第131話 コピー

 神と俺の戦いは苛烈さを増していく。

 全力の戦い。

 双方、一歩も引かず、余力を残さない攻撃は続く。

 虚空を弾き、うねる大気の中、俺達は互いの四肢を動かした。

 絶え間ない斬撃、打撃。

 俺の拳は真っ直ぐ神へと伸びる。

 だが、神は右の手のひらで攻撃を遮る。


『ぐぬうううぅっ!』


 しかし、それだけでは俺の攻撃は止められない。

 神は両手を使った。


『ルアアアアアッ!』


 両の手で抵抗され、俺の拳は跳ねのけられる。

 間髪入れず、神は両手を突き出した。

 上下、数百メートルの域にまで広がる暴風圧が俺を襲った。


「くっ!」


 俺は尾と両手で身体を庇う。

 数瞬後、嵐のような抗いようのない風圧が俺へと届く。

 俺の小さな体は自然に弄ばれ空中へと投げ出される。

 だが、俺は空中で体勢を整え、風の流れを読んだ。


『甘いわっ!』


 視線を正面に戻した瞬間、神の顔が眼前にあった。

 ニィと笑う神からは今までにない程の圧力を感じた。

 兵装の尾が俺を守っている、大丈夫だ。

 そう思った時、甲高い悲鳴が聞こえた。

 いや違う。

 これは金属音。

 その理由に、俺は気づく。

 蛇腹の尾達が弾かれ、俺の身体が露出している。

 瞬間的に、力を凝縮し解き放ったのか。

 連結している物体を、強引に跳ね飛ばすとは、なんという膂力。

 驚いている暇はなかった。

 無防備な俺に向けて、神の手が迫る。

 あらゆる武器が俺の脆弱な肉体を切り刻んだ。


『はーーーはっはっはっはっははっ!』


 神の哄笑が響く。

 無慈悲な攻撃は尚も続く。

 高速を超える超速の中、俺はその場から逃れる手段がない。

 縦横無尽、逃げ場のない攻撃は熾烈。

 数十秒にも及ぶ、一方的な蹂躙が終わると。


『はっははは……は?』


 神は驚愕した。

 なぜならば。

 俺は無傷だったからだ。


「楽しめたか?」


 軽口で返すと、神は信じられないモノを見たとばかりに、頬を引きつらせた。


『き、さま、なぜ』

「言ったろ、想像だ。想像してみろ、神。おまえは人間を超越した存在なんだろ?

 だったら俺のようなただの人間の考えもわかるはず。俺の想像を超えてみろよ」


 答えなんて単純なものなのに、神はその考えにも至らない。

 神には、今まで敵などいなかったからだ。

 危機的状況など知らない。

 困難も不幸も知らない。

 だからわからない。対処をしようと思わない。

 奴の姿、攻撃はすべて一方的なもので、強者の思考から生まれただけのものだ。

 そう、奴には防御という発想がない。



●アクティブスキル

 ・リフレクション

   …望んだモノと干渉しないようにする。

    完全防御であり、完全拒絶。対象によってMP消費量が変わる。



 莉依ちゃんの能力、借りるよ。

 俺は瞼を僅かに落とし、彼女のことを想った。

 莉依ちゃんの想いが、存在が俺にはまだ残っている。

 それが嬉しかったのだ。

 君のことをずっと想っている。


『は、はは、神を前に、その態度……貴様、我に成り代わり、神にでもなるつもりか!?』

「冗談じゃない。俺はおまえみたいになりたくない。俺は神になりたいんじゃない。

 神のいない世界を望んでいるだけだ。だから……神を、おまえを殺す」

『キッ! ならばやってみるがいい! この全知全能の神を殺せるというのならば!』


 転瞬、神の手と白き尾達が一斉に動き始める。

 まるで俺達に伴う兵達のように。

 対峙し睨み合う俺達を置いて周囲では激しい戦いが始まった。

 全面からの圧力、無数の手と、無数の尾がせめぎ合う。

 ギィギィと不快にも思える程の擦過音。

 衝撃はそこかしこで生まれ、俺達の身体を震わせる。

 だが、俺も神も動かない。

 何を考えている?

