第127話 謀り

「――見えたぜ」


 暴風の中、俺達はジーンに乗り高山へと迫っていた。

 頂上までまだ遠い、だが見えた。

 緊張が走る。

 もう目前なのだ。

 本当に勝てるのか。

 何もできずに終わるのではないか。

 そう思えてならなかった。

 しかしもう悩んでいる時間はない。

 だったら進むしかない。

 風を切り疾走する。

 雷鳴が轟く中、頂上は徐々に近づいた。

 高山へ近づくと、徐々に雷の数が増える。

 まるでこの世ではないような、終焉を迎えた世界のように。

 稲妻が周辺に走り、轟音が届いた。


「うおっ!?」


 全身に鳥肌が立つ。

 一撃でも受ければ、死ぬのだ。

 俺は生き残るが、この作戦には沼田が必須。

 俺が死んでも沼田を生かさなければならない。

 だが、今の俺には沼田を庇い切れる力さえ持っていない。


 『そういう風にはしていない』


 無数の雷が落ちる。

 近すぎて鼓膜が破れそうなほどの音量が響いた。

 顔を顰め、苦痛に耐える。


「鼓膜が破れちまう!」


 沼田の悲鳴もほとんど聞こえない。

 大雨で身体は濡れ、雷鳴に怯える。

 すでに散々な思いだったが、序の口だ。

 高山の頂上が目の前に見えた。

 奴だ。

 こっちに気づいていない。


 『わかっていたのだから、当然だった』


 俺はステータスを確認しておいた。



●アクティブスキル

 New・千里眼

   …遥か遠くまで見える。



 他の部分は変わっていない。

 創造によって生み出した力に他ならない。

 俺の意思で、己の望みで生み出した力だ。

 二週間の成果が出ていた。

 神は俺達に気づいていない、はずだ。

 奴は別の方向、地上を見下ろしている。

 どこか楽しんでいるような不愉快な顔をしている。


「もう少し」


 沼田が呟いた。

 自然音がうるさく聞こえないはずだったが、沼田の声は、その時だけは明瞭だった。

 やがて、ジーンが頂上の真上に到達した。

 その瞬間。

 沼田はジーンから飛び降りた。

 両手両足を広げたまま、落下し、高山の頂上に向かう。

 シルフィードの力を使い、加速した。

 そのまま沼田が真っ直ぐ頂上へ着地した瞬間、神が振り返った。


『貴様!』


 初めて驚愕の表情を浮かべた神を見て、小気味良さを感じてしまう。

 沼田に向かい手をかざそうとしていた神だったが、沼田の方が早い。


「貰った!」


 沼田は神へと手を振り払う。

 が。

 瞬間、頂上に雷が落ちた。

 沼田のすぐ傍を貫き、石つぶてを生み出す。

 衝撃に沼田の動きが僅かに遅れた。

 運命の悪戯。

 確実に、沼田の方が早かったはずだ。

 だが、沼田だけが後方へと吹き飛んだ。

 神の一所作、それだけで沼田の身体は引き裂かれた。


『愚かな』


 神の侮蔑を含んだ視線を受け、沼田は遥か後方へと吹き飛んだ。

 落下する前に、ジーンが沼田を受け止めるために、地上へと駆ける。

 地上すれすれで沼田を背中で受け止めると、そのまま再び上昇した。


「お、おい、大丈夫か?」


 わずか一幕。

 神の一撃は、傍目からは軽い物に思えたが、沼田の状況は凄まじかった。

 腹部から肩にかけて、裂傷が走っており、鮮血が滲んでいる。

 鎧は陶器のように綺麗に割れていた。

 左手に装着していたシルフィードのおかげか、なんとか即死は免れたらしい。

 だがシルフィードもかなり傷ついている。

 まだ機能するようだが。

 沼田の姿を確認した。

 苦悶しているが、生きている。

 だが……もうすぐ死ぬだろう。

 傷は深く、治療は不可能だった。

 莉依ちゃんがいれば、違ったかもしれない。

 だが、彼女はいない。

 もう、莉依ちゃんはいないのだ。

 そして、沼田の命もやがて潰える。


「か……がっ、いてぇ、あの、野郎……くそ……。なんで、あのタイミングで……。

 くっ……はあはあ……む、無理、だった……わりぃ……」

「……気にするな。第二案に移行する」

「ああ……頼む、ぜ。あとは……まかせ……」


 沼田は脱力し、意識を手放した。

 上下していた胸は停止してしまう。

 動くことはない。

 もう心臓は止まった。

 死んでしまったのだ。

