第123話 変わりゆく世界

 一人の日々。

 慣れた道を進み、夜になると野営する。

 空が白むと出発。

 その繰り返しの日々だった。

 思えば、たった一人で何かをするということはあまりなかった。

 転移したばかりの時と、オーガス軍に立ち向かった時、ハイアス和国が滅亡した時くらいだろうか。

 もちろん、短期間ならばもっと機会は多かっただろう。

 だが、ずっと誰かと一緒だったから。

 莉依ちゃんと一緒だったから。

 朱夏と、結城さんと、仲間達と一緒だったから。

 そして、つい最近までニースと一緒だったから。

 心の隙間に風が吹いている。

 寂しい。そう思った。

 やはり、俺は弱くなった。

 この一年で、ただの人間になってしまった。

 それが俺を癒し、俺を堕落させた。

 これからはその生活も終わるのだ。

 この思いとは決別しなくてはならない。


 しばらく俺は旅を続けた。

 そして約束の期限よりも早く、俺はエシュト皇国皇都に着いた。

 皇都に来るのは一ヶ月以上ぶりだ。

 寒冷期が近づくに当たり、食料や燃料、つまり薪などの貯蓄のため、時間がなかったためだ。

 かなりの量を保管できたから、近い内にニースと皇都に行こうかと話していたのだが。

 俺は頭を振り、邪念を払った。

 前に進む、そう決めたのだ。

 皇都の正門前には、かなり多くの人間が押し寄せている。

 入口付近には難民らしき人間の姿も多かった。

 天幕を張り、外で暮らしているらしい。

 中へ入るには、それなりの金銭が必要になるからだ。

 それに、内部で生活するのもまた金がかかる。

 皇都ともなれば課税も重く、生活するのも困難だ。

 戦争によって、居住を追われた人達が集まっているらしかった。

 それは、最近のことではなく、戦争が始まってから珍しくもない光景だった。

 俺は、自給自足の生活をしていたし、魔物や動物の素材を売りさばいていたので、それなりに所持金がある。

 正門前にある行列に並ぶと、しばらく待った。

 一時間近く待たされ、ようやく俺の番になると入都料を払い、通用口から中へと入った。

 顔を隠すために、フードを被っている。

 普段は、ニースの変装魔術を使用していたから問題はなかったが、今は日本人の姿だ。

 少しの不安はあったが、問題はなかった。

 フードを脱がせるつもりもないらしく、門衛は面倒臭そうに手を振った。

 金さえ払えばいい、そういう態度だった。

 もう仕事さえまともにする気がないらしい。

 それが俺には功を奏したわけだが。


 内部は人で溢れており、喧噪が蔓延してる。

 特に、兵の数が尋常ではなかった。

 戦争に伴い、若い人間の大半は徴兵されたらしかった。

 物々しい雰囲気ではあるが、活気はあった。

 いや、必死なのだろう。

 そこかしこに乞食や孤児、浮浪者が目に付いた。

 恐らく、彼等は隠れ住んでいる難民だ。

 一部の難民達は兵達に連れられ、都外に追い払われていた。

 人々の顔は疲れ切っており、それでも必死に生きようとしている。

 俺は三々五々、人通りの多い街道を進んだ。

 人ごみに慣れてはいるが、気を遣うし、生気を奪われるような気がする。

 妙に疲れるし、妙に身体が重くなる。

 俺はそれを嫌い、大通りから一つ隣の道を進んだ。

 裏通りに行けば治安は多少悪いが、人通りは少ない。

 ただ、兵士達が闊歩している都内で、悪事を働く人間は少ない、はずだった。

 少なくとも一ヶ月前までは。


 俺は裏通りに入り、顔を顰める。

 そこには明らかに柄の悪い連中が、都民に絡んだり、金をせびったりしていた。

 大通りのすぐ隣。

 こんな場所での出来事だった。

 皇都がこれほどに治安が悪くなっていたことに、俺は愕然とした。

 同時に苛立つ。

 悪人がやりたい放題しているというのに、官憲共は何をしているのか。

