第78話 境界のエントロピー

 死んだ。

 生き返る。

 四百九十七。

 小さな拳が俺に迫る。

 死んだ。

 生き返る。

 四百九十八。

 リーシュの神域に来て翌日、早速鍛錬に勤しんでいるが、俺は死に続けていた。

 あ、また死んだ。

 生き返る。

 魂だけの状態だが、感覚は地上と同じだ。

 痛みもあるし、死ぬ感覚もある。

 死んだ。

 生き返る。

 四百九十九。


「はい、これで五百回目」


 リーシュの軽口と共に、巨大な光球が俺を覆う。

 あ、死ぬ。

 この感覚。

 前日に感じたあの感覚だ。

 リスポーンする死ではない。

 絶対的な死の予兆。

 やばいやばい。

 背筋にぶわっと汗が滲み。

 全身に鳥肌が立つ。

 これを食らうと死んでしまう、本当の意味で!

 必死に避けようとしたが、あまりに巨大な光球に俺は打つ手がなかった。

 直撃した。


「がああっ!」


 俺は数十メートル吹き飛び、地面を転がり、やがて止まった。

 身体が動かず、意識も薄れる。

 死の感覚だ。

 修行で死んでしまったらなんの意味もないじゃないか!

 内心でリーシュに悪態を吐きながら意識を失う。


「あ?」


 と思ったら、生きていた。

 生き返ったというよりは、記憶にある情景が広がっている。

 光球で破壊された地面が、なぜか綺麗に直っている。


「少しだけ時間を戻したんだ。神域はオレの領域だからね、それくらいはできるよ。

 ただし半年間が巻き戻るわけじゃないから、この領域内だけの事象だけどね」

「し、死ぬかと思っただろ!」

「それを確かめたかったんだよ。やっぱり五百回みたいだね。君が死ねる回数は。

 そうそう、契約の鎖の効果は一度だけだから、次死んだら、もう本当に死ぬよ」

「え? マジデスカ?」

「うん、だから死んでも大丈夫って思わないでね。死ぬから」

「わ、わかった」


 さすがに決して死なないなんて都合が良すぎるか。


「……なあ、俺を殺す回数が、約束の回数と同じなのは偶然か?」


 牢で約束した、俺を殺させる回数と一致している。


「だからオレは知っているって言ったでしょ」


 なぜか色々と知られていることが突然怖くなった。

 色々な意味で大丈夫だろうか。

 ほら、俺がロリ……いや、なんでもない。


「はい、これで君の能力の一つがわかったね。

 君は『五百の命がある』ってわけだ。

 ただし、命はしばらく休まないと回復しない」

「……一日しか休んでないんだよな?」

「ここは幽界だからね。現世とは違うよ。回復してるのもオレの力が大きい。

 実際は回復まで結構かかると思う。多分一ヶ月で全快するくらいかな」

「五百の命があるだけ儲けものか……」

「複数の命があるなんて、神にも許されていないんだよ。

 君は異常なんだ。だからこそ聖神とも戦えるはず。君だからこそ戦えるんだ」

「評価されて悪い気持ちじゃないけど、死なないだけじゃどうにもならないだろ。

 戦う力というよりは生き長らえる力なわけだし」

「それは当然。まずは君の能力を明確に知ることが大切でしょ?

