第62話 幕間 七人の軌跡

 ――エインツェル村で莉依ちゃん達と別れてから、僕達はリーンガムへ向かっていた。

 出立を決めた時、妙に村長さんに止められたのが印象的だったけど、今ならばその理由はわかる。

 僕、剣崎さん、江古田さん、小倉さん、長府、金山さん、沼田の七人。

 そのパーティーは歪で不協和音が明確に聞こえていた。

 七頭の馬を買うお金はなかったので、粗末な馬車を買った。

 それでもかなり安くしてくれたと思う。

 所持金は金貨数枚。

 感覚的に、安宿で七人分の部屋をとれば一泊しかできないくらいだと思う。

 馬車だと一週間以上はかかるらしい。

 現代の車と違って、座り心地は最悪だし、狭い。

 必然、みんなストレスが溜まっていくのが目に見えてわかった。

 だけど、無言の時間は少なかった。

 これからどうなるかという不安があったのもあるけど、金山さんが常に喋っていたからだ。

 道中、何が起こったのか、これからどうするかなど色々話した。

 特に金山さんと長府が意見を交わす機会が多かった。


「一先ず、リーンガムに行ってからやな。

 情報探らなあかん。どの時代も情報は最も重要や」

「そりゃそうだろうけどよ。エインツェル村にもう少しいた方がよかったかもしれねぇな。

 金も物資も少ないだろ」

「いや、あの村はどうもきな臭い。長居は勧めんわ」

「何かあるってのか?」

「ないかもしれん。

 せやけど、素性も知らん儂らみたいな存在を受け入れるっちゅうんは些か気になるわ。

 善人いう可能性もあるやろうけど、善人ほど信じられんもんはないわ」


 長府は金山さんの言葉を訝しがったけど、その言葉には説得力があった。

 確かに、現地の人達からしたら僕達の存在は異質だ。

 なのにすんなり受け入れる姿勢を見せた。

 村長に対していい人だという印象はあったけど、金山さんは疑わしいと感じたようだ。

 何か裏がある、か。

 あり得ない事じゃないかもしれない。


「わたしも、どうも気になってたのよねぇ。

 こんな辺境の地に住んでるのに、よそ者に優しいなんて変じゃない?

 何か企んでいる、って感じだったわぁ」

「そんなこと言ってなかったじゃねぇか、リン」

「あらぁ? そうだったかしらぁ?

