第124話 神狩りの時間

 沼田に言われた宿屋へやってきた。

 第三通りはわかりやすかったが、一番の安宿という条件が問題だった。

 一々、宿に入り値段を聞いたのだ。

 沼田、なんて名前のまま、宿泊しているとは思えなかったため、宿泊代くらいしか情報がなかった。

 あいつは、シュルテンの格好をしていた過去がある。

 つまり人の姿を奪える。どういう原理かはまだよくわからない。

 恐らくは、そうして姿を変えて生活しているのではないかと思ったが。

 俺と同じように顔を隠しているだけかもしれない。

 誰かに聞いても親切に答えてくれる人はいなかった。

 この街、いや国、世界までも暗雲が立ち込めつつある。

 もう誰もが自分のことで精一杯なのだろうか。

 四件目の宿でようやく目的地に辿りついた。

 俺は沼田の特徴を宿の店主に伝え、名前を聞いた。

 部屋を教えて貰い、中へと入った。

 なんて不用心な宿だ。

 こんなに簡単に、部外者を入れるとは。

 見ると、店主の顔には生気がない。

 ああ、あれは、昔の俺だ。

 何もかもに絶望していた、あの時の俺と同じだ。

 彼も何かあったのだろうか。

 俺は深く踏み込まず、案内のままに奥の部屋に向かった。

 扉を叩くと、間髪入れずに開いた。


「お、おまえ……」


 沼田はあんぐりと口を開けていた。

 そのあまりに人間味の溢れる仕草に、俺は苦笑した。


「俺も、おまえの計画に携わらせてくれ」

「あ、ああ、ああ! もちろんだ!」


 沼田は喜色満面だった。

 俺は、これまで一度たりとも、沼田のこんな純粋な笑顔を見たことはなかった。

 それほどに、沼田はナディアを大事に思っているということなのだろう。


「は、入れよ。早速、作戦を話す」

「ああ、頼む」


 沼田に言われるままに、俺は部屋に入った。

 中には物が散乱している。

 様々な書物、まるで書斎のように蔵書だらけだ。

 一年、調べ回ったという言葉は事実のようだった。

 何に使うのかわからない道具や薬品。

 服は床に放られて、足の踏み場がない。

 ベッドが二つあったので、俺達は向き合うように座った。


「悪いな、こんな汚くてよ」

「いや、別に気にならない」

「そうか……じゃあ、話をしよう。その前に、おまえに聞きたいことがある。

 これは大事なことだ。というかだ。もし俺の考えが間違っていたら、計画は頓挫する。

 慎重に、明確に答えてくれ。いいな?」


 神妙な面持ちの沼田を前に、俺は鷹揚に頷いた。


「おまえの能力を教えてくれ。なんとなく知ってはいるが、詳細は知らんからな」


 戦う上で、戦力の把握は重要だろう。

 俺は素直に、沼田へ能力を教えた。

 マイナスだったレベル。

 それが他の異世界人よりもプラスになったこと。

 分析する能力。

 死んでも生き返る能力。

 そして、他を圧倒するほどの力の兵装。

 リーシュの時を戻す能力。 

 様々なスキルのこと。

 そして、その大半は失われたということ。

 リーシュのことも話した。

 すべて、俺が知っていることはすべて、だ。

 俺が話している間、沼田は一言一句逃さないように、耳を澄ましていたようだった。

 話し終えると、沼田は黙して考え込んでいたようだった。

 俺は無言で、沼田の言葉を待った。


「なるほど……やっぱり、間違っちゃいねぇか……そうだ、やっぱりそうだった」


 俺は焦れてしまい、つい聞き返してしまう。


「何のことだ?」

「おまえの、いや……俺達の能力のことさ」

「俺達って、地球のってことだよな?」

「ああ、そうだ。そうだな……まず、俺達がなぜこの世界に来たか、能力を得たか。

 そこから話すことにしよう」


 なんということだ。

 こいつ、まさかそこまで調べていたのか?