 あっさりと。

 劇的な展開もなく。

 何もできずに、死んだのだ。


「……ジーン、あとは頼んだ」


 ジーンは悲しげに咆哮する。

 主人の死を悼んでいる。

 だが、すでに主人は死んだ。

 沼田のスキルはもう発動していないのに、ジーンはまだ、沼田を主人だと思っている。

 スキルによる、仮初めの信頼関係ではなかったようだった。

 俺はジーンの鱗に沼田の身体を縄で括りつけた。

 そして、地上を睨み付け、即座にジーンの背中から飛び降りた。

 高さは100メートルはある。

 普通の人間であれば間違いなく死ぬ。

 だが。

 俺は高山の頂上に着地した。

 怪我もなく、綺麗に地上へ辿り着いた。

 ひざを折り衝撃を吸収した状態から、ゆっくりと立ち上がる。

 問題ない。

 顔を上げると神が驚いた様子で、俺を見据えていた。


『これは、まさか生きているとは思わなんだ。貴様は我がこの手で殺したはず。

 かようなことが起きようとはな。神をも謀る、か。やはり貴様は危険だ。

 だが、先ほどの男は死んだ。生命の息吹は失われている。

 感じるぞ。たった一度、軽く撫でてやっただけで壊れてしまった。

 貴様も同じような未来が待っている』

「それは、どうかな」


 俺は腰を落とし、構えた。

 すぐに動けるように姿勢を低くしただけだ。


『愚かな、やはり人間。愚昧な存在に他ならぬ。無謀だと知りつつも挑むか。

 どのような方法で生き長らえたのかは知らぬが、二度目はない。

 貴様はここで死ぬ。世界の終焉まで震えて隠れていればよかったものを。

 ……だが丁度よかろう。他の人間と共に、この世界から消え失せるがよいわ』

「自分で造り出しておいて、大した理由なく滅ぼすなんて、身勝手にもほどがある。

 子供は親の道具じゃない。俺達は、この世界の人間は生きているんだ。

 それを玩具のように扱っていいと思っているのか!?」


 憤りから、俺は無意識の内に叫んでいた。

 雷光が俺と神を照らす。

 奴の形相は、あまりに無邪気で、あまりに独善的だった。

 きょとんとしているだけだったのだ。


『何を言っておる。我が造り出したものを、我がどうしようと勝手であろうが。

 貴様こそ、我の物に触れ、我の領域に入って来た輩ではないか。

 考えても見ろ。ここは我の所有地、所有物よ。

 そこに外部からやってきておいて、権利を主張し、どのように扱うべきだと意見する。

 これほど、無知蒙昧な行動はあるまい?』

「おまえが連れて来ておいて、何を!」

『我が? そのようなことをした覚えはないが』


 神は訝しがりながら、俺を見降ろしていた。

 嘘は言っていない、様子だった。

 どういうことだ?

 奴が俺達を転移させたんじゃないのか?

 では俺と沼田の見解は間違っていたのか?

 俺は僅かに困惑しながらも、言葉を紡いだ。


「……だけど、物と人間は違う」


『同じであろう? 貴様らの言葉ではないか。

 動物。生物。植物。人間は動物。では物ではなければ何なのだ?

 それとも人間だけは崇高な生き物なのだと、賛美するか?

 それこそ神をも恐れぬ所業というもの。人はただの物よ。

 我が造り出した物。他の動物とも変わらぬ。勘違いするでないわ』


 俺が人間だから、人間こそ尊重されるべき存在である、と考えているわけではない。

 確かに、神の言う通り、人間以外の動物の命も大事だ。

 だから、俺達は食事をするときでも、何かをする時でもできるだけ対象を尊重する。

 その考えが薄れていたとしても、だから蹂躙して良いという理由にはならない。

 無意味に命を奪うことは、誰にも許されていない大罪なのだ。

 そうでなければ、この世は狂ってしまう。

 事実、その行為を簡単に行おうとしている存在がいるから、この世界はおかしくなったのだ。

 その存在が、人間の上に立つ、創造主である神であるならば、世界は混沌の渦の中から出ることは叶わない。


「俺は人間だから、人間を一番に考えるのは当然だ。

 だからって他の生物を、いや命なきものだってぞんざいに扱うべきだとは思わない。

 おまえは、ただ無為に、利己のために、身勝手に命を奪っているだけだ。

 親であろうと、子供を蔑み、痛めつける権利はない!

