第121話 かけがえのない

「――俺のレベルは100だ」


 沼田はきょとんとして、首を傾げた。

 唖然とし、何を言っているのかわからないと言いたげだった。

 理解の範疇を超えているという心境なのか、それとも単純にわからないのか。

 俺は補足した。


「俺の能力、おまえも多少は気づいているんだろう?

 俺には俺自身と他の存在のステータスが見える。レベルも、その一つだ。

 俺のレベルは99999だった。だが、今は100まで落ちてる。

 これは普通の村人と同じくらいのレベルだ。以前とは、文字通りレベルが違う」

「……冗談、だろ、おい」


 沼田の声は震えていた。

 俺は再び視線を落とし、自分のステータスを見た。

 


・名前:日下部虎次

・称号:凡百の山人


・LV:100

・HP:10,000/10,000

・MP:0/0

・ST:10,000/10,000

・SP:*500/*500


・STR:1,000

・VIT:1,000

・DEX:1,000

・AGI:1,000

・MND:1,000

・INT:1,000

・LUC:*666


●アクティブスキル

 ・アナライズ

   …対象のステータスが見える。

 ・リスポーンセーブ

   …リスポーン地点を新たに記憶させる。

 Lost・耐える

   …強靭な精神力でダメージを抑える。著しくVITが上昇する。

 Lost・羅刹・狂鬼兵装(バーサーカー)

