第91話 亜人としての立ち位置

 現在、俺はカンツから詳しい事情を聞いている最中だった。

 亜人の奴隷達の内訳と各種族の特徴は以下の通りだ。


 ライコ族。22人。

 前述の通り、戦闘能力が高い亜人。

 奴隷になったライコ族の多くは専属の傭兵か運搬や採掘などの力仕事に回される。

 膂力に加え、俊敏性も高いため、一部の体躯の小さいライコ族は諜報部員として扱われている。


 トリドル族。7人。

 人間寄りの見目をしている鳥の亜人。

 脚は鳥足、背中には羽がある。

 主に長距離の伝令、手紙などの軽量の荷物の運搬などの仕事に従事していることが多い。

 時として複数人のトリドル族により、人の移送も行うため一部では重宝されている。

 最も奴隷が少ない種族。

 亜人の中で唯一、種族の仕事を確立している亜人だが、まだ世界中に浸透はしていない。

 稀に手そのものが羽になっている種もいるらしい。

 亜人といっても亜種も存在し、個体差もあるため、差異はある。

 特にトリドル族はそれが顕著である。


 イヌット族。21人。

 見た目は犬に近い亜人。

 ネコネ族同様に温和な性格だが、情に厚く、仲間意識が強い。

 そのため、仲間が傷つけられたりすると、決して許さない。

 嗅覚は亜人の中で随一。

 手先が器用で計算が得意なため、商人や商人奴隷が多いらしい。

 以上、50名だ。


 ネコネ族は30名だ。

 ちなみにネコネ族は亜人の中で唯一魔術が使える種族だ。

 魔力が多いほうではないが、特殊な魔術が使える。

 つまり変装魔術のことだ。

 そのためネコネ族は奴隷としてはトリドル族に次いで少ない。

 え? 変装してるのに捕まるのかって?

 だってネコネ族は、ほら、性格的に、ね……?

 話を戻そう。

 報告はハミルさんから聞いているので、事前にある程度は知っていたが、詳しい状況は知らなかった。

 カンツが代表で対応していため、カンツ以外の亜人達の姿はほとんど見られなかったからだ。

 最初に対応していた情報ギルド員も、真面目に報告していなかったため齟齬があった。

 言い忘れていたが、彼等はすでにこの街にいない。

 ハミルさんが、色々したらしいが、詳しくは聞いていない。

 追及するつもりもない。

 あの人は怒らせない方がよさそうだな……。

 さて『実際見て、改めて知った情報』は、亜人達の健康状態だ。

 奴隷という立場を鑑みれば、健康管理をきちんとしているかどうかの不安はあった。

 商人が奴隷を置いて逃げたという事実があったので、余計に。

 栄養不足は今後、きちんと食事をすれば改善できるだろう。

 問題は肉体以外だ。

 幾人かの怪我は莉依ちゃんが治してくれたが、精神的な部分は難しい。

 体の傷は癒やせても、心の傷は簡単には治せないからだ。

 俺はカンツから亜人達の現状を聞き終えると、嘆息した。


「――すぐに外に出るのは難しそう、だな」

「ああ、すまないが、人間を見るだけで怖がり、情緒不安定になる亜人もいる。

 大抵の人間は亜人を蔑んでいるからな。

 口に出すのも憚られるような仕打ちを受けた者もいる。

 先ほど、おまえも見ただろう?