 しつけと称して、暴力を振るっている親と同じだ。おまえは。

 それは教育でもなんでもない。ただ、痛めつけて優越感に浸っているだけだ。

 日頃の不満を子供にぶつけ、或いは他に娯楽がないから八つ当たりしているだけだ!

 おまえがやってることはそれ以下の行動じゃないか!

 俺達は、この世界のすべての存在は、おまえの道具じゃない!」

『見解の相違、というものか。些か不愉快だな。

 貴様を造ったのは我ではないが、人間に意見される機会があるとは思わなんだ。

 やはり生産性が微塵も感じられん。無為なことよ。もうよいであろう。

 戯れも終いにしようではないか。地上の人間共も使命に燃えておる』


 俺は神から目を離さない。

 すでに圧倒的な力量の差がある。

 一瞬の油断が命とりなのだから。


『なに、そう、しゃちほこばらなくともよい。どうせ、一瞬で終わる』


 言った瞬間、神は右手をかざそうと、腕を上げた。

 上げ切る瞬間、俺はその場から移動した。

 『一瞬で』神の真横へと。


『なんだと!?』


 神は驚愕に顔を歪ませた。

 俺は僅かな時間を要し、神の顔へと回し蹴りを放った。

 円状の軌道を流れ、俺の足が滑るように神へと走る。

 轟風と共に、放たれた足技が見事に神に直撃した。


『不敬なッ』


 だが、奴は微動だにしていない。

 ダメージはやはり与えられない。

 兵装時の攻撃を受けても奴は無傷だったのだ。

 神にも及ぶ、リーシュと同じくらいのステータスに到達しても、その結果だったのだ。

 ならばやはり奴に傷を負わせることは不可能なのかもしれない。

 普通ならば。


『ぬおっ!?』


 直撃から一秒開けて、神の身体が後方へと吹き飛んだ。

 奴の頬は歪み、涼しい顔から一変していた。

 十数メートル離れた神は虚空で態勢を整えた。

 顔を上げた神を見て、俺に緊張が走る。

 明らかに奴は怒りに打ち震えていたのだ。

 感情的になり、青筋を立てている。


『貴様ぁ……何をした……!』


 俺は答えず、再び構える。

 内心でほっと胸をなでおろす。


 『上手くいった』


 だが次からはどうかわからない。

 奴に気取らせず、このまま失敗せずにいけば。

 あるいは……。

 神は、最初に比べ、余裕のある態度ではなくなっていた。

 激昂し、虚空を蹴り、俺へと迫る。

 姿はまるで邪神だ。

 瞬きさえ許さないほどの時間。

 一瞬にして、目の前に移動した神は拳を振るった。

 しかし、俺はその攻撃を寸前で回避した。


『なに!?』


 愕然としている神に向かい、俺は肘を前方に突き出す。

 地面を全力で踏みしめ、その衝撃で地がひび割れる。

 同時に、肘鉄が神の鳩尾に埋まった。


『ガフゥ!?』


 神は僅かに身体を折り、一瞬行動を止めた。

 いける!