 そう思った時、神は小さく笑った。


『想像力、なるほど我にはなかった。だがそれは持つ必要がなかっただけのこと。

 持てなかったわけではない。見ろ、これを!』


 神が横方向に両手を伸ばす。

 その瞬間、奴の身体がブレた。

 目を凝らすと、不可思議な現象が起こる。

 神の身体が分離したのだ。

 二体、三体、四体、と数は増える。

 その度に、周囲の手の数も増え、視界は奴の姿で埋まった。

 周辺、前後左右上下、すべてを神が埋め尽くしている。

 不快な、気味の悪い光景だった。


『どうだ! これだけの数。貴様には対抗ができぬであろう!』


 確かに、圧倒的に数の差がある。

 これだけの分身を作るのだ。

 かなりの力を浪費するだろう。

 ならば俺には不向きな創造だろう。

 奴には無尽蔵な体力があるが、俺にはない。

 使う能力も厳選しなければ、即座に空っぽになる。

 しかし、俺は嘆息した。


「馬鹿らしい」

『な、に!?』


 例え分身を作っても、元の神の力は変わらない。

 戦闘能力は俺と同じわけだし、分身を作り、力を分散させても結果、互いの力量は拮抗している。

 それどころか、一体一体の能力は著しく下がり、俺の方が有利になるくらいだ。


『ふん! その態度もそこまでよ!』


 一斉に、神達が俺へと迫る。

 ああ、なるほどそっちか。

 そう思った俺は、即座に『一体の神の前に移動した』。

 そして間髪入れずに殴りつける。

 見事に顔面を殴打された神は、もんどりを打ち、遥か彼方へ飛んで行った。

 俺は神を追い、空を滑る。

 奴は空中で態勢を整えたが、顔は歪んでいた。

 かなりのダメージを与えたようだった。


『あぐぅ、ぐっ! な、なぜ……!』

「分身を作るなら、どういう条件が必要か、大体決まっている。

 自分の力を分散させるか、偽物を作るか。おまえの場合は後者だったってわけだ。

 忘れたのか? 俺には分析する能力があるんだぞ。それに」

『貴様、その瞳の色は一体……!』


 

 ・真贋の瞳

   …目に見えるものすべての真贋がわかる。

    使用中、左右の眼が白色と黒色に変化する。

    効果は目を開けている最中だけ。



 小倉凛奈の能力だ。

 敵だったとしても、その能力は覚えている。

 いや、敵だったからこそ、その能力の有用さを覚えているのだ。

 俺は薄く笑う。

 やはりそうだ。

 奴は、俺の能力を多少なりとも知ってはいるが。

 他の異世界人の能力にはさして興味はなかったようだ。

 沼田の『盗む』に関しても警戒が薄かった。

 そうか、奴には危機管理能力がないのだ。

 自らの存在を脅かす、そんな相手はいなかったのだ。

 だから、俺を知った時、強引な手段で消そうとした。


『ヌオオオオォッ! 認めぬ、認めぬぞ! 貴様ごときが、我を圧倒するなぞ!

 認めぬ認めぬ認めぬ認めぬぅぅぅぅっ! 人間が、神を、超えるなどということ!