 いや、違う。調べただけじゃない。

 考えに考え、答えに行きついたのだろう。

 俺とは違い、沼田は情報収集に執心した。

 この一年、孤独に調査したのだ。

 俺は、沼田の言葉を聞くことしかできなかった。


「まず、東京から沖縄へ行く航空便が突如として、墜落した。

 これは、だ。実際に地球で起きたことだ。異世界で墜落したわけじゃない」

「どうして断言できる?」

「考えてみろ、飛行機は真っ二つに折れていたんだぞ。

 なのに、だ。前部は異世界になかった。世界中を調べ回ったから間違いねぇよ。

 あんな鉄の塊が空から落ちてきたら目立つしな。

 ということは、後部だけ異世界に転移したってことになる。

 さてここで問題だ。

 じゃあ、飛行機が墜落したのは地球での出来事で、その衝撃で転移したのか。

 それとも飛行機が墜落する途中で転移して、異世界の地上で墜落したのか」


 俺は過去の情景を思い出した。

 俺が目を覚ました時、飛行機はどうなっていた。

 多くの人間は死んでいたが、違和感があったはずだ。

 その一つの要因を思い出して、俺は口を開いた。


「前者だ」

「どうしてだ?」

「墜落跡がなかった。地面は綺麗だったし、周囲の植物も無事だったから」

「正解だ。つまり、こういうことだ。

 地球で墜落したその衝撃、或いはエネルギーか何か、まあ別に何でもいい、それを切っ掛けに俺達、つまり『飛行機の後部』だけが転移した。俺達も連れてな」

 だが、それならばおかしい点がある。

「でも、それだと俺達がなぜ生きているのかという疑問が出て来るじゃないか。

 転移した拍子に、俺達は能力に目覚めたんじゃないのか?

 聖神に力を与えられた。だから、俺達は生きていた。

 そうじゃないと、地球にいた時点で俺達は生きていることになる。

 墜落したのに、だ。奇跡的に生きていられるような事故だったとは思えない」


 実際、かなり無残な情景だった。

 思いだせば明瞭に浮かぶくらいに。

 俺の疑念に、沼田は肩を竦める。


「その通り。俺もそう思っていた。だけどよ、まずそこが間違いだ」

「どういうことだ?」

「考えてもみろよ、なんで聖神が与えた能力なのに、こんなことになってるんだ?」


 沼田は辺りを見回しながら言う。

 こんなこと、つまりは世界が混沌としていること、を指しているのだろう。

 聖神が与えた能力、俺達の能力。

 そうか……確かにおかしい。

 奴らが与えた能力ならば、なぜ、俺を特異な存在だと言い、排除しようとした?

 力を目覚めさせたとしたらだ、その切っ掛けは聖神だ。

 ならば、俺がどういう力に目覚めたのか、どういう能力を持っているのかは知っているはず。

 だが、奴らは傍観していた。

 もしも俺の能力が危険だとわかっていればそんなことはしなかっただろう。

 もっと早い段階で対処も出来たはずだ。

 影響を及ぼし、取り返しがつかなくなって止めに入るなんて滑稽すぎる。

 ということは……。


「俺達の能力は……聖神から与えられたものじゃない、のか?」

「恐らくな。

 俺達の能力は異世界に転移したから得たものでも、聖神に与えられたものでもない。

 『元々、持っていた能力だった』とは考えられないか?

 墜落の時、俺達は死に直面した、そのショックで覚醒した。

 その能力を持っている俺達を、聖神が呼び出した。

 俺達は、奴らにとって不確定要素なのさ。だからこそ意味もあった。

 耳にたこができるほど聞いただろう、神託を思い出せ。なんて言っていた?」

「……『異世界人は世界を震撼させる存在、世界を震撼させる能力を持っている』か」

「多少の違いはあるけどよ、大体がそんな感じだ。おかしいだろ。

 なんで世界を救うとか、世界を滅ぼすとかじゃなくて、震撼させる、なんだ?

