第79話 隔離の兵装と現実の邂逅

 それから数日後。

 リーシュと共に中庭と呼ばれている空間に来ていた。

 ただの広場だ。

 周囲には動物達が何事かと野次馬と化している。


「君には三つの力がある。

 一つ、アナライズ。これは相手の能力がわかる。初めて対峙する相手ならとても有用だ。

 二つ、リスポーン。五百の命がある。四百九十九回は死ねる。

 三つ、兵装。君の主な攻撃はここになる」

「ま、待てよ。兵装は一回しか使えていないぞ? シルフィードの攻撃じゃダメなのか?」

「ここじゃシルフィードは持ち込めないでしょ。魂しかないんだから。

 正確には服も精神体の一部なわけだし。君が強くなるには、兵装しかない。

 シルフィードは現段階では力を限界まで引き出しているわけだし」

「まあ、そうだけど」

「ということで、君には怒って貰うよ。兵装の発動条件みたいだし」

「……そう言われてもな。レベルが減るし」

「だから『一瞬だけ使う』んだよ。攻撃の瞬間、防御の瞬間だけ使えば、レベルも大して減らないでしょ。そして攻撃防御での多少は経験値も入るんでしょ?

 それに、レベル差が大きい相手と戦えば、ダメージを与えるだけである程度の経験値が貰えるはず」

「そうなのか?」

「そうだよ。オレはずっと君を見てたからね。知ってるんだ。

 もしかして気づかなかったのかい?」


 考えてみれば、転移して最初はちょっと身体を動かすだけで経験値を貰えたりしてたっけ。

 そうなると攻撃するだけで経験値を貰えるというのも当然か。

 最初にトロールを倒した時はほぼ一撃だったし、ステータスを見る余裕もなかった。

 ネコネ族の集落でレベル上げしていた時は、死ぬ時は一瞬だったし、傷を負うようなことは少なかった。

 だからレベルが上がってHPが回復した状態に気づかなかったのかも。

 あんまりステータスを頻繁に見ないからな、俺……。


「だから、ある程度は相殺できるんじゃない?」

「それは理論的にはそうだな。ただ、そんな部分的に使えるもんかね」

「もう、愚痴愚痴言わないの! さっさとやる! 他に手がないんだからね!」


 確かに、俺には攻撃手段がない。

 ならばリーシュの言う通りやるしかなさそうだ。


「……さあ、怒るんだ!」

「怒るんだって言われても、どうやって怒るんだよ」


 皇都エシュト以降、俺は大して怒っていない。

 というか兵装の兆しなんて一切なかった。

 そういえば、オーガス軍への戦いも俺から仕掛けたしな。

 長府達には憤りは抱いていたけど、みんな無事だったし。

 俺ってもしかして沸点高いんだろうか。


「じゃあ、気が進まないけど……ばーか、ばーか! あほ、あほ!」

「何してるのかな。リーシュさんや」

「いや、怒らないかなと思って」

「それで怒る人がいたら、残念過ぎるだろ……子供じゃないんだから」

「う、うるさいな! オレは悪口とか嫌いなんだよ!

 楽しいのが好きなの! そういうなんかイヤなんだよ。しょうがないでしょ!」


 そんなぷりぷり怒らなくても。

 まあ、ちょっと可愛いけども。

 こいつそういえば男なんだろうか、女なんだろうか。

 見た目はボーイッシュだし、服装も中世的だ。

 顔はそばかす、整ってはいるがどこか男勝り。

 髪型もどっちにもとれる。

 聞いていいものだろうか。

 いや、かなり失礼だよな、これ。

 下手をすれば怒られそうだ。

 でも気になる。

 気になる!

 よし、聞こう。


「リーシュって女の子?」

「……馬鹿にしてる? 本当に怒るよ?」

「い、いや、ごめん、ほら服装とかどっちにも見えるし、さ……」


 あ、真顔だ。

 これやばい雰囲気だ。

 額から汗が滲んだ。

 しかし進んだからには後戻りできない。

 気になって眠れそうにもないし。


「………………女」

「ありあっす!」


 俺は全力で頭を下げた。

 あー、女の子だったのね。

 ふーん、なるほどね、ふーん。

 あれ、なんかちょっと嬉しいような気が。

 あはは、まさか、俺がまさか。

 ロリコンだなんて。そんな馬鹿な。

 いや、俺も思い始めてるよ?

