第14話 あどけなさと子供らしさと
馬車の荷台に僕とマリーが乗り、父さんと母さんは御者台に乗っている。
他の村人達も同じように馬車に乗っていた。
乗り心地は悪い。
でも、この世界で贅沢は言っていられないし、なにより街へ行けるというのが嬉しかったので、あまりストレスはなかった。
楽しみだ、という話を姉さんとしながら、道中を過ごす。
街道を進み、平原と森を抜けた。
道中で旅人らしき人や商人らしき人とすれ違う。
会釈をして、再び先を急ぐ。
そして三時間後。
「見えてきたぞ」
父さんの一声で、僕と姉さんは前方へ視線を向ける。
街だ。
思ったよりもしっかりした造りのようだ。
防壁もあるし、門衛もいるし、入場待ちをしている人達もいる。
結構広い気がするけど、これでも中規模なのだろうか。
鳥瞰じゃないからわからないけど。
列に並び、門衛の審査を受けると、僕達はイストリアの中へと入っていった。
大門を抜けた先にあったのはまっすぐ伸びた通り。
しかし先の方は左に曲がっており、遠くまでは見えない。
細道はあるが、大通りは直線ではないようだ。
建物で全体像が見えないけど。格子状に通りがあるような構造ではないようだった。
そのためかやや雑多とした印象が強かった。
なんというか整備されてない、発展途上の街、って感じだ。
でもこれだけ人が多いところに来るのは、転生して初めてだったので、落胆はなかった。
むしろ高揚感が強かった。
ここなら少しは魔法に関する情報を手に入れられるんじゃないだろうか。
村人達と一旦、別れる。
後で合流するみたいだ。
馬車が慎重に進む中、父さんは肩口に振り向きながら言った。
「まずは買い出しだ。それから鍛冶屋に寄って、帰宅する。
はぐれたら迷子になるから、絶対に私達から離れないように」
「「はーい」」
ああ、子供だから当然か。
これは自由に調査できそうにない。
それに魔法に関する何かを調べるにしても、何を調べたらいいものか。
図書館はこの国にはなく、書籍類を販売している店も早々ない。
他に何かないかと辺りを見回すくらいしかできない。
まあ、いいさ。
まだ子供だから見回れないけど、ある程度成長すれば自分で街へ来れるだろう。
その時のことを考えて、目星をつけておこう。
焦りはあるけど、無理に希望を言っても、わがままな子供だと思われるだけだ。
比較的、良い子でいるように心掛けているのに、その努力が台無しになる。
だから、今は良い。
とりあえず魔力の存在はあるし、もう少し研究のしようはあるだろう。
飽きてきてはいるけど、何もない状態に比べれば雲泥の差なんだから。
さて、街並みを観察しよう。
まず木造と石造の混合建築が多い。
造りは現代に比べると雑だけど、この時代なら普通だろうな程度の見た目だ。
僕達の服装はシンプルで色合いも地味。
男性はシャツとズボン姿が多く、女性はワンピース姿が多い。
正確には部分的に形は違ったりするけど、大体は同じだ。
街を行く人達も同じような感じ。
ただ鎧を着た兵士や傭兵のような人も散見した。
村にはいないタイプなので少し珍しい。
というか、ああ、ここは異世界なんだな、と改めて実感した。
剣と鎧があるのなら、魔法があってもいいじゃないとは思うけど。
通りをゆっくりと進みながら、途中で幾つかの店の前で止まると、僕とマリーは馬車で待たされた。
大概の店は狭く、大勢で行くと邪魔になるかららしい。
大型店舗なんてほとんどないらしく、大体は個人店だ。
だから、別に不満はなかった。
暇だけど。
それにしても、今日の姉さんは少し様子がおかしい。
いつも以上にニコニコしているしソワソワしている。
待っている間も、気もそぞろで、周囲を見回したりしている。
「どうかしたの、姉さん」
「え? ううん、別に何もないわよ?」
「そう? 落ち着かない様子だけど」
「……ふ、普通よ」
普通ではない。
明らかに何かを気にしている。
ただ、別に悪い方面で気にしている感じではない。
だったら別に言及しなくていいか。
そう思い、僕はそれ以上、何か問いかけることはなかった。
何店舗かはしごすると荷台の中には木箱や樽が増えていった。