 これはつまり『俺達がどういう未来をもたらすのかわからなかった』ということだろ?」


 言われると確かにそう思えた。

 聖神達にとって、俺達異世界人の行動だけは予測できなかったのだろうか。

 だが、ならば、なぜ?


「だったら、どうして、俺達を転移させたんだ?」

「そんなの決まってんだろ。飽きたんだよ」

「飽きた……?」

「試練、鍛練? はっ、違うね。それはただの名目だ。実際は、奴らは飽きたのさ。

 自分達の言う通りに動く人間ばかり。神託の通りに動く。だから変化が欲しかった。

 世界上の存在は自分達の手の上だ。なんせ自分達が造ったんだからな。

 だから別世界の人間を転移させた。

 自分達の想像もつかない行動をとる、そう思ったんだろ。

 実際、そうなって焦ったわけだ。

 だけどよ、おまえが、自分達と同じくらいの存在になり上がって、こう思ったわけだ。

 まずい、このままだと自分達の存在意義が薄れる、ってな。

 或いは、身の危険を感じ始めた、ってところか。

 絶対的な存在だと驕っていたくせに、見下していた存在に追いつかれそうになった奴の思考なんて単純なもんだ」

「だけど、神がそんな理由で」

「動機なんてそんなもんだ。毎度、立派な動機なんてあるわけねぇよ。

 人間を鍛えるとか導くとか、偉そうなこと言っておきながら、やってることはゲーム。

 奴らは何も考えてない。単純に暇つぶしをしてんだよ。

 だが、そんな神の一部分にも良心や変革を望む考えがあった。

 それが邪神になったリーシュや、おまえとオーガス勇王を戦わせたアスラガだった。

 それも一部。本体には抗えない。だから一体となった、ってところか」


 筋は通っている。

 疑問はあるにはあったが、些細なものだったし。

 真実でも、部分的に気になるところもあるものだ。

 結局は、公平な評価基準を持つ人間などいないのだから。

 それは神も同じ、ということか。


「さて、とりあえず神の考えと、今までの動向はこんなもんか。

 推測も交えているけどよ、大体は間違ってないと思うぜ。

 ここまでで質問は?」

「……いや、ない」


 沼田は満足そうに頷いた。

 自分の仮説が認められたと思い、嬉しかったのかもしれない。


「次、最も重要な部分だ。俺達の能力について。おまえはどう考えてんだ?」

「どうって……どう授かったのかってことか?」

「ちげぇよ、それはわかんねぇ。地球にいた頃の話だし。

 聖神以外の神とか何かの実験とか、超常現象とか、宇宙的存在の何かのせいだったりとか、突然変異とか、まあ色々あんじゃねぇの。

 考えればきりがねぇし、意味もねぇ。

 そんなのは神を殺すにあたってどうでもいい。

 重要なのは、俺達の能力の性質だ。どんなものなのか、それを知る必要がある。

 だから、おまえに話を聞いた。そして確信したってことだ」


 俺も、能力については考えたことがある。

 そして何かを探るにあたり、手っ取り早い条件がある。

 それは。


「……それぞれの共通点、か?」

「そういうことだ。俺達は同時に覚醒し、同時に転移した。

 仮に、だ。まあ別々の理由で覚醒したとしても、力があることには変わりがない。

 そして、調査の結果、やはり俺達の力は同じ性質の物だと俺は判断した」


 同じ性質。

 俺の能力はなんだ?

 生き返る能力?

 分析する能力?

 レベルが異常に上がる能力?

 共通点はあるのか?