 確信と共に、予断を己に許さず、俺は行動を継続する。

 肘を突き出す構えから、姿勢を低くし、そのまま膝を曲げる。

 同時に跳躍した。

 膝が神の顎に当たる。

 衝撃波が生まれ、神は後方へとのけ反った。

 空中で前方へ回転し、踵を振り降ろす。

 ドンッと重低音を響かせ、同時に神の身体は地面へと埋まった。

 砂礫と石礫が周囲へと飛び散った。

 攻撃は止まらない。

 回転の力を逃さず、俺は拳を振るい、肉体の慣性がなくなると拳による連打に移行した。


「アアアアアアァァッ!」 


 咆哮と共に何度も拳が放たれる。

 あまりの速度に衝撃波が生まれ、轟音が響く。

 雨粒が圧で弾かれ、断続的に雨の感触が消える。

 数十に及ぶ攻撃。

 そのすべてが神に直撃していた。

 間違いなく、奴にはダメージがある。

 が。

 一瞬、俺は直感的に両手で自分を庇った。

 その瞬間、俺の身体は空中へと跳ねた。


「が……ッ!」


 痛みにもんどりを打ちかけ、寸前で止める。

 視界が白に埋まるが、理性を保った。

 痛痒の中、俺は地面に埋まっていたはずの神を見た。

 奴はすでに立ち上がり、服に付着した砂埃を払っていた。

 奴の周りには見えない壁があるのか、雨を弾いていた。


「かはっ……ぐっ」


 たった一撃で、俺は吐血した。

 空中でバランスを崩し、そのまま落下する。

 何とか態勢を整え、足から地面に着地する。

 だがあまりの痛みに集中力を失ってしまい上手く着地ができなかった。

 足の骨が折れた音が脊髄を伝わり耳朶に届く。


「ぐっ、あぐっ……!」


 やはり付け焼刃では難しかったのか。

 俺は鋭い痛みを歯噛みし何とか耐えて、立ち上がる。

 左足にはヒビが入っている。右足は完全に折れているだろう。

 内臓は一部、傷つき、肋骨も何本か折れている。

 右腕は無事だが、左腕には裂傷が幾つも走り、使い物にならない。

 顔にも幾つかの切り傷が。


『はしゃぐな、異世界人』


 再び涼しい顔に戻った神が、蔑視を俺に向けていた。

 奴に傷はない。

 頬に当たったはずなのに、他にも何十発も殴打したはずなのに。

 傷は一つもなかった。


『まさか、神である我に勝てると思っていたか?

 それとも傷の一つくらいはつけられると、思っていたのか?

 愚かな。夢を現実に投影するでないわ。人間よ、恥を知れ』

「はあはあ、くっ……がはっ」


 二度目の吐血。

 これは本格的に、死ぬかもしれない。

 神は俺の無様な姿を見て、一笑した。


『貴様の能力は創造。人に許された力を凌駕せし能力であろう。だが、所詮は人間。

 貴様の能力は人には過ぎたものだが、神たる我に敵うはずもない。

 仮に……その創造の力を一点に集中し、能力を向上させたとしても、だ』


 やはりバレていたらしい。

 以前、兵装でも奴には敵わなかった。

 それはつまり、兵装自体の能力が低かったからだ。

 そして他にも色々なスキルを持ち、俺の創造力は分散していた。

 だから、アナライズとリスポーン能力以外のスキルが消失した状態で、別のスキルを創造して、そのスキルだけに創造力を費やせば、もしかしたら兵装以上の能力が開花するのではないかと考えた。

