板はもうないので、部屋に入ったら家具を扉の前に置くようにしてください。

 それと、人数が多いので五から七人程度で部屋にいるようにしましょう。

 大丈夫、きっと父さん達がゴブリンを討伐してくれますよ」


 僕は落ち着きながら話した。 

 七歳の子供が落ちついているということがみんなに安心を与えたのか、多少は落ち着いたようだった。

 僕は全員を引きつれて二階に。

 二階の部屋は五つ。

 僕とマリーの自室。

 夫婦の寝室。

 書斎と客間がある。

 僕、マリー、母さん、ローズ、マロンの五人で入ることになった。

 レッドは家族たちと同じ部屋に。

 詳しくは知らないけど、ローズには家族がおらず、村長さんの世話になっているらしい。

 村長さんは戦えるので討伐に行っている。

 マロンは家族が多いので、母さんが面倒を見ることになった。

 レッドも家族たちと一緒だ。彼の家族は多いらしいので、別部屋になった。

 僕達はマリーの自室に入ることになった。

 飾りっ気は少ないが、ぬいぐるみが少しだけあった。

 カーテンやシーツも淡い色合いだったりレースだったりで、女の子の部屋っぽくはある。

 僕達は部屋に入ると、机を扉前に動かして、ベッドや椅子に座った。

 外は大雨で、様子がよくわからない。

 それが余計に不安を大きくしているような気がした。


 魔物か。 

 魔法の研究のため、調べたいと思っていたけど、これは難しそうだ。

 僕も、さすがに死にたくはないし。

 マロンはローズに抱き着いている。

 母さんとマリーは僕の隣に座り、手を握ったり、頭を抱いたりしてくれている。

 無言のまま時間が過ぎる。

 いつもと違う。

 こんなのは想像もしていなかった。

 でも現実なんてそんなものだ。

 備えもなく、いきなり不幸に見舞われたりする。

 僕も、そうやって死んだのだから。

 あんな思いは二度としたくない。

 そしてみんなにも味あわせたくない。

 僕は何も言わなかった。

 本当はゴブリンに関して聞きたかった。

 けど、今そんなことを話せば、みんなの不安を煽るだけだ。

 だから僕は黙して通した。

 それにゴブリン達がもしも近くにいたら、話せば場所を知らせてしまう。

 そんなことになれば危険だ。

 そういう思いがみんなにもあるのだろう。

 だからじっと我慢していた。

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