 それぞれ別のような気がする。

 だが、莉依ちゃん、朱夏や結城さん、剣崎さんと金山、沼田や江古田、長府、小倉。

 みんなの能力の特徴を考えたことはあった。

 そして、俺はこう思っていたはずだ。

 各自、一つの能力を持っている、と。



 莉依ちゃんは癒しや防御力上昇、干渉拒絶。つまり『自他の身体を守る能力』だ。

 朱夏は対象との同化、操作、己の精神操作。つまり『自他の精神を操る能力』だ、

 結城さんは身体能力の向上、自動回復能力。つまり『肉体を活性化する能力』だ。

 江古田はバイバイのような、現象への干渉。つまり『四則演算での干渉能力』だ。

 長府は光に関する能力と、逆境に抗える力。つまり『光の勇者としての能力』だ、

 小倉は真贋、石視、透視など瞳を介する力。つまり『絶対的な視覚的な能力』だ。

 沼田は魔物を操り、あらゆるものを盗める。つまり『対価を捧げて奪う能力』だ。

 金山は知らないが、過去の言動からすると。恐らく『金でなにかを得る能力』だ。

 剣崎さん。彼女だけは、分析していないな。恐らく『検索で情報を得る能力』だ。



 長府に関しては、印象的な部分が強い。

 ただ、光に関連するスキルとポジティブなスキルと考えれば、勇者的な意味合いが強い。

 比較的に曖昧だがしっくりは来た。

 全員、何かしらの能力を持っており、それは共通点があるよう思えた。

 しかし、長い間、転移してからずっと、違和感があったことがある。

 俺の能力について、だ。

 他の人達に比べて、俺の能力はバラバラ。

 統一感がないし、無茶苦茶だ。

 ゲーム的な感じだろうかと考えたこともあった。

 例えば、RPGの主人公が持つ能力、とか。

 それだと不幸なバッドステータスとか、妙にスキルを覚えたりする理由も曖昧だ。

 ならば、主人公だから、という理由はどうか。

 ゲーム内の主人公は状態異常になったりするし、不幸な生い立ちだったりもする。

 ステータスも見えるだろう。

 しかし、さすがに暴論のように思えた。

 様々な能力を所持している。

 その代わりに不幸だったり、散々な目にあったりした。

 他のみんなにもバッドステータスはあった。

 だが、それはあくまで力の代償であったとすれば。

 俺の代償は大きすぎる。

 力が大きすぎるから、と考えられなくもないが。

 他の人達とは違って一つの能力、という風にはどうしても思えなかったのだ。

 じゃあ、俺の能力はみんなとは別のものなのか?

 いや、さすがにそれは考えにくい。

 なぜならば、みんなとの共通点が多すぎるからだ。

 同時期転移し、同時期に能力に覚醒しているのだから。


 では、俺の能力は……?


「わからねぇみてぇだな。おまえ自身の力がなんなのか」


 複数能力を持つ能力、という風に考えたこともあった。

 しかし、それだと得られる能力の特徴がわからない。

 ならば、なんだというのか。

 俺は過去を思い出す。

 墜落した時のことを。

 隣にいる莉依ちゃんを気にかけながらも、俺は最後にこう思った。

 死ぬ! そう思った時、気を失ったはずだ。

 だが、何かの残滓が脳裏をよぎる。


 違う。


 そうじゃない。


 俺はあの時、こうも思ったはずだ。

 明確に言葉にはならなかったが。

 理解もしていなかったが。

 確かにこう思っていた。


 『死にたくない』と。


 だから、なのか?

 だから俺は……死なない、死んでも生き返る能力を持った?

 仮に、それで能力に目覚めたとしよう。

 仮に、その代償で大きすぎる望みの代わりに、虫にも劣る史上最低辺の生物になったとしよう。

 だが、アナライズは?

 いや、待てよ。


 考えろ。


 俺はあの時、不安でしょうがなかった。

 何も見えず、何も聞こえない。

 苦しくてしょうがなかった。

 だから『五感以外で情報を得られる能力』を得た……?

 ならば、他の能力は?