僕とマリーの居場所はあまりなかったけど、まあ、何となく楽しくなってきた。
ほら、何もない車内より、荷物が多い車内の方がなんかワクワクするよね。
しない? 僕だけか。
「よし、買い出しはこれで終わりだ。次は鍛冶屋に行くぞ」
鍛冶屋。その言葉の響きに多少の浪漫は感じる。
だけど僕には関係ないことだ。
剣術は使えないし、何より僕は剣士より魔法使いを選ぶタイプだからだ。
鍛冶屋と聞くと、マリーのソワソワは限界に到達していた。
彼女の足元はガタガタと揺れ始めている。
貧乏ゆすりである。こんなマリーは珍しい。
鍛冶屋でなにかあるのだろうか。
そう思いながらも、何となく面白いので、マリーを観察するだけにとどめた。
そして、街に入って結構な距離を進み、細路地に至ると、馬車が止まった。
「よし、全員下りなさい」
「みんなで入るの? 大丈夫かな?」
「ここでは気にしなくていい」
荷台を下りて、店を見上げる。
子供だから、かなり大きな店に見えるけど、普通の店だ。
四人全員が入っても問題ないくらいには広い。
看板には剣と盾らしきイラストと『鍛冶屋グラスト』と書かれている。
父さんが中へ入ると僕達も続いた。
内部には多種多様な武器防具が飾られていた。
剣、槍、斧、槌、盾、鎧、ほかにも色々。
魔法に関する物はないかと探ってみたけど、やはりなかった。
モーニングスターはあった。でもこれは魔法関連の武器ではない。
僧侶とかが使いそうではあるけど。
「あー、いらっしゃ……あんだよ、ガウェインか」
けだるそうに出てきたのは父さんと同年代くらいの男性だった。
短髪の男性は僕達を見つけると、嘆息する。
細身だけど、身体は引き締まっている。
「なんだとは大した言い草だな。グラスト。お得意様だろう」
「あー、そうだな。悪い悪い。あれだな、注文の品を取りに来たんだろ?」
「ああ。できているな?」
「上等なの作ってやったぜ。嬢ちゃんの剣だしな。
おっと、自己紹介が遅れたな。俺はグラスト、こいつ……あー、おまえ達の父さんの、友達みたいなもんだ」
「こ、こんにちは。マリアンヌです」
「こんにちは。僕はシオンです」
僕とマリーが挨拶すると、隣で母さんが嬉しそうに笑った。
グラストさんはうんうんと頷き、父さんに向かって言う。
「おまえの子供とは思えないくらい礼儀正しいな、おい」
「殴るぞ」
「やめろ。おまえの拳はマジで痛いから。っと、ちょっと剣とってくらぁ、待っててくれ」
言うや否や、奥へ戻ると、すぐにグラストさんは戻ってきた。
手には小さい剣が握られている。
さっきも言っていたけど、もしかしてマリーの剣なのだろうか。
「ほらよ。子供用に刀身を短くして、重量も軽くしてある。
扱いやすいと思うぜ。鞘には装飾を施してあるから、かなりお洒落なはずだ」
マリーは父さんを一瞥する。
父さんが頷くと、マリーはグラストさんから剣を受け取った。
鞘には一部、宝石のようなものが施されていた。
鞘の表面には綺麗な模様が描かれており、貴族が持っていそうな剣だ。
安物とは思えないような見た目だった。
マリーが剣を抜くと、刀身が見える。
なるほど、確かに短い。脇差よりもさらに短いかも。
それでもギリギリ長剣程度の長さだ。
しかしかなりの業物なのではないだろうか。
素人目でも切れ味はありそうだった。
マリーは剣を再び鞘に戻すと、グラストさんに一礼した。
「あ、ありがとうございます」
「いいさ。金は貰ってるし。ただ結構、本腰入れて作ったからよ、頑丈だし、滅茶苦茶斬れる。
扱いには気をつけな。嬢ちゃんくらいの年齢で自分の剣を持つ子供は多くねぇ。
買い与えたってことは、それだけ嬢ちゃんを信頼してるってことだ。
その信頼を裏切らねぇようにしな」
言葉遣いは荒いが、そこには間違いなくマリーへの想いが込められていた。
会ったのは今日が初めてだけど、父さんから話を聞いているのだろう。
グラストさんからすれば、僕達は甥っ子、姪っ子みたいな感じなのかな。
グラストさんの言葉を受けて、マリーはぐっと唇を絞って、真剣な顔をした。
マリーは真面目だからな。間違いなく、信頼を裏切るようなことはしないだろう。
「しっかし、あのガウェインが子供を作るとはなぁ……いまだに信じられねぇよ」