 一時的にでも国を統治していた立場だったからか、余計に腹が立った。


「へへ、おい、いい女じゃねぇか」

「いいねいいね、さらっちまおうぜ」

「どうせ、お上は戦争で忙しくて、気にもしねぇからな」


 下卑た声を張り上げる男達の前には、か弱そうな女性が震えていた。


「や、やめてください!」


 誰も助けようとしない。

 奴らを見ては、気まずそうに視線を逸らして、無視を決め込んでいた。

 わかりやすい悪党どもに、俺は辟易しつつも、女性を庇うように前に出た。


「あ? なんだ? こいつ」

「おいおい、まさか、庇おうとしているんじゃねぇだろうな?」

「庇う? 違う。ただ、おまえたちが気に食わないだけだ」

「……ひゃひゃひゃひゃっはっはっ! き、気に食わないだけだ!

 ふ、ふふふ、うへへ! ま、マジかよこいつ。こんなの笑っちまうぜ!」

「正義の味方ちゃんでちゅかー? まだこんなバカがいたのかよぉ。

 やべぇよ、うけるよぉ」

「はー……おまえ、死んだぜ。この国にはもう、法律なんてねぇんだ。

 悪党がのさばる時代。暗黒時代よ。おまえみたいな奴は死刑!」


 大柄の男達は愉悦に浸っていた。

 俺はフードを被った状態で、顔を見せていない。

 奴らの体格は雲泥の差で、俺よりも一回り大きい三人だった。

 傍目では圧倒的に俺が劣勢に見えるだろう。

 だが俺は嘆息した。


「あ? おいいい!? こいつ、今、俺達を馬鹿にしたぞ!?」

「ははは、マッジ、調子に乗ってんじゃねぇぞ、コラアッ!」

「ぶっ殺そ? ぶっ殺すよ? ぶっ殺すぅっ!」


 男達はすぐにも襲い掛かって来そうだった。


「下がって」


 俺は小声で女性に言う。

 すると、女性は怯えながらも後ろに下がった。

 瞬間的に憤った男達は、瞬時に腰から剣を抜くと、俺へと振り降ろした。

 同時に、三方向から。

 俺のレベルは100。

 大男達よりもレベルは低い。

 だが。

 俺は、男達の攻撃を紙一重で躱した。

 奴らの間を縫って移動し、奴らの後方へ辿り着く。


「あ?」

「あれ? 当たった?」

「ああああ?!」


 振り返ると、男達は何が何だかわからないといった表情を浮かべていた。

 レベルは俺の方が低い。

 しかも三体一。

 だが、俺には圧倒的な経験値がある。 

 どれほどの死を乗り越え、どれほどの戦いを乗り越えたのか。

 奴らとは格差がある。

 レベルは低くとも、俺の精神や力量、技術力は奴らとは比べ物にならない。

 一年近く、戦わず、力を失ってはいた。

 だが、それでも俺には確固たる自信があったのだ。

 積み重ねたものはなくならないのだから。

 死の恐怖はとっくになくなっているのだから。


「あ? あれ? うぐっ……?」


 尚も俺に襲い掛かろうとした男達は、その場で蹲った。

 腹を抱えて、嘔吐し、剣を落とした。

 すれ違いざまに鳩尾にひじ打ちをしたのだが、ようやっと気づいたらしい。


「まだやるなら相手をするけど」


 俺は涼しい顔で言った。


「ば、化け物……だっ……!」

「ひ、ひっ!?」

「に、逃げるぞ!」


 男達は情けなくも、潔くさっさと撤退した。

 さすが弱者にたかるハエ。

 強者と見るや否や逃亡するとは。

 ある意味、爽快な奴らだった。

 俺は肩についたホコリを払い、建物の影に隠れていた女性に向き直った。


「大丈夫ですか?」

「あ、ありがとうございます。た、助かりました。何かお礼を……」

「いえ、別に大したことじゃないです。気に入らなかっただけなのでお礼はいりません」


 女性は複雑そうな顔をしていた。

 嬉しそうでもなく、何か俺に対して警戒している。

 疑念を持った時、女性は口を開いた。


「……あとで、莫大な護衛料を、よ、要求したりは」


 何を言っているのかわからなかった。

 助けたから、金を払えってことか?