 認めるわけにはいかぬっ!!』


 必死の形相で神が宙を蹴る。

 俺はその姿を無感情に見つめた。

 そして。


「アクセル」


 呟くと、全身に力がみなぎる。

 神のテレフォンパンチを鼻先で避ける。

 神の一撃は暴風と、虚しい轟音を響かせただけだった。


『おのれぇぇぇぇっ! おのれ、おのれおのれおのれ!!』


 俺は連撃を軽々と避ける。

 テレポートのように一瞬で移動する力も想像できる。

 だが思ったよりも体力の消費が激しかった。

 だが、この力ならば。



 ・アクセル・トップ

   …身体能力を最高段階まで上昇させる。使用後の反動はない。



 結城さんのスキルを改良させて貰った。

 使い勝手がよく、体力の消費も抑えられる。

 ありがとう、結城さん。

 君の能力は俺を強くしてくれる。


『当たらぬ、当たるぬ! なぜ、当たらぬっ!』


 神の攻撃は瞬きすれば見失うほどに速い。

 神の手の攻撃も激しい。

 だが、それだけだ。

 それ以上はない。

 だから、簡単に避けられるのだ。

 例えるなら、奴は体格に恵まれた大柄の人間。力があるがゆえに技を使わない。

 俺は小柄ながらも苦難を乗り越えた戦士。力がないがゆえに技をひたすらに鍛えた。

 仮に、双方が同じ条件で戦えば、勝敗は明確だ。

 経験が違う。

 そして奴は気づいていない。



 ・マインドコントロール

   …対象の意識を操作する。いわば強烈な思い込み。自動操作。

    使用者の意識は同化しない。そのため対象は自律し行動する。



 徐々に、俺の精神攻撃に蝕まれているということに。

 だから奴は蒙昧にも攻撃を続けているのだ。

 朱夏、おまえの存在は俺を支えてくれた。

 どれほどに助けられたか。

 必ず、助けてやる。

 神の災害にも及ぶ攻撃で、徐々に世界に変化が訪れる。

 俺の横顔を照らすもの。

 消えていくもの。

 曇天は晴れていき、雨は止んでいった。

 地上から巻き上がる不自然なほどの風圧が、天空へと昇った。

 その力で、雷雲は消え、雨も消失した。

 そして。

 暗雲に覆われていた世界の一部に光芒が射した。

 それが広がり、大陸上の雲は霧散していく。

 神は気づいてもいない。

 俺のマインドコントロールで怒りのあまり周りが見えていないのだ。


『はああ、はあああああああ、があああああ、グアアッ!』


 獣じみた咆哮。

 血走った目を俺に向ける。

 神とは到底思えぬ、野性的な姿だった。

 俺はすべての攻撃を回避し、そしてアクセルで向上した身体能力を存分に活用する。

 神の腕を掴み、腕に力を込めた。


『グゥアァッ!』


 ミシミシと軋む音と共に、神は痛みから逃れようと、身体をねじる。

 だが逃さない。

 俺は神の手を引き、手前に移動させると肩を突き出して突進した。

 その衝撃で神は吹き飛ぶ――前に、俺は神の腕を引き、片手で殴った。

 膝、肘、足。

 流れるような連撃に神は何もできない。

 神の手で、ついに『防御』し始めたが、それでも俺の攻撃は緩まない。

 手の存在など無視して、防御の上からも攻撃を続ける。

 ドンッと腹の底に響く音が継続的に響く。


『オゴッ! ングッ!』


 神が呻く。

 神が苦悶する。

 神が顔を歪ませる。

 創造神を、俺が圧倒している。

 最後とばかりに、俺は右手に力を込める。

 そして真っ直ぐ神へと突き刺さる、はずだった。

 が、神は寸前で俺の右手を掴んだ。

 まだ、これほどの力が残っていたのか。

 すでに神は満身創痍。

 綺麗な姿は、血液で汚れ、衣服は擦り切れ、神の手の大半もちぎれている。

 大して俺にはまだ余力があった。

 対比だ。

 俺と神の立場は決まった。

 そう思ったのは俺だけだった。


『くくっ、クサカベ……まだ気づかぬか』

「……なんだと?」

『……貴様が何かしら……我の頭に干渉していることは知っていた。

 だが、我は敢えてそれに乗った。貴様が盲目的になるだろうと見越してな。

 気づかぬか? 我が……ここまで弱くなったのはなぜか。

 おまえは自分が強くなったと思っていたらしい。

 だが、ここまでの差ができると思うか?』


 今更に嫌な予感が背中を走る。

 怖気と共に、俺の視界に何かが映った。

 遥か彼方の頭上。

 そこに奴の分身が、一体残っていた。

 そして分身には力が集中しており、全身が眩く光っていた。

 間違いなく、力が集約している。

 本体であるのは、目の前のいる神に間違いない。

 つまり、神は、この戦いで学んだのだ。

 自分を犠牲にしても、策を弄するということに。


『行けぇっ!』


 神の命令で、分身は地上へと滑空していく。

 急加速。

 だが俺の頭上だ。

 止めようと思えば止められるはず。

 そう思い、俺は神を放置し、分身へと向かった。

 神は何もせず、ニヤニヤと笑うだけだった。

 その態度が疑念を浮かばせる。

 あの分身。

 あれは……爆弾だ。

 分身に力を凝縮し、分身ごとグリュシュナ自体に体当たりさせるつもりか。

 肌で感じる。

 相当な力が込められている。

 まともに受ければ、地上の人間の大半は死滅するほどの。

 止めなければ、すべては終わる。

 急げ!