 まあ、いいじゃない、今言ったんだしぃ?」

「ちっ、おまえ、いつも後で言うよな」

「心外ねぇ。きちんと感情表現する女よ、わたし」

「……うっぜぇな」


 小倉さんと長府が仲良さ気に話している。

 二人はクラスメイトで、幼馴染らしい。

 妙にボディタッチが多いから、恋人関係なのかもしれない。

 僕にはどうでもいいことだけれど。

 小倉さんは身体の調子が悪く、あんまり激しく動けないとか。

 沼田は無言で風景を眺めている。

 寡黙なんだろうか。

 周りと関わることはあまりないけれど、協調性がないわけではなさそう。

 何を考えているのかわからないので、ちょっと苦手だ。

 剣崎さんは小柄で小学生高学年くらいにしか見えないけど、頭はいいらしい。

 色々、的確な助言をしてくれている。

 江古田さんは、おどおどしている。

 社会人らしいけど、頼りない。

 数日に一回、体調を崩して無言のまま俯いている時がある。

 気にはなるが、どうにもできない。

 病気じゃないらしいけど。

 もしかして、彼女も僕と同じように、変化があったんだろうか。


「とにかく、大きな街に行けばもっと情報が手に入る。

 儂ら、異世界の人間に対してどういう認識を持っとるんかっちゅうこともわかるで。

 転移した理由も、なんで儂らが生き残ったんかもわかるかもしれん」


 金山さんの言葉にみんな賛同していた。

 むしろそのために旅立ったと言ってもいい。

 みんな知りたがっている。

 なぜ異世界に飛ばされたのか。

 どうすれば帰れるのか。

 ただ、僕は帰りたいとは思わなかった。


   ●□●□


 夜半時になると、焚火を起こし野営する。

 馬車はボロボロながら帆があるので車内で寝ることになる。

 二人態勢で火の番をして周囲を警戒する感じだ。


「……ん」


 就寝して数時間。

 僕は目を覚ました。

 床が硬いため背中が痛い。

 雨露がしのげるだけマシだと自分に言い聞かせていた。

 お手洗いに行きたい。

 僕は起き上がり、車外に出た。


「あれ?」


 妙に暗いなと思ったら焚火の番がいない。

 確か、長府と江古田さんだったはずだ。

 じゃんけんで決めたんだけど。

 火は消えて、周囲は暗闇に閉ざされている。

 これじゃ獣の類が集まって来るかもしれない。

 周囲は森に囲まれ、不気味な様相を呈している。

 寝ぼけていた頭が一気に覚醒する。

 僕は慌てて火を起こそうとした。

 月明りのおかげで少しは視界が明るい。

 ふと何か聞こえた。

 動物か何かか?

 そう思い、僕は誘われるように音の方に向かう。

 足音を鳴らさず慎重に。

 近づくにつれイヤな予感が膨らんでいった。

 むしろその答えに行きつかなかったのが不思議だった。

 現場に遭遇するとすぐに理解できた。


 やってた。

 こんな時にやってんじゃないよ!

 僕は樹の影から情交を見守る。

 いやいや、こんな月明りしかない、しかも周囲は森で何がいるかわからないのに、普通する?

 ってか、この二人っていつの間にこんな関係に?

 乱れた衣服、貪り合う二人。

 嬌声と営みの音に、僕は思わず我を忘れる。

 身体の芯が熱くなって、息も僅かに荒くなる。

 だめだ。

 僕は野獣と化した二人を放置することにした。

 ここにいたら頭がおかしくなりそうだ。

 音を鳴らさずに馬車に戻った。

 と、火の明かりが見える。

 誰かが起こしたらしい。

 焚火の傍には小倉さんが座っている。

 確か彼女は長府の……なんか色々と修羅場になりそうで怖くなってきた。


「あらぁ、どこに行ってたの?