 想像もしていなかった言葉に、俺は僅かにたじろいだ。


「いや、いらない。そんなことのために助ける奴なんていないと思うんですが」

「……以前、そういうことがあったので」


 悪党から守ってくれた奴の方が悪党だったということか。

 あるいは、グルだったという可能性もある。

 もし、そんな出来事があったのなら、疑心暗鬼になっても不思議はない。


「俺は、俺が助けたいから助けただけだ。別に、見返りを求めているわけじゃない。

 敢えて言うなら、もう貰ってる。助けさせてくれた、って対価は貰ってるから」


 本心からの言葉だ。

 偽善じゃない。

 単純に、俺の利己的な考えからの言葉だ。

 助けたいというのは、身勝手な欲求だ。

 お礼を言われたい、対価が欲しい、そんな思いは俺にはない。

 ただ、純粋に見捨てたくなかったから助けた。

 助けられたという自己満足に浸りたかっただけだ。

 だから何もいらない。

 相手が助かったという事実だけでいいのだから。

 女性はじっと俺を見つめる。

 彼女は小刻みに震えていたはずだったが、今はそれも収まっていた。

 無言で見られていたので、なぜか気まずくなってしまった。

 というか異世界人だとバレてしまったのではないか。

 フードは深く被っているが、下から覗きこめば違和感には気づくだろう。


「あの、何か?」

「……いえ、やはり、お礼をしたいのですが」

「いらないよ。貰ったら、俺がしたことは偽善になる。

 お礼を貰って本当は対価を求めていたなんて自分で思いたくない。

 だからいらない」

「で、でも」


 さっきまでは怪訝そうだった女性は、今度は俺に何か礼をしたいと食い下がった。

 心情の変化があったらしいが、俺には関係のない話だ。

 さっさと沼田の所に行きたいのだが。

 そう思った時、ふと、思いついた。


「そうだ、じゃあ、こうしよう。俺は皇都から離れた僻地に住んでいる。

 だからこの国や他国の情報が大して入って来ない。君が知っていることだけでいい。

 現状、どんな風になっているのか、教えてくれないか?」

「世界情勢を、ですか?」

「ああ、情報は金になる。親切に教えてくれる人間もいないだろう。信用も重要だ。

 君なら嘘は吐かないだろうし。どうだ?

 これなら君の言う、お礼になるんじゃないのか?」

「……そうですね、わかりました。それでいいのなら」

「それがいいのさ。頼む」


 俺は胸中で安堵する。

 どうやら納得してくれたようだった。


「では何から話しましょう? あ、立ち話じゃ、話しづらいですし、私の家に」

「いや、そこまでは……すまないけど、ここで。時間も多くはないんだ」

「そうですか……」


 なぜか女性は残念そうに目を伏せた。

 あまり長話をすると沼田を余計に待たせることになるからな。

 仕方がないし、見ず知らずの女性の家に行くのは気が引ける。


「まず、そうだな。この一ヶ月、何があったんだ?

 俺は一ヶ月以上前に皇都に来たんだけど、その時は今ほど物々しい雰囲気じゃなかったと思うんだけど」

「私達、一般都民には詳細は降りて来ませんが……ある程度の内容は耳に入っています。

 昨今、世界中で戦争が起きて、内乱も同様でした。

 世界中で戦火は広がり、皇都にも火の粉が振りそそぐ、そんな噂が広がっています。

 その理由なのですが……どうやら、神託が下ったらしいのです」

「神託?」


 ――今更、神託だと?