 拷問の苦痛から逃れたい思いから耐える力を得た。

 様々な耐性の能力。

 感情に伴い覚醒した兵装。

 積み重ねた経験で『五感の鋭さを求めた結果』得た極大感知。

 一度、到達したレベルやステータスから数値を減少させたくないという思いから生まれた『超越者の記憶』。

 そして。

 そして。

 俺は。

 この一年で、ほとんどの能力を失い、レベルも著しく低くなった。

 それは、つまり。


 『俺が戦いたくない』と望んだから、なのか。


 望みに対する代償。

 あまりに大きすぎる望みに、俺は大きな対価を支払った。

 それがマイナスレベル。

 不幸の連続。

 苦痛の日々。

 そういう、ことなのか。

 ならば、俺の。

 俺の能力は。 


「……『対価を捧げて望みを叶える能力』。つまり……」

「創造だ」


 ああ、ならば、すべては俺の欲が生み出したものなのか。

 それならば、もしも。

 もしも俺が望まなければ、何も起こらなかったのか。

 だったら。

 転移し、様々な不幸に見舞われたことは。

 俺以外の、誰かを不幸にしたことは。

 もしかしたら、俺のせいだったのか。

 俺が何かを望み、その対価にみんなが不幸になったのだろうか。

 俺のステータスには、バッドステータスがあった。

 不幸になる。死に向かう。

 気づいていた。

 けれど次第に知らぬふりをした。

 見ないようにしていた。

 そうではないと言い聞かさなければ生きていけなかった。

 俺の行動、一つ一つで誰かを不幸にするという恐怖に耐えきれなかったからだ。

 だが、実際、みんな死んでしまった。

 不幸になった。

 それは、もしかしたら。

 俺の……。


「……俺が、望んだから、身の丈に合わない願いを持ったから。みんな、死んだ、のか?」


 俺は縋るように沼田を見た。

 だが、奴は何を言っているのか、と怪訝そうに俺を見ただけだった。


「いや、それはない。そんなことが可能なはずはない。

 おまえが建国し、国民を守ろうとして、代償として国が滅んだとしたら矛盾だらけだ。

 国民となったのは全員じゃねぇわけだし、奴らは自分の意思で残った。

 おまえの能力で叶える願いの割には、かなりお粗末だろ。

 それに人とか国とかは、おまえだけの所有物じゃない。

 そんなものを代償にするなんて、下手をすれば、おまえが望めば、いらないものを捧げるようなことも可能になるだろ。

 それに自惚れ過ぎだぜ。おまえの能力はすべておまえだけに影響している。

 不幸も能力も対価もすべて、おまえ自身に降りかかるだけだ。

 過去の状況を見れば、わかるだろ」

「だ、だったら」


 その言葉が事実ならば。

 俺の今までの不幸、俺の周りで起きたことは。


「何があったか、わかんねぇし、もしかしてハイアス和国のことを憂いているのなら、それは間違いだ。

 おまえの望みくらいで神が動くはずがない」

「ああ……………………そう、か」


 安堵し、長い溜息を洩らした。

 心に残っていたしこりの一つが、溶けた気がした。

 俺の、せいではなかった。

 だが、実際、神がハイアスを滅ぼしたのは、俺がいたからだ。

 俺の能力の代償でなくとも、俺が原因であることは変わらない。

 逃げてはいけない。

 すべてを受け止める、そう決めたのだから。

 もう、ニースの下に逃げ帰るつもりはないのだから。

 次に帰る時は、すべてを終わらした時。

 その日が来るかどうかは、俺にはわからない。


「おい、安心している暇はねぇ。俺達には大して時間はねぇからな」

「そうだったな、すまない」

「……別に、大したことじゃねぇ。とにかく、だ。

 おまえの能力が創造、つまりおまえの望みを叶える能力だとわかった。

 人間には過ぎた力だ。だからこそ神はおまえを殺そうとした。

 唯一、おまえだけが神を殺せる可能性を持っていたからな」

「待てよ、だったらなんで朱夏や結城さん達を吸収した?

