第93話 漁師としての立ち位置

 中央広場から中央通りを抜け、港へ向かう。

 露店や店舗で賑わっていた街路だが、人の影は少ない。

 裏通りに比べると人の姿があるが。

 俺の姿を見つけると、子供達が手を振ったり声をかけてきた。


「王様だ!」

「クサカベ様ー!」

「お、おう、何か問題があったら警備局に言ってくれ」

「はーい!」


 ……人数が少ないから仕方がないけど、なんというか国王って感じじゃないよな。

 あんまり敬われると困るからいいけど。

 ハミルさんに聞いてみると、王や上級貴族に平民が会うことはまずないらしい。

 だから、高貴な相手に対して、空想的な印象が強いんだとか。

 それに、俺は異世界人だし、王族に比べると比較的近場の存在でもあるらしい。

 実際、俺の姿を見たという経験があるわけだから、わからなくもない。

 皇帝リーンベルのことを見たことがある人間がどれほどいるのか。

 先の戦争で俺が力を見せ、それに対して恐怖を抱いている人間がいるかもと思ったが、そういう傾向はない。

 それも俺が身体を張って守ったという事実のおかげのようだ。

 そういう理由から、親近感を持ってくれているとのこと。

 全員ではないだろうが……。

 ま、俺も今の感じの方が好きだから、敢えて変えようとは思わない。

 やるべきことをやればいいのだ。

 舐められて見下されるのは困るが、親しみを持ってくれるのは構わないだろう。

 国民と話しながら別れながら歩き、港に辿り着いた。

 頑強そうな木製の桟橋には幾つかの船舶が見えた。

 岸沿いには石材の家屋が並んでいる。

 思えば港に来るのは初めてだった。

 何度も訪れたのに、来てなかったのだ。

 観光場所もないし、普段は来るような場所ではないからな。

 海水浴するっていう考えもなかったし。

 港にはガタイのいい男達が数十人見えた。

 彼等は何を言うでもなく船舶に乗り、出港、入港をしていた。

 魚介類を陸に上げている様子が見える。

 港では主に貿易も行うが、ハイアス和国に住んでいる港の労働者は漁師が殆どだ。

 交易船はハイアスには残っていない。

 輸出入が難しいとなった時から、戻って来なくなったのだ。

 つまりとんずらだな。

 それも当然ではあるだろうが。

 で、だ。

 漁師達は、指示なく魚や貝類などを獲っているわけだ。

 彼等の中にも街を出た人達もいる。

 しかし残った漁師達は、どんな時も黙々と漁を続けているのだ。

 上げた品は基本的に港の住人が食べる分だけらしいが、干物を作ったりもしている。

 そして重要なのは次の点。

 『彼等が獲った食料は俺達に回って来ていない』

 情報ギルドの連中が足を運んだが、断固として拒否されたらしい。

 漁師達に対して力づくで従わせるのも難しかったようだ。

 彼等は腕っぷしが強い。

 体格もいいし、その上、度胸もある。

 脅しにも屈しないだろう。

 漁は死と隣り合わせの部分もあるし、陸でのうのうと暮らしている人間に比べると肚が座っているらしい。

 とにかく彼らが頑なな理由はまだわからない。

 そのため俺が直接、足を運んだのだ。

 王が自ら出向くというのはあまりよろしくない。

 どうしても立場が下に見られてしまうからだ。

 本来は召喚すべきなんだが、今は立場だのなんだのという状況ではない。

 なぜなら俺が王となったのはあくまで流れ、暫定的な面が強いからだ。

 国民の総意でない限り、一方的に要望を押し付ければ反発心を生むだけ。

 裸の王様になりかねない。

 まずは国民が一致団結するように、俺が鎹(かすがい)とならなければならないのだ。

 俺が港に足を踏み入れると、港の男達の視線が集まった。

 …………敵視、はしていないようだ。

 訝しげというよりは品定めするような視線だった。

 俺の演説を聞いてはくれたのだろうか。

 それとも俺が身体を張って街を守ったことを、一応は認めてくれたのだろうか。

 俺は近場の男に声をかけた。


「俺はハイアス和国、和王の日下部虎二だ。ここのまとめ役はどこだ?」

「……奥だ」