 幼い子供が好きなんじゃないかってね。

 思い起こすと、莉依ちゃんにキスしたんだよな。

 勢いで。

 そりゃ、軽い気持ちじゃないよ。

 でもさ。

 なんかさ。

 思い出すと地面にごろごろ転がって叫んで、頭を掻き毟ってしまいたい。

 …………あ、死にたい。


「君ね、失礼な質問した後に、顔色変えるの最低だよ」

「あ、いや、違うんだこれは。ちょっと罪悪感に」

「ふん! よくわかんないけど、ほら特訓特訓!」

「わ、わかったよ」


 怒れ、怒れ。

 ……怒れって言われても。

 なんかそんなに怒らなくてもいいじゃないと思うんだよな。


「ほら、イヤかもだけど、あの映像思い出して」


 あの映像。

 俺が死んだあとの映像か。

 あれは最悪だった。

 みんな殺されて。

 莉依ちゃんは怒り狂って、最終的に死んでしまった。

 あんな無残な姿。

 俺が、もっと強ければ。

 俺が彼女を守れればあんなことにはならなかった。

 俺は自分の不甲斐なさに苛立ちを覚える。

 なぜ、俺は弱かったんだ。

 自分に怒りが向く。

 強固な心の蓋が徐々に開いて行く。

 今まで、俺が上手くやれば、強ければ救えた命もあった。

 守れた。

 けど、俺にはできなかった。

 俺が弱いから。

 弱さに甘えていたから。

 憤怒の感情が自身に向く。

 そして様々な映像が脳裏をよぎる。

 エインツェル村での惨状。

 リンネおばちゃん達の魔兵化。

 傭兵団バルバトスの傭兵達の死。

 俺達に関わった人達の苦痛の顔。

 情けない。

 俺が、俺の力が及ばないばかりに。

 黒い感情が胸中に渦巻く。

 だが、力の奔流は訪れず、やがて心は落ち着いた。


「……はあはあ。くそ、だめだ」

「うん、でも方向性は間違ってないと思う。今のままいけばその内、できそうだね」

「そう、か?」

「多分」

「曖昧だな」

「そんなものでしょ。絶対なんてないんだし」


 疲弊した俺は乾いた笑いを浮かべる。

 焦りはある。

 だが、急いては事を仕損じる。

 確実に進むのだ。

 俺は覚悟と決意を胸に、リーシュと共に鍛練を続けた。


   ●□●□


 ――リーンガムの中央広場に集まった人達の前で私達は立ち尽くしていた。

 集まった人数は、二百人程度。

 思ったよりも少ない。

 しかもほとんどが若い人達ばかりだ。

 一般人が数十人、後はほとんど傭兵、荒くれ者だった。

 それぞれ農具や武器を持っている。

 残っている人数は千人程度だったはず。

 病人や動けない年配の人達を除いても、もう少し集まるはずだった。


「あの、これで全員ですか?」

「ええ、これですべてです」


 情報ギルドの受付で会ったハミルさんが白髭をいじりながら言う。

 彼は情報ギルドのマスターだったらしい。

 その彼が言っている。

 これ以上集まることはないと。


「リーンガムに残っている人間の多くは諦めているからね。

 声をかけても、反応さえしない人も少なくなかったよ……」


 傭兵団バルバトス、暫定的に現団長となったロルフさんが顔を顰め答える。

 どうして、もう逃げ場はないのに。

 戦うしかないのに。

 それでも何もしないで漫然と死を待つというの?