 俺は瞬間移動で地上へ舞い降りた。


「な、なんだ!?」

「人が突然、現れたぞ!?」

「貴様! 敵軍か!?」


 そこは戦場だった。

 剣戟は周囲で生まれ続けている。

 五国の兵は入り交じり、互いに斬り合っていた。

 武器で殺し、魔術で焦がし、兵器で破壊する。

 周囲では状況も理解せず、愚かにも争っている人間達がいる。

 死体の山。

 無数の穴。

 血の池。

 それは世界の崩壊とは関係ない、ただの利己的な行動の結果だった。

 俺は歯噛みする。

 こんな愚かな奴らでも、見捨てることはできない。


「怪しい奴! そやつを捕らえろ!」

「はっ! 貴様、抵抗すれば容赦はしない!」

「動くなよ!」


 俺は兵達を無視し、頭上を見上げる。

 今更逃がしても意味はない。

 仕方ない。


「何を見て」


 俺に近づく兵が、俺の視線を気にして、頭上を見上げた。

 そこからは光の何か、そう神の分身が落下してきている。

 俺は腰を落とし半身になる。

 白の尾を全開に広げ、時期を待った。


「な、何か落ちてきます!」

「敵の兵器か!? 衝撃に備えろ!」

「退避、退避!」


 喧噪がけたたましく響く中、俺は微動だにせず、待ち構える。

 分身が目の前に落ちて来た。


「ぐおおおおおおおおおおおおっ!」


 尾の総動員して分身の落下を防いだ。

 目の前でニヤついた分身の顔がある。

 異常な衝撃。

 加速に力を費やしてもいるらしい。

 俺は片膝をついて、尚も抵抗した。

 次第に、光量が増していく。

 破裂する。

 力が、地上で。

 このままでは。

 まずい。

 やるしかない。

 俺は意を決し、分身を睨み付けた。


「消えろおおおぉっ!」



 ・ナイナイ

    あらゆる現象の力をなかったことにする。

    ただし効力は短いため、使用のタイミングが難しい。

    また使用にはMPをすべて使う。

    自分以外にもかけられる。



 江古田沙理の能力。

 無効化スキル。

 莉依ちゃんの能力とは違い、能動的なスキル。

 これならば、分身の爆発も消せる。

 分身の発光は弱まっていった。

 だが。


「くっ! 消えない!」


 完全には力の拍動は消えない。

 ナイナイだけでは役者不足のようだ。

 どんなスキルでも使用者の力、状況、環境によって効果は変わる。

 莉依ちゃんのリフレクションも同様、すべてを拒絶できるわけではない。

 それに、俺の体力も著しく減っている。


「くぅ、そおおおぉぉぉっ!」

 


 ・光の剣

   …光を収束させた剣。超高温のため、どんなものでも斬れる。

    また、剣の衝撃波を飛ばせる。

    ただし、効果時間は短く、快晴の昼時にしか使えない。


 