 聖神達は同化し、唯一神となった。

 奴が直接手を下せないことは沼田も理解していた。

 そして各国に神託を授けていただろうことも。

 だが、それはここ一年で何度か行われていたんじゃないだろうか。

 でなければ示し合わせたように戦争は起きないし、各国の指針にも差異が生まれるはずだ。

 けれど、実際は全世界で戦争は起き、各国の目的は世界統一の思想のままだった。

 それはつまり、神託は頻繁に各国へ授けられたということではないか。

 王達が失踪した後、失踪前に受けた聖神の言葉通りにただ付き従うというのも無理がある。

 王の後釜になった誰かが、直接神の啓示を受けたからこそ、強固な行動理念が刻み込まれているはずではないだろうか。

 俺は今更、神託を特筆することに疑問を抱いた。


「はい。一般に流布されている神託とは別に、どうやら神託が授けられたのだと。

 それは長期化する戦争を終結させるために総力戦で全兵力を用いる、という内容らしく」

「つまり、より戦争は苛烈化する、と」

「はい……事実、その噂が流れた後、街中で兵達の姿が多く散見するようになりました。

 秩序も失われ、街中で犯罪が起きても、よほどひどくない限り無視されています。

 兵達は時折、難民や奴隷をどこかへ連れて行っている、という話も。

 以前、リーンガム、いえハイアス和国という都市から来た人間をどこかに連れて行ったという噂が流れていまして。

 何かをさせているのではないか、と言われています。

 それは事実です。

 エシュト皇国の別働隊の兵を見た人間は、兵士達は魔物だった、と証言しているという話もあります」

「詳しいな、君」


 俺は思わず訝しがり、疑いの目を向けてしまったが、女性は小さく笑った。


「みんな言ってますよ。噂もこの話も、ほとんどの人間が知っています。

 だって、もう隠そうともしていないんです。

 本当に兵は魔物のようでした。私も見たので……」


 彼女は嘘を言っていないようだった。

 事実が誰の眼にも明らかになる瞬間。

 その時期。

 それはつまり、時は既に遅いということだ。

 期は熟してしまった。


「……そうか、ごめん。続けてくれ」

「世界中で同じようなことが起きているようです。

 各国で総力戦を行うべく、兵力を集結させている、と。

 本来、あり得ないことなのに、各国の兵力を一所に集め、統一国を決めるべく……大規模戦争を起こすと」

「なっ!?」


 それが事実ならば、なんと無茶な。

 本来、戦争は策を弄するものだ。

 なのに、もし五国が指定の場所で全兵力を用いて戦うとなれば。

 それは戦争というよりは。

 大規模な、多騎打ちだ。

 ルールに則った、則り過ぎた馬鹿騒ぎだ。

 聖神と同じように。

 人々は神託に縛られている。

 だから、こんな馬鹿なことが起きてしまう。

 止めなければ、多大な犠牲が出るだろう。


「どこで、行われるか知ってるか?」

「大陸中央の、名もなき高山周辺とのことですが……」


 俺は思わず、乾いた笑いを浮かべそうになった。

 あの神は、高みの見物をするつもりらしい。

 己の言葉で、人間が殺し合う姿を観戦するらしい。

 神ではない。

 奴はただの外道だ。


「期日は二週間後、らしいです……これは、夢なのでしょうか。

 未だに、私は信じられないのです。

 どこの国が勝っても、世界は元には戻らないでしょう。

 生き残った人達で再び、国を作り直す……それが可能なのかどうか」


 神は世界を作り直すと言っていた。

 それはつまり人類を滅亡させるということだ。

 俺は肝心な部分を失念していた。

 ここは現代ではない。

 化学兵器はないのだ。

 ならば、戦争で全人類が死滅することはないのではないか。

 生き残りはいるだろう。

 ならば、何を以って、人類は滅亡するのか。

 女性は話を終えたらしく、困ったように俺を見上げていた。


「ありがとう、色々とわかったよ」

「い、いえ、少しでもお役に立てたのなら、よかったです」


 女性は尚も、俺を見ていた。

 やはりこれ以上、話すのは危険だ。

 そう思い、俺は踵を返した。


「それじゃ、俺はこれで」


 逃げるようにその場を立ち去ろうとした。


「あ、あの待って下さい」


 女性の声に、俺は思わず、足を止める。

 何か言われるのかと思った。

 だが現状を鑑みれば、俺の存在が露呈しても、憲兵どもは動かないのではないだろうか。

 実際、沼田も比較的自由に動けているわけだし。