   …限界に到達する憤怒の情動が発現した鎧型の兵装。

    発動すれば、憤怒の感情が尽きるまで止まらない。

    バーサーク状態になる。STRとVITが突出して向上する。

    使用条件:レベル、ステータスの数値が一定に達している。

    使用後 :レベル、ステータスの数値が著しく下がる。

 Lost・羅刹・狂鬼兵装(バーサーカー)・閃光

    兵装の一部を使用することができる。

    発動のタイミングが難しく、かなりの鍛練が必要。

    使用条件:レベル、ステータスの数値が一定に達している。

    使用後 :レベル、ステータスの数値が僅かに下がる。

 Lost・時空転移

   …限定的に時空を転移できる。ただし条件は多い。

    精神の転移しかできないため、肉体はそのまま。

    さらに転移時間は精々が数十分。

    使用条件:邪神リーシュとの契約期間が三ヶ月以上。

         邪神リーシュが転移を承諾する。

         魂が幽界か現世に留まっている。         


●パッシブスキル 

 ・リスポーン 

   …戦闘不能に陥った際に、記憶地点に新たに出現する。

    五百の命がある。それを超えると真の死が訪れる。新たにSPで表示される。

 ・セーブ追加

   …リスポーン地点の設定をどこでも可能になる。

 Lost・ガッツ

   …即死攻撃に対して、ギリギリで耐える。

 Lost・フルデバフレジスト

   …あらゆる状態異常に耐性を持つ。

 Lost・フルダメージレジスト

   …あらゆるダメージと痛みを軽減する。

 Lost・死と隣り合う者

   …死を熟知した者の証。危機感知能力が向上する。いわば虫の知らせ。

 Lost・死を熟知した者

   …幾つもの死を超えた者の証。少し死に難くなる。

 Lost・アイアンイデア

   …肉体による攻撃力が少々上がるが、道具を用いた攻撃が一切できない。

    ただし兵装は別。

 Lost・超越者の記憶

   …一度、到達したレベルやステータスまで数値が上昇しやすくなる。

    また、到達数値によってレベルやステータスの最下限がプラスに上昇する。

 Lost・極大感知

   …研ぎ澄まされた意識によって、五感が敏感になっている。

    範囲は広く、数百メートル内であれば集中によって知覚できる。

 Lost・邪神の契約者

   …邪神と契約せし者。巨大な器を持つ者にしか得られない力。

    全体的にステータスが上がる。また邪神の意思によって一時的に力を借りられる。

    聖神に背きし者の証でもある。


●バッドステータス

 Lost・最悪の災厄

   …禍(わざわい)に愛された者。何をしても不幸になる。

 Lost・死神の抱擁

   …死に愛された者。何をしても死に向かう。

 Lost・因果の解放 

   …あらゆる効果を限界以上に増幅させる。

 Lost・邪神の寵愛

   …邪神と契約した者の証。効力は何もない。ただ逃れられないだけのこと。

 ・契約の大鎖

   …契約の鎖によって、幽界に留まることもできる。ただし効果は一度だけ。

    この鎖を用いてしまった人間は、死後、必ず地獄へ堕ちる。

 ・殺人の衝動

   …初めて人を殺した者の証。殺しに対して抵抗感が薄れてしまう。

 Lost・赫怒の律動

   …怒りのままに理性を失う。ただし、バーサーク状態でのみ。

 Lost・羅刹の欠片

    …羅刹に堕ちた者の証。強大な力の代償として、生物としての力を一時的に失う。

 ・冥府の呪手

    …幽界を彷徨い現世に戻りし異質な存在の証。

     死を恐れず、死に魅入られたゆえに、冥府の王に気に入られてしまう。

 ・不幸の連鎖

    …様々な不幸を抱えた者の証。神でさえこれほどの苦難は知らない。



 能力のほとんどは失われ、レベルも著しく下がっている。

 ただの人間、だ。

 死なないだけの、ただの人間。

 もう戦い方も忘れてしまった。

 死の香りも、ひりつような戦いも、過去のものとなっている。

 時折、殺した人達を思い出すが、それでも俺は普通の生活を営んだ。

 もう、俺はこの世界の住人だ。

 平民。ただの人間だ。

 俺を見て、沼田は愕然としている。

 俺に希望を見出していたのか、失望していることが見て取れる。

 俺は、沼田を嫌っている。

 奴も同じだろう。

 だが、俺は、沼田の悲しそうな落胆したような瞳を見て、胸を痛めた。

 これほどに、絶望的な顔を、俺は見たことがなかった。

 沈黙は続く。

 沼田は緩慢に俯き、呟くように言った。


「それでも……おまえがいれば、可能性はある……」

「俺はもう戦えない。力も、心も、戦えなくなっている」

「辺見達は見捨てていいのか!?」


 沼田は、朱夏達を心配しているわけじゃない。

 ただ、俺を説得しようと、朱夏達を利用しているだけだ。

 だが、その言葉は俺の心を抉った。

 事実だったからだ。

 その時、ニースがバンとテーブルを叩いて、勢いよく立ち上がる。


「ト、トラジはもう戦わないにゃ! ずっと、ずっと戦ってきたんだにゃ!

 今まで、頑張って、皆を助けて、引っ張って、頑張り過ぎて……。

 も、もうトラジに頼るのはやめて欲しいにゃ! もう、休ませてあげて……。

 やっと前に進め始めているのに、また、また辛い思いをさせないで欲しいにゃ……

 もう、十分頑張ったにゃ、十分耐えたにゃ、十分だにゃ!」

「……転移してからのことは一部だけだが知ってるぜ。

 クサカベがどういう日々を送っていたのか。

 死ぬ能力はどんなものかも想像できる。成したこともわかってる。

 大したもんだ。苦労しただろう、不幸だっただろう、傷ついただろうよ。

 でもよ……だからなんだってんだ。だから、もう十分だって?

 だから、仲間を見捨てるってのか? それは理由じゃねぇ。

 はっきり言えよ、自分が大切だから、仲間を、辺見を結城を見捨てますってよ!」

「そ、そんな言い方ないにゃ! トラジだって、多少のことならば断わらないにゃ!

