第128話 神の怒り

 俺と沼田は同時に疾走した。

 円を描くように神の左右から迫る。


『小癪な! 虫けらが!』


 神は両腕を上げた。

 両の手は俺と沼田に向けられている。

 瞬時に俺と沼田はその場から跳躍、対称的な動きで回避した。

 地面が爆発する。

 天空を焦がす爆炎が、地面から昇った。

 あんなものを食らえば焼死する。

 だが、奴の力の一端は垣間見えた。

 やはり手を動かすことが、能力を使う条件らしい。

 その動き方、速度、指や腕の構えによって力が違う。

 目を凝らせ。

 見逃すな。

 避けることは、不可能じゃない。

 着地した俺は、すぐさま地を蹴った。

 沼田も同時に神へと迫る。

 左右からの攻撃に、神は戸惑い、だが瞬時に空へと逃げた。


「ジーン!」


 空中を飛翔していたジーンが滑空する。


『くっ!?』


 グリーンドラゴンの存在には気づいていたはずだが、まさか連携をするとは思わなかったらしい。

 背後から鋭い爪で切り裂かれた……かのように見えた神は衝撃で跳ね飛ばされた。

 俺達は真上へ跳躍。

 迫る神に対して、左右対称の動きで、回し蹴りを放った。

 見事に神の腹部に踵が突き刺さる。


『ぐぬぅっ!』


 呻きながら神は後方へと吹き飛んだ。

 そこにはジーンがいる。

 二度の追撃を受ける、かに思えたが、神から異様なほどの威圧感が生まれた。


『調子に乗るなああァアアアッ!』


 怒り心頭に発した。

 神は急激に速度を緩め、その場にとどまった。

 空中で浮き上がったまま、神へと力が集束する。


「来い! ジーン!」


 今こそ僅かな猶予だと判断した沼田は手を伸ばした。

 命令に従い、ジーンが空中から加速し、舞い降りる。

 そして発光した。

 光の粒子へと変貌し、ジーンは沼田へと吸収される。

 いや、違う。

 沼田は人間からかけ離れた姿へと変化していた。

 口からは湯気を発し。

 全身には緑の鱗。

 尾さえ伸ばして。

 半竜人がそこにいた。

 『同化』だ。

 操る、盗む以外にも、そういう能力があったことを俺は思い出していた。

 これで、沼田自身の能力値も、かなり向上したはずだ。

 だが、同化の反動か、沼田は息を荒げ、全身を痙攣させていた。

 なるほど、そのために今、発動したのか。


「第、十二、案だ……!」

「……ああ」


 沼田の呻くような言葉に、俺は端的に答える。

 数秒の硬直。

 その後、準備を終えた。

 沼田も。

 神も。

 神々しく、後光が射している。

 冷たい視線、厳粛たる空気の中、奴は緩慢に地上へと降りた。

 動悸が激しくなり、身体が震えた。

 今まで以上の、得体のしれない。

 これは、何か、今までに感じたことのない感覚。

 畏怖ではない。

 ただ……震えていた。

 見てはいけないものを見てしまったかのような。

 触れてはいけないものに触れてしまったかのような。

 もう、後戻りはできないのだと、そう思えてしまうような。

 絶望感。

 それが目の前にあった。


『王達の肉体を得た理由は、想像がついておるようだ。

 だが、それは地上に存在するためではない。

 地上に影響を及ぼし過ぎるが故の、我の配慮であった。

 人類はあくまで、自然に滅亡すべきだと思っていたからだ。

 だが、それも、もういいであろう。どうせ、この世界は滅ぶのだから』

「……自分で定めた規範を、自分で破るつもりか……?

 今まで何のために、守って来たんだ」


 沼田と俺の仮説が正しければ、神が王達を吸収したのは単にこの世界に顕現するためだ。

 そうしなければ、この世に直接干渉することになる。

 だから、わざわざ王達に憑くような真似をしたはずだった。

 だが、奴はその姿をただの配慮だと言った。

 聖神達が自ら定めたルールに自ら従っていたから、俺達はこう思っていたのだ。

 『奴等は自分の定めたルールは破れない』と。

 だが、そうではなかったのではないか?

 『奴等は自分の定めたルールを破らない』だけだったのではないか?

