第92話 商人としての立ち位置

 裏通りから教会前を通る。

 あれだけ人でごった返していた教会は人っ子一人いなくなっている。

 聖神教信者はこの街には残っていないのだから、それも仕方のないことだ。

 この場所は早い内に取り壊す予定になっている。

 俺が壊すのかって?

 それはしない。

 なぜなら『それは俺の仕事ではないから』だ。

 何でも俺がこなせばそれが当たり前になる。

 それでは国民の成長を阻害するだけだ。

 俺がすべきことを見失ってはいけない。

 何にでも手を出せばいいというわけでもないということを忘れてはならない。


 しばらく進んだ。

 次に見えたのは商人ギルドだ。

 閑散としている。

 以前は活気があったのに。

 それも当然の帰結だ。

 この施設にいたのは商人だ。

 商人は一所に執着がない。

 どうすれば儲かるか、損をするか、それだけだ。

 損の方が大きいと踏んだため、誰もいなくなったのだ。

 だから商人は『二人しか』残っていなかった。

 俺は商人ギルドの中に入った。

 左右の壁一面には羊皮紙が張られていた。

 表面には魔物の素材、色んな品のレートなどが並んでいる。

 そのままにしているみたいだな。

 いや、そこまで手が行き届いていないだけか。

 受付付近に近づくと物音が聞こえた。

 そして受付奥から顔を覗かせた人物がいた。


「これは、トーラ様……ではなく、和王様」


 それは俺達が商人ギルドで、魔物素材を換金していた際によく受付をしていた女性だった。

 機械的なイメージが強いのは、所作が完璧だからだ。

 彼女、コーネリアは商人ギルドに残って二人の内の一人だ。


「コーネリア、その後、どう?」

「言われた通りに各国の商人ギルドに手紙は送っておきました。

 返答があるかは、難しいでしょうが『儲かると思えば足を運ぶ』でしょう。

 元々、ここは他国の海路による経由地点でもあり、エシュト皇国の第二基点都市ですから、他国との交流はしやすいでしょうし。

 ただ、必要不可欠というわけでもありませんので、取り合って貰えるかはわかりません」

「どちらにしてもすぐにというのは難しいだろうけど、人が集まれば考えも変わるさ。

 今は状況を説明するだけでいい。

 商人なら耳聡いだろうし、国の発展に伴って集まるはずだ。

 できれば、早い段階で輸入業の参入か、駐留してくれる団体がいてくれれば……」

「現在は戦争が各地で勃発しつつありますが、だからこそ商売が盛んにもなるわけですからね。

 ただ物がありません。この国の最大の問題は生産ラインがほとんどないことですし」


 ほぼ輸出入に頼ってきた都市であるハイアスは、人の行き交いがなくなれば衰退する。

 そのため、最低限の自給自足を行うことが最初の課題だ。

 その後は、何かしらの名産、独自生産、特色を作らないといけない。

 人、箱、物が必要で、この国には圧倒的に人と物が不足している。

 生活や商売の基本だ。

 逆に箱は十分に溢れているわけだが。

 この国の旨味はそこしかない。

 逆に考えれば、その部分は旨味でもあるということだ。


「しかし考えましたね。

 まさか国民や一時的移住者には期間限定で空き家を無料で貸すとは」

「ああ、移住すれば金がかかるからな。

 最低限、必要経費を抑えることができれば選択肢も増える。

 ただ、今のところ危険を承知でこの地に来るとは思えないけどな」

「それに関しては、和王の存在を認知させることが肝要ですね」


 俺の力がわかれば、窮地に陥っている危険地帯という印象は薄まるかもしれない。

 実際オーガス軍を退けたのは間違いないのだから。

 そのためにわざと圧倒的な力を見せたという部分もある。

 以前も言ったが、噂になれば尾ひれがつくものだ。

 その噂を信じる、まではいかずとも話題に上がれば一部の人間は興味を持つかもしれない。

 朱夏、結城さん、ニースにはそこのところも任せている。

 亜人達、人間の誘致、そしてハイアス和国の建国や状況の噂を流して貰う算段だ。

 旅を続ければ色々な場所に行くだろうし、徐々に広まるかもしれない。

 そういう地道な活動は時間が経てば実を結ぶものだ。

 加えて商人ギルドが何かしらの行動を起こせば、さらに可能性は上がる。

 とにかく、今のところは経過を見守るしかないな。


「ところでザックスさんは?」

「父なら、倉庫にいます。残っていた商品を数えていますね」

「ありがとう」


 俺はコーネリアに言われた通り、脇の扉を抜け、廊下を通り、地下へ降りる。

 暗がりの中を進むと、幾つか扉が見えた。

 俺は第一倉庫前に立つ。

 中に入ると、ランプの光に照らされた中年の男性が紙の束を睨んでいた。

 彼は、俺や朱夏に対応してくれていた、素材回収をしていた髭面の男性だ。

 似ても似つかないが、コーネリアさんとは親子らしい。


「おや、これはこれは和王様。こんなところにわざわざ」

「二人だと大変そうだな」