 でも、相手は……せ、聖神にゃ。勝てるはずないにゃ!」


 俺は泣き叫んでいるニースの手をそっと握った。

 ニースはその表情のまま、俺を見下ろした。

 その必死な顔が、俺を温かな気持ちにさせてくれた。


「沼田、悪いが帰ってくれ……俺は、もう」


 そこまで言って、言葉を失った。

 葛藤していたのだ。

 力を失い、平穏な日々に身を委ねた。

 莉依ちゃんやハイアス和国の人達、朱夏達のことを受け入れて、生きようとしていた。

 だが、彼女達の死を無駄にしているのではないかと考えてもいた。

 それでもこの年月、ニースと築いた絆を蔑ろにもできない。

 俺は、言い訳をしていた。

 力がなくなったこと、神が絶大な力を持っていること、ニースのことを。

 それでも、確かに俺は今の生活が大事だと思っていたのだ。

 だから、俺は首を横に振り、沼田を見た。

 そして俺は絶句した。

 沼田は子供のように、感情を露わにしていた。

 言葉にはせず、顔を歪ませ、泣きだしそうになりながら、俺を見ていた。

 縋るように、助けて欲しいと言いだしそうな程に、悲哀な顔だった。

 罪悪感に苛まれ、俺は視線をそらしてしまった。

 沼田は、震える声を漏らした。


「……俺には、い、妹がいた……」


 突然のことだった。

 俺は、沼田の変貌ぶりに、何も言えなかった。

 沼田は独り言のようにつぶやき続けた。



「わがままで自分勝手で、むかつく奴だったけど、俺は可愛がってた。

 時々、なついてくることがあってな、それだけで全部許せてしまった。

 そんな毎日が続くと思ってたんだけどよ……ある日、妹は交通事故で死んじまった。

 呆気なかったよ。人はこんなにすぐ死ぬのかって、そう思った。

 悲しいとは思わなかった。なんせ、あまりに突然だったから。

 だからか、受け入れられなかった。現実感がなかった。

 心にぽっかり穴が開いたって比喩表現、あれがピッタリだった。

 何も考えらんねぇんだ。何も。

 ただ、目の前にやるべきことがあって、それを機械的にこなすだけだった。

 そんな状況のまま、修学旅行の日が来た。そして異世界に、グリュシュナに転移した」



 俺とニースは沼田の浮世離れした様子に、何も言えなくなった。

 沼田はまるで何かに取りつかれたように、ぼそぼそと語り続けた。



「俺は、利己的な人間だ。自分さえよければよかった。

 妹以外、誰かに心を許したことはなかった。けど、こっちで盗賊に襲われてな。

 死にかけた時、偶然通りかかったナディアに助けられた。

 偶然、王に助けられた。だけどよ俺は偶々とは思えなかった。

 ナディアは妹に似ていた。顔にも面影があったし、性格はそのままだ。

 俺は運命を感じた。勝手にな。わかってんだ、思い込みだってことはな。

 なぜか気に入られて、異世界人であるというのにすんなりとケセルの人間になれた。

 最初は拒絶していた。意固地になってたからだ。運命なんて感じちまってた自分にイラついてた。

 けどよ、妹と一緒で、ナディアも上手く心に入ってくるんだ。

 心を閉ざしても、隙間から入ってきやがる。

 気づけば、俺はナディアを妹のように思っていた。

 妹のためだ。何かが欲しいなら買ってやる。

 何かをして欲しければしてやる。

 助けて欲しければ助けてやる。

 世界が欲しければ、俺が奪ってやる。

 そう、思った」



 俺は何も言えず、ただ沼田を見つめていた。

 奴は追い詰められている。

 双眸に余裕がない。

 それほどまでにナディアを、大切だと思っている。

 それは……俺が莉依ちゃんやみんなに抱いていた思いと同じだ。


「だから、俺には、あいつがすべてで、ここにいるのも、全部、そういうことで。

 た、助けないといけない。助けないと、俺は兄貴だから、妹を助けないと。

 だから、だからよぉ、手を貸してくれ……神を、殺すために」


 真に迫っていた。

 だからこそ、余計に答えに窮した。

 簡単に、翻意できることではなかった。

 だが、沼田の本心を聞いたことで、俺の心は更に揺らいだ。

 沼田も俺と同じ、大切な存在を異世界で見つけていた。

 だからこそ必死になっている。

 もしも、俺が沼田と同じ立場なら。

 莉依ちゃんを助けられるならば。

 きっと、同じように行動しただろう。

 だが、だからこそ、情にほだされてはいけない。

 俺にとって、今、そう今だ、大事な存在は誰なのか、何なのか。

 見失ってはいけない。

 沼田は、沈黙している俺を見て、失望したように肩を落とした。

 緩慢に立ち上がり、玄関に向かい始めた。


「俺は……皇都の宿屋にいる。都市内の第三街道にある一番の安宿だ。

 二週間待つ。もし……協力してくれるんなら、来てくれ」


 沼田は力なく言った。

 そして外へ出て行った。

 あの、もの悲しい背中を、俺は忘れられないだろう。

 一生。

 あれほどに、俺の言動で、行動で人を失望させてしまった。

 俺の身勝手で。

 利己的な考えで、だ。

 自分の姿と重なってしまった。

 奴は、非道な男だ。

 人を、無情に殺した過去もある。

 けれど不器用で、必死で、大切な存在を守ろうとしている姿を見て、一笑に伏すことはできなかった。

 俺も変わらなかったんじゃないか?

 俺も、何を犠牲にしても助けたいと、幸せにしたいとそう思っていたんじゃないか?

 だから、どれだけ困難でも無謀でも、苦しくても辛くても、届かぬ夢を抱いた。

 手を伸ばしても届かないと馬鹿にされても、何を言われても諦めなかった。

 それは、俺が抱いた夢だったはずだ。

 使命だと、そう思っていたはずだった。

 だから建国した。

 だから多くの人を殺した。

 犠牲の上に、屍の上に、平穏が訪れると信じて。


 俺は拳を握る。

 力を込め続けると、痛みが走った。

 朱夏達を見捨てるのか、そう言われて、俺は何も言い返せなかった。

 命の重みを、大切な存在の価値を、自分の状況を計算している。

 打算に次ぐ打算。

 命を天秤にかけている、己の浅ましさに、吐き気を催した。

 その時、肩に温もりを感じた。

 顔を上げると、ニースが悲しげに笑っている。


「わたしのため、にゃ? ごめん……ごめんにゃ……。

 わかっているにゃ。朱夏にゃん達を助けたいと思っているのは。

 わたしも同じにゃ。でも……わたしは、トラジを失う方が怖いにゃ……。

 ごめん、ごめんなさい……」


 ニースは誰に謝っているのだろうか。

 俺が勝手に選んだだけだ。

 リーシュも、俺は自己犠牲精神の人間ではなく、自分の考えで、自分のために行動しているに過ぎない、と言っていた。

 その通りだ。

 俺は、大切な存在を守りたいだけだ。

 だから……きっと、今は、ニースを守りたいと思っている。

 それでいい。

 それでいいのだと、何度も言い聞かせた。

 

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