 その気になれば、いつでも逸脱できた。

 いや、リーシュは聖神達は全員規範に縛られていると言っていた。

 違反すれば厳罰に処されるとも。

 だが、仮に滅亡を前に、その規範が機能しなくなっているとしたら。


 これはただのルール。

 聖神達が決めただけのルール。

 強制力は決してないのだ、と。

 この世界に定めた規範。

 であるならば、この世界が滅ぶ今、その規範は意味を成さない。

 そして……その規範を定めたのは聖神達自身。

 いや……創造神が定めたもの。

 ならば、この法則は、いつ瓦解してもおかしくない。

 俺達が知らぬ間に変わっていてもおかしくはない。

 規範さえも、創造主である奴ならば変えることは、いつでもできるのだろうから。


『戯れには規範が必要だ。でなければただ自由意思の下、行われるだけ。

 それでは面白くない。だから規範を定めた。この世界に、我々自身に。

 だが、それはこの世界を運営する間のことだけ。

 そして、創造神へと戻った我にはその規範を変える力がある。

 我の半身共にはその力はなかったが、今の我ならば思いのままよ。

 この世界を造りし、創造主は我なのだからな。

 今までの行動は、あくまで有終の美を飾らせてやろうという我の憐れみよ。

 しかし、貴様らは人の身でありながら、神である我に牙を剥いた。

 万死に値する! 塵芥が……ッ! 肉片一つ残さず、この世から消してやるわッ!』


 威圧感が増した。

 まともに立っていられない。


「くっ、なんだよ、あれは!」

「自らの枷を、外した、ってところだろ!」


 風とは違う、無音の圧力。

 俺達を襲う何かは、俺達の身体を徐々に蝕んだ。

 だが、その力は突如として止んだ。

 静寂の中、光り輝く神は厳然として佇み。


『行くぞ異世界人。絶望に喘げ』


 表情を変えずに言った。

 次の瞬間、俺達は後方へと吹き飛ばされた。


「がっ!」

「ぎっ!?」


 痛みはない。

 いや、違う。

 痛みを覚える暇がなかった。

 空中で、見えない何かに背後から弾かれ、さらに上昇した。

 対処しようにも何も見えず、わからない。

 神は手をかざしもせず、半眼で俺達を見上げているだけだ。

 もう手を動かす必要もないのか。

 何度も空中で弾かれた。

 狭い空間で跳ねる弾のように、何かにぶつかり弾き返され、吹き飛び、また弾かれる。

 途中で、ようやく痛みが浮かんできた。

 全身が悲鳴を上げている。


「あ」


 いつの間にか腕が逆方向へ向いていた。

 足も血だらけで、まともな形を保っていない。

 視界は赤く、まともな思考さえも許されない。 

 上下左右に視界が揺らぎ、定まることはなかった。

 沼田も同じなのか、時折姿が見える。

 創造力を防御へ回しているのに、ダメージが抑えられない。

 終わりのわからない拷問は続く。

 間違いなくなぶられている。

 奴は愉しんでいる。

 加減し、俺達を痛めつけている。

 だが逃げられない。

 そして、俺も、沼田も死んだ。

 頂上の地面に生き返ると、顔を上げた。

 神は俺達を見下ろし、両手をゆっくりとかざした。

 脳が警鐘を鳴らしていた。

 だが、生き返りの反動から、即座には動けなかった。


 ほんの僅かな余白。

 その時間で、あの悪夢が蘇る。

 世界は暗闇に覆われ。

 感覚のほとんどが奪われた。

 残ったのは、痛覚だけ。

 全身に走る激痛。

 刺すような痛み、何かに殴られ、踏みつぶされた。

 痛み、痛み、痛み。

 死、死、死、死。

 終わらぬ拷問の中、俺は創造力を使い、感覚を鈍麻させた。

 だが、それでも意味はなく。

 痛みと死は連綿と続いた。

 永遠にも思える時間を超えた俺は、再び現実に舞い戻る。

 そして。


「……くっ……!」

「ふ、ふぐ……い、生きて、ん……のか……」

 

 ・SP:1/250


 俺も沼田も残り、一つの命しかない。

 嗜虐だ。

 これは、ただの戯れなのだ。

 奴は、俺達を殺し尽くすこともできたのだ。

 なぜなら、一度目の時、俺は499回死んだのだから。

 わざとだったのか。

 いたぶるために、わざと一つの命を残したのか。

 今の姿にならなくとも。

 奴には俺達を殺しつくすことができた。

 だが、俺達の機動力とコンビネーションに圧倒され、今の姿になった。

 それは仮初めの姿ではなく、本来の神に近い姿なのだろう。

 この別世界に移動するような攻撃。

 次に受けたら、終わりだ。

 肉体と精神の苦痛から何とか立ち直ろうと、俺達は立ち上がろうとした。


『憐れよな。圧倒的な力の差を理解しつつも、まだ抗うか。

 そこの人間。相手の力量が見えるのであろう?