 倉庫内は中々に広い。

 主に、安物の魔物の素材が残っているようだ。

 食料はすでにここにはない。

 総合事務局が回収し、別の倉庫に移送している。

 もちろん、火災や盗難など、様々問題が起こった時を想定し、分散させている。

 かさ張るし価値が低いため、商人達は食料の多くを置いて行ったらしい。

 商人ギルドだから色んな品を置いていたということだ。

 商人ギルドは単純な品の買い取り以外にも、輸出入の仲介業もしていたから、直接卸さない運搬業者の品を買い取って保管していたということだ。

 言ってしまえば他人の財産だが、その他人はここにはいないし、その証拠もない。

 ということで俺達が活用する。


「いえいえ、この倉庫以外は空っぽですからね、品はあんまりないんですわ。

 魔物の素材も種類は少ないですし。まっ、安物ですからね。

 どうしたもんかと思っておりまして。

 強度や触り心地、希少性、それらの観点から見ても価値は薄いですからな。

 利点は、腐らないというところくらいですか」


 種類は皮、牙、爪辺りが多い。

 後は骨、か。


「……早めに開発局の人間をよこすよ。何かの道具に使えるかもしれないし。

 それと商人であるザックス達には悪いけど、通貨はしばらく生産しない。

 人口も物資も少ない現状では、配給か物々交換をする方が効率がいい。

 特に通貨生産には労力や資源の消費が著しいからな。悪いな」

「へえへえ、お言葉通りに。理解しております。

 儂達としては何の問題もありませんわ」


 喋り方はへりくだってはいるが、眼光が鋭い。

 なぜ商人ギルドで換金員のような仕事をしていたのかはわからないが、彼にはどこか審美眼のようなものを感じる。

 元商人といったところだろうか。

 俺は気になってザックスに聞いてみた。


「どうして残ったんだ?」

「へえ。大した理由はございません。単にこの街が好きだということですわ。

 亡くなった妻の生まれでもありますから」

「……そうか」

「それに、儂はこの世界の風潮があまり好きではなかったんですわ。

 そこで和王様の言葉を聞いて、胸を打たれたって感じですかね。

 ……商人ですから、儲かることも好きですが、新規開拓もまた心が躍るんですわ。

 アレも娘ですから、共感して残った、というわけで」


 ニカっと笑ったザックスは、まるで子供のように見えた。

 なるほど、色々と理由はあるが、彼は新たにこの地で始める商売にワクワクしているということか。

 もちろん、それなりに儲かるという算段もあってのことだろうが。


「商人は売ることしかできませんで。あれば売ります。売る経路も作りましょう。

 どっちにしても通貨がなけりゃ始まりませんがね。

 それも国としての体裁を保つならば近い内に必要ですわ。

 とにかく当面の問題は、物がないことでしょうな。

 何でもいいんで、売れる物の流通を確立して欲しいんですわ。

 そしたら、あとは自分達でどうにかしますんで。

 交易するんでも、現状の情勢では、海路も陸路を使うのも儂達には難しいんで。 

 商人としては販路を他人に任せるのは、悔しくもありますが」

「ああ、わかってる。もう少し待ってくれ。すべて考慮してる」

「へえへえ、さすがは和王様ですな。安心して待ちますわ」


 言葉の裏には、がっかりさせないで欲しい、という意図が見え隠れしている。

 俺は理解している。彼も含めた国民は期待しているのだ。

 甘えるつもりはないし、言い訳もしない。

 期待に応える。それだけだ。


「一先ずは、ギルド内の整理作業を継続してくれると助かる。

 二人だと時間もかかるだろうし。後は都度、必要に応じて報告や連絡をしてくれ」

「了解しました。このまま続けますわ」


 うんうん、と何度も頷くザックスを見て、俺は幾つかの確認を終えると商人ギルドを出た。

 とりあえず、今のところは問題ない、か。

 商人ギルドは今後、ハイアスにおいて商売の中心地となる。

 今は誰もいないが、再び人が溢れるようにするには必要不可欠な組織だ。

 そして商人ギルドは、元情報ギルドのように国政に盛り込まない。

 つまり民間企業扱いのままにする、ということだ。

 商売に国が手を出せば大概は失敗するものだ。

 なあなあになり既得権益目的で参入する人間も増える。

 天下りなんてなれば最悪だ。

 国営は淘汰されにくく、発展も時代や状況に左右されやすい、と俺は考えている。

 もちろん、監視や管理は多少するが、基本的には商人ギルドに任せる方針につもりだ。

 現状、何も始まってもいないわけだから、後回しでもいいかもしれないが。


「さて、と」


 亜人達の住まう、奴隷販売店。

 そして商人ギルド。

 訪問すべき場所はあと一つだ。

 ハイアス和国発展に深く関わるであろう彼等に会いに行かなければならない。

 俺は商人ギルドから離れ、港へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る