 そう思い、戸惑いながら振り返ると、女性は何かに迷っている様子だった。

 そして、意を決したように一度頷くと、再び言葉を紡いだ。


「あ、あの、あなたはハイアス和国の王では」


 俺は虚を突かれて言葉に窮したが、一呼吸置き、緩慢に首を横に振った。


「いや、違う」

「……私は元々、リーンガムに住んでいました。

 建国時、ロルフさんや神父様と共に、都市を出ました……。

 あなたの顔を見たことは、あまりありませんが……何となく覚えてはいます。

 それに、僅かに覗く顔は、この世界の人間とは違う形に見えます」


 さすがにフードだけで顔を隠すのは無理があったか。

 だが、これ以上、姿を隠せば余計に怪しいし、これが限界だった。

 俺は観念し、フードを脱いだ。


「やはり、あなた、だったのですね」

「……ああ」


 俺は言葉に迷い、何も言えない。

 すると女性は、唇を噛みしめ何かを言おうとしていた。

 都市を出た傭兵団達や、聖神教信徒達、建国に従えなかった人達の中に彼女はいた。

 そして彼女の話通りならば、ロルフ達は魔兵化されたに違いない。

 俺は彼等を強く止めなかった。

 言葉で止めたし、説明もしたが、信じられなかっただろう彼等を説得出来なかった。

 女性は、きっと俺を罵倒するだろう。

 そう思ったが。


「すみません、でした」


 女性は瞳を濡らして、睫毛を震わせた。


「え?」

「あなたの言葉を私達は信じられなかった。何度も言ってくれたのに。

 神父様はあなたを邪神教徒であるとさえ言っていた。私達もそれを信じてしまいました。

 でも、結果はあなたが正しかった。みんな……兵に連れて行かれてしまいました。

 そして、惨いことに……私は、たまたまみんなと逸れていたので助かりました。

 ごめんなさい、あなたを信じていれば……」


 一部、ある意味では間違ってはいないけど……。


「いや……結局、ハイアスの人達も俺は守れなかった。同じだ」


 彼女は何があったのか、理解してはいない。

 俺以外の人間、ハイアス和国に関わりのあった人間以外で、ハイアス和国が滅びた理由を知っている人間はいない。

 都市が一日で壊滅したのだ。

 あまりに不自然な状況に、エシュト皇国内でも様々な憶測が飛び交った。

 だが結局、敵国のオーガス軍が何かをしでかしたという案が濃厚になっている。

 時間が経てば、どれほど不自然で超常的なことでも人は忘れる。

 記憶は風化していく。

 だが、女性は追及するつもりはないようだった。

 俺も答えるつもりはなかった。

 神に滅ぼされたなどと言って、誰が信じるのか。

 信じても、聖神教が台頭している世界で、神を敵視している人間は少ない。

 その神がハイアス和国を滅ぼした。

 ならばハイアス和国は神に仇なしたのだと吹聴される可能性がある。

 だから俺は閉口した。

 考えたくなかった。

 死んでしまったみんなを侮辱されるようなことになれば耐えられないと思った。


「それでも、あなたは正しかった。あなたは王として、みんなを導こうとしていた。

 だから……ごめんなさい。そして、ありがとう。あなたのおかげで私は生きています」


 その言葉の真意まではわからなかった。

 知ろうとも思わなかった。

 俺は何も言えなかった。

 女性もそれ以上の言葉はなかったようだった。

 互いに、気まずそうに視線を落とし。

 そして。


「それでは……私はこれで」

「あ、ああ、元気で」


 簡単な挨拶をして、俺達は別れた。

 きっと、もう会うことはない。

 生きていた。

 生きていた人がいた。

 だが、ロルフ達は死んだ。

 ドラゴン討伐のため、共に戦った彼等の顔は今も覚えている。

 彼等の多くは沼田に殺され、そして……最終的には。

 やめよう。

 考えても、どうしようもないことだ。

 過去はなくならない。

 遺恨を思い出してそれが何になるというのか。

 俺はリーシュではないのだから。

 時間を遡るようなことはできないのだから。

 悔いても恨んでも妬んでもしょうがない。

 過去は消えない。

 だからここにいるんだ。

 俺は女性の後ろ姿を見ていたが、振り切るように反対方向を向く。

 そして、歩き出す。

 沼田と共に、この悪夢を終わらせるために。

 神を。

 殺すために。

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