 俺は一か八か、手の平に剣を生み出した。

 光の剣を振るい、衝撃波を生み出す。

 その力で、分身は加速力を消失し、空中へ弾かれた。

 だが足りない。


「ああああああっ!」


 何度も剣閃を飛ばし、分身を空へと上昇させる。

 地上から何度も剣を振る。

 そして、分身が著しく発光し。

 爆発した。


「なんだ!?」

「何が起こった!?」

「全軍退避しろ!」


 爆音と共に、灰色の煙が空を漂った。

 しかしそれは遥か上空の出来事だ。

 何とか、地上は守れた。

 しかし、俺はくずおれてしまう。


「くぅ、はあはあはあ、くそっ……!」


 体力をかなり消費してしまった。

 まともに立ってもいられない。

 どうする。

 また時間を戻すか。

 だが、時空転移は相当な体力を使う。

 時間を戻し、その時の体力に戻っても、時空転移で消費した体力はなくならない。

 結果、使用は限られる。

 リーシュがいれば、こんなことはなかったが。

 今は俺、一人なのだ。


「将軍! 空から何かが!」

「なに!?」


 まだ状況を理解していない兵士達は狼狽していた。

 だからか俺への関心はなくなってしまったようだった。

 さっさとこの場から去れ、と叫びたかったが、無駄に体力を消費するだけと思い、何も言わなかった。

 神が、本体がゆっくりと下降する。

 地上へ着地すると、周囲を見渡した。


『見事、防いだようだな。だが、その様子ではかなり疲弊しているようだ。 

 それとも、また時間を超えるか?』

「……気づいていたのか?」

『我には想像力はない。だが、人を長い間見てきたという過去がある。

 知っているぞ。人のずる賢さを。そして、貴様は我が半身と共に過ごしていたのだ。

 ならば、その力を利用することも容易。そうであろう?』


 神は俺を甘く見ていた。だが人間のことをよく知ってもいる。

 油断していたのは、俺の方だった、ということか。

 だが、どちらにしても結末は変わらなかっただろう。

 もし、分身を作る前に時間を逆行しても、俺の体力はかなり減少している。

 そして、その後に幾つものスキルを扱うことは無理だ。

 ならば、かなりのダメージを神に与えている現状の方が状況はマシだった。

 白き尾の大半は折れて、地面に落ちていた。鎧もかなり剥げている。

 肌には赤い線が幾つも走り、鮮血で濡れていた。

 それは神も同じ。神の手はほとんど残っておらず、衣服もボロボロ。

 身体中が怪我を負っている。

 双方とも、満身創痍だった。

 治癒する体力は残っていない。

 それならば痛みに耐え、戦いに力を使った方がいい。

 奴には、人間を滅ぼすほどの力が残っているだろう。

 油断は、できない。


『貴様はこう言っていたな。人間が神に勝るものは想像力。知恵である、と。

 ならばこれは想像できたか?』


 何をするのか、と問いかける前に、その正体がわかった。

 俺の頭にもその声が聞こえてしまったからだ。

 耳からではなく、頭に直接響く、それは。


『子等よ。我は神。五体の聖神を身に宿した創造神だ

 総力戦の中、我と対峙せし、異教徒。

 そなたらの目の前に存在せし、白き異形のもの。

 神に反旗を翻す、不埒者よ。

 子等よ。我の、神の名の下に、その愚か者を抹殺せよ』


 神託だった。

 この期に及んで、まだ人間を弄ぶのか。


「おい、今の聞いたか?」

「ああ、聞こえた。聖神様、いや創造神様のお声だ」

「俺にも聞こえたぞ! ああ、なんて素晴らしいお声だ」


 どよめきが周囲で起こる。

 戦争の途中だというのに、近場に敵国の兵がいるというのに。

 誰もが、俺を見ていた。

 狂信的な幾つもの、数万もの、数十万もの双眸が俺を見ていた。

 俺は叫びそうになった。

 騙されるな、こいつは世界を滅ぼそうとしている、と。

 だが、悟ってしまう。

 何を言っても、聞く耳を持たないだろう、と。


『貴様は、我の精神に干渉したな。なぜそれに気づけたと思う?』

「……おまえ、まさか」


 おかしいとは思ってはいた。

 ここまで誰もが疑問を持たず、神の言葉に従うことがあるのかと。

 宗教に執心する人間もいただろう。

 だがここまでのものかと。

 そう、その理由が今、理解できた。


「人の心を操っている、のか」

『くく、我にも完全には無理よ。だが、弱き心の持ち主であればそれは可能。

 人は誰しも、大なり小なり心のよりどころを探しておる。

 神の声ならば縋りやすいであろうからな』

「なんて……ことを……」


 この世界は、最初から、神の意思に沿ってできているのだ。

 何がゲームだ。

 規範だ。

 最初から、すべて思い通りにしようとしていたんじゃないか。

 奴にとっては、完全に洗脳することは不可能、という点が、ゲームの面白さを生み出しているのだろう。

 その程度の、そんなくだらないことのために、人を弄んでいる。

 怒りを覚える。

 だが、人の弱さもまた、愚かにも思えた。


「殺せぇ」

「殺せ、殺せ」

「神に背く奴は八つ裂きにしろ!」

「斬り刻め」

「はらわたを抉り出せ」


 狂気に落ちた兵達は俺へと迫って来た。

 じりじりと滲み寄ってくる。

 逃げ道の空も、いつの間にか移動した神に塞がれている。


『逃げてもよいのだぞ。だが、そうなれば……』


 神が手のひらを兵達に向けた。

 どうする。

 逃げれば兵達は無残に殺される。

 逃げなければ兵達になぶられる。

 相手はただの人間。

 だがすでにかなりの体力を失っている状態だ。

 今は問題なくとも、次第に……。

 無抵抗ではなく、できるだけ力加減をして兵達をいなすか。

 七十万の兵達を、か?

 体力が持つとは思えない。

 全力を出すよりも、手加減をし続けるほうが疲労が激しい。

 どうする。

 どうすれば。


「み、みんなどうしたんだよ!」


 理性の色がそこにはあった。

 狼狽している一人の兵が、仲間達の腕を引いている。

 まるで生きた屍のように他の兵は俺へと歩みを進める。

 だが、その若い兵だけは自我があったように見えた。


「や、やめてよ! あの人は、僕達を救ってくれたんじゃないの!?

 だめだ、だめだよ、こんなこと。神様が言っていることはおかしいよ!」


 必死で追いすがる若い兵に俺は視線を奪われた。

 七十万の内の一人。

 たった一人だけ。

 俺のことを理解してくれていた。

 すべてではないだろう。

 だが、俺の行動を、俺がしようとしているその一端をわかってくれたのだ。

 孤独ではない。

 そうだ。

 だから、俺は。

 何もしなかった。

 神に洗脳された兵達は俺に襲い掛かり。

 俺を埋め尽くし。

 俺を殺すべく、武器を振りかざした。

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