 それが、今の瞬間的な機動力と、瞬間的な膂力。

 だが、それはあくまで瞬間的なもの。

 常時発動では神と拮抗する力は得られないとわかっていたからだ。

 一点集中の力。

 そして一つしか能力を使えないということは、併用できないということ。

 つまり、機動力を上げている間は、それ以外の力は普通の人間レベル。

 他の能力も同じだ。

 先ほどの戦い、神へ攻撃をするために膂力へ創造力を集中していた。

 そのため機動力や防御力などの他の力はただの人間。

 だが反撃を食らう瞬間、その寸前に防御力へと転換した。

 が、間に合わずに多大なダメージを負ったのだ。

 もし、少しでも遅れていたら俺は死んでいた。

 命は多数あるが、無限ではない。

 最初に出会った時のような一瞬で殺されるようなことは避けなくてはならない。

 だが、奴の攻撃には特徴がある。

 何かをするとき、必ず手をかざすのだ。

 それで、あの時の俺は多くの命を落とした。

 ゆったりした所作だった。

 あれはただの余裕から来る動きかと思っていたが、もしかしたら予備動作だったのかもしれない。

 その疑念は確信に変わった。

 あの攻撃だけは避けなくてはいけない。

 とにかく、奴の攻撃はすべて手から放たれている。

 今のところは、だが。

 しかしそれに大して意味はなかった。

 俺は何とか顔を上げて、神を睨んだ。

 やはり、無駄だった。

 無理だった。

 全力だったが、奴を倒すにはまったく足りない。

 だが、こうも思っていた。

 『失敗して当然だ』と。


「……だ、第三案、に移行だ」

『ほう、まだやるか。この圧倒的な差を知りつつも、尚も抗うか。

 ふふふ、面白い。ならばやってみるがいい』


 神は最初に見た時と同じように、優雅な態度だった。

 不意打ちには驚いたが、ただそれだけだった、というところか。

 一度、憤りはしたが、そのせいで冷静になってしまったようだ。

 だが、もう遅い。

 俺は無策にも。

 神へと疾走した。


「ガアアアアア!」


 痛みのあまりまともに走れない。

 両足の骨は軋んでいる。

 だがそれでも俺は強引に走った。

 普通の人間以下の速度で。

 神は呆れながら俺を見下ろす。


『期待をして損をした。まさか最後はただの特攻とは』


 神は手をかざした。

 ゆっくりと、だ。

 完全に手を伸ばし終える瞬間。

 俺は瞬間的に右方へと転がり回避する。


『……ふん』


 神は面白くなさそうに、瞬間的に俺に向けて手を伸ばした。

 今度は早い。

 伸ばし終えると、指先から光線が伸びた。

 速いなんてものじゃない。

 発光している棒が突然、出現したように。

 射線は俺を貫いた。


「ぐ……は……ッ!」


 心臓を貫いた。

 確実な死。

 しかし慣れている死の感覚。

 俺はくずおれ、地面に伏した。

 近くでセーブ。

 そして。

 死んだ。

 生き返る。

 その瞬間に、後頭部を強い衝撃が襲う。

 俺は地面に倒される。


『甚だ不快だ。貴様のその死なぬ体質が。『神さえも持たぬ多数の命』。

 矮小な人間如きが、神をも超える能力を持つなど許されぬ。

 貴様のそれは、我のそれとは違うものらしい。だが我の力には見劣りするがな』

「ぐっ……!」


 起きようにも動けない。

 まるで首から上だけ、空間に固定されているかのように。

 どれだけ力を込めて動かなかった。

 創造力は総動員できない。

 なぜなら、膂力に創造力を終結すれば、俺の首が耐えられない。

 だが防御力に創造力を集結しても、逃れられない。

 一つの能力にしか創造力を注げない。

 そうでなければ中途半端になり、神に対抗できないからだ。

 これはステータスを上げているわけではない。

 レベルはそのままのはずだからだ。

 つまり、そういう能力を一瞬で創造し、一瞬で消失させているに過ぎない。

 あまりに瞬間的なので、アナライズで見る暇はない。

 仮に自殺しても、同じように生き返る。

 その瞬間、神に同じような対処をされるだけだ。

 瞬間的に機動力を使っても、神から逃れられるかどうか。


『どうした? 第三案とやらは。まさか、生き返りのことではあるまい?