 見よ、我を。今だけ、貴様に見せてやろう』


 神は仰々しく両手を開き、俺へ憐憫の視線を向けた。

 歯噛みし、絡み合う負の感情を拭った。

 そして、俺はアナライズで神を見た。



・名前:グリュシュナの創造神


・LV:999,999,999

・HP:999,999,999,999/999,999,999,999

・MP:999,999,999,999/999,999,999,999

・ST:999,999,999,999/999,999,999,999


・STR:99,999,999,999

・VIT:99,999,999,999

・DEX:99,999,999,999

・AGI:99,999,999,999

・MND:99,999,999,999

・INT:99,999,999,999

・LUC:99,999,999,999


●特性

 六体が合わさり、元の姿に戻った神。

 王達の仮初めの姿を捨て、地上に顕現した姿。

 世界を創造できる。世界を破壊できる。

 すべての創造主であり、すべてを担う存在。神。



「――冗談、だろ……」

「お、おい、クサカベ、どうしたんだ、おい!? な、何が見えたんだ!?」

「レベル……一億……」

「な……ん、だって……?」


 俺はあまりの数値に怯えを隠せなかった。

 リーシュのステータスとは格が違う。

 それはそうだ。

 リーシュは聖神の一体。

 それが六体集まり、そしてさらに力を解放したのだ。

 これくらいは当然のことなのだ。

 奴に勝てるはずがない。

 わかっていたはずだ。

 僅かな時間で理解したはずだ。

 創造神は、力の半分も見せていない。

 それで俺達は死に絶える寸前まで殺された。

 もし、奴が本気を出せば、俺達は間違いなく殺される。

 いや、俺達だけはない、この世界の人間、生物、大陸さえ、一瞬で消し飛ぶ。

 だが、俺の恐怖はそこに留まらない。

 奴の数値には一つ問題があった。

 絶望を覚えた。

 なぜなら『数値は限界に達していなかったから』だ。


『まだ、目に光がある。それはつまり、希望があると思っているのだな? 

 よかろう、ならば見せてやろう。死にゆく憐れな虫には勿体ないが。

 ここまで生き抜いた褒美だ。受け取るがよい』


 光が増した。

 見えない。

 見てはいけない。

 知ってはいけない。

 聞いてもいけない。

 その存在に気づいてはいけなかった。

 生物ではない。

 それは。

 現象だ。

 神は人のように、物ではない。

 そこにいて、そこにはいない。

 概念でとらえるべきものではなかった。

 法則など、存在しなかったのだ。

 中世的な人型だったそれは、背中から無数の手を生み出した。

 その手には幾つも武器が握られており、一つ一つが圧倒的な力を感じさせた。

 剣、槍、弓矢、錫杖、斧、槌、棍、無数の凶器。

 神でありながら、感じられるものは一つしかない。

 存在するすべてのものを破壊するという、狂気的な意思。

 近づいてはいけなかったのだ。

 俺達は驕っていた。

 神にでも勝てると、考えていた。

 だが、奴は。

 俺達が思っている以上に、単純な存在だったのだ。

 別の次元の存在。

 決して相容れぬ存在。

 俺は膝を地面についた、隣で沼田も同じように脱力した。

 なぜか涙を流し、わなわなと震えた。

 何も考えられない。

 だが、俺は半ば無意識に、アナライズを使用した。



・名前:グリュシュナの創造神


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・LUC:*999,999,999,999,999,999


●特性

 完全体。すべてを解き放った、純然たる創造神。

 唯一無二の神であり、神たる存在に抗える存在はいない。

 生まれ出で、グリュシュナを創造した時の姿。

 創造により、生み出せないものはない。命でさえも。

 しかしそれは別のものである。



「は」

「ははは」


 俺と沼田は同時に笑った。


「あははははははっはははっはっ!」

「くっくくくくっくくくっ!」


 笑って、泣いて、地面に伏した。

 狂気的な哄笑の中、神は半眼で俺達を見つめていた。

 その双眸にある感情は、何もない。

 ただ、物を見るような、無感情さがあるだけだ。


「勝てる、わけがない」

「こ、こんな、化け物、殺せる、かよ」


 絶望の中、俺達は蒼白に顔を染める。

 ああ、そうだ。

 無謀だったのだ。

 神に挑むなど。

 勝てるなど。

 世界を救うなど。

 無駄だった。

 勝てるはずがなかった。

 ただの人間が、創造主に勝てるなんて。


『戦う意思さえ失ったか、よかろう、ここまで神に食い下がった褒美だ。

 痛みもなく、一瞬で殺してやろう』


 俺は呆然と、神の姿を見ていた。

 沼田もただ無気力だった。

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