 というか、二人はどこに行ったのかしら?」

「さ、さあ、知らないよ」

「そう?」


 小倉さんは自然に笑った、かのように見えた。

 けど、目の奥が笑っていない。

 バレちゃったんだろうか。

 この人苦手だ。

 心を見透かされたようで不安になる。


「ぼ、僕も付き合おうか?」

「……いいえ、わたし一人で大丈夫よ。

 二人が事を済ませて帰ってくるまで待ってるから」

「わ、わかった。それじゃ、お、おやすみ」

「ええ、おやすみなさい」


 僕は逃げるように馬車の中に逃げ込む。

 狭く居心地が悪い車内だったけど、今に至っては快適空間だった。

 あの人、絶対に何があったかわかってる。

 長府が何をされるのか、他人事でも怖い。

 僕は興奮してしまったのか、眠れずにいた。

 そして二人が帰ってきた。


「おかえりなさい」

「お、おう。ただいま」

「火の番を放棄して何をしてたのかしら?」


 声だけで怖気が走る。

 どんな顔をしているのか脳裏に浮かんでしまう。


「おトイレに行きたくて、和也君に頼んでついて来てもらったのよ。

 ほら、こんな暗いと何がいるかわからないし不安だったから」

「へぇ、なるほど。和也君、ね」


 数秒の沈黙。

 僕はいつの間にか、耳を澄ませていた。


「生理現象じゃ仕方ないわねぇ、生理現象じゃねぇ」

「あ、ああ。そうなんだよ、な?」

「え、ええ。そう! 後は私達がやっておくから、小倉さんは寝て?」

「……そうね、そうさせてもらうわ。元々、そういう約束だったものねぇ」


 言葉の端々で棘があった。

 車内に戻ってきた小倉さんの気配を感じつつ、僕は必死で寝たふりをした。

 思わず、彼女の様子を探ろうとしてしまう。

 それは好奇心というよりは危機感だったように思う。

 僕は薄目で彼女を見る。


「……ふふ」


 彼女は薄らと笑っていた。


   ●□●□


 ――出発して数日。

 山賊に出会いような不運もなく、僕達は街への道を順調に進んでいた。

 一部では修羅場が生まれそうになっているような気がしないでもない。

 僕には関係のないことだ。

 けれど、やるならやるで目立たないようにして欲しいものだ。

 リーンガムまであと二日程度で到着するみたい。

 水浴びをしたいところだ。

 服も、替えが少ないから買い揃えたい。

 お金はないんだけど。

 突如として馬車が止まった。

 運転をしていたのは長府だった。


「……今、誰か何か言ったか?」


 長府の言葉に全員が首を振る。

 空耳か、と正面に向き直った長府だったけど、すぐにまた振り返る。


「いや、やっぱり聞こえた」

「聞こえたって、何が聞こえたいうんや?」

「声。なんか声が聞こえた」

「声? そんなんこんな場所でするかいな」


 僕達が現在いるのは、人気が一切ない荒野だ。

 周囲を見渡しても、人影はない。

 叫んでいたとしても声が聞こえるはずがない。

 みんな怪訝そうに長府を見る。

 しかし。


『…………神託』


 何か聞こえた。


「今、また聞こえたぞ」

「確かに聞こえてわぁ」

「ボ、ボクも聞こえた」

「俺もだ」


 空耳じゃなかったようだ。

 声は鼓膜を揺らしている感じではなく、脳内に響くように聞こえた。


『神託の勇者』

「神託の勇者、って言ってるのか?」

「そう、みたいやな」


 声を聴くために無言になる。

 全員が黙して次の言葉を待った。


『異世界より来訪せし、神託の勇者達。

 我ら聖神の恩恵により、転移せし時より、力を与えた。

 念じれば、力は解放される』

「力、だと?」

『そなたの力は対象を操りしもの。対象に向かい念じよ。

 一度力を解放し理解すれば、新たな力の奔流も理解できる』


 そして言葉は一旦途切れる。

 言葉の対象が、全員から個人に変わった。

 これは僕にしか聞こえていないんだろうか。

 みんなが半信半疑といった感じだったが、言葉の通りに念じてみる。

 僕は馬を対象にし、操るようなイメージを浮かべる。

 と、視覚が移動する。

 自分の身体を見下ろすと馬になっていた。

 なんだこれ!?

 そう思った瞬間、自分の身体に戻る。

 集中力が途切れた、ということなんだろうか。

 全員が何かしらの変化を感じていた。


「……なるほど、それで金がなくなってたんやな」


 金山さんの呟きが聞こえた。

 僕の力『ダイブ』の内容が頭に浮かび上がる。

 そして、別の能力もほんの少しずつ、理解しつつあった。

 これが与えられた力?

 なんだか、地味だ。


『そなた達をこの地に転移させたのは我々、聖神だ。

 我らが出す要求に応えれば、一つ、願いを叶えよう。

 それは要求に応えなければ、元の世界に帰れないということでもある。

 グリュシュナに存在する国のいずれかに所属し、勇者となれ。

 所属人数は五人まで。そして所属国を、世界統一国とするのだ』

「……意味がわからねぇ。なんでそんなことしなけりゃなんねぇんだ!」

『二つ目の条件は所属した国の神子から聞くがいい』


 こちらかの質問に答える気はないらしい。

 聖神とやらは、一方的に言いたいことを言った。

 そして、声は聞こえなくなった。


「くそっ! なんだってんだよ!」


 あの声が言っていたことが事実なのは……直感的に理解していた。

 だからか、誰も怪訝そうな態度はとらなかった。

 わかったことは幾つもあった。

 この世界、グリュシュナへ僕達を転移させたのは聖神であること。

 僕達には力が与えられていること。

 僕達は神託の勇者と呼ばれていること。

 そして聖神の出す条件を満たせば願いを叶えてくれるということ。

 その条件の一つが、一国に所属し勇者となり、世界を統一する国にすること。

 二つ目は所属国の神子とやらに聞けば教えてくれるらしいこと。

 帰りたいのならば、聖神の言う通りにするしかない。


 けど、もしそうなら。

 要求を完全に無視するという方法もあるわけだ。

 僕は、正直あまり現代に未練はない。

 他の人達はわからないけれど。

 勇者と言われれば言葉はいい。

 正直、憧れはある。

 だって、普通の高校生だった自分が、勇者として崇められるんだから。

 でも力は大したことない。

 みんな悩んでいる様子だった。

 それはそうだ。

 突然、こんなことを言われて、すぐに答えを出せるわけがない。

 その日、重い空気が払拭されることはなかった。

 そして夜。

 金山さんと沼田が金を持ち出し、逃げた。

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