 男は顎をしゃくり、遠目の家を見た。

 言われるままに、俺は目的の家屋に向かう。

 道中、じろじろと見られるが気にしない。

 船舶は船底が低い、いわゆる漁船や漁舟が目立つ。

 遠路を渡航できるような船はなさそうだ。

 俺のイメージ通りの漁村って感じだな。

 ただ、なんとなく田舎的な印象が強いのは、漁師達の姿しか見えず、規模が小さいからだろうか。

 海藻や魚の干物や藻塩、漁の専門的な道具が散見する。

 数は少ないが、海産業としてはそれなりのようだ。

 ……沿岸の都市国家としては漁業は重要だ。

 力づくでいうことを聞かせるつもりはない。

 だが、多少強引な方法はとるかもしれない。

 とにかく、なんとか漁師のリーダーと交渉しなければ。


 特段、特徴のない石造りの家に到着した。

 庭には大柄の男が作業をしていた。

 漁の道具を整理しているようだった。

 彼がまとめ役らしい。

 中々に雰囲気がある。

 男は俺に気づくと、立ち上がった。


「……和王とやらか」

「あんたが漁師達の統括か?」

「そうだ。俺はラカという」

「日下部だ」


 簡易的な挨拶を終えると沈黙が訪れる。

 家に入れてくれるような素振りはなかった。

 さっさと要件を言え、ということらしい。


「率直に聞きたい。なぜ食料を独占してる?」

「独占? 言いがかりはよせ。俺達は自分達の食料を調達しているだけだ。

 労力をかけ危、険を承知で漁に出てんだ。なのにおまえ達は魚を渡せと言う。

 勝手だとは思わんか?」


 なるほど、そういう感じか。

 確かに漁で獲った海鮮類を受け渡せとは都合がいい要望だ。

 だが、こっちはこっちで提供している物もある。


「この土地はあんた達の物じゃない。家や船はあんた達の物だとしても、だ。

 港街の所有物で、あんた達は間借りしている立場だろ。

 漁をするならそれなりに提供しなければ筋が通らない。

 あんた達はこの街に残ると決めたんだ。

 なら、この街であり国の規範は守って貰う。

 例え、俺達が決めたことでも、実際、国を運営している以上は、俺が港の所有者であることは間違いない」

「……断ると言ったら?」

「街を出て貰う」

「要望が通らなければ出て行けとは、勝手な考えじゃねえか」

「要望が通らなければ何をしてもいいと思っている方も勝手だと思うけどな。

 俺はこの国を守り管理する義務がある。

 あんた達の願いどおりにすれば、国としても街としても機能しない。

 わがままが通らないと主張するならこっちも同じように言わせてもらう」


 ラカは俺を真っ直ぐに見る。

 忌避感はない。責めるような視線でもない。

 これではまるで俺を試しているみたいだ。

 ラカは数秒すると、小さく頷いた。


「条件は?」

「現在、通貨制度はない。人口が少なく、国家として正常に機能するのはまだ先だ。

 つまり配給制、そして各自の必要に応じて申請制を採用する。

 あんた達が得た魚を貰う代わりに、別の物を渡すつもりだ。

 魚だけ捕獲しても生きてはいけないだろう。

 当然、国民として住まう権利と、守られる権利を得られる」

「……なるほど、それならいいだろう」


 肩透かしだった。

 こんなにすんなり交渉が上手くいくとは思わなかった。

 何か意図があるのかと、俺は首を傾げる。

 どうやら表情にも出ていたらしく、ラカは肩を竦めた。


「情報ギルドの連中は偉そうで評判が悪かったぜ。

 魚を渡せと、当然だと言わんばかりの態度でな。

 漁師の中にはむかついている連中も多い。

 ま、あんたがどういう反応をするかってのを見てみたわけだ。

 俺を含めて漁師連中は、あんたが街を、いや国を守ってくれたのは感謝してる。

 だからちょっと試すような真似をした。悪いな」

「……情報ギルドの連中は、あまりよろしくない対応をしていたということか」

「ああ、まあ、最近、というか数日前からはそいつらは顔を見せていねえけどな」


 亜人達の件もある。

 またハミルさんが粛清したのかもしれないが。

 ……念のため、俺自身でも色々調べておく方がいい、か。