 アナライズはいいけど、生き返りの限界を知れば、より上手く動けるし、余裕も生まれる」


 確かに、いつ死ぬかわからないという不安感は薄れる。

 突然、能力がなくなるなんてことがなければだけど。

 しかし死に疲れた。

 一気に殺され過ぎると精神的に疲れる。


「じゃあ、ちょっと休憩しようか」

「ああ、助かるよ」


 塔に戻り、汗を拭いて休憩した。

 ふと考える。

 合間が空くとどうしてもみんなのことを考えてしまう。

 気が急く。

 こんな場所で悠長にしていていいんだろうか、と。


「焦っちゃダメだよ」


 リーシュが紅茶を口に含みつつ言う。

 顔に出ていたんだろうか。


「いいかい? リーンガムを救えるのは君だけなんだ。

 各地で戦争が同時に起こって、エシュトはリーンガムに援軍を送らない。

 見捨てたんだよ。そして戦える人数も少ない。だから君が強くなるしかない。

 焦ったらダメ。君が強くなることは絶対条件なんだから」

「わかってる」


 理解はしているが焦ってしまうのだ。

 みんなが死んだ姿が目に焼きついている。

 あれはリーシュが、敢えて見せた実際起こり得た未来の映像らしい。

 その方が、実感が湧くからと。

 俺としては複雑だった。

 知らなければ今ほど焦らなかったかもしれない。

 けれど同時に今ほどに気力が溢れてもいなかったかもしれない。

 そして、やはり思った。

 グリュシュナで生きるには別の方法を模索すべきではないかと。


「……エシュト皇国は、リーンガムを見捨てた。

 もし、もしも、オーガスの侵攻に耐えてもそれは変わらないか?」

「どうだろうね。多分、戻って来るよ、せっかくの領地だからね。

 けれど戦地になるのは変わらない。最初に襲われる場所だからね。

 そしてまず間違いなく、リーンガムはオーガスに落とされる。

 戦力の差もあるけど、エシュト皇国には別の思惑がある」

「別の思惑?」

「君も知っているだろう? 魔兵隊の存在を」


 魔兵。そう人間を魔物に変え、兵として操るエシュト皇国の悪魔の所業。

 覚えている。

 忘れるはずがないのだから。


「皇帝は着々と魔兵隊を作り上げているよ。

 そして……『リーンガムから逃げた連中も魔兵に変えられる』だろうね。

 自国とはいえ難民を受け入れる余裕は、現在の皇都にはないはず」

「な!?」

「戦えない人間より、魔物に変えることで戦力にする。

 冷徹なリーンベル皇帝らしい考えじゃないか。

 もうエシュト皇国は止まらないよ。そのために悪魔の技術に手を出したんだ。

 その前兆は見えていた。そしてその道を築いたのは前皇帝シーズだ。

 諦めた方がいい。エシュトはこれから国民さえも手ごまにして殺し合いを始めるつもりだからね」

「狂ってる……」

「だからオレはこの世界を変えたいんだ。この狂った世界を正常に戻すために」


 リーシュはいつもと違い、感情的に言う。

 リーシュも強い想いがあるのだろうか。

 おかしな話だ。

 聖神よりも邪神の方が人のことを想っているのだから。

 俺はどうするべきなんだろうか。

 今の話を聞いて、俺の中に突拍子もない考えが浮かんだ。

 馬鹿げている。

 けれどそうすることしか考えが浮かばない。

 俺達、異世界人の安全。

 エシュト皇国に見捨てられて人々の救済。

 そして……。


「三つ、聞いていいか?」

「なにかな?」

「一つ。亜人はこの世界で虐げられているって本当か?」

「うん。奴隷になっている亜人が多いね。リーンガムにも結構いたでしょ?

 各地ではそれが顕著だよ。亜人はいつも虐げられている。

 中には人間に牙をむこうとしている亜人もいるみたいだけど、大概は怯えてる」

「そうか。二つ目。亜人の数は?」

「うーん、世界中の数まではわからないけど、全部で百万くらいかな」

「三つ。各国の人口と軍力はわかるか?」

「そうだね……大体なら。

 エシュト皇国は人口六百万。兵数は十万程度。ただエシュトは兵数が増えると思う。

 オーガス勇国は人口千二百万。兵数は十五万程度。

 ケセル王国は人口九百万。兵数は十一万程度。

 トッテルミシュア合国は一千万。兵数は十二万程度。

 レイラシャ帝国は人口千三百万。兵数は十八万程度かな。

 正規兵の数だし傭兵は含んでないよ。結構適当だけど。

 あと魔術兵の数や兵器開発力も多少は違うけど、大きな差異はないね。

 エシュトだけは魔兵っていう特別な兵を持っているけど」

「……だから五千か。オーガスは、あれ以上の出兵は危険と考えたんだな」


 思ったよりも少ない。だが、考えてみればそれなりに多い気もする。

 現代だと数千万、数億の人口が当たり前だ。

 中世の文化レベルのグリュシュナであればこのくらい、か。

 仮にオーガスからエシュトに仕掛けた場合を考えてみよう。

 半数は別の国からの侵攻を考え置いておくとして、七万五千か。

 つまり最低でも七万五千の戦力がないと、一国からの侵攻にも耐えられないということ。

 あるいはそれと同程度の力を所持しないといけない。

 ……やはりケセル、か。


「何を考えているのかな?」

「いや、何でもない。話せるようになったら話す」

「ふーん、まあいいけど」


 そう言いながらもリーシュは気にしている。

 だが、まだ話すには早い。

 もっと煮詰めなくては。

 俺は思考を巡らせ続けた。

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