 貴様の能力は我も理解している。だから殺そうとしたのだから。

 ふむ、そういえば……そうであったな。

 貴様の仲間や貴様を信じた人間はそのせいで滅ぼされたのであった。

 原因のおまえが生き延び、付き従っていた人間はの方が死ぬとは。

 運命とは、神である我も想像出来ぬものよ。だから面白いのだがな』

「くそっ!」

『くくく、悔しいか。虫けらでも誇りはあるか。それとも弔いのつもりか。

 身の丈にも合わぬ願いを持つとどうなるか、まだわからぬらしい。

 いいだろう。神に歯向かえばどうなるか、存分に教え込んでやろう』


 圧力が増した。

 このままでは首の骨が折れてしまうだろう。

 だが逃れる手はなかった。

 神の足は微動だにしない。 

 圧倒的な力量差があったのだ。

 やはり神には勝てない。

 一連の戦いでわかった。

 無謀だったのだ。

 勝てるはずがなかったのだ。


「ラアアッ!」


 俺、一人では。


『何!?』


 頭上から聞こえた気迫。

 それに神が気づいた瞬間、脚の力が緩んだ。

 俺は瞬間的に膂力と防御力の両方に創造力を費やし、拘束から逃れた。

 生き返り、怪我は完治している。

 神から離れた瞬間、視界には頭上から落下して来た沼田と神の姿が見えた。

 沼田が神へと手を伸ばしている。

 驚愕の表情のまま、神は瞬時に手をかざそうとしたが間に合わない。

 沼田の手が触れる。

 そう思った瞬間、神は移動した。

 瞬時に。

 目で追えない速度だった。

 沼田から僅かに離れた場所に神は立っていたが、移動後の衝撃からか、動きが鈍い。

 通常の移動とは違い、何かの力を使ったのだろうか。

 明確な隙が出来ている。

 そう思った俺は瞬間的に機動力に全力を注ぎ、地を蹴った。

 そのまま、宙に浮かんだ状態で、膂力へと移行する。

 流れるような創造の変更。


『くっ!』


 神の焦燥感が俺へと伝わる。

 俺は速度をそのままに、拳へとすべての力を集約する。

 そして、神の顔面を全力で殴った。


『ぐあああ!』


 頭蓋が歪む音が鼓膜に伝わる。

 今度は間違いない。

 奴にダメージを与えられた。

 神はきりもみし、後方へ弾かれた。

 そのまま流れ。

 遥か遠く、空中で止まったが動かなかった。

 今の内に態勢を整えよう。


「沼田、大丈夫か!?」

「ああ、何とか上手くいった。だけどよ、また失敗した。すまん」

「気にするな。おかげで一撃は与えられた。速度のおまけつきだ。

 今度はある程度の傷は負わせられたはず」


 沼田の身体に傷はない。

 鎧も新品同様だ。

 『沼田は確実に一度死んでいる』のだ。

 だが今は生きている。

 そう、つまり生き返ったのだ。

 それはなぜか。

 奴の能力を見れば一目瞭然だ。



●アクティブスキル

 ・盗む

   …あらゆるモノを盗む。ただし、対象によって失うモノも大きくなる。

    例えば物体以外の経験、知識、現象自体も盗める。

    成功率は対象の精神力や意志力、価値など様々な要素によって変わる。

    明確に自身を認識している相手だと困難になる。



 沼田はあらゆるモノを盗める。

 何でも、だ。

 もちろん『俺のリスポーン能力も』だ。

 だが、ではなぜ能力を奪われた俺が生きているのか。

 それは『沼田に渡したのは俺の命の半分』だからだ。

 リスポーン能力自体は俺のもの。

 つまり、沼田は俺の多数の命だけを盗んだわけだ。

 沼田と俺、双方に250の命があることになる。

 それは確実ではあるが、沼田には見えない。

 それに加えて命の数だけ奪った場合、死んだらどうなるのか、という不安があった。

 そこで一度試した。

 結果『俺がリスポーン地点に選んだ場所に沼田も生き返る』ことがわかった。

 だから奴は、俺が最初にリスポーン地点にしていたジーンの背中で生き返ったのだ。

 ただその代償はモノによって違う。

 沼田は代償を俺には教えてくれなかった。

 何となく、予想はついているが……。

 やめよう、振り返っても意味はないのだから。

 空中で浮遊していた神がゆっくりと頂上へと戻ってきた。

 着地すると。

 神の怒りが俺達へと向けられていた。


『貴様らぁ……我を、二度も謀ったなぁ! この! 我を! 二度も! 人間ごときが!』


 怒りに打ち震えている。

 神とは思えぬほど感情的に、怒気を孕んでいた。

 いよいよ、奴を本気で怒らせてしまったようだ。

 大気が震えている。

 空が、大地が、自然が、何もかも怯えている。

 だが俺と沼田は飄々とした態度のまま、軽口を叩いた。


「死なないってのは、別の恐ろしさがあるもんだな。安心できるものでもねぇ。

 貴重な体験だぜ。好んでしたくはねぇけど」

「安心しろ。これから何度もするぞ」

「そりゃ、ありがてぇ。さっさと終わらせたいところだな」

「同感だ」


 俺と沼田は構える。

 感じたことがないほど威圧感を前に、なぜか俺と沼田は笑った。

 自分の感情がよくわからない。

 だが想像はできる。

 多分、俺はこう思っていたのだ。

 この二人なら、きっと神にでも勝てるだろう、と。

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