「それは悪かった。今後は人選をしっかりすることにする」

「ああ、頼むぜ。俺達も勝手な権利を主張する気はねぇ。

 国民として義務は果たすつもりだ。だがよ…………亜人には渡したくねえな」


 また亜人への偏見か。

 仕方がないこととはいえ、いい加減辟易としてしまいそうだ。

 人の意識はそう変わらない、それはわかっているのだが。


「理由は? ただの差別か?」

「あんたらは知らないだろうが、亜人ってのは陸以外にもいる。

 海に生きている亜人、つまり魚人が存在してるのさ。

 奴らは漁に出る人間を食い殺す。俺達の仲間も何人も犠牲になっている」

「海にも亜人が……?」

「そうだ。数は少ないが、遭遇したらまず命はない。それほどに危険だ。

 あんたほど強ければいいが、人間は地面がなければ一気に弱くなる。

 海に引きずり込まれて終わりだ」

「あんた達の言い分はわかった。だけど」

「だけど、魚人と亜人達は違う、なんて言うんじゃねえぞ。

 理屈と感情は別だ。わかっていても納得はできねえ。

 この話を聞いても理解出来ないってんなら、俺達は街を出てやる。

 俺達は海の男だ。だがよ、他にも譲れねえもんもある」


 意思は固い、というところか。

 何を言っても、彼等を説得するのは難しいと直感した。

 それどころかこれ以上、交渉を続けると心証を害し、関係が修復不可能になってしまいそうだ。

 すでに情報ギルドとの一件で、漁師達は俺達に対して懐疑的だ。

 現段階ではこれくらいが妥協点、か。


「わかった、亜人には渡さない。人間だけに配給しよう。それでいいか?」

「こいつは驚いた。まさか亜人との共存を謳う国の王が、亜人の差別を認めるとはな」


 嫌味ったらしくも聞こえたが、本心から言っているように思えた。

 単純に、俺が即座に了承するとは思っていなかったのだろう。


「勘違いするな。認めたわけじゃない。許容すると言っているんだ。

 それにあんたらが亜人を差別するなら、亜人もまたあんた達を差別するだろう。

 亜人達の生み出す恩恵をあんた達は受けられない、それでもいいんだな?」

「望むところだ。むしろ頼みたいくらいだぜ」


 今までと変わりがない、とラカの目が言っている。

 彼はまだわかっていない。

 この国がどういう道を辿るのか、を。

 想像力がないのだろうが、それも仕方がないことだ。

 この世界はそうやってずっと続いていたのだから。

 俺はやや失望しながらも、ラカの要求を呑み、そして俺の要求を呑ませた。

 一先ずは決着だ。

 今日一日の行動や、各担当局の行程や作業内容などは明日確認するとしよう。


「明日からは別の人間をよこす。

 ああ、もちろん亜人じゃないから安心して欲しい。

 それと、亜人達は奴隷から解放したから、街中で歩いている姿が見られるだろう。

 無闇に敵視したり、敵対行動をとれば状況によっては罰することになる。

 それは亜人も同じだ。それだけは忘れないでくれ」

「……ああ、他の奴らにも伝えておこう。

 それと納品は基本的には隔日にしよう。ただ季節や海の状態にもよるからな」

「わかってる。都度、報告連絡をしてくれ。こちらも無理は言わないつもりだ」

「助かるぜ。今度は話が通じる相手でな。さすが王様だな」


 嫌味とも賞賛とも取れる言葉を聞いて、俺は肩を竦めるだけだった。

 そして今後のスケジュールを確認し、俺は港を出た。

 これで今日一日の視察は終わりだ。

 やるべきことは無数にある。

 今は、王という名にふさわしいような立ち位置ではない。

 まあ、肩書的には村長程度、だろうな。

 これから忙しくなる。

 まずは下地をしっかりと作らなければ。

 幾つかの問題点を頭の中で浮かべ、自問自答を続ける。

 俺個人で済むことではないのだ。

 俺の指示一つで国民に多大な影響を及ぼす。

 失敗は許されない。

 気を抜かず、問いかけに対し最適解を出しつつ、俺は元情報ギルド、総合事務局内の執務室に帰った。

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