「おい、グラスト。余計なことを言うなよ」
「え? 若い時は放蕩息子で、世界中を旅するとかわけわからんことに、俺を巻き込んで。
その旅の途中で、出会ったエマちゃんに一目ぼれして、リスティア国へ住むようになったとかか?」
「グ、グラスト! お、おまえ、喋られないようにしてやろうか!」
「やー、こわいー、やーめーてー、子供が見てるのー」
青筋を立てる父さんと、棒読みで助けを呼ぶグラストさん。
二人の関係はかなり深いようだ。
何となく羨ましいと思うと同時に、父さんもこういう顔をするんだなと、なんだか嬉しくなった。
父さんは我に返り、僕達を見ると、咳払いをして、佇まいを整えた。
まだ父さんの顔は赤いし、後ろでは母さんがクスクス笑っているけど。
「と、とにかく、ま、また来るからな!
それと、たまにはウチに来い。仕事ばかりしてるんじゃないぞ」
「誘いはありがてぇけどな、案外繁盛してんだよ。
突然、修理とか相談に来るお得意さんもいるしよ」
「誰か雇え。金はあるんだろ?」
「まあな。でも、店を大きくするために使いてぇんだよ。
それまでは一人でやろうかと思ってよ。ま、何とか回ってるし、現状、問題はねぇよ。
休むのが難しいってだけで。それに、おまえが会いに来てくれるから、いいだろ?」
「……たまにだがな。まあいい。また会いに来る。これからは時々、子供達も連れて来よう」
「お、そうか。へへ、次は坊主の方か。あー、じゃなくてシオンだったな。
おまえも剣術習ってんだよな?」
「ま、まあ一応習っていたというか……。
でも、まったく向いてないので、別のところで頑張ろうかと思ってます」
「そうか。まっ、親と子供は別だ。親が得意なことが子供が得意とは限らねぇ。
自分にできること、できないこと、したいこと、したくないこと。
この四つだけ気をつけて生きりゃ、それなりに楽しく過ごせるだろうよ」
「好きなことを仕事にしている人間の言葉は重いな」
子供のような笑顔を浮かべるグラストさんを見て、父さんは呆れたように笑った。
「へっ、これでも大変なんだぜ。色々とな。まあ、楽しいけどよ」
「おまえの次の夢、店を大きくした際には花の一つでも送ってやろう。
では私達は行く。邪魔したな、グラスト」
「おう。また来いよ!」
ぶんぶんと手を振るグラストさんに向かって、僕とマリーも手を振った。
店を出て、馬車に乗ると、情景が流れ出す。
「良い人だったね、グラストさん」
「悪い奴ではないな。ただ、やや言動が荒いが」
「あら、あなたも昔は同じようなだったわよ」
「そ、そうだったか? む、昔のことは忘れたな」
楽しそうに笑う母さんの横で、父さんは視線を逸らしていた。
二人にも色々とあったようだ。
あまり踏み込むつもりはないけれど。
僕の隣ではマリーが嬉しそうに剣を抱えていた。
「よかったね。姉さんがそわそわしていたのは、剣が貰えるからだったんだね」
「え、ええ。まあ、そうよ。ドキドキして落ち着かなかったわ。今もだけど。
誕生日が近いし、剣を買ってくれるってお父様に言われたの」
「でも、どうして隠してたの? 別に普通に言えばよかったのに」
「隠してたっていうか……ほら、シオンは何も貰えないのに、あたしだけが貰うから……。
ちょっと悪いなって思ってたのよ」
「誕生日の品でしょ? それに僕は弟だし、剣が欲しいとは思わないし。
別に姉さんが気にする必要はないのに」
「……シオンはもうちょっとわがままになっていいと思うわ」
「わがままだよ。姉さんに、色々と付き合って貰ってるでしょ」
「そういうのじゃないのよね」
じゃあ、どういうのなんだろうか。
ああ、そうか、物をねだれってことか。
そういえば、何か買ってもらったことってないかも。
姉さんはお菓子とか、服とか、剣とか買って貰ったりしているけど。
僕は、ないな。
だって欲しいものないし。
魔法関連の何かがあれば欲しいんだけどな。
存在しないものを望んでも、手に入るわけもなく。
ということで、別に欲しいものはないかな。
「じゃあ、帰るぞ。寄りたいところはないな?」
父さんが言うと、僕達は首を横に振った。
「シオンは、何か欲しい物がないのか?