 なぜハイアス和国を滅ぼした?

 なぜ……莉依ちゃんを殺したんだ……ッ。

 王達は、この世に顕現するためだとして、みんなはなぜ……?」

「念のためってところじゃねぇか?

 全員の能力を考慮しても、おまえの能力でないと神は倒せない、と俺は思う。

 他の奴、単体じゃ抵抗できねぇ。だが、おまえと協力すれば厄介だろう。

 だから、吸収しておいた、ってところか。

 俺やおまえ、遠枝を殺したのも、別に吸収する必要性をそれほど感じてなかったってところだろう。

 吸収に固執している感じじゃなかったし、俺を殺すために躍起にもなっていなかった。

 つまり、俺やほかの奴らは一応排除しておこう程度の感じだったんだろうな。

 それと吸収自体には多分、大した意味はない。

 さすがに神が、俺達を吸収しただけで強くなったりはしないだろ。

 だったら真っ先にお前を吸収するだろうからな。だが殺そうとしただけだった。

 吸収は、単純に確実にこの世から消し去れるってことくらいだと思うぜ。

 その代わり、吸収された奴らは生きてはいるみたいだけどよ。今のところは。

 そう考えれば、おまえは確実に殺したかったのかもな」


 さすがに考えている。

 確かに、間違っていないように思えた。

 神達の言動や行動を鑑みれば、なるほど、沼田の言葉通りのような気がした。


「沼田、俺の力を買ってくれるのはありがたいけど、本当に勝てるのか?」

「なんだえらく弱気だな」

「神を殺すほどの能力を望んでも、対価がない。

 兵装とレベル上昇をもってしても、あいつを傷つけることもできなかったんだ。

 それに、いきなりレベルを上げるのは、多分厳しい。

 できても、対価の支払いの方が問題だと思う。

 そんな状態で本当に勝てる算段があるのか……?」


 俺は沼田を失望させる可能性を考えていた。

 だが、沼田は軽い調子で答えた。


「わかってる。俺に考えがあるって言ったろ? 俺が何もしないと思ったか?」


 これくらいは計算の内のようだった。

 作戦に関しては、沼田に任せた方がいい。

 俺は、素直に頷く。沼田を部分的に、今だけは信用することにしたのだ。


「聞こうじゃないか、その作戦を」


 沼田はニッと笑う。

 何か、悪戯を思いついた子供のような無邪気さがそこにはあった。


「いいか、作戦はこうだ」


 沼田は何度も頭の中でシュミレーションしたのだろう。

 作戦内容を流暢に喋った。

 新たな情報もあり、やや驚いたがそれだけだ。

 俺はその作戦を聞き、顔を顰める。


「――無謀だ」

「だけどよ、他に手はねぇ、だろ? それに可能性があるならこれだけだ」

「だけど」

「おいおい、今更怖気づくなよ。それとも何か、おまえに妙案があるとでも?