 老人の多くは教会で祈りを捧げていた。

 そんなことはなんの意味もなさないのに。

 子供の中には戦うという子もいたけど、さすがに大人達が断った。

 私は別。

 私は戦いを知っているのだから。


「莉依ちゃん、時間がないよ。これからどうするか決めないと」

「……そうですね。もう人を集める時間もないですし」


 結城さんは焦燥感を隠しもせずにいた。

 こんな状況だし、しょうがないと思う。

 今、物見に出ている人達が帰ってくれば、オーガス軍が侵攻しているということが確定してしまう。

 それまでに準備をしないと。

 もしも、噂が嘘で、すべては間違いであったなら。

 ううん、そんなことはもう意味はない。

 もう現実を見ないといけない。


「お、おいそんな子供で大丈夫かよ。

 もっと他の誰かに指示系統は任せた方がいいんじゃないのか?」


 私を見て、大人達は戸惑い気味だった。

 それはあたりまえ。

 なんせ、私はまだ十歳にもなっていない。

 もちろん、子供の自分がでしゃばるつもりはない。

 ここは朱夏さんに任せようと思っている。


「彼女が抵抗しようって言い始めたんだ。

 だったら立案者が主導するのは当然だよね?」


 辺見さんが毅然と答える。

 その言葉に私は唖然としてしまう。

 虎次さんは私を子供扱いするようなことは少なかった。

 けれど他の人達はどこか同等に扱っていない感じがあった。

 でも、辺見さんは私を尊重してくれた。

 それが嬉しかった。

 でも、やっぱり私が指示しても聞かない人が多いと思う。

 ドラゴン討伐に向かった生き残りだということで、私達に対して多少の信頼はある。

 だったらやっぱり辺見さんがやるべきだ。


「辺見さん、勝手なお願いですが、リーダーをお願いします」

「……いいの?」

「私じゃ、みんなも困っちゃいますから。それに辺見さんなら適任だと思います。

 な、なんか偉そうに言っちゃってすみません」

「いいんだ。そんなに気を遣わなくても。今さら莉依ちゃんを子供だとは思わないからね」


 苦笑する辺見さんに私も笑顔を返した。

 辺見さんは全員に向き直って指示を出した。


「オーガス軍の進行順路は、リーンガムから見て北になる。

 だから、兵の配置は北方面の防壁上に固める方向で、弓を扱える人がまず先手を打つ。

 その他の人は待機。兵が梯子や縄で昇ってきたら煉瓦や岩を落として。

 戦えない人達は各門前に配置して、侵入されないように全門を閉じて、土嚢(どのう)や重量のあるもので押さえて。

 各武器、道具は今、順次用意しているところだから、弓兵だけは先に配置して。

 オーガス軍に向けて物見を出してるから、帰ってくるまで準備をするんだ。

 ニース、アーガイルさんから貰った?」

「にゃ、持って来てるにゃ」


 傍に立っていたニースさんが辺見さんに幾つかのテレホスフィアを渡した。

 虎次さんが研究費用を渡して開発を頼んでいたので、幾つか完成したらしい。

 文字を飛ばす事も会話もできないけど、相互に干渉できるように改良済み。

 有効範囲は一キロ程度。

 色を変えることで相手と意思の疎通を図れる。

 今のところ四色まで可能とのこと。

 今まではアーガイルさんからしかできなかったのでかなり便利になった。


「防壁上部隊、各門担当の隊の長に渡すよ。これは遠方でも連絡できる技巧道具だ。

 白は待機。赤は危険が迫っているから各自戦線離脱。青は攻撃。黄色は広場まで退却だ。

 ニースとハミルさんは西門。剣崎さんとロルフさんは東門の隊長でいいかな?」


 辺見さんの提案に全員が頷く。


「じゃあ、それぞれ担当をわける。

 戦える人、戦った経験がある人と、戦えないけど手伝ってくれる人はこっちに――」


 辺見さんがてきぱきと指示していった。

 傭兵団や情報ギルドの人達の中には不服そうにしている人もいたけど、ロルフさんやハミルさんに言われて渋々従っていた。

 けれど、なんでだろう。

 私達は外様の存在。

 ギルド員でもないし、大した実績もない。

 なのにハミルさんは私達に先導させるのを良しとしている。


「あのハミルさんはいいんですか?」


 私は気になって、隣で静かに佇んでいるハミルさんに尋ねてみた。

 すると、優しく笑いながらゆっくり頷く。


「私はこの街を離れられない人間です。最初は戦うという選択も考えてみました。

 でも勝てる要素が見つからなかったのです。

 けれどね、先日見た、あの若者が一人戦いに赴いたと聞いては何もせずにはいられないでしょう。

 老骨とは言え、私にも矜持はあります。

 ただ祈り、他者に頼るだけの人間にはなりたくありませんのでね。

 そんな私が今更、偉そうに指揮をできはしますまい。

 あなた達のように勇敢で強さを持つ人達こそやるべきでしょう。

 その証拠に傭兵団の連中も情報ギルドの連中も多くは従っています」


 確かに不服そうにしている人たちもいたけど、大半は指示に従ってくれている。

 それは、私達のことをロルフさんやハミルさんが話してくれたことが大きいと思う。

 その繋がりがなければ、私達の意見なんて聞く耳を持ちもしなかったんじゃないかな。


「そうですか……」


 私はそれしか言えなかった。

 感謝の思いと、そして申し訳なさが浮かんでくる。

 きっと、この戦いは負けに終わる。

 明らかに無謀なんだから。

 でも、それでも可能性が少しでもあるのなら戦いたい。

 虎次さんも街の人達も見捨てたくない。

 そう思ったから私達は残ったのだから。


「お、おい! 帰ってきたぞ!」


 馬に乗って、北に向かった偵察部隊の人達が帰ってきた。

 馬上の人達は血相を変え、息を荒げている。


「……オーガス軍は確かに進軍してた。数は……わからん、多分四千、五千程度だと思う。

 夕刻前には街に辿り着くだろう」


 物見の言葉に、全員が落胆とやっぱりという諦観を浮かべた。

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