高価なものは無理だが、少しくらいなら何か買ってやるぞ?」
「ううん、欲しいものはないし、いいよ」
僕が即答すると、父さんと母さんは顔を見合わせる。
「本当にいいのか? 別に遠慮はいらんぞ?」
姉さんと同じように僕のことを気にかけてくれているようだ。
やっぱり、僕が何も欲しがらないからだろうか。
でもなぁ、本当に欲しい物なんてないし。
もう一度、断ろうと思った時、僕は遠くの方で何かを見つけた。
それが何かはすぐにはわからなかった。
けれど、視線を奪ったその店は、僕の興味を一気に奪った。
「あの、あそこは?」
僕が指差した先に、三人の視線が移る。
反応は三者三様だった。
姉さんはきょとんとしていた。
母さんは困ったようにして。
父さんは顔をしかめていた。
「あそこは……シオンが知らなくていい場所だ」
その店の看板には大きくこう書かれている。
『妖精屋』
なぜかその文言を目にした瞬間、僕は不穏な空気を感じ取った。
それは馬車の中にも漂っていた。
父さんと母さんは、何やら妖精屋を忌避しているように見えた。
その理由がすぐに浮かばず、僕は好奇心のままに言葉を紡いだ。
「もしかして……妖精を売ってる、とか?」
「どこかで聞いたのか?」
「ううん。以前、父さんが妖精の話をしている時に、調達する人がいるとか言っていたから。
もしかしてそうなのかと」
ふと思い出した言葉と、父さんたちの態度を鑑みて、何となく予想はついた。
妖精は人型をしているが小さい。
生物なのかわからず、現象に近いものかもしれない。
妖精に関してはわからないことが多い。
この程度の知識しかない。
でもそれだけでもある程度の予想はできる。
妖精は人の形をしている。それを調達する人間がいる。
そして……それを買う人がいる。
人の形をした何かを買い、飼う。
そういうことなのだろう。
それはペットのように扱うということ。
この世界に愛玩動物がいるかどうかはまだ知らないけど、そのペットが人の形をしているというだけで、受け入れられない人も多いだろう。
父さんは、顔をしかめたまま、どうしたものかと思案しているようだった。
かなり悩ませてしまったらしい。
「ごめん。なんか気になっただけだから、気にしなくていいよ。帰ろう?」
僕はただ、困らせたくなかっただけだった。
でもなぜか僕のその言葉は、両親の悩みを解消することはなかったようだった。
むしろ、少し悲しそうな顔をさせてしまったくらいだ。
「……そうだな。帰るか」
「え、ええ、そうね。帰りましょう」
父さんと母さんの間にぎこちないやりとりが生まれて、馬車は通りを進んだ。
難しいと思った。
子供として上手く立ち回るのは、こうも難しいものなのか。
もっと姉さんみたいに、上手くやれればいいんだけど。
どうしても大人な自分が邪魔する時がある。
物わかりがいい子供は、親からすれば手間がかからず、楽だろう。
でも同時に、心配をかけることもあるだろうし、むしろ悲しませることもある。
我慢しているんじゃないかとか、もっと面倒をかけてもいいのに、と思うんだろう。
僕は親になった経験はないけど、大人だった経験はある。
だから少しはわかるんだ。
大人が子供にどう思うかを。
僕は妖精屋を一瞥した。
店からは裕福そうな親子が出てきて、子供は大きな瓶を手にしていた。
中には小さな人型の何かが入っていた。
なぜかその光景が頭に焼きついた。
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