 いいか、神を、この世界の創造神を相手にするんだぜ。リスクはあって当然。

 勝てる可能性があるだけ、儲けものだろうが」


 確かに、沼田の言う通りでもあった。

 しかし、恐らく払う犠牲が大きすぎる。

 博打だし、成功確率が高いとは思えない。

 それでも、他に案が浮かばなかった。

 一年以上、沼田は一人で調べ、そして行き着いた答えなのだ。

 恐らく、これ以外に手はないのだろう。

 手札は少ない。

 それでも戦わなければいけない。

 一度戦えば、もう逃げられない。

 チャンスは一度きり、なのだから。


「……わかった、おまえの案に乗ろう」

「それでこそ、クサカベだ。決行は二週間後。世界総力戦の日だ。

 その日、奴は気を抜く。その瞬間を狙うぜ。少しでも可能性を成功の高くしたいからな」


 正直に言えば、総力戦が始まる前に神を殺したい。

 だが、それでは奴は俺達の存在にいち早く気づくかもしれない。

 総力戦、世界の終焉の日、あるいは終焉が決まる日ならば、神も油断するだろう。

 そこを突くことで、成功確率を僅かにでも上げるしかない。

 だが……戦争が始まれば多くの人間が死ぬことになる。

 俺はそのことを憂いているのだろうか。

 いや、違う。

 俺は守るべきもののために、他を犠牲にしてきた。

 今更、犠牲を払うことに抵抗があるわけじゃないはずだ。

 きっと不安なのだ。

 総力戦の日、失敗すればすべては終わる。

 だから、期日前に、行動に出て、失敗しても、もしかしたら逃げられるかもしれない、などと甘い考えを抱いている。

 失敗すればすべては終わるのだ。

 期日前だろうが関係ない。

 見つかれば殺される。

 地の果てまで追いかけて来るに違いない。

 逃げられない。

 神に見つかれば、もう戦うしかない。

 退路はないのだ。

 もう迷うべきではない。


 戦え。


 勝て。


 そうすることでしか、この世界も、みんなも……俺自身も救えない。

 逃げるな。

 不安なんて振り払え。

 負ければすべてを失う。

 世界も。

 俺達も。

 ニースも。

 朱夏や結城さん達も、だ。

 だが俺の中には、大きなしこりが残っている。

 神を倒すということがどういうことなのか。

 リーシュも殺してしまうということだ。

 長い間、共に過ごしていた彼女を。

 俺の手で、殺してしまうということ。

 だが、神を殺さなければ、朱夏達を見捨てることになる。

 仮にリーシュを救っても、リーシュ自身がそれを喜ぶだろうか。

 俺はリーシュの言葉を思い出していた。

 聖神達のせいで世界が滅んだ。その世界を変えるために、時間を繰り返している、と。

 彼女の悲願は、世界を滅亡から救うこと。

 ならば……ならば、殺さなければ。

 彼女の長年の、悠久の、幾星霜の願いも潰えることになる。

 もし、リーシュを救っても、また単身で時空を超えるだろう。

 そして歴史は繰り返されたのだから。

 何度も、何度も。

 彼女だけが知る歴史が。

 そのために、彼女はずっと生きて来たのだから。

 俺は拳を握った。

 誰も救えず、誰も倒せない脆弱な手で掬い、救える何かがあるのならば。

 迷うべきではない。

 すべてを見ていたのだから。

 知っているのだから。

 邪神という名の彼女の、純粋な願いを。

 ならば俺のすべきことは一つしかない。

 迷わない、それだけだ。


「どうした? 何か問題か?」


 沼田が神妙な顔つきで俺を見据えている。

 俺は頭を振った。


「いや、何でもない」


 迷いは振り切る。

 そうすることだけが、リーシュに対する礼儀だと思った。

 沼田は僅かに怪訝そうにしていたが、やがて思い直したのか小さく笑った。


「気力は十分か?」

「ああ。もう逃げるつもりはない」


 沼田は満足そうに頷いた。

 そしてすぐさま表情を引き締める。


「さあ、神狩りを始めようぜ」

「……ああ、そのつもりだ」


 沼田は手を上げる。

 そのままの姿勢で俺を見据えていた。

 数奇な運命だ。

 奇妙な関係だ。

 それでも俺達は二人だけで残ってしまった。

 これは何かの因果か。

 互いに仲間だとも思っていない相手だけが残った。

 だが目的は同じなのだ。

 沼田の大事な存在を助けるため。

 俺の大切な仲間達を助けるため。

 俺達は協力するだけのこと。

 大事だとわかっているから、だからこそ信じられる。

 おかしい。

 なぜだか少し、俺は高揚していた。

 片方の口角を上げる沼田を見て、俺は小さく微笑んだ。

 そして沼田の手を叩いた。

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