 首輪という枷がなくなれば余計に心境は複雑になる。

 自由になった、国民になった、だから国のために働こう、とはならん」


 奴隷から解放されたからといって、心まですぐに変わるわけがない。

 鬱屈した思いもあるだろう。

 もしかしたらカンツとは違い、人間という種族に怒りを抱いて、無差別に争いを起こす亜人もいるかもしれない。

 そうなれば、ハイアス和国では彼等を受け入れられない。

 亜人達との共存は決して達成できないだろう。

 亜人達を蔑んでいる現実を変えるということは、亜人達の怒りを受け入れるということではない。

 過去に何があろうと、亜人達の罪を受け入れることはできない。

 俺はこの世界に明るくはないが、彼等の憎悪を打ち消すことはできないと考えている。

 怨嗟は止まらない。

 贖罪を徹底しても、彼等の怒りはなくならないだろうし、むしろ亜人の立場がより危うくなるだけだ。

 人心は容易く流れる。それは人間でも亜人でも変わらない。

 亜人の復讐が許容されれば、人間との軋轢が更に深まり、全面的に戦争という最悪の事態になりかねない。

 あるいは長い目で見れば、立場が逆転する可能性もある。

 個々の意見や思想、感情に任せた時点て、組織はすべて破壊されてしまう。

 国の崩壊だ。

 過去の過ちを認めはするが、それは俺個人か、俺が責任を取るべき部分だけのことだ。

 人間全員の罪を俺が償う必要はないし、そのつもりは毛頭ない。

 だから俺は『情報ギルドの人間の所業に対しては謝罪したが、過去の人間の過ちに関しては謝罪しなかった』のだ。


 過去に捕われ続ければ未来はない。

 仮に被害者が糾弾して来ても、出来うる限りの補償をすることが限界だ。

 被害を受けたからといって、何でも要求してもいいわけではない。

 責任の所在もはっきりせず、ただ適当な相手を責めるのは八つ当たりに他ならない。

 俺にも思うところはある。

 人間の行いには憤りを覚えるし、許容できるものではない。

 しかし、それは償いのために歩みを止めるということではない。

 過去の過ちを認め、未来を見据えるということだ。

 亜人達を虐げるという考えを覆し、共に生きる国を作るということだ。

 カンツの望みは俺の望みでもあった。

 それが償いになると俺は信じている。

 それ以外に俺達の道はないのだから。


「……長い間の鬱屈した環境やら色々あっただろうし、一週間ほどは休んで環境に慣れてくれ。

 その後、希望者には仕事を紹介する。

 ただ、できれば精神的、肉体的に健康な人には働いて欲しい。

 今は配給制をとっているが、その内、通貨制度を定めるつもりだからな。

 そうなると亜人と言えど、働かない人に保障はできない。

 それと、環境の変化に慣れるためにも、できればこの場所から移動して欲しいんだけど。

 すぐ近くに大きめの宿が空いているから、そこに移住できるようにすでに準備はしてる」

「どうだろうな……一応、聞いてはみるが、全員は難しいだろう。

 期待せずに待っていてくれ」

「ああ、頼む。とりあえずしばらくはババ様達、ネコネ族に仲介を頼むことになると思う。

 何かあればババ様達に言ってくれ」

「わかった。ネコネ族ならば問題はないだろう。比較的世界中にいる亜人だからな。

 中にはネコネ族と関わりがあった亜人もいる。抵抗は少ないはずだ。

 ……ちなみに、私達はどんな仕事をすることになる?」

「それなんだけど、字は読めるか?」

「何とかな。私以外だと、イヌット族ならばほとんどが読めるだろう。

 トリドル族やライコ族はそういった分野には弱い」

「そういった、というのは?」

「頭を使う、という意味だ」

「あ、ああ、なるほど」


 何だか、深く踏み込むと色々な地雷を踏みそうな気がするので、俺は話題を戻した。


「一応、羊皮紙に概要はまとめてある。これだ」


 俺は懐から丸めている羊皮紙を取り出し、カンツに渡した。

 カンツは紙に視線を滑らせる。


「なるほど、それぞれの得意分野に分散しているな。

 私が説明するまでもなく、事前に多少は調べていたということか」

「まあな、亜人達と暮らすんだ。相手のことを知るのは当然だろう。

 それと、個々の働き場所には総合事務局員とネコネ族達の局、つまり渉外局の人材も派遣する。

 だから交渉や連絡は直接しなくてもいい。今はな」


 最初はそのくらいの距離感が限界だろう。

 本来は別の場所で働かせるようにした方がいいんだろうが、今はそんな余裕はない。


「よく考えられているようだ。一応はな。

 お互いの立ち位置を考えると、今のところはこれが限界、か」 


 発展に際し、それぞれの担当業務を考慮しても、やはり人間と亜人が一緒の場所で働くことは回避できない。

 今後を考えれば、多少のショック療法は必要だとは思うが、正解かは微妙なラインだ。


「そう、だな。まずはやってみないとわからないんだけど」

「揉めるだろうな」

「想定はしてる」

「ならば私から言うことはない。王たるおまえに任せる」


 その後、カンツと共にこれからのスケジュールを確認し、俺は奴隷販売店を後にした。

 街路に出ると、一気に寂れてしまう。

 誰もいない。

 周囲を確認し、俺は深くため息を漏らした。


「何とか、なったか」


 正直、五分五分といったところだたった。

 亜人との溝は深いと思っていたし、簡単に埋めることはできないということは痛いほどにわかっていたからだ。

 だが成功した。

 運がよかったのは、カンツの存在だ。

 そして、偶然にも死にかけていた亜人がいたということ。

 そのおかげで、治療するという名目が生まれた。

 そして治療したことで、目の前でわかりやすく『俺達は他の人間とは違い、危害を加えない人間だ』と理解してもらった。

 俺がハミルから連絡を受けた時、すでに状況は最悪だったのだ。

 まるで、今の状況をわかっていたかのようなタイミングだった。

 すべて都合が良すぎた。

 ……まさか、な。

 人をまとめ、国を作り、栄えさせるということは綺麗事だけでは回らない。

 理解している。

 だがらどっちでもいいのだ。

 仮にハミルが何かしらの手を打っていたとしても。

 それが裏切りでもなく、この国のためになるのであれば、俺は黙認する。

 だが真実は闇の中だというのも真実だ。

 俺は可能性を決して忘れず、その上で受け入れ、清濁を併せ飲むことを決意する。

 そして奴隷販売店から離れた。

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